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1992/07/23 読売新聞朝刊
読売憲法問題調査会第12回 PKO 平和的な解決が目的 香西茂氏の見解聞く
 
 二十二日の第十二回読売新聞社憲法問題調査会における香西茂・京大教授の冒頭説明と、これに続く質疑応答の主なやりとりは次の通り。
 
 ◇こうざい・しげる 京都大学法学部教授。昭和4年生まれ。28年、京大法学部卒。同助手、助教授を経て、41年から現職。専攻は、国際法、国際機構。現在、国際法学会理事長、日本学術会議会員などを務める。国連平和維持活動(PKO)に学問的に取り組んでいる、日本では数少ない研究者。著書に「国連の平和維持活動」(有斐閣)など。
 
《冒頭説明》
【国連平和維持活動(PKO)協力法の成立と問題点】
 (1)PKO協力法成立の意義 国連の事務総長が歓迎の意思を表明したのは当然だ。国連が平和維持活動を迅速、効果的に遂行するためには、国連事務局がどういう形で各国が参加できるかをあらかじめつかんでおいて、そのうえでいざという時に国連決議に基づいて事務総長が最も的確な国に対してどういう形で参加を依頼できるかを予測できる体制を作ることが望ましい。そういう国連の要請にこたえる形でこの法律が作られたと考える。
 (2)PKO参加の法的枠組み 他国の法律に比べ日本のPKO協力法ほど詳しいものはない。憲法九条への配慮から詳しい規定になった。PKO参加五原則は日本が独創的な考えで盛り込んだというより、スイスの例にならったものだ。スイスは永世中立国であり、国連に参加していないが、PKOには熱心だ。スイスは財政面のみならず医療班、監視員の面でも参加している。PKO協力の最後の段階として平和維持隊(PKF)に参加することになり、永世中立との関係から国連事務局との間で協議し、条件をつけることになった。そのことを日本が知り、憲法九条との関係で五原則を入れることになった。(参加要員、任務、参加手続きをめぐる説明は略)
 (3)カンボジアのPKOへの参加問題 カンボジアのPKO参加にあたって五原則が問題となっているが、政府調査団の報告をみても条件はそろっている。停戦合意は包括和平協定ができており、日本の参加もプノンペン政府から熱心な要請がある。
 
【PKOの定義と国連憲章上の位置づけ】(略)
 
【PKOの起源と変遷】
 集団安全保障がうまく機能しない状況の中で、国連が慣行上、独創的というか、現状にマッチするよう新しい方式として生み出したのがPKOだ。PKOには、二種類ある。一つは軍事監視団であり、一つは部隊単位のPKF。これらの起源は別であり、最初にできたものは軍事監視団。国連発足直後の一九四七、八年ごろ、パレスチナ戦争やインド、パキスタンのカシミールをめぐる紛争解決のために委員会を派遣した。事実調査委員会とか調停委員会を派遣したもので、これはシビリアン(文民)で軍人ではない。
 そこで、停戦の取り決めなどにあたり自分たちがその専門家でなかったため、自国から将校を呼びよせ、自分たちの顧問の形で仕事に就かせた。その将校の数が増え、グループをなし、委員会が引き揚げた後も現地に残り、後で安保理とか総会で新たな任務をこれらのグループにゆだねた。当初は数も少なく、PKOと呼ぶほどでもなかったが、PKFの走りとしてスエズ動乱の時に国連緊急軍(UNEF)が派遣された。この時非強制、中立的というPKOの原則が当時のダグ・ハマーショルド事務総長によって打ちたてられた。
 しかし、コンゴでの活動では中立の原則から外れ、また武器使用も認めるという形でPKOの本来の性格から逸脱するというようなことになり、批判の矢面に立たされた。結局それに対する反省から、その後のキプロス以降の平和維持活動では、本来のPKOの性格に戻るということで、武器の使用も自衛のための厳格な条件を課し、そして(当事者からの同意を必要とする)同意原則を再び掲げるという形で、その後の平和維持活動が作られて今日に至っている。
 
【PKOをめぐる最近の動向――PKOの「変質」?】
 一部の人が言うようにPKOは冷戦の産物であって、冷戦が解消したらもうその役割が終わったんだというような考え方は正しくない。むしろ、冷戦状態が厳しい時には、もう何年間もの間、一度もそういうものが行われないというような状況が続いた。PKOの真冬の時代が続いたわけで、冷戦が解消する時になって急に黄金時代といわれるような目白押しの状況で今日に至っている。
 
◆強制的機能とは区別 カンボジア派遣条件整う
 (1)多様化、「ピース・メーキング(平和の創出)」との結合 一方、PKOは多様化したというようなことがよくいわれる。単に停戦、撤退を監視するといった軍事的側面だけでなく、選挙の監視とか、国づくりの面でいろいろな役割が課せられるからだが、これは私に言わせると、PKOがピース・メーキングといわれる紛争の平和的解決の手段と結合するという状況が生まれているわけで、これは大変好ましい状況であると思われる
 (2)「ピース・エンフォーシング」(平和強制)との結合 もう一つ特殊なのは、イラクとクウェートの非武装地帯に現在も展開している国連イラク・クウェート監視団(UNIKOM)。というのは強制措置(ピース・エンフォースメント)、いわゆるイラクに対してなされた国連の下での経済的制裁、及び軍事的強制行動というものに終止符を打つというか、その後始末のためにこのUNIKOMが存在しているからだ。
 これは強制措置と平和維持活動が結びついたきわめて特殊な事例に属する。
 
【国連強化案とPKOの将来】
 (1)安保理サミット 今年の動きをみてみると一月三十一日に安保理サミットが招集された。湾岸戦争一周年にあたり、新しくガリ事務総長が就任したとか、ロシアがソ連を承継するような形で安保理常任理事国になったとかの事態もあり、今後の国連、特に安保理事会の平和維持の役割を模索するという意味で開かれた。
 いわゆる予防外交(プリベンティブ・ディプロマシー)、平和の創出(ピース・メーキング)、平和維持(ピース・キーピング)の三つについては、安保理に出席した各代表からこもごも、その重要性、強化の必要性が言及された。それを受けて、議長声明では三点についてこれをどのように具体化し措置をとるかということを事務総長に、七月一日までに研究して報告するようにと、要請が出された。
 (2)PKO特別委員会の報告 それを受け、例のガリ事務総長の六月十七日の提案となったわけだが、その間に国連総会の下部機関のPKO特別委員会で平和の創出とか、予防外交とかいうものについても議論がなされ、その結果がPKO特別委員会の報告ということで、六月四日に公表された。
 (3)ガリ国連事務総長の提案 ガリ事務総長の提案はそれに若干遅れて公表されたわけで、提案の中にはPKO特別委員会での議論などもかなり参考にされている。(注参照)
 (4)結び PKOの強化がいろいろ言われているが、たしかにPKOは実践を通じて出てきた概念だから、過去においてもそうだったし、将来においても順応性を発揮しなければならない。状況に応じて、いろいろ形を変えるような弾力性を持たせる必要がある。
 ただし、そうだからといって、PKOの本質を成すような性格、たとえば、中立的な性格、非強制的な性格といった原則が崩れてしまう、捨ててしまう形で強化するということになれば、PKOにとって自殺的行為であり、PKOそのものを強制行動に埋没させてしまうことになる。
 だから、両者をはっきり区別する必要がある。(ガリ事務総長の)案は、PKOを強制行動と同じにしてしまうといったような形で変質させるような提案ではない。要するに、PKOとこの強制的機能は全く別の機能である。PKO自身も、当事者が合意しなければたちまち機能しないという限界があるが、同意を得るという調停的機能がむしろ長所でもある。
 逆に強制機能も長所と同時に弱点もある。問題を根本的に解決するには強制力に最終的には訴えねばならないことは否定できないが、軍事的な強制力に訴えれば大きな犠牲も伴う。さらに、集団安全保障が十分機能するためには、規則的に一貫性を持って適用されねばならない。どういう事態であっても、客観的に規則正しく発動しなければ信用性が失われる。特定の国の国益に合致する場合は適用し、ある場合はしないということでは機能は果たせない。
 それぞれ長所と欠点を持った別の機能であり、両者を混在させず、はっきりした区別を設ける必要がある。
 
 〈注〉ガリ国連事務総長の国連平和維持活動の将来に関する報告=6月17日付で安保理メンバーに報告。国連の役割について、〈1〉紛争の予防外交〈2〉紛争発生後の平和創造〈3〉平和維持〈4〉紛争終結後の平和建設(構築)――の四段階に分けて提案。予防外交では、武力侵攻の脅威を受けた一国から要請があれば国連部隊の事前配備を検討するよう求めるとともに、平和創造に関し、平和維持隊(PKF)よりも重装備の「平和強制(執行)部隊」創設を提案している。
 
《質疑応答》
◆地域的取り組みと両立/北岡氏:自衛隊、他国軍隊並みに/田久保氏
 諸井虔氏(秩父セメント会長):北欧型待機軍と、ガリ事務総長が提案した「平和強制部隊」はどう違うのでしょうか。
 香西氏:北欧待機軍は、もっぱらPKOを評価し、あらかじめ自国内に自発的に待機部隊を用意して、いざという時に出せるような国内体制をとっているわけです。国内体制をとる点では、「平和強制部隊」もおそらく同じでしょうが、国連が決議すれば、各国が出してくるのは重装備で戦闘を目的としたものだと思います。
 佐藤欣子氏(弁護士):PKOや、ガリ事務総長が提案した国連待機軍、あるいは「平和強制部隊」と憲法の関係についてどんな意見をお持ちですか。
 香西氏:私は従来から、PKOは憲法の精神に合致すると言っています。従来から政府は、少なくとも軍事監視団に参加することは問題ないだろうというような答弁をしてきました。今度のPKO協力法はそれに比べれば一歩踏み込んだというか、PKF(国連平和維持隊)にも参加できるとしたわけです。しかし、五原則で歯止めをかけているわけですから、決して戦闘を目的とするということではなく、あくまで戦闘を平和的に収拾するための潤滑油のような役割なのです。組織は軍事的かもしれませんが、任務は違います。これに参加することはむしろ憲法に適合こそすれ憲法違反ではありません。
 ただ、「平和強制部隊」は私個人の考えからすれば、PKOとは対照的な機能ですから、いくら国連の決議に基づくとはいえ、実際に戦闘を目的とした機能であり、それに参加するということになれば憲法改正を前提に考えた方がいいんじゃないか、と思います。憲法九条の規定では国の交戦権を放棄するとしており、そこから見て問題が出てくるのではないでしょうか。
 西修氏(駒沢大教授):ガリ事務総長が提案した国連の四つの機能に対して、日本は将来どういうふうにかかわり合いを持っていけるとお考えですか。
 香西氏:(予防的展開の例としては)国境を挟んで衝突がある場合、両当事者の合意を得てPKOへ(部隊を)派遣することは、問題ありません。しかし、国連待機軍や平和強制部隊への参加を今の時点で考えるのは尚早だと思います。PKO協力法に反対する政党の中には「PKOに参加することは息子を戦場に駆りたてる」などと言っています。我々は「そうじゃないんだ」ということを強調したいわけです。そういう時に、全く異質のものを議論することは適切ではなく、PKOへの国民の理解がもっと得られてから議論すべきものだと思います。
 田久保忠衛氏(杏林大教授):PKO参加国で、わが国のようなPKO参加五原則を設けている例はありますか。
 香西氏:必ずしも国内法制を作る必要はないと思います。国際的に問題はありません。多くの国はPKO参加にあたって、国連事務総長と覚書をかわしており、その中には受け入れ国の同意を条件にしている国があります。ただ、中立でなければならないとか、武器の使用に制限があるとかの条件は、特定の国の参加の要件というよりも、PKOそのものの発動の要件であり、このことが大きな縛りにはならないでしょう。
 田久保氏:日本がPKOで他国並みの活動をするには、自衛隊(の組織、装備)を他国の軍隊のように変えていかなければならないのではないでしょうか。
 香西氏:PKOは武力行使の原則に立っていないわけです。ハプニングはあるかもしれませんが、全体が武器をとって戦闘ということにはならないでしょう。他国のような軍隊という次元にまで持っていく必要はないでしょう。
 西広整輝氏(防衛庁顧問):PKOについては、国連の一つの隊であるという考え方と、各国固有の軍隊で作ったという考え方があるように思いますが、現場においてはどういう状況になっているのでしょうか。
 香西氏:国連の指揮の下に置かれる場合が国連軍の名にふさわしいというのが有力な説です。朝鮮戦争の際の「国連軍」は米大統領に指揮権をゆだねたので、国連の旗を掲げたとしても、国連軍と言うのは難しい。PKOは国連自身の指揮下に置かれており、国連憲章が想定した以上に国連的性格を持っています。
 西広氏:例えば捕虜になった場合、それぞれの国の軍人として扱われるのですか、それとも国際公務員として扱われるのですか。
 香西氏:各国の部隊は国連の指揮下に置かれると同時に、本国と連絡を密にしています。刑事責任はそれぞれの国が持っています。
 北岡伸一氏(立教大教授):PKOはこれまで、中東、アフリカが中心でしたが、カンボジアやユーゴスラビアといったところでも紛争が起き、PKOが派遣されていますが、一方でユーゴなどでは地域的取り組みも行われています。今後、国連を中心とした取り組みと地域的取り組みとの関係はどうなると思いますか。
 香西氏 国連憲章第八章の地域的取り決めとPKOや平和創出とを結合させようとの努力が行われてきています。ユーゴでも、ヨーロッパ共同体(EC)、全欧安全保障会議で解決の取り組みが行われています。
 島脩氏(読売新聞論説委員長):カンボジアのPKOの難易度は、過去の例を見てどの程度と思われますか。
 香西氏:ナミビアの例のように、計画通りには進まないことはあります。ポル・ポトは頑固で、どうやって交渉の場に入れるかは楽観を許さないでしょう。中国のような大国が力を行使して、従わせるようにしないと難しいでしょう。


 
 
 
 
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