私の日本語クラス
モニカ・ハリアティ・ウィボウォ(インドネシア)
昨年の5月、2001年は私が初めて英語以外の外国語を習った年でした。私は日本のことについて何も知りませんでした。最初、日本語は私にとってとても難しいものでした。私は基礎からひらがなとカタカナの読み書きを習いました。私は夫に神戸大学でココロネットが主催している日本語教室を紹介してもらいました。二人の先生はいつも私が日本語を習うのを助けてくれました。私は全てを理解しようとしたが、全ては覚えられませんでした。たいてい文法は簡単に理解出来ましたが、先生に直接尋ねられると、私はすぐに答えることは出来ませんでした。私にとって、日本語を話すのはまだ今でも難しいです。しかし、今はだれかが日本語で話をしていると、少し理解できます。
最初、私のクラスには、中国、メキシコ、ウルグアイ、ロシア、バングラデッシュ、ルーマニア、韓国、ネパール、インドネシアなど異なる国からたくさんの生徒がいました。でも、次第に私の友達は皆が授業に参加しつづける事が出来なくなりました。また、幾人かの新しい友達が来て授業に参加するようになりました。私にとって日本語だけでなく文化や食べ物を習う事は楽しいことでした。いつも二人の先生が忍耐強く教えてくれたので、私の日本での生活はもっと楽しいものになりました。以前は、日本語は私にとってとてもストレスがありました。というのは、私は何も理解できなかったからです。
二人の先生と一緒にバスで淡路島に行き、日本の人形劇(人形浄瑠璃)を見ました。また、淡路島で、動物園にも行きました。それは世界中から来たたくさんの友達と一緒の楽しい時間でした。楽しい場所で楽しい時間を一緒に過ごしました。もし、私が神戸大学で日本語を習わなかったら、多分まだ今私はここで日本語に触れる事が出来なかったでしょう。来学期、二人の先生が私の友達と私に教えてくれるのを決して嫌にならないよう、もっと日本語を理解したいです。
私の息子の一人が日本の学校に通うようになったので、私は保護者会に出たり、彼らの活動に参加するようになりました。日本語で彼らとはなすことが出来るのは私にとってとっても大切だと思います。私はほんとに短い文章だが、学校の予定や行事などについて日本語で話すようにしています。彼らは私が外国人だと言うことを知っているので、学校の行事について、たとえばおもちつきや子供達のお誕生日を一緒に料理をして昼食をとって祝うこと、一緒にピクニックに行く事、あるいはときどき一緒に学校で食事をする事、一緒に歌ったり、その他たくさんの行事について教えようとしてくれます。私はいつか着物を着たり、茶道に参加したりしてみたいと思っています。
(原文英語)
一人で買物ができます
金 明妹(韓国)
私は昨年10月1日に韓国からやって来た。夫が神戸大学法学研究科に入学したからだ。その時の私は、日本へ来る前に韓国で3ヶ月程日本語を勉強したのが日本語に接した全てだった。初めての外国での生活に期待と共に不安も多かった。それで、買い物をするときやどこにでも夫と一緒だったし、もし一人の時は誰かに話しかけられるかはらはらした。その頃夫と一緒に行った神戸大学の留学生オリエンテーションで、留学生家族のための日本語教室とココロネットを知った。
毎週水曜日、朝10時から12時までトミタ先生とイチオカ先生の日本語教室に参加し、毎月第1、3火曜日のココロカフェにも参加した。日本語教室とココロカフェに参加しながら、インドネシア、バングラデシュ、中国など世界各国から来た留学生家族とタナカ先生をはじめココロネット先生方々と親しくなり、日本料理、生け花、着物の着る経験などを通じて日本文化に触れ合い理解する機会を持てた。それに、インドネシア料理作りなど、これまでしたことのない世界各国のなじみのなかった文化も経験できる大事な時間もあった。
ココロネットの日本語教室は日本の生活に慣れるのに大変役に立った。先生方の豊かな例文による詳しい説明と、学生一人一人の実力に合わせて一人ずつ日本語を話す機会を与えてくれる先生の気配りは日本語を楽しく学べるようになり、日本語の実力向上に大きく役立った。また、野菜や果物の名前、病院の診療科目など本には出ないが日常生活でよく使う言葉や表現も数多く教えてもらった。
日本に来たばかりの時、一人では何もできなかったのが今は一人で買い物をするし、必要な品物を店員に探してくれるよう頼むこともできるようになった。ココロネットのおかげで日本の外国生活での不安、日本語に対する心配もほとんどなくなった。
今年5月には可愛い赤ちゃんができる。いつも私と夫、赤ちゃんに気を配ってくれるココロネットの先生方々にお礼を申し上げたい。赤ちゃんが生まれた後も赤ちゃんと一緒にココロネットの活動にぜひ参加したい。(原文日本語)
日本での仕事
イン・ファリダ・ウランサリ(インドネシア)
私はジョグジャカルタから、1999年9月に日本に来ました。夫は神戸大学医学部で小児科の勉強をしています。日本に来たとき、レジデンスにはインドネシア人がいないし、夫の帰りが毎晩遅いので、いつも娘のイラと2人でさびしかったです。日本語は全くできませんでした。だからココロカフェで日本語を聞くことは、よい勉強になったと思います。今まで、いろいろなところで日本語を勉強しました。
去年、アジア防災センターで6ヶ月間働きました。データベースの入力やインドネシア語の翻訳の仕事でした。はじめは仕事をするのがうれしくて、張り切っていました。でもとても忙しく、イライラしてストレスがたまりました。6ヶ月が終わってほっとしました。今年1月からは幼稚園で日本の子どもたちに英語を教えています。この仕事は短い時間なので、家事や育児ができるし楽しいです。職場で日本人を見ていて感じることは、日本人は働きすぎではないかということです。また言葉が原因かも知れませんが、日本人と外国人のコミュニケーションがあまりありません。2004年に帰国するまでの間、少し仕事をしながら日本語の勉強を続けるつもりです。(談)
日本語を習い始めた頃
崔 希先(韓国)
もう、春かなあと感じるほど暖かいです。はっと、時間は早いと思います。昨年4月に私の日本の生活が始まりました。その時はとても寒かったです。緊張の心の上に天気もわるかったから、すこし寂しかったです。日本語はあいさつぐらいできました。
私が初めて日本語を勉強したのは神戸大学のKOKORO−Netでした。期待とおののく気持ちを持って授業に参加しました。日本人先生と各国の学生が、互いにあいさつや自己紹介をしました。世界の友だちとたくさん会う機会でした。教材は易しいですけど先生の説明とかほかの話はよく聞けなかったです。でも、明るい雰囲気もいいし、日本語を習っていますと思ったら心が豊かになりました。だんだん日本語がわかるようになりました。私の意見も相手に話せるようになりました。今はすこし自信ができました。買い物や旅行の時も日常会話が通じますから。
またKOKORO Caf  で色々な日本の文化を経験しました。本当に有益な時間だと思います。いつも関心を持って親切に教えてくださる先生に感謝しています。もう一度感謝の心を伝えたいです。(原文日本語)
キーワードは日本語
タグリード・モハメド(エジプト)
私の名前はタグリードといいます。エジプトから来ました。2001年7月20日、私の二人の娘タカ(5歳)とジャスミナ(4歳)と一緒に日本に着きました。私の夫は、2001年4月5日に日本に着き、神戸大学で経営学の博士号を取得するため、研究生として勉強をはじめました。まず第一に、私は日本に来る前、たくさんの困難に直面するだろうなと思っていました。もっとも大きな事は、私は日本にきた時、妊娠5ヶ月だったのです。更に、エジプトでは全く日本語を学んでいませんでした。ですから、特に私のような場合、空港や毎月の検診の為の病院で日本の人達と接しなければいけないので、誰とも話す事が出来ないのではと感じていました。
私は2001年の10月に日本語教室に通い始めました。残念ながら、2001年11月30日に赤ちゃん、ハナが生まれたのでたった1ヶ月半しかクラスに参加出来ませんでした。しかし、この短い期間、私は日本語の基本的な部分は理解する事ができました。なぜなら、先生達が説明する時、身の周り物を用いて馴染み易いように、出来るだけ日常生活の例を用いてくれたからです。また、駅や通りの表示やスーパーでの商品の値段や値引きなどについて分かりやすく説明してくれたからです。更に、近所の人やホスト家族の人達やお店の人や、さらに道で歩いている人にでさえも接する機会があるよう、親しくなれるよう、日本人に話し掛ける主なルールを教えてくれました。今、私はたくさんの日本人の友達がいて、折に触れて彼らと会い、その都度新しい表現を学び、そして私の日本語が上達するように努めています。
最後に私の日本での短い経験から分かった事は、日本での生活を楽しむ為のキーワードは、「日本語」であるという事です。言い換えれば、日本語を学ぶ事なしには日本での生活は楽しめないと言うことです。それゆえ、出来るだけ日本語にふれ、できるだけ日本の施設を使ってそして日本での生活を楽しむのです。(原文英語)
面白い日本語の勉強
安 春玉(中国)
言葉は非常に面白いもので、うまく生かすことができれば非常に楽しくなります。ところが、しっかり身に着けようとしたら、相当の能力が必要だと思っています。
私が日本に来て、日本語の勉強を始めてからもう五ヶ月になりました。私は日本に来て、神戸大学の日本語のクラスで日本語の勉強を始めました。むかし大学の時、日本語を勉強したことがありましたけれども、今まであまり使わなかったので、ほとんど忘れてしまっていました。日本語のクラスを始めてから私の日本語は少しずつ上手になりました。それは一岡先生と冨田先生のいい教え方と分けられないです。ふたりの先生はまじめだし、それに熱心だったから、ふたりの先生から日本語を学ぶのは楽しいことでした。その上、クラスにはいろいろな国から来た学生もたくさんそろって友達もできました。そのため毎週の水曜日の日本語のクラスは私にとって大事だし、楽しいし、私の心はいつも引かれていました。
特に、先生たちは、ほかのいけばななども紹介してくれました。そうして日本のいけばなやはがきの作り方も習い、いろいろな人間の生き方も教えてもらいました。いつも感謝の気持ちをもっています。
今私の日本語はだんだん上手になりましたけど、まだまだ言葉に困っているときもあります。自分の思い方をなかなか言えないのです。なるべく口に出す言葉をよく話せようと思っていますが、ふさわしい言葉がめったにおもいだせないのです。そうして私はよく困りますが、毎日頑張らなくてはいけないと思っています。
残念ですが、日本語のクラスは今春休みで休講です。私は毎日自分で勉強しています。わからない時はいろいろな人々に教えてもらいます。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」とことわざがありますが、勉強のため、時々子供さんにも聞くのをきらわないです。日本語のクラスは日本語を勉強する面白いところです。私にとってこの日本語のクラスは将来にもきっといい思い出になって身にしみてくるとおもっています。
寒い冬が過ぎて、もう暖かい春が来ました。春は人に新しい希望を与えます。私も、クラスの学生たちと一緒に日本語をうまく話せることができるように頑張るつもりです。
(原文日本語)
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