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2003/05/03 毎日新聞朝刊
[憲法特集]改憲議論のゆくえ 56年目の憲法記念日(その1)
 
◆論憲から改憲へ、加速
 小泉政権が米英軍のイラク攻撃を支持するなど、憲法の平和主義が問われる中で、施行から56年目の憲法記念日を迎えた。政府・与党は核兵器・弾道ミサイル開発を進める北朝鮮の脅威を追い風に、有事関連法案の成立を急ぎ、自衛隊に敵地攻撃能力を持たせる議論まで行われるようになった。衆参両院の憲法調査会は来年末までに最終報告をまとめるが、自民党はこの動きをにらみ憲法改正草案の作成作業に着手。憲法のあり方を議論する「論憲」から具体的な改憲論議へ、流れは少しずつ加速している。【平田崇浩、高塚保】
◇自民、草案作成急ぐ
 自主憲法制定を党是としてきた自民党は4月17日の衆院憲法調査会で、同党憲法調査会の葉梨信行会長が各党に憲法改正案の要綱や基本的な考え方を提示するよう呼びかけた。同時に、憲法改正手続きを定める国民投票法案を早急に制定することも提案。これは連休明けの改憲論議を加速させることを狙い、事前に同党調査会の幹部が集まって決めた戦術だった。
 衆参両院の憲法調査会が04年末にまとめる最終報告を改憲へのステップとするのが自民党内改憲派の基本方針。そのためには最終報告に具体的な改憲課題をできるだけ盛り込む必要があり、同党調査会は議論の起爆剤として党独自の改憲草案をまとめようと昨年、プロジェクトチーム(座長・谷川和穂元法相)を設置し、作業を進めてきた。
 同チームがこれまでにまとめた素案は、天皇を元首と定め、陸海空3軍の保有を明記する一方、道州制の導入や国連活動への積極的な参加といった近年、話題になってきた新しいテーマも盛り込まれた。同党調査会は年内に改憲草案を発表したい考えだ。
 もう一つ、自民党内改憲派が改憲攻勢に打って出るため、重要な武器に位置付けているのが国民投票法案だ。
 憲法第96条は憲法改正の要件として、衆参各院の総議員の3分の2以上の賛成で国会が発議し、国民投票で過半数が賛成することを定めている。この改正手続きは現憲法制定後、一度も実施されたことがなく、日本国憲法が改正の難しい硬性憲法とされるゆえんだが、実際の改正にはさらに細かい実施手続きを規定した法律が必要になる。そういった法律がない現状を改憲派は「立法の不作為」だと指摘し、超党派による憲法調査推進議員連盟(会長・中山太郎衆院憲法調査会長)がすでに、国会の発議から60日以後90日以内に国民投票を実施するなどとした国民投票法案と国会法改正案を準備している。
 
◇公明の「加憲」突破口
 公明党は昨年の通常国会で与野党の改憲派が目指した国民投票法案の国会提出に反対した。同党の言い分は「改正事項の議論が煮詰まっていない段階の制定は時期尚早」というものだが、その公明党が昨年11月の党大会で打ち出したのが、憲法に環境権やプライバシー権などの「新しい人権」を明記する「加憲」の検討。冬柴鉄三幹事長は国民投票法案について「『加憲』と言う以上は必然的にそういうものを射程に入れた議論が許されるのではないか」と反対姿勢の転換を示唆した。
 同党は従来、「論憲」の立場をとってきたが、支持母体・創価学会の池田大作名誉会長が憲法9条の堅持を前提に環境権などの規定を加えることを提起している。衆院憲法調査会が同じ時期に中間報告を発表するなど改憲論議が進む中、9条を守るために先手を打ったともいえるが、自民党の改憲派は事実上の改憲容認と受け取り、9条改正より人権条項などの「加憲」を先行させて本格改憲の突破口とする戦略を練り始めた。
 さらに昨年末以降、イラクと北朝鮮の問題で安全保障論議が活発になり、これを9条改正の好機ととらえた改憲派は「人権条項の先行改正」と「9条との同時改正」の両にらみで改憲論議の加速を各党に働きかけている。自民党の山崎拓幹事長が憲法記念日の3日付で発表した談話は、環境権などを「改正を視野に検討されるべき課題」、北東アジア情勢の緊迫化を受けて「9条のあり方を焦点」と位置づけ、改憲派の思惑をにじませた。
 当の公明党自身は党大会以降、党内の憲法論議を進めてはいない。「加憲」が改憲論議を加速しかねない状況に「もともと『加憲』も深い党内議論をして決めたわけじゃない」(党幹部)との戸惑いもあるからだ。ただ、統一地方選の勝利で与党効果を満喫している公明党にとって教育基本法の改正と併せて今後、自民党に引きずられていくことへの警戒感も強まっている。
 
◇野党積極派も連携
 民主党は鳩山由紀夫代表時代に党の憲法調査会が活発に活動し、昨年7月、新たな憲法を作る「創憲」をうたった報告を答申。プライバシー権など新しい人権の確立や道州制の導入、国連決議に基づく多国籍軍への積極参加などを盛り込んだ内容は今後の与野党論議の方向性を示唆するものとして注目され、自民党にも重なる部分が少なくない。実際、自民党憲法調査会がプロジェクトチームを設置して改憲草案作りを急いだのも「民主党に先を越されるという焦りがあった」(自民党閣僚経験者)からだ。
 しかし、民主党はその後、代表戦をめぐる混乱に陥り、憲法論議どころではなくなった。鳩山代表は昨年9月の再選3カ月後に辞任。報告は党内旧社会党勢力の反対もあって「鳩山代表の私的諮問機関としての答申」として扱われ、党の公式見解に位置づけられないままお蔵入りの状態となった。昨年12月に就任した菅直人代表のもとで憲法論議はほとんど行われていないのが現状だ。
 そんな中、昨秋、民主党憲法調査会長になった仙谷由人衆院議員は衆院憲法調査会の会長代理にも就き、11月には社民、共産両党の反対を押し切って中間報告をまとめるなど、衆院調査会では中山会長との二人三脚で改憲志向の運営を進めてきた。
 中山会長は中間報告で「人権の尊重」「主権在民」「再び侵略国家とはならない」との理念を堅持する姿勢を強調したが、自由党はこれに国際協調主義を加えた「新しい憲法を創(つく)る基本方針」をいち早く00年12月に発表。与党の保守新党も自由党と同様の主張を展開している。
 平和主義を「他国を侵略しない」と限定的に意義付けたうえで現行憲法の3原則を堅持し、国際協調をうたって国連の活動に積極参加する――。これらの点を共通項に与野党の改憲派が手を結ぶ構図ができつつある。
 
◇若手に護憲の芽共社は断固反対
 護憲派も黙っているわけではない。
 「この委員会の名札を見ると、選択的夫婦別姓制度に反対しているお歴々を拝見する。少数派の人権に配慮できないで、憲法の定める公共の福祉が語れるのか」。民主党の水島広子衆院議員は4月17日の衆院憲法調査会で、改憲論をぶつ自民党長老議員をこう批判した。同党の旧社会党系グループに属する大出彰氏も衆院調査会で改憲より先に憲法の理念を生かすよう主張している。ともに当選1回。民主党内の護憲派といえば横路孝弘副代表の名前が真っ先に浮かぶが、若手議員の間に生まれた新たな護憲の流れも党内改憲論議のブレーキ役になっている。
 共産、社民両党は党を挙げて護憲の論陣を張り続けている。
 共産党の春名直章衆院議員は17日の衆院調査会で、葉梨氏の提案に「憲法調査会は議案提案権がないことが前提だ」とかみついた。社民党の金子哲夫衆院議員は「有事法制をつくることは武力による問題の解決という、憲法とは相いれない誤りを犯す」と有事法制反対論を展開した。
 ただ、両党が絶対護憲の原則的立場をとり続ける限り、他党との溝は深まるばかり。共産、社民両党の反対を押し切って公表された衆院調査会の中間報告はそれでも改憲・護憲の両論併記の形になったが、来年の最終報告へ向けて「共産、社民切り捨て」の動きが強まることが予想される。
 
◇解釈で処理、最も危険
◇「憲法裁判所設置を」−−中山太郎・衆院憲法調査会会長(自民党)
 ――調査会の最終報告が迫っています。
 ◆今年中に憲法1条から103条まで全部議論を終えるという考え方だ。この間、第1章の1条から8条までの天皇制については、各党とも認めるということで意見がまとめられた。
 ――議論の中心はどんなところでしょうか。
 ◆最高裁の機能に問題がある。最高裁は行政に関する違憲判決を避けている傾向がある。調査会でも最高裁の責任者が「おっしゃる通り」と言っていた。だから憲法違反かどうかを専門に判断する憲法裁判所の問題が大きなテーマになると思う。各国の憲法裁判所は違憲か合憲かをちゃんと判断する。例えば湾岸戦争のとき、ドイツは空軍をドイツの国境外に出したが、憲法裁判所の判決を受けて出している。
 ――イラク戦争、北朝鮮の問題からやはり9条にスポットが当たっているように思います。
 ◆9条1項は各党ごとに大きな異論が出る事はない。問題は2項だ。解釈改憲で物事を処理してはならないと思う。
 ――安保論議が、まだ憲法を含めた議論になっていませんね。
 ◆なってないね。私は解釈改憲が一番危ないと言っているが、そのつど法律を作って対応してしまっている。それでは憲法は必要ないということになってしまう。憲法は自衛隊を国家の意思で使うことに歯止めをかけているが、国際協力をする場合には海上自衛隊の艦艇はすでにインド洋まで出ている。憲法が時代の変化に対応しておらず、現実の処理を法律でしているのが問題だ。
 ――9条改正には共産、社民党が強く反対すると思います。
 ◆議論は現実を無視してはできない。現実的に国民が不安に感じていることを、なくしていくのが国家の一番の責任だ。むちゃなことをやる国家が近所におれば、我々は自国民を守る必要がある。しかし、今の憲法で守れるのか、守れないのか、国民に考えてもらう必要がある。武力で国際的な紛争の解決という手段をとらないと憲法はうたっており、あくまで専守防衛だ。しかも改正は国会議員が発議しても、最終的には国民投票で国民が判断するのだから。まずは変えやすいところから変えたらいい。
 ――変えやすいところとは。
 ◆環境権、プライバシー保護の問題とか、憲法裁判所の設置とかでしょう。一度、部分的に改正されれば、国民は憲法を身近に感じるようになるのではないか。
 ――憲法調査会の今後をどうみますか。
 ◆来年の最終報告が終わったらそれで廃止するのではなく、継続的に置いたらいいと思う。憲法改正特別委員会を設置して、そこで審議をし、改正が終われば廃止する。調査会はさまざまな出来事に対して、不断に違憲かどうかを議論する場として、残すのが望ましい。
 
◇「国家改造の時期」−−仙谷由人・衆院憲法調査会会長代理(民主党)
 ――憲法改正はどういう視点から考えるべきだと思いますか。
 ◆日本はあらゆる意味で国家改造の時期に来ている。憲法をアンタッチャブルなものにしておくことで、経済の成熟化とグローバリゼーションと呼ばれる国境の垣根が低くなってきたことに対応するシステムが一向に作れない。その大きな原因の一つが国家とは何なのかという問いかけをやっていないことだ。ヨーロッパで言われているようなさらに民主的な制度にする「民主主義の民主化」とか、代議制で十分でなければ国民投票を取り入れようとか、憲法裁判所をつくるとか、そういう議論をして変えるべきところは変える時だ。
 ――その場合、焦点になるのは安全保障問題でしょう。
 ◆主権国家が残る以上、専守防衛の自衛隊だったら、専守防衛の自衛隊という暴力装置を憲法上位置付けて、それを国会でどうコントロールできるのかということを憲法上書かないとまずいのではないか。
 解釈改憲はまずいというのが、中山(太郎衆院憲法調査会長)さんと僕との共通の理解だ。(解釈改憲は)憲法と法律に対する不信、法の支配の形がい化につながるので、それならば憲法を変えた方がよい。そしてそのためには憲法裁判所があった方がよいという説だ。
 ――憲法裁判所が違憲判決を出したらどうなるのか。
 ◆例えば自衛隊なら、自衛隊法は憲法違反でいいんですよ。憲法裁判所が憲法違反と言えばよい。そしたら憲法を変えればよい。それが必要な政策、選択であるのならばそうすればよい。そこをごまかしてきているから、いろんな矛盾が出て、こういう場合にはどこまでできるのか、できないのかという議論が絶えず蒸し返されるわけでしょ。憲法を変えると言うことは何も悪く変えることばかりでなくて、良く変える場合だってあるんだから。例えばアメリカのようなデモクラシーの帝国に対しては、協力もできないという憲法を作れば良い。
 ――そういう方向で議論は進められそうですか。
 ◆右左の改憲論みたいなものを超えたところで国民合意が作れるのか、国民の意識を未来志向の憲法論に収斂(しゅうれん)することができるのかと考えると、僕はまだまだ憲法調査会の議論を見ているかぎりではそういう状況ではないと思う。依然としてまず再軍備みたいなものがあり、一方では護憲というよりも憲法固守みたいな議論が強い。
 ――最終報告が両論併記になる可能性もありますか。
 ◆55年体制下の対立を両論併記で書いても意味がないという気がしている。やるならば大方の見解はこうだというような、憲法草案になる骨子のようなものを書くべきだと思う。


 
 
 
 
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