1947/05/03 読売新聞朝刊
[社説]新憲法の実施に際して
一九四七年五月三日、この日こそわれ等八千万の日本国民にとって永遠に記憶さるる日であるとともに、世界の文化史上に画期的な一ページが書き加えられる日となるであろう。いま、この日本国憲法の施行に際して、若しいささかでも危惧に似たものが存在するとすれば、それはこの憲法の成立が欧州諸国のそれの如く、血を以て闘いとられたものでなく、明治憲法にさえ先行した自由民権への闘争を経ずに文字通り無血裏に成立したこと、更にその内容が、近代社会とその政治思想を母体として、歴史的に形成された英米諸国の制度が多く採り入れられていること。これ等を理由として、果して日本国民の一人一人に、真の共感を以て迎えられるであろうかという点に存するようである。
しかしながら、この危惧に対してはわれ等はこの憲法がわれ等に与えられる前に、満州事変に始まって太平洋戦争に終るまで、永い間にわたって多くの血の犠牲が払われたこと。そして文化的な制度は、その歴史上の発生が何処であろうと、その文化的価値が優れていれば、十分他の地に根を下して、美しい花を開き実を結び得ることを以て答えたい。現に英国に起った自由への闘いは、米国の独立宣言となり、仏国革命の人権宣言となり、やがて全欧州の近代化となったではないか。
きょうという日を区切りとして明治二十三年十一月の第一議会以来の明治憲法はその効力を失って、いわゆるアンシャン・レジームの歴史的記念物と化し、新しい「日本国憲法」がその効力を発生するのである。
つい最近の過去において、軍閥や官僚の利用するところとなり、その専横を許したおびただしい天皇の大権は、その大部分が“主権の存する国会”に移り、天皇の地位は“日本国及び日本国民統合の象徴”と規定された。
新たに、国権の最高機関であり、唯一の立法機関となった国会は、総理大臣を指名し、唯一の立法機関として、法律の決定機関たるのみならず、従来官僚の専断の因をなした勅令その他の法規制定権は悉く国会の手に帰し、また条約締結に対する承認権、国政調査権、弾劾裁判の権等を新たに有することとなった。
これ等はいずれも主権在民主義に基く統治機構の変革であるが、新憲法を貫く民主主義の精神が最も顕著に、新しい自由の時代をわれ等に保証したのは、基本的人権に関する諸規定である。
明治憲法も、臣民の権利義務の章においてこれに似た規定を持っていたのであるが、その制限を法律によることとし、その擁護を議会に一任した結果、軍と官僚の前に自由を失った議会は、その命ずるままに国民の自由をも彼等に手渡してしまったのである。
今後は、法律をもってもこの自由を奪うことが出来ないばかりか従来の華族制度は廃止され、男女は法の前に平等であって戸主権を主柱とした家族制度は廃止されすべての国民には健康で文化的な最低限度の生活を営み、教育を受け、勤労し、組合を結成し、団体交渉を行う等々過去の“専制と隷従、圧迫と偏狭”から自由の天地へと解放される途が拓かれた。
更に、敗戦の結果がもたらしたこの憲法は、われ等の安全と生存を平和を愛する諸国民の公正と信義に委せて、一切の武器を棄て、単に戦争を放棄したのみならず一切の武力行使は、たとえそれが自衛のためであってもこれを行わぬことを世界に誓った。
これは明治以来、専ら武力によってその国際的地位を築き上げてきたわが国にとっては天皇制の変改にもました大きな方向転換であるが、原子力時代に一握りの軍備が何程の意味もなさぬことや、自然科学の進歩がいまや世界国家時代を現出せんとしていることをおもえば、それは決して単なる“敗戦の結果”ではなく、積極的な世界政治理想への先駆なのである。
かくの如く新憲法の根拠する民主主義と平和主義の二大精神は、日本国民はもとより世界の等しく支持共鳴するところと信ずるが、ローマは一日にしてならず、この二大政治理想が真に達成されるためには、国民の一人々の自覚とたゆみなき努力の継続による外はない。先ず数多い封建的残存物を一つ一つ取除いて、近代社会を建設する努力から始めるべきであり、今回の一連の四月選挙は既にそのために多大の成果を収めたがさらに今後の政局の推移はその試金石となるであろう。われ等国民は新憲法前文において“国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成すること”を世界に誓っているのである。
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