2002/11/02 毎日新聞朝刊
[憲法特集]衆院憲法調査会中間報告(その1) 比重は「9条改正」に
◇衆院憲法調査会中間報告書(要旨)
衆院憲法調査会が1日、約2年半にわたる論議をまとめた中間報告書を提出した。700ページ余に及ぶ報告書は、中山太郎調査会長が見解を述べた「まえがき」を除けば、特定の視点からの集約を排し、多様な意見をそのまま記載した議事録であり、憲法をめぐる議論が、ますます複雑になっていることを示している。報告書の主なポイントをまとめた。
■まえがき
本報告書は、約2年半の調査会での委員、参考人の多様な発言を、論点ごとに分類して整理してある。私なりに総括すれば次の通りだ。
評価は別としても、憲法制定にまつわる客観的な歴史的事実については、おおむね共通認識を持つことができた。
違憲立法審査制は諸外国の憲法裁判所と比較すると検討課題は多い。
「21世紀の日本のあるべき姿」について、多様な観点から議論が行われた。その一つに、わが国を取り巻く国内外の情勢が制定当時には想像もつかないほど大きく変化しており、これを憲法にどのように反映させるべきかどうかという観点がある。例えば安全保障に関する概念は、「国家の安全保障」から「地域の安全保障」「人間の安全保障」へと変化してきたが、これは、わが国の安全保障、国際協力のあり方に大きくかかわるものだ。
情報技術の革新は高度情報化社会をもたらしたが、半面、個人のプライバシーを大きく脅かす側面をも有するようになり、生命科学・医療分野の技術革新は、人間の尊厳や生命倫理の根幹を揺るがしかねないところまで進展、人権保障のあり方に大きく影響を与えるものとなっている。
3度にわたる海外調査で、印象的だったのは、いずれの国も、国際社会の変化や国内的事情を背景に、国民的論議を通じて、随時憲法改正が行われている点だ。
首相公選制導入は、慎重・消極的な意見が多数を占めたと思われる。
今後とも「人権の尊重」「主権在民」「再び侵略国家とはならない」との理念を堅持しつつ、新しい日本の国家像について、全国民的見地に立って、広範かつ総合的な調査を進めていく所存だ。(衆院憲法調査会長・中山太郎)
■安全保障
《平和主義》
【戦力不保持ととらえ積極評価】
ハーグ世界市民平和会議で戦争違法化の潮流を戦力不保持に発展させた9条が高く評価されたことを認識すべきだ。(佐々木陸海委員・共産)
【戦力不保持ととらえることに否定的】
パワーバランスによって平和が維持されている国際社会の現実を踏まえるべきだ。(中野寛成委員・民主)
【今後も堅持し実践すべきだ】
戦争放棄を誓った日本がアジアや世界の人々から信頼される唯一の道は、米国が正義の戦争と判断しても非戦・不戦に徹し、非戦・不戦国家を増やす努力をすべきだ。(東門美津子委員・社民)
【今後は修正を加えるべきだ】
9条1項は侵略戦争を繰り返さない意味で重要だが、2項は軍事協力を含む国際協力により国際社会の平和を維持する積極的な平和主義の立場から見直すべきだ。(二見伸明委員・自由)
《自衛権》
【保持の憲法解釈】
自衛権が国家固有の権利である以上、個別的自衛権であれ集団的自衛権であれ、保持し、行使できるのは当然であり、憲法に明記する必要はない。(石破茂委員・自民)
侵略を受けた場合の自衛権の行使は当然に認められる。(孫正義参考人=ソフトバンク社長)
【保持を明記すべきだ】
自衛権が国家固有の権利である旨、憲法に明記し、9条をめぐる神学論争に終止符を打つべきだ。(三塚博委員・自民)
9条2項の規定はあいまいかつ国際社会の現実を無視しており、削除するか、削除のうえ自衛権の保持及び積極的な国際協力の推進を明記すべきだ。(田中明彦参考人=東大教授)
《集団的自衛権》
【行使に肯定的】
文民統制が十分に機能していることを前提に行使を認めるため9条を改正すべきだが、改正が困難なら政府解釈を変更すべきだ。(田久保忠衛参考人=杏林大教授)
【行使に否定的または慎重】
行使を認めることはアジア諸国に不信感と脅威を与え、国益擁護の観点からはマイナスの効果が生じるのではないか。(日森文尋委員・社民)
《自衛隊》
【合憲】
9条は自衛権までも放棄したものではないとの解釈から自衛隊の整備が図られてきたのであり、現在、この点についてほぼ異論はない。(久間章生委員・自民)
自衛隊の存在は多くの国民から認知され、与野党一致して認めている。9条について国論が二分されているわけではなく、改正の必要があるとは考えない。(進藤栄一参考人=筑波大教授)
【合憲だが明記すべきだ】
自衛隊の存在は合憲だが、9条についてさまざまな解釈がなされている現状にかんがみれば、侵略戦争を行わない理念を堅持しつつ、これを統一すべく改正すべきだ。(藤島正之委員・自由)
合憲性に疑問を抱くものがいるのは憲法の文言があいまいだからだ。自衛権を行使するための組織を明記すべきだ。(手島典男陳述人=仙台経済同友会代表幹事)
【違憲の疑いがあるため明記すべきだ】
9条は自衛のための戦力の保持及び交戦権まで放棄したものと解釈できるため、主権国家の憲法規定として不適切だ。(高市早苗委員・自民)
自衛隊の存在は違憲だ。9条を改正し、第3項として自衛のための戦力を保持する旨、明記すべきだ。(石原慎太郎参考人=東京都知事)
【違憲の疑いがあるため解消または転換を図るべきだ】
自衛隊の存在という違憲状態を平和主義の精神を貫徹することにより解消する方向で段階的な政治解決を図るべきだ。(山口富男委員・共産)
自衛隊の規模を縮小するとともに、米国及び近隣諸国の理解を得つつ、災害救助、PKOなどを任務とする非軍事的な組織へと段階的に転換させるべきだ。(結城洋一郎陳述人=小樽商科大教授)
《国際協力》
【憲法改正を検討すべきだ】
国連軍などへの参加をはじめとする集団安全保障に日本が参画していく旨、憲法に明記すべきだ。(赤松正雄委員・公明)
【改正の必要はない】
憲法にはグローバル化が進展する中で環境問題などの諸課題に平和的手段で貢献する旨が明らかにされている。(春名 章委員・共産)
《有事法制》
【緊急事態対応の根拠規定を憲法に設けることに肯定的】
憲法は武力攻撃、緊急事態、大規模テロ、サイバーテロなどを想定していない。米軍が駐留することの根拠、それが有事に憲法秩序を擁護することの根拠を欠く。(首藤信彦委員・民主)
危機管理に関する首相の責任及び権限、緊急事態における国民の権利義務関係などを憲法に明記すべきだ。(森本敏参考人=拓殖大教授)
【緊急事態対応の根拠規定を憲法に設けることに慎重】
武力行使を前提とする有事法制の議論は憲法の平和主義に反するとともに、アジア社会から国際的な信義にもとるとの批判を受けている。(山口富男委員・共産)
危機管理については憲法上の規定が存在しなくとも当然、国家に責任があると考えてよいのではないか。(貝原俊民陳述人=兵庫県知事)
■地方自治
《道州制》
【導入に積極的発言】
市町村合併が進み、基礎的自治体に権限と税・財源が移譲された後には、中間的な存在である都道府県を整理して道州制を導入し、無駄のないすっきりとした国の統治構造を作るべきである。(保岡興治委員・自民)
【導入に否定的発言】
何のために自治体を拡大するかの理念が見えず、導入した場合は住民の声が反映されにくくなる懸念があり、賛成できない。(春名 章委員・共産)
《住民投票》
【導入に積極的発言】
地方自治権、住民自治の強化の観点から、代議制民主主義を大転換して直接民主主義的に理解し直すことで、住民投票を積極的に再評価すべきで、憲法規定が望まれる。(大隈義和参考人=九大院教授)
【導入に慎重な発言】
国策にかかわる問題については、住民投票はなじまない。地域の意向をくみ上げる手続きに、相当のコストをかけるべきである。(森田朗参考人=東大院教授)
【注】報告書要旨中の「委員」は、調査会メンバーの衆院議員で所属政党は当時。既に辞職、引退している議員も含む。「参考人」、公聴会での「陳述人」の肩書も発言当時。
◇「タカ派/ハト派」図式崩れ
憲法9条をめぐる環境はこの10年余で大きく変わった。90年、湾岸危機のぼっ発で多国籍軍への参加を目指した国連平和協力法案が国会で廃案となり、参加対象を国連平和維持活動(PKO)に絞ったPKO協力法が「海外派兵反対」を叫ぶ旧社会党の牛歩戦術による抵抗を経て成立したのが92年。以後、PKOや国際緊急援助活動で海外派遣の実績を積んだ自衛隊は昨年9月の米同時多発テロを受け、米軍などへの後方支援のためインド洋へ「出動」した。
こうした情勢変化を踏まえ、中間報告書のうち9条に絡む「安全保障及び国際協力」の項目には全体の6分の1以上が割かれた。論点は9条解釈から国連への協力、テロ対応まで多岐にわたり、自衛隊の認知が進んだ今も憲法論争の焦点は依然、9条であることが浮かび上がった。
ただ、国民の9条論議への関心は余り高くないのも事実だ。
衆院憲法調査会の仙谷由人会長代理(民主党)は、「物好きな人が右と左に分かれてワーワー騒いで、メディアがお囃子(はやし)を流すみたいな雰囲気はよくない」と述べ、9条論議が国民から、かい離している現状へのいらだちをメディアにぶつけた。だが、政治の現場で具体的な議論を避けてきたことが関心を失わせた大きな要因だったのではないか。
自民党の悲願とも言うべき有事法制を実現させようと考えた小泉政権は、昨年の米同時多発テロ、東シナ海の不審船事件を理由に「備えあれば憂いなし」と緊急事態への備えの必要性を強調した。ところが今年4月、国会に出てきたのはテロ・不審船対応を対象から除外した武力攻撃事態法案。治安出動や海上警備行動を含む自衛隊の活動全般を本格的に見直そうとすれば、9条論議の迷路で“遭難”しかねない。ガラス細工のような政府の9条解釈を守るための方便だった。
中間報告書を見ると、改憲・護憲の平行線の議論の向こうに「右と左に分かれて騒いでいるだけではない、いくつかの方向性」も見えてくる。改憲論では戦前回帰の主張は影を潜め、9条1項を「侵略戦争の放棄」ととらえて堅持することを前提に、戦力の不保持をうたった2項を自衛隊の実態に合わせて修正すべきだと論じたものが多かった。調査会の中山会長は報告書の「まえがき」で「再び侵略国家とはならない」ことを今後の議論の基本理念に掲げ、9条改憲のコンセンサス形成に意欲を示した。
9条には指一本触れるべきではないと考える護憲派は「衣の下に鎧(よろい)が見える」と批判するが、一方には、平和主義を強化するために非核三原則の明文化を主張する「改憲派」もいる。憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使を可能にしようという解釈改憲論のタカ派は「護憲派」でもあり、「改憲=タカ派」「護憲=ハト派」という単純な図式は崩れた。自民、民主両党に共通する「安全保障基本法」制定の動きはこの流れの中にある。
今後は米国のイラク攻撃も予想される。各政党、各政治家が9条への具体的スタンスをはっきりさせ、この問題をめぐる日本の対応を議論すれば、もっと国民に分かりやすい9条論議につながるだろう。【平田崇浩】
◇憲法9条
9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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