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1992/06/10 毎日新聞朝刊
[社説]歴史に対する国会の責任
 
 国連平和維持活動(PKO)協力法案の参院可決を受けて、自民、公明、民社三党は社会、共産両党の反対を押し切って衆院特別委員会での審議入りを強行した。
 この国会での成立を急ぐための方針転換とみられるが、有無を言わさぬ強引なやり方は極めて遺憾である。
 自公民三党は、法案本体については審議ずみなので、衆院本会議で改めて趣旨説明や質疑を行う必要はない、と主張している。しかし、参院段階の修正で、法案の核心ともいうべき平和維持軍(PKF)を凍結し、国会の事前承認制度を導入した結果、法案の性格は大きく変わっている。
 そこを無視して、必要な手順を踏まないのは、法案審議を急ぐあまりの暴挙というほかはない。
 PKO法案は、日本が国際社会で生きていくうえでの進路に深くかかわっている。国連旗の下とはいえ、自衛隊の本格的な海外派遣は、戦後とってきた国是の変更につながる憲法改正に比すべき重大な問題である。
 国会ではそのための十分な論議が行われ、国民合意が形成されたといえない。これまでのPKO論議は、国際貢献のために自衛隊を派遣することの是非に焦点があてられ、日本の進路や国際的な役割についての視野の広い検討を欠いている。
 審議時間が百時間を超えたという形式的な理由だけでは片付けられない性質のものである。国民の信を問う手続きを欠いたまま、国の基本方針を変更することは看過できない問題だ。
 PKO法案で第一歩を踏み出す自衛隊の本格的な海外派遣は、自衛隊とは別の平和協力組織をつくるという一昨年の自公民合意からみれば、大きな変質である。PKOを支持する世論の動向や、カンボジアのPKOに対する国連の協力要請など内外の環境変化は否定できないが、それと憲法上の疑義が残る自衛隊のPKF参加を同一視すべきではない。
 「凍結」という国会対策上の便法で、実質的な改憲に等しい国是の変更を図れば、立法府は議会主義にもとる重大な誤りを犯すことになる。PKFを削除し、できる範囲のPKO協力を行うべきなのだ。
 自公民三党は、自衛隊派遣はあくまで国連の平和維持活動に対する協力のためのものであり、さらに「凍結」の措置や「国会の事前承認」により、シビリアンコントロールの歯止めがかかっているとしている。
 だが、実際には国民の意思を抜きにして、自公民三党の合意と政府の憲法解釈により、いつでも凍結を解除し、弾力的に運用できる枠組みが設定されることになる。
 米国や自民党内には、PKF凍結への不満や、湾岸戦争型の多国籍軍に対する自衛隊の後方支援を求める声もあるようだ。
 自衛隊のPKO協力が「軍国主義復活」につながるとは思わないが、なし崩しの自衛隊の海外派遣は、その行動が将来拡大されることへの歯止めが有効に働かないことを意味する。韓国や中国などアジア近隣諸国の懸念もそこにあるとみていいだろう。
 冷戦後の国際社会の平和と繁栄のために、日本は経済・技術力を生かして地域の開発や、地球環境の保護、貧困の追放、軍縮の推進といった世界的な課題に、より積極的な役割を果たすべきだろう。PKO協力のあり方や自衛隊を国際協力にどう活用するかといった問題も、その一環として位置づけられなければならない。
 衆院審議にあたって、国会がPKO法案の成立を急ぐのではなく、そういう広い視野からの論議を尽くすよう望みたい。日本の進路を左右する歴史的な国会である。各党はその責任を十分自覚し、対応してほしい。


 
 
 
 
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