1994/12/24 毎日新聞朝刊
[社説]変わる政治 政策、理念の一致こそ 政界再編にも筋道が必要――戦後50年
「世界中で一番やっかいなのは猜疑心(さいぎしん)と憎悪であります。新党発足後はこのような猜疑心と党派心がなくなるようにしたいと思います」
鳩山一郎首相(民主党総裁)の演説が静まり返った会場に流れた。
今から三十九年前の一九五五(昭和三十)年十一月十五日。日本民主党と自由党の保守合同がなり、東京・神田の中央大学講堂で結成大会が開かれた。
当時、自由党の若手衆院議員で、副幹事長の職にあった松野頼三氏(元防衛庁長官)も約千人の党関係者で埋まった会場の一角で、緊張と興奮にうちふるえながら壇上の鳩山氏の演説に耳をそばだてていた。
「鳩山さんの演説は短かったが、人間・鳩山を感じさせる温かさにあふれていて、私は感激した」と今は政界のご意見番をもって鳴る松野氏は往時を回想する。
このころ、国際情勢は米ソ両超大国を頂点とする東西冷戦が激化の度を加え、日本も朝鮮戦争、講和条約を経て自由主義陣営の一員として冷戦構造に深く組み込まれつつあった。
国内的には、保守政党間の相次ぐ抗争で政局は絶えず揺れ動き、国政は停滞の極みにあった。
こうした中、鳩山氏を党首とする民主党は五四年十二月に左、右両社会党の協力を得て宿敵、吉田茂総裁の自由党から政権を奪い、鳩山内閣を実現させた。
一方、翌五五年二月の総選挙で急激に勢力を伸ばした左派社会党と右派社会党の間には、憲法改正阻止を合言葉に「共同政権」樹立の機運が盛り上がり、統一の動きが急ピッチで進んだ。
◇「保守の危機」が急がせた
保守体制の危機にさらされた民主、自由両党にとって保守合同は急務となった。同年三月の第二次鳩山内閣発足後、両党間の折衝は慌ただしさを増した。
松野氏は保守合同に当たって両党間の政策をすり合わせる自由党側政策委員として連日、民主党側政策委員との折衝に明け暮れた。
両党から十人ずつの委員を出し合う保守合同政策交渉委員会は、もっぱら国会内の衆院議長サロンが使われることが多かったが、十項目にわたる合意事項を詰める作業は難航に難航を重ねた。最大の対立点は憲法改正問題の取り扱いであった。
民主党側は憲法改正・再軍備を強く唱えてきた鳩山氏の意向を体して憲法改正の明確化を主張し、憲法改正に一貫して消極的姿勢を取った吉田路線を前面に押し出す自由党側と真っ向から対立、口角泡を飛ばしての激論が続いた。
「私たちは『憲法改正を検討するのはいいが、どう改正するのか具体案もないのに、いきなり憲法改正を党是としてうたうのは適切でない』と論陣を張った。しかし、中曽根康弘君ら民主党側は『改正をうたわずに、何を検討するというのか』と一歩も退かない。毎回、いたちごっこのような論議の繰り返しだった」と松野氏は振り返る。
そんな水かけ論に終止符を打たせたのは、やはり左右社会党の統一が具体的な日程に上り、「このままでは社会党政権復活を許すことになる」との恐怖と危機感だった。
結局、両者が歩み寄り「憲法改正」の文言を「自主憲法制定」という努力目標的表現に置き換えたことで辛うじて妥協が成立した。
◇寄せ木細工の保守合同
こうした保守合同に至る経緯から自民党は理念、政策、人事配置も極めてあいまいな寄せ木細工の政党としてスタートせざるを得なかった。
「立党宣言」「綱領」「党の使命」など他の党の基本文書もまた新憲法尊重、日米協調重視の吉田自由党路線と、憲法改正・再軍備、日ソ復交を含む自主外交の鳩山民主党路線との折衷作文であった。
保守合同より一足早く、十月十三日に左右社会党の統一が実現し、社会党が結成された。政界は戦後初の大規模な政界再編を完結させ、自民、社会両党の二大政党による五五年体制がここに確立された。
松野氏はいま自民党一党支配の三十八年を「自由党と民主党は確かに結合したが、決して融合、一体化はしなかった。政策でも人事でもことごとにいがみ合い、抗争を繰り返した。それもこれも出発点で合意を詰め切れず、保守合同を最優先させたことに起因する」と総括する。
昨年夏、自民党は分裂のあと、総選挙で敗北、新たな政界再編を告げる非自民の連立政権が誕生して自民党一党支配体制は終止符を打った。
そして今、自社連立政権の下、旧連立勢力による新党・新進党が結成され、政界再編第二幕が開いた。
再び与党となった社会党も右派新党の結成含みで揺れ動いている。
しかし、いずれも理念、政策は二の次で、小選挙区制導入に対応した数合わせだけが先行している。
自民、社会両党が政策、路線の違いを封印して安易に新党結成を急いだことが、その後の党内抗争と政治の混迷を招いた歴史の苦い教訓は、何ら生かされようとしていない。
政界再編は単に目先の政権争奪のための離合集散、多数派形成に終わるのではなく、新しい政治秩序の構築へ向けた真の意味での政党政治の活性化につながるものでなくてはならない。
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