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1990/08/30 読売新聞朝刊
中東貢献策 憲法解釈見直し論活発化 危険地へ民間人送る矛盾(解説)
 
 湾岸危機に対するわが国の貢献策が二十九日決定されたが、これと並行して自民党内で憲法改正や憲法解釈の見直しを求める論議が活発になってきた。
 (解説部 田中 政彦)
 
◆「危機管理」対応真剣に
 経済大国として自由主義陣営内で発言力を増してきた日本が、イラクによるクウェート軍事併合の事態を前に何もしないでいいのか。憲法上の制約があるといっても、それを理由に何もできないといって済まされるのか−−目に見える形の貢献策を模索して政府が苦悩の協議を重ねてきたのは、国際社会に置かれた日本の立場が戦後四十五年を経て激変したのに憲法秩序は旧態依然で、その溝を埋める方途が見つからないからにほかならない。
 その溝をつくっている最大のポイントは憲法九条だ。過去、何回か繰り返された改憲論議のメーンテーマだが、憲法改正は一度も行われず、解釈論で時代の変化に対応して溝の深まるのを防いできたのが実態といってもよいだろう。
 湾岸危機への貢献策で、憲法解釈上問題になっている点は二つある。一つは集団的自衛権。
 集団的自衛権についての政府見解は次のようなものだ。
 「国際法上、国家は集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が攻撃されていないにもかかわらず実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。わが国が国際法上、集団的自衛権を有していることは当然であるが、憲法九条の下で許容されている自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどめるべきものと解しており、集団的自衛権を行使することはその範囲を超えるもので憲法上許されないと考えている」
 もう一つは、自衛隊の海外派遣。政府見解では武力行使を伴わないものなら憲法上容認されるが、自衛隊法に任務、権限の規定がないからできない−−とされている。
 海部首相は二十九日の会見で憲法改正を否定しているが、自民党内での憲法改正論は、この集団的自衛権にかかわる第九条解釈の問題であり、法改正を急ぐべきだという主張は自衛隊の海外派遣に道を開こうというものだ。
 もちろん、政府見解でこうした制約が設けられた背景には軍国主義の復活をおそれる国民世論や近隣諸国への配慮がある。自らの手足を縛るこれらの見解が、平和国家として他国の誤解を招かない役割を果たしてきたのは事実だし、平和国家に生まれ変わったからこそ今日、国際社会で活躍できる場を与えられた側面も見逃せないだろう。
 しかし、例えば集団的自衛権について、一方で「国際法上は有している」と言いながら、他方「憲法上認められていない」という主張は日本国内では通用しても、国際的にはいかにも説得力が乏しい。まして、西側の有力メンバーとして冷戦構造崩壊後の新しい国際秩序づくりに応分の役割を果たそうという、今日のわが国の立場を考えると、憲法上の制約を理由に「金は出すが、汗は流さない」貢献だけでは国際世論の納得は得られそうにない。
 政府が経済支援に加えて医師、看護士など民間人の要員派遣を決めたのはそのためだ。しかし、国民の生命、財産を守るため日ごろから訓練を積んでいるはずの自衛隊が動かず、民間人を危険地帯に送り込むことの矛盾は、憲法解釈以前の問題としてもっと掘り下げて考えるべきではないか。
 当面の措置としてはやむを得ないかもしれないが、こうした矛盾を放置して場当たり的な対応に追われていれば、国際的信用を失墜することにもなるだろう。
 さらに、わが国は国連に加盟し、国連中心の外交方針をとっているが、その国連はイラクへの経済制裁を決議し、それを実効あるものにするため武力行使を容認する決議まで採択している。
 平和国家として国際社会にどのようにかかわり、役割を担うか、エネルギーや食糧安保も含めた広範囲にわたる危機管理をどうするのか−−国の存立にかかわる重大問題なのにあまりにもなおざりにされてきた。今こそこの問題に与野党を問わず取り組むべきだろう。


 
 
 
 
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