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1946/11/04 読売新聞朝刊
[社説]新憲法とわれらの覚悟
 
 再建日本の国家機構、政治制度、社会生活の新設計図ともいうべき新憲法は三日を期して公布せられ同法の規定に基いて六ヶ月の準備期間を経た後、来年五月三日より施行される。かくて「不磨の大典」として、その天皇の地位と共に神聖不可侵とされ、その改廃を夢想だにされなかった明治憲法は過去の日本と共に永久にわれら日本国民と訣別することとなった。
 明治憲法は君権的色彩の濃い大陸系特にプロシャ憲法を範としたものではあったが決して軍閥の専制を予想したものではなかった。現に戦争迄の歴代首相は組閣の大命を●する際必ず『憲法に●せよ』との訓戒を受けるのを常としたので、つまり陛下もこの憲法に軍部の独裁化を阻止する力を期待されたのであった。しかし、結果においてその期待は空しかった。
 最近の政治史でこの憲法の改正が考慮されたのは、例の大政翼賛会が生れた時であった。国民組織の再編成と称して議会の政治機能を骨抜きにせんと企図し、憲法の改正論まで出たのであったが近衛公は結局『憲法の埒内で』ということに裁定した。当時の圧倒的な新政治運動の力を以ってしても憲法の改正迄はなし得なかったのである。かかる意味では明治憲法は確かに一連のブレーキ的役割は果し得たのであるが、さればといって軍の独裁を決定的に阻止するだけの力は勿論なく遂に今日の破局を招いたのである。ここに成文憲法の持つ力の限界があるのである。
 かくて軍閥に率いられた日本は亡び、新らしい日本が国民の手によって再建せられんとして先づその第一着手たる再建の設計図として生れたのが今回の民約憲法である。
 新憲法はその制定を急ぐという特別の事情から、国民代表による審議会を経て憲法議会の●に付する●の手続きを踏む余裕がなく、その点多少の遺憾はあったとしても、主権在民を明記して天皇の大権を大幅に縮減し、国の最高機関としての議会の地位を確立したもので政府の議会答弁が如何にあろうと、従来の国体は明かに変更されたと見るべきである。このことは明治憲法発布の際の勅語並びに上諭に『朕カ祖宗ニ承クルノ大権ニ依リ・・・此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス』『国家統治ノ大権ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル所ナリ』とあるに対し、今回のそれが『日本国民の総意に基いて新日本建設の礎が定まるに至ったことを・・・』とあり、また『この憲法は帝国憲法を全面的に改正したもので・・・民主主義に基いて国政を運営する・・・』とあるのに較べれば自ら明かである。
 政治制度に於て新憲法は、最高裁判所に法律審査権を与えて、国会の専横を抑制するという米国式三権分立主義を採り入れる一方、英国式の議員内閣制により責任政治の実を挙げるというように米英両民主主義国の制度を巧みに摂取しており、また世界平和への高き理想を掲げて敢然戦争の放棄を宣言し、更に基本的人権の保障に於て幾多の顕著なる進歩を示す等諸多の点に於て非常に優れた憲法である。そして今この新憲法の公布に際して幾多の記念行事が朝野に亙って展開されているが、この際われ等が特に銘記せねばならない事は、良い憲法が直ちに政治の向上と国民の幸とはならないということである。●からず前述の明治憲法と軍部の独裁にこれを見、ワイマール憲法を通じてヒトラーの独裁が成った事実がこれを示している。
 真に憲法がその意図するところを具現するには、その根本の精神が常に国民一人々々の心の中に生きていなければならない。かかる状態に適し得るや否やは今後の国民とその指導者達の努力如何にかかっている。新憲法の保障する数々の自由権は米英両国民が一世紀に亙り言語に絶する苦闘の後初めて獲得したものである。両国民がその真の価値を理解する所以もそこにあるのである。
 しかるに例えば新憲法の実質的運用規定たる付属諸法規の立法であるが政府は皇室典範、議会法、内閣法、官吏法、両院議員選挙法等の立法に当って新憲法の精神を真に活かす努力を●っていないであろうか、現在までに発表された改正要綱の中にはむしろ意識的にこれを回避しようとしているとしか思えぬものがある。また財閥の解体、農地制度の改革、地方制度の改正実施等が新憲法の精神を体して着々進行しているであろうか、これ又遺憾ながら否と答えざるを得ないのが現状である。これは同時に議会と、従って我々国民の責任である。これらの事実に照らしも、われ等が真に新憲法をわれ等のものとする困難が如何に多く、その前途が如何に困難に満ちたものであるかが明かである。
 われ等は新憲法公布の日に当りこの事を心に銘記して、政府や議会の強い反省を要請すると共に、われ等自身の覚悟を新たにせんとするものである。

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