1992/06/06 毎日新聞朝刊
[社説]遺憾なPKO法案の採決
国連平和維持活動(PKO)協力法案が五日未明の参院特別委員会で可決された。国論が二分される中で、自民、公明、民社三党が採決を強行したのは極めて遺憾である。
日本が世界有数の経済・技術力をもつアジアの平和国家として、できる分野で最大限にPKOに協力するのは当然だが、それと同法案を成立させることは問題が別だ。
自衛隊の海外派遣は、状況次第では国際紛争を武力で解決しないという憲法第九条に基づく国の基本政策の変更につながる。国会の憲法論議に示されるように、実質的には憲法改正にも比すべき重大な問題である。
その認識のないまま、法案審議に長時間を費やしたという形式的な理由で、結論を急いだ自公民三党の行動はあまりにも軽率に過ぎよう。
冷戦後の日本の国際的な役割を考えると、参院特別委で可決された自公民三党の共同再修正案には、いくつかの疑問が残っている。
第一に、平和維持軍(PKF)に参加する自衛隊の指揮権や武器使用などに関する政府見解は、憲法上の疑義が少しも解消されていない。
見解が異なった時に多数決で結論を出す議会のルールを否定するものではないが、なし崩しの憲法解釈の拡大は、日本の進路に看過できない問題を投げかける。
第二に、ともかく自衛隊さえ海外に出せばよいとする発想は、かえって日本の国際協力のあり方を損ない、国際的な不信を招くことにもなろう。自衛隊をPKFに出さなければ、国際貢献はできないとする考え方はあまりにも視野が狭すぎる。
地域紛争の根底にある貧困の追放や、地球環境の保護といった分野を含めて、国際社会の平和と繁栄のために貢献する道を探るべきではないか。
第三に、文民を中心とする選挙監視や行政指導、医療活動、難民対策などは現行法の下でも実行できる業務だ。治安維持のための文民警察官の派遣もPKFとは関係なく、法的な整備が可能である。
国会が新しい時代にふさわしい日本の国際貢献のあり方を広く検討する中で、これらの疑問点を解明したとはとうてい言えない。初めから憲法の平和主義を疑問視して、積極的に発展させようとする姿勢を欠いているところに、大きな問題がある。
法案は兵力引き離しや武装解除などのPKF本体と、それに密接に関連する輸送分野などの後方支援業務を「凍結」している。その解除や実施に国会の議決を要するので、シビリアンコントロールの歯止めが利くというのが自公民三党の言い分だ。
しかし、凍結の範囲があいまいで、カンボジアのPKO協力でどう運用するのかも明確ではない。
もともと、二重三重にかんぬきをかけなければ施行できない欠陥法案を認めることは、立法府の権威を自らおとしめるものではないか。主権者である国民に対する責任も免れない。自衛隊派遣の枠組みを定めておいて、その核心部分を凍結すること自体が立法上極めて不自然である。
自衛隊の海外派遣は、本来であれば衆院を解散して国民の信を問うべき重大問題だ。アジア近隣諸国の理解を求める配慮も必要だ。そしてなによりも、自らの進路選択についての国民の判断が示されねばならない。
衆院定数の違憲状態や、参院選との同日選挙になる可能性が強いことは、解散論にブレーキをかける。だからといって、国会がその重要性から目をそむけてよいというわけではない。
参院本会議での審議、衆院段階の審議を通じて、PKFを削除する法案再修正も可能だろう。自公民三党の良識ある対応を望みたい。
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