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5. 森山堤防内外の魚類生息状況
 かつて一続きの水域であった中海北東部は、森山堤防によって分断されている。分けられた二つの水域は性質が異なり、魚類の生態系も大きく違ってきている。
 ここでは、上の堤防によって分けられている内側の本庄工区側と外側の水域(下宇部尾)における漁獲内容を比較してその違い方を調べた。
 
表−5 森山堤防内外の魚介類の取引状況(2001.3/26〜8/25)
●:特に多い、◎:やや多い、○:少ない
学名 標準和名 対象水域 地方名
本庄工区 森山堤防外
Dasyatis akajei アカエイ あかえ
Konosirus punctatus コノシロ このしろ
Sardinella zunasi サッパ かわこ・まあかれ
Oncorhynchus masou サクラマス   ます
Plecoglossus altivelis アユ あゆ
Astroconger myriaster マアナゴ   はも
Mugil cephalus マボラ   ぼら
Decapterus maruadsi マルアジ   まるあじ
Trachurus japonicus マアジ   あじ
Leiognathus nuchalis ヒイラギ   えのは
Lateolabrax japonicus スズキ すずき・ちゅうはん・せいご
Lobotes surinamensis マツダイ   まつだい
Rhyncopelates oxyrhynchus シマイサキ   ふえふき
Mylio macrocephalus クロダイ   ちぬ
Rhabdosargus sarba ヘダイ   へいずだい
Sillago japonica キス   きす
Ditrema temmincki ウミタナゴ   のい
Halichoeres poeciloterus キュウセン   べら
Enedrias nebulosus ギンポ   なきり
Acanthogobius flavimanus マハゼ ごず・はぜ
Glossogobius giuris ウロハゼ   あなごず・あな
Chaenogobius castaneus ビリンゴ   ごまめ
Toridentiger bif/obu シマハゼ・チチブ   ぼっか
Sebastes inermis メバル   きんめばる
Sebastes schlsgeli クロソイ めばる・くろめばる
Platycephalus indicus マゴチ こち
Paralichthys olivaceus ヒラメ ひらめ
Kareius tokohamae イシガレイ いしがれ
Fugu rubripes トラフグ ふぐ
Takifugu pardalis ヒガンフグ   なめふぐ
Tkifugu niphobles クサフグ   もばふぐ
甲殻類        
Penaeus japonicus クルマエビ   くるまえび
Metapenaeus monoceros ヨシエビ   えび・もろげ
Oratosquilla oratoria シャコ   しゃこ
Portunus pelagicus ガザミ類   かに
Chrybdis japonica イシガニ   いしがに
軟体類        
  コウイカ   こういか
  アオリイカ   あおりいか
  イカ類A   しりいか
  イカ類B(ジンドウイカ)   しまめいか
  マダコ   たこ
  イイダコ   いいだこ
  ミズダコ   みずだこ
  タコ類   (種不明)
 
 表−5は2001年3月26日から同年8月25日までの期間に、双方の水域に設置された小型定置網によって漁獲されたもののうち、魚問屋に引き取られたものを示している。内容は、魚類31種、甲殻類5種、軟体類8種であった。双方に共通して多かった種は、魚類でコノシロ、サッパ、スズキ、クロソイであり、これらの魚種が当水域に広域に多く棲息していることが伺える。
 全体的に堤防の外側の方が内側の本庄工区よりも種類数が多い。堤防の外側でのみ採集されたものは多く、それらは、マアナゴ、マルアジ、マアジ、ウミタナゴ、メバルなどで海産魚が占めている。ただ、マボラが本庄工区で漁獲され取引がなかったことは、本種の一般的な分布からすると不可解であるが、期間中に商品になるほどの大型魚が獲れなかったものと思われる。
 魚類以外の漁獲物に関しては、本庄工区内は漁獲取引が皆無であったのに対して、堤防の外側は13種が漁獲されて商取引の対象となっている。特にヨシエビ、ガザミ類、ジンドウイカ、イイダコが多かった。
 今回の調査では、本庄工区は森山堤防の外側に比べて海産性の魚介類が著しく少ない結果となった。このことは、他の時期においても大きな変化はないものと思われる。
 特に、甲殻類や軟体類の漁獲の差は顕著である。これらは、魚価の高い種類が多く、漁業者の収益に大きく影響することが多い。
 
おわりに
 環境が大きく変わった現在の宍道湖・中海水域の漁業は衰退が著しい。原因は、魚価の高い種類が大きく減少したことがまず挙げられる。更に、一般家庭での魚離れの傾向、市場では魚価そのものの低迷などの社会的な原因がある。
 しかし、それらの社会的な原因とは別に、水域自体の環境の悪化による生態系の乱れに起因する漁業の衰退現象は、環境保全の面からもその対策は、急を要することである。
 なぜならば、本水域は古来から漁業が盛んに営まれ、漁業文化と水域への住民の愛着が環境保全に大きくかかわってきたからである。
 本水域における本来の形状と潮流は、実に多くの魚介類を生み、育ててきた。そこには、外海での漁と比較して安定的に漁獲がなされてきた。そして、季節に応じた魚介が各家庭の食卓に並ぶことによって、宍道湖・中海への意識が常にそこにあり、愛着を持って見つめられてきた。残念ながら、現在はそのようなつながりが希薄になりつつある。そのことは、人々の本水域に対する環境保全の意識が薄らいでいくことにつながりかねない。その意味からも、本水域の漁業の復興は環境面でも大きな役割を担っているといえる。
 
<謝辞>
 本報文をまとめるにあたって、次の方々には一方ならぬご協力をいただいた。紙面を借りて厚くお礼申しあげたい。
 
島根医科大学動物学教室 坂本 巌助教授
宍道湖関係:
宍道湖漁業共同組合 坂本清組合長、高橋正治参事、同理事 門脇陽一・節子氏(浜佐陀)、定置網組合長 福田正明氏(秋鹿)、菅井一顕氏(矢田)
中海関係:
山本武志氏(論田)、古藤政宣氏(大海崎)、柏木民郎氏(入江)、中島 栄氏(本庄)、三代祐司・富代氏(本庄)、加藤清氏(馬潟)
 
 なお、本報は、財団法人宍道湖・中海汽水湖研究所が2001・2002年度日本財団助成事業により実施した調査・研究の一部をまとめたものである。
 
<参考文献>
 
宮地伝三郎他(1962)
中海干拓・淡水化事業に伴う魚族生態調査報告
須永哲夫(1990)
魚類とその分布、「宍道湖・中海の魚介類」:1−13 宍道湖・中海淡水化に伴う水質管理及び生態変化に関する研究委員
鳥取県水産試験場編(1996)
鳥取県西部沿岸域の漁場環境と生息する魚介類、鳥取県水試資料 B.45PP
越川敏樹(2003)
宍道湖・中海水域における魚類の産卵及び稚幼魚の出現状況、ホシザキグリーン財団研究報告、6:139−51
越川敏樹(2002)
宍道湖・中海水域における魚類生態研究 〜コノシロ・サッパ・スズキの生態〜《その1》汽水湖研究、7:67−78
越川敏樹(2002)
中海北東部の魚類相―森山堤防で隔てられた2つの水域の比較―LAGUNA汽水域研究、9:95−109
越川敏樹(2002)
中海における魚介類の生息状況の変遷―小型定置網漁の10数年間の変化より−ホシザキグリーン財団研究報告、4:203−214
越川敏樹(1999)
中海南岸における魚介類の生息状況―安来市論田における小型定置網の漁獲内容から―ホシザキグリーン財団研究報告、3:239−249
越川敏樹(1999)
出荷内容から見た中海本庄工区内における魚介類の生息状況―LAGUNA汽水域研究、6:157−164
越川敏樹(1997)
中海本庄水域の魚類―LAGUNA汽水域研究、4:19−27
越川敏樹(1986)
中海の魚類、島根野生研会報、4:7−17
越川敏樹(1985)
宍道湖とその周辺水域の魚類、淡水魚、11







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