2002/11/02 毎日新聞朝刊
[憲法特集]衆院憲法調査会中間報告(その2止) 論点いっそう多様化
◇衆院憲法調査会中間報告書(要旨)
■憲法と制定過程
《日本国憲法の制定経緯の評価》
【GHQによる「押しつけ」の観点を重視】
占領時アメリカの対日政策の基本は、日本を再び脅威とならないよう弱体化させること。その一環として憲法の作り直しが行われた。(奥野誠亮委員・自民)
現行憲法には、制定時に日本人のイニシアチブが及んでいなかったので、国家の基本法としての正統性がない。国会で現行憲法を否定する決議をまず行い、新憲法の制定に着手すべきだ。(石原慎太郎参考人=東京都知事)
【「押しつけ」の観点を重視しないか、または認めない】
過去に「押しつけ」があったかよりも、主権者である国民が今の憲法をどう考えているかが重要。制定経緯の議論自体否定しないが、今からどうするかが本質だ。(枝野幸男委員・民主)
「押しつけ」の有無と改憲の必要性を結び付けるべきでない。過去にとらわれすぎると将来への対処を誤る。「押しつけ」ばかりを強調し、日本が自らの利害を考えて憲法を受け入れる決断をした事実を見失うべきでない。(五百旗頭真参考人=神戸大院教授)
【その他】
日本がGHQ案を受け入れたのは、一種の脅迫による意思表示のようなものであるが、何度も総選挙を経て国民による法定追認のような形で、瑕疵(かし)の治癒が行われた。(石破茂委員・自民)
《憲法への評価》
【肯定的または積極的評価】
民主主義及び平和主義の国づくりで大きな功績をもたらした主権在民、平和主義、基本的人権の尊重という日本国憲法の三原則は、現行憲法の重要な精神としてこれからも大切にしたい。(鹿野道彦委員・民主)
日本国憲法の前文が掲げる理念は、その保障に徹底した規定が置かれている。こうした体系的一貫性と徹底性は、世界的にも例がなく、ここにこそすぐれた点がある。(小田中聰樹陳述人=専大教授)
【否定的または懐疑的評価】
国民主権、基本的人権の尊重、平和主義や国際主義など西洋的民主主義の概念を定めた現行憲法は、一方で和の精神や家族共同体など東洋的なもの、日本の伝統、文化や歴史をなくしてしまう要素があるのではないか。(杉浦正健委員・自民)
《憲法改正》
【改正すべきだ】
各国においては時代の変化や要請に従い憲法は適宜改正されてきたのであり、一度も改正されていないのは、国会の怠慢とも言うべきものである。(山崎拓委員・自民)
日本国憲法も今や制度疲労を起こし、現状に合わなくなってきており、現行憲法を明治憲法のように「不磨の大典」としてしまうと、国民を守ることができなくなってしまう。(松本健一参考人=麗澤大教授)
【改正する必要ない】
憲法は国の根幹を明確にし、国の理想や目標を掲げるものであり、現実の政策は憲法を踏まえた法律によって行うのがわが国の形である。(横路孝弘委員・民主)
今日、声高に国家観やさまざまな形での改憲論を主張する者には、やはり国家主権論の考え方が強いと感じる。(伊藤茂委員・社民)
【改正手続きの要件緩和に積極的】
憲法に対する信頼性を損なわないため憲法改正手続きのハードルを下げ、必要な時に迅速に改正できるようしておくべきだ。(船田元委員・自民)
【改正手続きの要件緩和に慎重】
憲法改正手続きは重要で、現行のまま厳しくしておくべきだ。(志村憲助陳述人=東北大名誉教授)
《象徴天皇制》
【積極的評価】
天皇は日本国及び日本国民統合の象徴であるとの文言は、新しい憲法でも使える言葉である。(奥野誠亮委員・自民)
実権を首相、権威を天皇に振り分けている現在の象徴天皇制は、なかなかの知恵によるものであり、戦前の天皇制よりもむしろ日本の伝統に合致しているのでは。(北岡伸一参考人=東大教授)
【制度の意義等を検討】
憲法論議においては、平等の視点から、天皇制についても、その廃止・存続を視野に入れた議論が必要である。(植田至紀委員・社民)
■国民の権利・義務
《義務規定》
【新設に積極的】
権利規定は多いが義務規定は少ないことが高齢化社会における家族の崩壊の原因になっている。時代の変化を取り入れて憲法を改正すべきだ。(今村雅弘委員・自民)
社会を守るための義務という観点が弱いので、義務規定を増やすとともに、権利とバランスの取れる形で前文中に義務に関する文言を加えるべきだ。(西沢潤一参考人=岩手県立大学長)
【新設に慎重】
憲法とは国民が国家権力の行使に限界を設けるものであり、義務の記述が不十分という批判は当たらない。(塩川鉄也委員・共産)
憂慮されるのは個人より国家といった新たな国家主義の台頭。権利ばかり主張して義務を果たさないなどの論調から、全体的な人権感覚の希薄化を憂える。(中田作成陳述人=大阪工業大助教授)
【国防の義務、徴兵制】
自らの国家を守ることが奴隷的苦役であるような国は国家に値しない。徴兵制は憲法違反ではない。(石破茂委員・自民)
徴兵制は18条の意に反する苦役に該当する。(大出彰委員・民主)
《新しい人権》
【明記に積極的】
新しい価値観である環境権、国民の知る権利、個人のプライバシー保護といった観点から憲法の見直しは当然、行われなければならない。(五十嵐文彦委員・民主)
「情報に関する権利」及び「環境に関する権利」は慎重に内容を考慮したうえで、その外延と内包を明確にし、憲法上明記してもよい。(伊藤哲夫参考人=日本政策研究センター所長)
【明記の必要ない】
環境権や知る権利は法律でまず実行したうえで憲法について議論すべきなのに、法律制定段階で明文化に抵抗していた人が憲法では必要だというのは摩訶(まか)不思議だ。(辻元清美委員・社民)
環境権は13条及び25条に基づくものとして、情報公開の権利は21条の表現の自由から導かれる知る権利などに基づくものとして、すでに現行憲法の中に十分に位置づけられている。(馬杉栄一陳述人=弁護士)
《選択的夫婦別姓》
【導入に積極的】
個人の尊厳と本質的平等の中には姓の選択制も含まれているので、夫婦別姓を導入すべきだ。第三者が家庭の崩壊を理由に反対するのは選択肢のたくさんある社会を不自由にする考え方だ。(原陽子委員・社民)
自由というのは選択の幅が広いほど良いので、姓についてもどれでもよいということが重要。夫婦別姓にすると家庭が崩壊するという表面的な議論は全く信用できない。(阪本昌成参考人=広島大法学部長)
【導入に消極的】
夫婦の同姓は日本のよき伝統。夫婦別姓を導入すると、家族の崩壊や少年非行、男女の性の乱れを誘発する危ないステップを踏む恐れがある。(葉梨信行委員・自民)
■首相公選制と国民投票
《首相公選制》
【導入に積極的な評価】
首相公選制で直接国民が選んだとしても独裁にならず、日本のリーダーシップを生かす形となる。(島聡委員・民主)
首相公選制が衆愚政治になるという懸念があるが、最終的には国民を信じるかどうかという問題である。(松本健一参考人)
21世紀は、電子投票を導入することなどにより、国民が直接リーダーを選出できるような時代とすべきである。大統領制か、首相公選制を選択するかはともかく、国民が自らの意思で自らのリーダーを選べるのか、という点が重要である。(孫正義参考人=ソフトバンク社長)
【導入に消極的な評価】
首相公選制の導入は、天皇制との関係が問題となっていること、また、議院内閣制の運用で対応が可能なことを考えると必要ない。(藤島正之委員・自由)
首相公選制導入はマスコミを通して政治家が評価されている現状を考えると、ポピュリズムにつながるおそれがある。(西川京子委員・自民)
首相公選制の導入は、国会との関係、天皇制との関係等統治機構に関する広範な論点について慎重な検討を要する問題であり、思いつきで論じてはならない。(中山太郎会長)
首相公選制は、憲法改正なしには絶対不可能な制度である。制度設計をするにあたっては、衆議院の解散の問題をはじめ多岐にわたる論点を検討しなければならず、大変な時間と労力が必要になる。コストを考えた場合、首相公選制の導入は無理である。(山口二郎参考人=北大院教授)
《国民投票制度等》
【導入に積極的な発言】
首相公選あるいは国民投票制度という直接民主制を日本の政治の中に組み込むべきである。現在、そのようなシステムがないために、代議制の中で国民と政治家が離れすぎてしまっている。(松沢成文委員・民主)
【導入に消極的な発言】
国民にとって、短期的には不利益だが、中長期的な観点から必要な施策、例えば新税の導入について、国民投票を行うというような直接民主主義的手続きをとった場合、適切な判断がなされないのではないか。(中川昭一委員・自民)
◇政界と世論にギャップも−−「直接民主制」に関心
「9条」以外の分野の改憲論議の柱として国民の関心を集め始めているのが、首相公選制や国民投票制導入に代表される「直接民主制的」な論点だ。県議会による不信任決議が住民に否定された長野県知事選や各種住民投票の浸透など、地方自治を中心に政治への「直接参加」がクローズアップされている。しかし、政界では首相公選制を中心にむしろ慎重論が強まっており、世論とのギャップが生じつつある。
毎日新聞の9月の世論調査によると、憲法を改める方がよいと答えた「改憲」派は過去最高の47%に上ったが、改正志向の人が挙げた改正ポイント(3項目)は、「首相公選制」(46%)▽「『知る権利』の明示」(37%)▽「重要政策の国民投票」(同)などが上位を占め、逆に9条改正に関係する「自衛隊の位置付けを明確にする」は過去3回の調査で最低の32%だった。
「ソフト改憲志向」とも言うべき9条以外のポイントを挙げる人は若年層で目立ち、「憲法改正派」全体の増加を底上げしている。
しかし中間報告では「首相公選制」について中山太郎会長を筆頭に全体として否定的意見の分量が多く、慎重方向をにじませた。「疑似国民投票」の様相を呈した自民党総裁選を経て誕生した小泉政権の「小泉・真紀子ブーム」を経て、国民の直接参加は、議員側には警戒されているのが与野党の実情。首相公選制を導入しながら廃止したイスラエルを昨年、調査団が視察した際には「小党分立を招いた」との指摘が多く聞かれた。
重要政策をテーマとする国民投票制度については中間報告で、積極、慎重両論がほぼ等量、併記された。これも、代議制のあり方自体に影響するだけに、国会議員にはもともと慎重論が根強い。
地方自治の現場では田中康夫長野県知事の再任劇、市町村合併をめぐる住民投票の急増と、自治と住民が直結する場面が目立つ。市民団体「首相公選の会」で同制度導入を推進する小田全宏代表は「日本は自治体は公選制、中央は議院内閣制というダブルスタンダードだが、最近は自治体システムの方がうまく稼働している。首相と与党が対立して国政が動かない現状打開には首相公選制が必要だ」と強調する。
今後は「護憲VS改憲」の従来の対決構図が、環境権などの新しい人権論議、さらに道州制導入論議も絡み「9条改憲VSソフト改憲」の構図に転化する可能性もある。また、憲法改正の手続き自体が国民投票を要件としており、国民の政治への直接参加は9条改憲派としても無視できない課題であることも事実だ。【人羅格】
◇関係条文
67条 内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だって、これを行う。
92条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。
96条 この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
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