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プログラム第1日目
10月10日(木)
会場:国立京都国際会館 2階 ルームB−2
分科会5 時間15:00〜17:30
 
テーマ:
ブレインバンク(脳の研究と家族会)
趣旨:
精神疾患の原因究明のため様々な研究が行われています。最近では、患者さんの脳を分子レベルで調べるなどの研究も行われており、成果もあがってきています。このような研究には患者本人や家族の協力は欠かせません。この分科会では、現況、意義、倫理的な問題など、ブレインバンクをめぐる諸問題を考えます。
 
報告者
  
丹羽 真一
  
(福島県立医科大学医学部神経精神医学教室 教授)
 
 
高野美智子
 
(福島県立医科大学神経精神医学講座内精神疾患死後脳バンク運営委員会・賛助会「つばめ会」事務局事務担当)
 
 
 
 
「当事者・家族・研究者の協働によるブレインバンクの構築の経験」
報告者:
 
ジム・クロウ
 
(WFSAD会長 ニュージーランド)
 
 
 
 
「ブレインバンクの意義」
報告者
 
上森 得男
 
(神奈川県厚木市家族会フレッシュ厚木)
 
 
 
 
「当事者・家族の視点から」
報告者
 
マリリン・ミッチェル
 
(統合失調症ならびに関連疾患研究のためのネットワーク機関 オーストラリア)
座長
 
福居 顯二
 
(京都府立医科大学精神医学教室 教授)
座長
 
丹羽 真一
 
(福島県立医科大学医学部神経精神医学教室 教授)
 
分科会5 ブレインバンク(脳の研究と家族会)
「当事者・家族・研究者の協働によるブレインバンクの構築の経験」
丹羽真一
(福島県立医科大学医学部神経精神医学教室 教授)
高野美智子
(福島県立医科大学医学部神経精神医学講座内精神疾患死後脳バンク運営委員会・賛助会「つばめ会」事務局)
 
 私は精神障害者の家族です。家族としてブレインバンク事務局で事務方として働き始めて3年目です。「死後脳を提供するなんて残酷なことを!」「息子は生きているうち、統合失調症でさんざん苦しんだので、死んでからはそっとしておいてあげたい」ブレインバンクは賛同できないという意見です。ごもっともです。
 「私は70歳代の父親です。娘も40歳代になりました。次に続く若い人に少しでもお役に立てるならば、脳を差し上げたいと思います。」私は、受話器をもったまま号泣してしまった。入ったばかりの職場ということで緊張もしていただろう。ブレインバンクの何たるかをようやく頭で理解し始めた時だったからでもあろう。私は、父親の諦念と、しかしそこには留まらずに電話を掛けてよこし、淡々としゃべる声を聞いたとたん、感情の栓をトンとはずされてしまったようだ。ブレインバンクの仕事を始めて数ヶ月目のことだ。
 入りたての頃、ブレインバンクの会議の席上、「ブレインバンクは地味な研究ですから」と私は相づちを打っていた。出席していたブレインバンク担当の二人の先生は苦笑していた。後日、このプロジェクトは日本では先頭を切って動いていることを私は知った。このプロジェクトの中では、家族として活動することに意義があり、つまり医療者側とそのユーザー側の橋渡しが、まったく関係ない人よりはできるのではないかという点で評価されてしかるべきだと一人合点している私だが、どうも周囲の評価が違っているようだ。やけに高飛車に扱われたり、過度にやさしくされたり、時には返事もしてもらえないこともある。私の思い過ごしなのか、過敏な反応なのか、それはわからない。
 この憤懣やるかたない気持ちを抱えて、どう自分の気持ちと折り合いをつけようかとつい最近まで悶々としていた。そこで私なりの結論を出してみた。そこで医局のいいところをフルに活用させてもらい、つまり、ここは死後脳も集めるが、生きているブレインにも事欠かないので、一人の先生に私の結論を話してみた。差別とか偏見を歴史的、社会的、哲学的、宗教的に調べたい。差別とか偏見からみた日本人論も展開できるかもしれない。そのためにブレインバンクで事務方をしていることは、データーの宝の山にいるようなものだ。差別とか偏見のメカニズムが見えれば、それへの対処の仕方が見える。そうすれば、差別や偏見に混乱し、自己規制して、家族内の精神病者の発見が遅れたり、治療にのせるのに長年を費やしてしまったり、地元の医療機関で済むものを、不便を覚悟で遠隔地の医療機関にかかるようなことをしてしまうことの仕組が見えてくる。仕組が見えれば対処の仕方がわかるだろう。そうすればどんなにか気楽に治療を受けられるか。相談した先生からは、参考論文のあることを教えてもらった。
 つまり、私はブレインバンクの活動を仕事としてしていくうちに、偏見や差別と闘う一つの方法を見つけ出したのだ。ブレインバンクのことは全然わからず、しかも精神障害者の家族としての諸々のやるせない気持ちをどこにぶつけてよいのやらわからず、さ迷いながらの出発であった私が、ブレインバンクの活動を通して変化していくのである。あっちにぶつかり、こっちでつまづきながらのブレインバンクの仕事の話を皆さんに聞いてほしいと思います。
 
当事者・家族の視点から
上森得男(神奈川県厚木市家族会「フレッシュ厚木」)
 
私が死後脳を提供する理由
 かなり前のことですが、私の兄は統合失調症で長い間苦しみ、あげくの果てに自分の家族を残して自殺をしてしまいました。弟も統合失調症で数十年にわたり入院をし、少しも良くならず、とうとうそこで死んでいきました。父も精神病で自殺です。
 でも一番辛いのはその後、わが子が同じく統合失調の診断を受け、入院をしたことでした。どうしてこんなに不幸が続くのか。妻と私は嘆き続けました。そのうちに私自身の心身の状態が悪くなり、うつ病で入院ということになりました。私の場合は頭痛がひどく、味覚が異常になり、不眠が半年ほど続きました。職を失う寸前でした。ですから私は精神病にかかっている当事者の方の苦しみ、ご家族のお気持ちがどういうものであるかを知っています。
 
 それからまた年月が流れました。幸いにもわが子も私も状態は良くなりました。二人ともずっと薬は欠かさずのみ続けていますが、父や兄弟のような運命は免れました。これは精神医学や薬剤の進歩のおかげだと思っています。
 
 どうして私の家族のようなことが起きるのだろう。精神病はどういう仕組みで発生しどういう経過をたどるのだろう。もっとよい治療法はないのだろうか。
 精神病にかかっている人たちがたとえ完全に直らなくても、薬で多少の副作用が出ても、とにかく基本的にちゃんと生きて行ける、生計を立てて行ける、そういう医療の進歩と社会の仕組みができてほしい。
 そのように考えた私は自分なりに勉強を始めました。敵をよく知るということが大事だと思ったからです。途中を飛ばしますが、現時点で、私は自分の死後に脳を取り出してもらって専門家にいろいろ調べてもらうのが一番よい事なのだという結論を持っています。精神病は脳に起こる病気ですから、脳の様子に何らかの手がかりが残るはずです。死んでから24時間以内の脳が提供されるなら、研究材料として役立つのです。これが「ブレインバンク」と呼ばれるものです。現在、福島県立医科大学に日本で唯一つブレインバンクが存在しています。福島医大の先生方は実に熱心に研究をしておられます。分子生物学の発展、測定機器の進歩、研究者の熱意、当事者や家族の協力。こういった条件が組み合わさったそのむこうに新しい道が開けるのだと私は信じたいのです。
 
 今年の6月末から7月初めにかけてアメリカのNAMIの大会に出席し、現地の家族の皆さんとも交流してきました。NAMIは科学をとても大事にして運動を続けています。自前のブレインバンクも持っています。アメリカには100以上のブレインバンクがあるのです。全家連もこういうところを学んで実践していきたいですね。
 
海外から参加の報告者のプロフィール
 
 ジム・クロウ氏は、2000年より世界精神障害者家族団体連盟(WFSAD)の会長に就任。長年にわたり、ニュージーランドにおいて、精神障害者の福祉活動に尽力。現在も、ニュージーランド国内の精神保健福祉関連の委員会等で活動をおこなう。また、アジア、地域での家族支援プログラムに従事。1990年には、精神障害者とその家族への支援を評価され、英国女王記念メダルを受賞。
 
 マリリン・ミッチェルさんは、統合失調症の当事者であり、オーストラリアにおいて精神疾患に関する啓発活動等をおこなっている。また、脳研究の支援者として、ブレインバンクについての普及活動に尽力している。
 今年になってから、オーストラリアのブレインバンク(研究のための死後脳の提供)への登録者数が、前年比で30%増加している。これは、精神科領域における脳研究の理解や意義が広まったためである。この発表では、当事者の立場からオーストラリアでのブレインバンクの活動等を報告する。







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