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1992/07/22 読売新聞朝刊
読売憲法問題調査会第11回会合 加藤良三氏の見解聞く
 
◆日米安保「認識の共有」で強化
 二十一日の第十一回読売新聞社憲法問題調査会における加藤良三・外務省大臣官房審議官の冒頭説明と、これに続く質疑応答の主なやりとりは次の通り。
 
 かとう りょうぞう:外務省大臣官房審議官。昭和16年生まれ。40年、東大法学部卒、外務省入省。エジプト大使館一等書記官、条約局調査官などを経て、56年から約3年間、北米局安全保障課長。その後条約局条約課長、アメリカ公使、大臣官房総務課長を歴任、平成4年7月から現職。
 
《冒頭説明》
◆「責任分担」以前の前提 国益増進へ経済力活用
【国際情勢の変化と我が国の役割】
 (1)ポスト冷戦の時代は不確実、不可測、不透明な時代であるといわれる。その一つの側面は「自由民主主義」と「共産主義」という二つの「国際」主義の対立の時代から、冷戦に勝ち残った自由民主主義を奉ずる「国際主義」と「民族主義・国家主義・地域主義」との対峙(たいじ)の時代に入ったということだ。
 (2)日本の「国際化」は、日本の国益増進につながるという認識に基づいて行われなくてはならない。国益を増進するための「国際化」を積極的、能動的に追求すべきだろう。
 (3)その場合重要なことは、自らに有利な国際法や国際的ルール、枠組みを能動的に作り出していくことであり、国際社会にとっての課題(アジェンダ)を自らが中心になって規定し、設定できるようになることだ。
 (4)日本の国力の基盤が技術力を含む経済力にあるとすれば、それをどう国際社会に役立て、究極的に国益を増進するためにどうすべきか、という発想が必要だ。
 その経済力を国益追求のための政治力に転換するにはどうするか。それは、サダム・フセインのように国際社会のルールに違背した者に対して経済制裁を適時、的確に発動しうる体制を整備することが有用だ。
 (5)さらに、アジア・太平洋国家としての日本は、普遍的価値の世界的実現に向けて努力する中で、当該地域内諸国の間のそれら諸価値の適用の面で西欧民主主義に対する抵抗感があることに留意し、それを解消するためのきめ細かい対応を行う必要がある。
 (6)これらのことを可能にできるかどうかは日本の行政組織、なかんずく、官僚の問題意識いかんに多くかかっている。日本の官僚及び官僚組織が「国益」を増進することが共通の目標であるとの認識に立つことが重要である。
 (7)日本が国際社会における地歩を築くために政府がなしうることには限界がある。アメリカの国力の大きな柱は民間にある。ボランティア、NGO(非政府間機関)の実行力がアメリカの民主社会を動かす原動力となっている。日本にとってこうしたレベルでの活動強化が不可欠の前提だ。
 
【安全保障、自衛隊、日米安保条約、国連】
 (1)直接的な脅威の抑止、それへの効果的な対応という面では日本の自衛力と日米安保体制の組み合わせが必要で、日米安保体制に代替可能な枠組みは現実には考えられない
 (2)また、アジア・太平洋地域の歴史、地政学的特性に照らして考えれば、日米安保体制は今後ともアジア・太平洋地域の平和と安定を確保するための基本的な枠組みとして機能していくであろう。
 (3)より直接的でない脅威への対処、あるいは脅威の根源にある貧困、環境、麻薬などの諸問題への対処、その減殺・解決という観点からは国連、サミット、その他諸々の政治・政策対話の場は非常に有効な枠組みたりうるだろう。ただこれと日米安保体制の間に代替関係はない。
 (4)いずれにせよ、日米安保と国連とをゼロ・サム・ゲームの関係にあるようにとらえるのは間違いだ。日米安保条約の第一〇条で、国連軍が平和維持機能を果たす時に安保条約は解消されるといっているが、国連憲章第七章の国連軍はおいそれと生まれるものではない。
 
【日米安保体制をよりよく機能させるにはどうすべきか】
 (1)戦後、単独(多数)講和の道を選び、自衛力に加えてアメリカに日米安保体制で防衛を依存する選択を行った総合判断の正しさについて、日本は誇りを持ってしかるべきだ。このような戦後処理の基本方針は、吉田内閣以前の片山内閣の考え方にそもそも沿ったものだ。
 (2)二十一世紀に向けて、日米安保体制は日本の国益増進のための最も有効な柱であり続けるだろう。歴史、地政学その他の背景に照らし、アジア・太平洋の平和と安定の確保のためには、米国が「活力ある太平洋国家」としてとどまることが重要な条件だ。日本は、米国が普遍的な価値を主要国の中で最もよく発揮し続ける存在として機能していくための環境づくりを、日本自身の国益を確保するために行う必要がある。
 (3)日本がアメリカと同盟関係を組んでいることには大きな妙味がある。日本国内の十分な支持と理解を取りつけるため、日米間の「負担の分担」や「責任分担」より以前の大前提として、「認識の共有」を行うことが重要だ。日本が今後、自衛力の水準を決めるにあたっても、例えば「ロシアはどのような国になるのか」とか、中国や朝鮮半島の動きなどの問題について、米側と十分な認識の共有を行うべきだ。
 米国が今後、アジア・太平洋地域から兵力を削減することは不可避のすう勢だが、財政上の理由で減らすというのではなく、抑止力、即応能力を十分に維持しながら行われる「合理化」の枠内にとどめるため日米で協議すべきだ。
 (4)日米安保体制下での米国の対日来援義務が、ポスト冷戦の時代には形骸(けいがい)化するのではないかという疑念を持つ人もいるが、日米同盟関係はそんなに捨てたものではない。湾岸危機で、同盟関係のないクウェートを解放するため米国が大規模な兵力展開を行ったことを考えれば、世界的に認知された同盟関係の相手国である日本のために、米国が同様ないしそれ以上の兵力展開を行わないと決めてかかるのは自虐的な考え方だ。
 (5)日本は、安全保障、防衛論に、さらに磨きをかける必要がある。軍備管理・軍縮を推進するに当たっても、軍縮そのものを目的にするのでなく、安全保障のよりよい確保のための手段だということを認識しなければならない。
 (6)結局、米国に対日防衛義務を十分に果たさせるものは、日本という同盟国を持つことは価値がある、という米国側の実感だろう。私はこの点で、比較的楽観的だ。
 
【憲法と集団的自衛権】
 (1)政府の立場は「日本に集団的自衛権があることは主権国家である以上当然だが、憲法第九条の下で許容されている自衛権の行使は、わが国自身を防衛するため必要最小限の範囲にとどまるべきであり、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって憲法上許されない」というものだ。
 (2)一般論として言えば、憲法は将来の発展、成長を吸収する余地を最も多く残す法体系だ。
 (3)日本が国策として、民主主義や人権などの普遍的な価値の地球規模での実現を追求していくのに、平和的手段に重点を置くことは適切・妥当だ。
 集団的自衛権の本質は軍事力を「公共化」することによって、武力紛争の個別拡散を防止することにある。有用で前向きな概念と評価すべきだ。
 (4)いずれにせよ、憲法改正の要否は別として、憲法体制の下で重要な外交案件に的確な対応を行う体制を確保する必要がある。
 (5)日本が国際社会で重きをなすためには、自分自身と、その歴史に対し謙虚になるべきだ。日本は過去に間違った判断を下したが、それゆえ今後感情に流されずに、一層理性的となるべき責務がある。
 〈注〉日米安保条約第6条=日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。(以下略)
 ▽第10条=この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。(以下略)
 
《質疑応答》
◆アジア安保提言を/佐藤氏:国連に過大な期待/田久保氏
 斎藤鎮男氏(元国連大使):改定前の日米安保条約には改定後の条約よりも、より国連の措置を期待する、そういう感じが強かったと思います。憲法第九条の考え方も同じであって、やがては国連が世界の安全を保障してくれるという前提で、出てきたのではないでしょうか。
 加藤氏:憲法第九条と国連の関係をどうとらえるかということは、政府部内では「研究中」という答えになって返ってくるところだと思っています。
 佐藤欣子氏(弁護士):冷戦構造の崩壊後、アメリカの内部でなぜアメリカが金を出して日本を守る必要があるのかという議論が出てくるのは当然だと思います。しかし、アジア・太平洋地域の安全というのは、アメリカの利益にとっても、日本の利益にとっても非常に重要です。アジア地域にアメリカのプレゼンスを維持し続けることが自らの利益につながる――ということをアメリカに納得させることが必要で、日本としてもこの地域における安全保障の枠組みについて、積極的な提言を行うべきではないでしょうか。
 加藤氏:アメリカは今後は日米安保の下における米軍というものも含めて機動性、即応性を旨としたものに規模を縮小していくと思います。アメリカ自身の判断として、アジア・太平洋は非常に大事だと思う要素はむしろ大きくなってくると考えています。日本から、「これはアメリカの利益ですよ」と先に説明してやることは必要なのかもしれません。
 田久保忠衛氏(杏林大教授):国連平和維持活動(PKO)に熱心であれば熱心であるほど国連万能のような印象、雰囲気が出てきていますが、国連にあまり大きな期待をかけるのは間違いではないでしょうか。これまで日米は共同歩調をとってきましたが、国際情勢が激変して、必ずしもそうでないこともあるのではないでしょうか。
 加藤氏:国連に対して幻想を抱くべきではないというのは、その通りだと思います。直接的な脅威を抑止する意味で日米安保体制に代わって国連が機能してくれると思うのは、あまりに楽観的すぎるであろうと思います。日米の共同歩調ですが、この意味からもパーセプション・シェアリング(認識の共有)ということをくどいほど申し上げたつもりです。
 島脩氏(読売新聞論説委員長):アジア安保構想が将来具体化した場合、武力行使を含めた平和維持活動や集団自衛権的なものが当然出てきます。その場合、いままでのように集団的自衛権放棄と気楽なことを言って、そういう土俵作りに参加できるのでしょうか。
 加藤氏:アジアの安保について、今の状況をさらに合理化してよりよい地域的な安全保障の枠組みを探る場合、一番大事なことはアメリカがそのセンターにいる、そのために日本が知恵やアイデアを出すということです。
 西修氏(駒沢大教授):今まで政府は憲法解釈について、縮小的、自制的なものに集約しすぎてきたのではないでしょうか。世界の状況が変わる中で、自らがんじがらめの解釈をしていることに問題があります。国連のガリ事務総長が提出した国連強化のための報告では、PKO参加の五原則の一つとして両当事国の同意が必要だったのが、一方の同意だけでよくなっています。また、平和創設の面では、平和実施部隊という新しい概念を出して、より重武装でやっていかねばならないとしている。世の中も変わってきており、自制的解釈が問われていくのではないでしょうか。
 加藤氏:大変重い指摘です。国際法も国連も日本に自制的であれといっているのではありません。日本自身、政府自身の問題であろうと思います。PKOについて私が申し上げられるのは、日本が一歩踏み出したということです。今後、国際情勢の変化により前向きにステップが積み上げられていくことが大事です。
 北岡伸一氏(立教大教授):政府は「憲法九条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国自身を防衛するための必要最小限の範囲にとどまるべきだ」としています。しかし、必要最小限というのはどういう中身か、具体的論議になっていないようですが。
 加藤氏:確かに具体的なテクノロジーの進展によって、憲法九条の下での必要最小限の自衛力は何か、という正面きっての議論はなくなってきていますが、これで議論が出てこなくなったということではないと思います。
 西広整輝氏(防衛庁顧問):日米安保条約第六条を改定したらいいのではという意見がアメリカから出ていますか。
 加藤氏:私の知っている限りそれはないと思います。アメリカが不満を持っていることではないと思います。
 猪木正道氏(平和・安全保障研究所会長):今の自衛隊は有事即応性に欠けています。ソ連が崩壊したから安心というが、中国があり、朝鮮半島があります。そのために自衛隊法を改正して自衛軍法にすべきです。アメリカと緊密な友人であるためには、忠告もすべきです。
 
 〈注〉日米安保条約第6条=日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。(以下略)
 ▽第10条=この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。(以下略)


 
 
 
 
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