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1957/05/03 読売新聞朝刊
[社説]現行憲法の精神は強く守れ
 
 現行憲法が施かれて早くも十周年を迎えることになった。新しい憲法が施かれた当時における国民的感激を顧みると、与野党を打って一丸とする盛大な祝賀会でも催されてよいはずだが、擁護論者だけの祝賀会が開かれる一方に現行憲法を葬らんとする熱心な改正論があり、十周年を迎える国民の表情は複雑である。
 現行憲法が占領軍によって与えられたものであることは議論の余地がなく、改憲論者はこれを主張の根拠としている。しかし改憲論は必ずしもこのような理由にだけ基いているわけでなく、現行憲法の内容に大きな不満をもっているためであること明らかである。改憲論の代表的な具体的表現と見るべき広瀬試案を見ても、天皇を「国民統合の中心」として国民の「首位」であると規定したり、参議院を超党派的なものとして、推薦制度を付加するものに改めようとしたり、家族制度の国家的保護を求める条章を入れるなど、現行憲法には見られない国家主義的要素が少なからず加わっている。特に改正論の発端となった防衛問題については、自衛軍を保持することとし、しかも一定の条件における海外出兵までも認めている。広瀬案にも総理大臣を「国務委員長」に、大臣を「国務委員」に改めるなど何人にもうなずける点もあるが、全体として平和主義と民主主義を強調している現行憲法から見れば少なからず今日の時勢に逆行しているかの観がある。
 いわゆる革新勢力によって代表されている擁護論も必ずしも現行憲法のすべてを支持するわけでもないようだが、改憲によって現行憲法の民主的性格が崩されることを恐れ、特に軍備の増強を回避しようという立場から主張されている。現実の問題としては官憲などによる人権無視または軽視の傾向も少なくないし、朝鮮事変後に設けられた保安隊はすでに自衛軍という名の堂々たる軍隊に発展し、いまや核兵器をもつかもたないかが論議されるほどの存在となっている。
 今日憲法を改正すべきか否かの問題はもはや防衛問題に限られず、前文から修正手続に至る全面的な改正の問題になっている。それだけにこの問題には長い時間をかけて慎重な態度で臨むことが望ましい。仮に憲法改正が必要であるとしても、現行憲法に盛られている根本精神は最大限度に守られなけれはならない。
 それに現実の問題として少なくともここ数年間は改憲が実現する見込みはない。なぜならば昨年の参議院選挙において改憲反対論者が三分の一をこえる勢力を占めた上に、近く衆議院が解散されるにしても、それに続く総選挙において改憲論者が三分の二をこえるかどうかわからないからである。
 とはいえ改憲に熱心な保守派によって法規にもとづく憲法調査会が近く発足せんとしている。この機関は改憲を前提として出発するわけではなく、憲法は改正すべきか否かについて調査するのであるといわれているが、擁護論をスローガンとしている社会党は代表者を送らないばかりか、個人の資格において求められている学識経験者も出さず、そのため会長たることを要望されている人々も二の足をふんでいる。このような状態では憲法調査会は発足しても結局保守党的改憲論者だけの求める改正案が作られる公算が大きい。社会党の不参加にはそれ相応の理由のあることもちろんだが、改憲に反対であるにしても、正規の手続を経て設けられたこのような機関には進んで参加し、具体的に反対理由を述べるならば改正論を幾分かでも進歩的なものにする効果があると思われる。この意味で社会党の不参加はまことに遺憾である。


 
 
 
 
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