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1998/05/03 毎日新聞大阪朝刊
[探る斬る]憲法と日米防衛新指針 後方地域、揺れる線引き
 
 日本国憲法9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
 「平和憲法」をめぐる論争の中心は、現在に至るまで戦力保持を否定した9条だ。自衛隊の合・違憲問題に一応のピリオドが打たれ、東西冷戦構造の崩壊、社民党(旧社会党)の日米安保容認などの政治的な変遷後、憲法論議はいったん沈静化している。日米両政府は新たな日米防衛協力指針(ガイドライン)を決定、政府は憲法記念日を前に、対米軍支援を含む関連法案を国会に提出した。法案に盛られた自衛隊活動は、政府の憲法解釈で違憲とされる集団的自衛権行使との境界線上に差し掛かっており、改めて論議が沸き上がろうとしている。「憲法とガイドライン」のすれすれの攻防を検証する。 【本谷夏樹、人羅格】
 政府が社民党の反対を押し切って4月28日、閣議決定した周辺事態措置法案など関連法案の作成過程でのこと。日本周辺で展開する米軍への自衛隊の後方地域支援などが、政府自らが違憲とする集団的自衛権行使や武力行使に抵触するかどうかで、内閣安全保障・危機管理室と憲法解釈の責任部局である内閣法制局、外務省、防衛庁との間で何度も協議が繰り返された。
 昨年9月の新指針決定を受けて、12月から法案作成作業が本格化した。まず、そ上に上ったのは、新指針が後方地域を「戦闘地域とは一線を画された日本周辺の公海とその上空」と記述した「一線」問題だった。
 内閣法制局担当官は「『一線』をどこに引くのかと国会で追及されたら答えられないのではないか」と指摘。外務・防衛当局が「頭を絞って考えた」(防衛庁幹部)のが「戦闘行為が行われておらず、行われることがないと認められる範囲」という、持って回った表現だった。
 しかし、1990年10月の衆院国連平和協力特別委員会で工藤敦夫法制局長官(当時)が集団的自衛権行使になる「米軍の武力行使との一体性」の判断基準として「戦闘行為のところから一線を画されるようなところ」と答弁。それ以来、政府の見解として定着していた。それが、今回の法案作成で見解が揺れた。
 一方、一線画定の困難さは任務遂行の責任を負う自衛隊からも指摘されていた。航空自衛隊の平岡裕治幕僚長は3月27日の記者会見で「航空優勢(空域での優位)とは時間的、地域的にどんどん変わるものでゴムひもを互いに引っ張るようなもの。ガイドラインにおける『一線を画する』という問題はなかなか難しいだろうと思っている」と発言。「一線」の危うさが露呈した。
 戦闘地域が刻々と変わる状況では「戦闘行為が行われない」後方地域も変化する。安保・危機管理室幹部は「戦線が拡大すれば引けばいい。法案には状況が変われば(支援を)中断することも書いてある」と説明するが、米軍と一体化する恐れは大きい。
 「最後まで調整が手間取った」と防衛庁担当者が認めるのは武器使用問題だった。ここでは、海外派兵との関連で法制局の念入りなチェックが入った。
 在外邦人救出に艦船派遣を認める自衛隊法改正案では、邦人を守るため隊員が武器を使う根拠について、法制局内の見解が分かれた。隊員自身を守るための武器使用規定と同様に「生命や身体を守るための自然権的権利」で説明可能か、それとも不可能かで鋭く対立したのだ。結局、担当幹部の「多数意見」という異例の形で前者に決着したのは、法案を与党に提示する前日の4月21日だった。
 周辺事態での不審船舶の検査(臨検)でも、武器使用につながりやすいとして、実際の活動の進め方をめぐって安保・危機管理室と法制局の間で調整が難航。乗船してからの積み荷検査は船長の同意を得ることや、威嚇射撃は実弾を使わずに空砲とすることを法案に記すことになった。
 しかし、「これでは隊員保護に自信が持てない」との危機感が防衛庁にはある。最終的に法案要綱の段階では「必要最小限」とされた武器使用が「合理的に必要とされる限度」に広がり、同庁が巻き返した。さらに、国連平和維持活動(PKO)協力法で適用を除外している船舶などの装備が攻撃された際に、大型武器使用を許す自衛隊法95条の適用も認めることにした。


 
 
 
 
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