1992/02/22 毎日新聞朝刊
[社説]看過できぬ解釈改憲の動き――小沢調査会答申案
自民党の「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」が憲法九条の解釈変更を軸に安全保障政策の転換を促す答申案をまとめた。時機をみて宮沢総裁に答申する予定という。
この答申案には党憲法調査会の栗原会長や後藤田元官房長官らの有力な反対論や異論があり、党の方針として決まっているわけではない。
しかし、会長を務める小沢元幹事長の党内発言力などから、調査会の結論を尊重する意向を表明している宮沢首相としても実質的な解釈改憲の踏み絵をつきつけられる形にもなり、政治的な影響は無視できない。
冷戦後の新しい平和秩序の構築や日本の役割について、国民合意を形成するには、さまざまな問題提起や、活発な論議があっていいと思う。国連平和維持活動(PKO)協力法案のように憲法をなし崩しに拡大解釈するやり方はとるべきではない。
答申案はその意味で大胆な問題提起といえるが、内容には看過できない疑問がある。
その核心は憲法の平和主義を見直し、安全保障面でも国際的な役割を果たすために「解釈改憲」の立場を明確に打ち出している点にある。
わが国は憲法九条により、国際紛争を解決する手段として武力を行使しないことを国是としている。日米安保体制の下で憲法解釈は変わってきてはいるが、自衛権行使を自衛のための最小限の範囲に限り、それを超える集団的自衛権の行使は許されないという一線は歴代内閣が守ってきた。
小沢調査会はこうした憲法解釈を時代遅れの冷戦の産物とし、冷戦後の国際協調のために、「集団的安全保障」または「国際的安全保障」という新たな概念を持ち出した。
憲法の禁じる集団的自衛権とは別の「国連が国際社会の平和秩序の維持のために実力行使を含めた措置を担保する制度」とし、それにより、武力行使を伴う場合でも国連軍に参加できるとの新解釈を示している。
だが、現実の問題としては国連憲章四二、四三条に基づく正規の国連軍創設は過去一度もなく、今後もその可能性は薄い。答申案の政治的な意味は、将来の国連軍参加ではなく、別のところにあるとみていいだろう。
「国際的安全保障」のために自衛隊の海外での武力行使が可能になれば、状況次第では「集団的自衛権の行使」、「海外派兵」が実質的に認められることになる。その結果、現行憲法は大きく変質する。
多国籍軍についてもさしあたっては医療、輸送、環境保全などの後方支援にとどめるとしているが、時の政府の政治判断一つで本隊そのものへの参加が視野に入ってくる。
また、国会では平和維持軍(PKF)への自衛隊参加をめぐり、憲法論議がかわされてきたが、新しい憲法解釈によりこうした問題は一挙に解消されることにもなるだろう。
こうしてみてくると、「国際的安全保障」の具体化は、従来の解釈では考えられない広範な裁量権を政府に付与する。憲法の拡大解釈の域を超える実質的な解釈改憲にほかならない。
本来であれば民意を問い、手順を踏むべき憲法改正問題について、解釈改憲の動きが出ていることに重大な懸念を抱かざるをえない。
答申案は憲法の平和主義を「一国平和主義」と批判する。そこには軍事的な制約をもつ特殊な国から「通常の国家」に脱皮したいという願望がこめられているようにみえる。
しかし、国際平和のために積極的な役割を果たすことと憲法の平和主義が相反するとみるのは間違っている。平和主義を創造的に発展させて、地球規模に広げていく努力こそ、新しい時代の日本の課題ではないのか。
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