日本財団 図書館


滝から落下した魚の生残
白旗 総一郎
 
 奥日光には華厳の滝をはじめ竜頭の滝や湯滝などの滝があり、その上流にも下流にも魚が住んでいる。もし滝から魚が落ちた場合その生残りはどうであろうか。
 
湯滝での滝落し実験
 滝の高さ67mの湯滝でマスの放流実験を行ってみた(Shirahata、1970)。滝壷は浅く径20m、深さ20-50cm、流量は毎秒0.8m3あった。平均体長8.5、19.3、31.1cm、体重10、127、508gの大きさの異なるニジマス3群を放流した。魚を完全に滝落しするため放流はこの滝の落ち口から一段下がった棚から行った。したがって滝壷までの落下高は55m、平均傾度54度の急流を不規則な岩盤に跳ね返る水とともに流下した。魚の流下は自由落下ではなく露出岩盤や水の動きに大きく左右された。放流から滝壷に入るまでの時間は最速の魚でも30-40秒かかった。
 再捕は53時間後でも完全ではなくアルビノ群A、Cで67-75%、普通体色の群Bで52%であった。この滝には径2m以下のプールが7か所あり供試魚の一部がそこに入り込んだのかもしれない。なぜなら釣人がこれらのプールからよく釣果をあげるからである。再捕魚についての生残率はそれぞれ70、91、57%であった。再捕魚を飼育したところ初めの3日間は摂餌が活発でなかったがその後活発になった。
 死亡は初めの数時間にみられた。再捕後1週間の累積死亡率は10-40%であり体重との関係は明らかでなかった。死亡魚の外部症状は背・体側の脱鱗と出血、鰓蓋の擦過傷と鰓、峡部の出血、それに眼球突出を伴った眼球の出血が主であった。内部症状では神経間棘周辺の体側筋の挫傷が著しかった。主に腎臓・肝臓損傷による腹腔内出血と同様に頭蓋内出血が特徴的であった。再捕8日後に死亡した大型魚の2尾では脱鱗部位の水腫と体腔内浸出液の充満が目をひいた。
 
室内実験
 死亡魚の症状から死亡は魚体と岩盤との衝撃に起因すると考えられた。また衝撃面での水の存在が魚の生残に重要であると考えられたので、コンクリートのような剛体に対してどのくらいの高さから魚を落とせば致命的であるかを試験した。平均体長9.5-28.3cm、体重16-401gのニジマス3群について1-5mの高さから自由落下させた。死亡は最初の1時間で起こり体重よりも落下距離の影響が大きかった。5mの落下では40%以上の死亡となった。衝突時の姿勢についてみると小型魚は頭を先にぶつける傾向があった。このことは小型魚の頭蓋出血の頻度が高かったことと一致する。頭部の打撲は致死的、即死的であった。死亡魚の症状は野外実験の例と同様であったが、ほかに肋骨の転位、頭部内出血による前頭部の黒化、眼球の出血斑がみられた。腹部を上にして水面を旋回する異常遊泳もみられた。これはうきぶくろがパンクし飲み込んだ空気が腹腔に蓄積したためであった。
 
華厳の滝から落ちた魚
 高さ97mの華厳の滝水は割と垂直に落下する。途中で魚が衝突する岩盤の出っ張りも少ない。末広(1960)はこの滝で面白い実験を行い、「私はかって華厳の滝の真上からマスを落す実験を行ったことがあるが、そのとき使った体長38cmに近いマスは1尾として生き残るものはなかった」と記述している。同じ華厳の滝から落下した魚でも生残りがよかったデータがある。それは1965年8月半ばに平均体重21gで中禅寺湖に脂びれ切断標識して放流したシロザケ5243尾のことである。この一部が同年11月から湖尻の華厳の滝から流下を始め11月11日から翌年1月26日の間に800m下流の発電所取水口の防塵ネットで再捕された。全長21-23cm、体重70-100gの22尾のうち1尾は死亡し、5尾は力なく泳いでいたが、他の16尾は健全でユスリカ幼虫やその蛹等が胃中に残存していた。この事例は体長38cmに近いマスよりも小型魚の方が生存の可能性が高いことを示している。魚が自由落下して水面に到達する場合の衝撃は、滝やダムからの落下、また航空機を用いた山岳地帯の湖沼へ放流する場合に問題となる。以下に関連問題として主に北米で行われた例を紹介しておきたい。
 
関連問題1: ダムからの落下
 Pressy(1956)によるとグラインズダムから54m自由落下したマスノスケとギンザケ幼魚は92%生残した。しかし高さ73mのベーカーダムではダム頭から24m下の彎曲したダム壁に水がぶつかる構造になっていて54-64%が死亡した。そこでベーカーダムのセンターゲートの一つにスキージャンプシュート方式の装置を設けた。体長7.6cmのギンザケをこの方式で落下させたところ今度は83%が生残した。死亡率の17%には壁衝突による死亡と落下後の食害が含まれる。そこで食害の問題を消去するため、ヘリコプターから水を張ったプールにサケマスを落した場合の生残を調べた。この実験からいえることは、90mまでの高さから体長16cm(47g)までの魚を落としても死亡は2%以下で無視できる程度であったが、体長31cm(337g)になると41%、体長66cmでは67%へと、魚体が大きいほど死亡が増大したという。また風洞実験において体長15.5cmのサケの自由落下速度を測定したところ45m落下で終端速度に達したので、45m以上の高さであればこの大きさの魚の落下速度にはまず影響がないであろうと述べている(Pressy、1966)。
 
関連問題2:空中放流(air drop)
 日本では寺尾ら(1964)がサケ×ヒメマス交雑種のオコタンペ湖への移殖放流試験に際し、平均体長32-55mm、体重0.1-1.6gを酸素ガス封入したビニール袋に入れヘリコプター放流を実施した。体長が6cm未満の稚魚であったから生存に問題はなかったと思われる。同じくヘリコプターの利用についてGarlick(1950)は、山岳地帯の湖沼群への放流に効果的、かつパイロットが好むのは湖面上30m、毎時74kmの低空、低速の放流が好結果を収めたと述べている。加オンタリオ州北中央部には幾千という湖沼群があり既に1930年代には空中放流が行われていた(Loftus、1956)。体長8-13cmのカワマスを上空210mから落すと落下速度は毎秒6.7mで湖面60×30mの範囲に着水したという。セスナ180型使用の例では体重1.1gものの放流では通常、巡航速度毎時129km、60-90mの高さから行われ(Cooper、1957)、デハビランド・オッタ型の場合体重27gのカワマスを速度137km、高度60/120mから落すと水面上長さ22-30mの楕円形に分散したという(Fraser、1968)。
 
まとめ
 魚が乾燥したコンクリート面に落下する場合、衝撃の全運動量は魚体自身だけで吸収しなければならない。体長9.5-28.3cmのニジマスの場合僅か5mの落下でも死亡が40%以上となった。一方水面に対する空中落下の場合は、運動量は魚体組織のほか水の弾性によって大きく吸収されることになり死亡は比較的に少なくなる。北米におけるヘリコプターからの落下実験やダムから直接ダム下の排水路への自由落下の事例からみると、90mまでの高さから落した場合体長16cm以下では死亡は無視できるが、魚体が大きくなると死亡が増大した。従って体長数cm程度の稚魚の場合航空機による湖への空中放流ではほとんど死亡はないと思われる。一方、岩盤の障害物がある湯滝を落下したニジマスの生残率は60%以上と推定された。水量が多いほど岩盤への衝撃のショックを和らげることになり生残はさらに高くなると考えられる。
 
文献
Cooper RD 1957. Aerial fish distribution in a Montana lake. Progressive Fish-Culturist, 19 (4) :190-192.
Fraser JM 1968. Effect of air planting on domestic brook trout. Progressive Fish-Culturist, 30 (3) :141-143.
Garlick LR 1950. The helicopter in fish-planting operations in Olympic National Park. Progressive Fish-Culturist, 12 (2) :73-76.
Loftus KH 1956. Equipment for dropping fish. Progressive Fish-Culturist. 18 (4) :181-184.
Pressy RT 1956. Fish distribution studies and free fall experiments related to power dam problems. Extract from Proceedings of Thirty-sixth Annual Conference of Western Association of State Game and Fish Commissioners, Vancouver B.C., June 1956. p.7-9.
Pressy RT 1966。私信。3月11日付。
Shirahata S 1970. Survival of trout dropped from a waterfall. Bull. Freshw. Fish. Res. Lab. 20 (2) :93-100.
末広恭男 1960. 青い目の魚. 東洋経済新報社、東京、p.71.
寺尾俊郎ら 1964. サケ×ヒメマス交雑種に関する研究 II. 交雑種(F1)の支笏湖及びオコタンペ湖への移殖放流試験 1. 水産孵化場研究報告、19:43-63.







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION