日本財団 図書館


第4節 歌の旋律と三味線の手
 前述のような歌の旋律に対して、三味線の手はどのように付けられているのだろうか。また、三味線の手が歌に影響を及ぼしている面はあるのだろうか。《さらし》では、歌の旋律に近いのは「本手」ではなく「地」の方であるが、「地」の手を詳細にみると、歌とほぼ同じ部分や歌の旋律をより装飾的にした部分など多様な手がある。ここでは、この地の手と歌との関係を、1.歌の旋律と三味線の定型旋律、2.反復部分の三味線の手、3.歌と三味線の合わせ方、という3点に注目しながら考察する。
1. 歌の旋律と三味線の定型旋律
 歌の定型旋律に注目しながら三味線の旋律をみると、譜7や譜8の口で囲んだような形が多い。無論、歌は定型旋律で三味線は増4度の跳躍進行のみという場合や、逆に歌が平板旋律で三味線はこの旋律という場合もあるが、こうした例は希である。このような歌と三味線の旋律との一定の関連に注目し、本稿では複数ヶ所でみられる三味線の旋律型(=定型旋律)を選び出して歌の旋律との関係を探る。
 
譜7
 
譜8
 
 《さらし》の三味線の定型旋律として選び出したものは次の3種(譜9)で、何れも特定のリズム型や音列と「スリ」「ウチ」「ハジキ」等の三味線技法が結びついている。
A.・・・18例 B.・・・6例(b音からの開始も含む) C.・・・9例
 
譜9
 
 この3種の定型旋律を基にその前後に目を向けると、三味線の旋律にも定型旋律を含む比較的長い旋律パターンを見出すことができる。
 Aは最も頻度が高く、これを含む三味線の旋律パターンも多様である。使用する音列により次の3種に分けられる。
A1・・・d"-e"-[A] A2・・・a'-b'-c"-c"-[A] A3・・・b'-a'-b'-e'-b'-a'-[A]
 A1は基本型の前にd"-e"が付随する比較的短い旋律(譜10)で2種のヴァリアンテがある。A2は定型旋律の前にa'-b'-c"-c"が付くもので、連続するc"音の2つ目が「ハジキ」となる。これも2種のヴァリアンテ(譜11)がある。A3は全体に長めの旋律が基本型の前に付くもので3種のヴァリアンテ(譜12)に区別できる。
 
譜10
 
譜11
 
譜12
 
 18例をこの3種に分け、歌との関わりを見ると表2のようになる。表からわかるように、Aの定型旋律は歌詞の区切りの終わり部分で歌の定型旋律と結びつく例が多く、譜のような比較的長い旋律を形成している。
 Bは基本型とそれに後続する音の有無によって次の2種に区別できる。
B・・・[e'-a'-e'-f'-e'] B1・・・[b-a'-e'-f'-e']-d'-e'
 何れも比較的短い。歌の旋律との関わりでは、表3のように全体に平板な旋律と結びついており、特にB1(譜13)にその傾向が強い。
 
諸13
 
 Cも基本形に先立つ旋律と後続する旋律から3種に区別できる。C2(譜14)には2つのヴァリアンテがある。
C・・・[C] C1・・・e'-d'-[C] C2・・・(d'-e'-d'-e'-f'-)f-[C]-b
 
譜14
 
 Cの定型旋律は、表4にみられるように低い音域での完全4度の下行(e'-b)や定型旋律に対応している。
 
表2 三味線の定型旋律Aの使用箇所
□は該当部分を示す
 
表3 三味線の定型旋律Bの使用箇所
 
表4 三味線の定型旋律Cの使用箇所
 
 表5は7部分におけるABCの頻度を示したものである。5・6部分では定型旋律は全く用いられないが、他の部分はA・B・Cの何れも用いられている。しかし、C1は1の部分のみ、A2は7の部分に多い、7の部分は最も短いにもかかわらず定型旋律の出現頻度が高いなど部分による違いがみられる。
 
表5 定型旋律の出現部分と頻度
部分 Al A2 A3 Bl B2 Cl C2 C3
1 1   3 2   4     10
2   1 2 1       1 5
3 2   1   1   1 1 6
4 1   2   1     1 5
5                  
6                  
7 1 3 1 1     1   7
 
 以上のように、《さらし》の三味線にみられる定型旋律は、Aが主に歌の定型旋律と、Bが比較的平板な旋律と、Cが完全4度の下行旋律と結びついて、言葉の後半や、歌詞の区切れの部分など、旋律を締めくくる部分に多用されている。特にA3のかなり長い三味線の旋律は、第3節で述べた歌の平板な旋律と定型旋律の組み合わせという旋律パターン全体に対応する三味線の手として、前半ではb'音を中心とした平板な部分に対してb'-a'-b'-e"-b'-a'という一定の動きのある旋律に、後半では定型旋律に対応した旋律となっている。歌の旋律が平板であるためにこのような手が付けられたのか、あるいは、このような三味線の手があったためにそれに歌詞が乗せられたのか、現時点では明らかにできないが、《さらし》では5・6の部分を除く各部分でこの手が多用され、曲のかなりの部分を占めるため、今後は曲の作曲や構成という点から、このような音型について考えていかなければならないであろう。
 
2. 反復部分の三味線の旋律
 《さらし》では歌詞・旋律共に反復が多く、「小島が崎に寄る波の」(4部分)や「ところがらとてな」(7部分)、「見渡せば」(5部分)「たつ波が」(6部分)は、同歌詞がほぼ同じ旋律で反復される。この部分の三味線に注目すると、「小島が崎〜」「ところがら〜」では歌が〈パターン〉で三味線はA3である。「ところがら〜」は三味線・歌共に同じ形の反復だが、「小島が崎〜」は譜15のように、繰り返しの方がかなり複雑である。〈パターン〉に対応する三味線の旋律(主にA3)には、「小島が崎〜」以外でも、歌の旋律の長さとも関わって音価や装飾法に違いがみられるが、「小島が崎〜」はほぼ同じ歌詞と旋律に付随したものであるため、装飾や工夫が分かり易い。1回目はほぼA3の基本音から成り立つが、反復では3小節目のように基本の音を中心にその上下の音を奏したり、4小節目のように基本音の間を特殊な奏法を交えた音で埋める等、様々な工夫がみられる。
 
譜15
 
 5・6の部分は、間に70小節程度の合の手を挟んで、異なる歌詞がほぼ同じ旋律で反復されている。各冒頭の「見渡せば」と「たつ波が」は同形の反復だが、5・6全体の反復では、歌が後半でやや異なるにも拘わらず三味線は部分的な1オクターヴ違い、という変化を除けばほぼ同じである。この変化は5より6の方が1オクターヴ低いというものだが、全体の音域からみると6が基本で5が1オクターヴ高いようである。従って5の三味線はかなり高いポジションまで使うため6より難しいと思われる。一般に1回目は歌に合う易しい手を用い、2回目で変化を伴う手を用いることが多いのに対し、この5と6の三味線の関係はむしろ逆のようにも見える。これ自体が工夫の一つであるのだろうか。
 以上のように、《さらし》では同系の旋律を反復する場合、旋律の装飾、特殊な奏法の使用、オクターヴの変化等多様な工夫が凝らされているということができよう。
 
3. 歌と三味線の旋律の合わせ方
 歌と三味線は全体につかず離れずで進行するが、その合わせ方には違いもみられる。曲全体は緩やかなテンポで開始しながら徐々に速くなり、終盤で再びやや緩やかになって終止する。開始は歌からで、一呼吸遅れて三味線が始まる。
 1の部分は全体にゆったりとした音価の長い歌の旋律が続き、三味線の手も時に定型旋律で装飾的に動くものの、全体として歌の旋律をなぞるようなゆったりとしたものである。このためか、歌詞のまとまり毎に歌から始まり、三味線が後を追うように続くが、まとまりの中盤では同時進行になったり三味線が先行する。これに続く2の部分は1よりやや音価が短くなるが、それでもゆったりとした部分である。歌は三味線に先行するがすぐに三味線が続く。三味線は1に比べると細かく旋律を装飾する動きが多くなる。
 3の部分ではゆったりとした歌から開始し三味線が続くが、その後リズミカルになるためか歌と三味線はほぼ同時進行となる。3の三味線は歌をなぞりながらも、歌と対応せず定型旋律A1−2を用いたり、旋律を細分化して装飾的な旋律を作り出している。
 4の部分は再び2の部分に近い比較的ゆったりとした旋律である。歌が同じ旋律を反復したり平板な旋律であるためか、三味線には変化をつけるような装飾が多くなる。歌から開始する部分もすぐに三味線がっかず離れず追う。
 5・6は、それまでとは全く異なるリズミカルな部分で、長い合の手を挟んで同じ旋律が反復される。テンポも速いため、三味線と歌はほぼ同時進行である。
 7の部分は手事の後であるためか、三味線から始まり、歌がそれを追う形になる。ここでは歌と三味線はほぼ同じ動きの旋律を繰り返し、三味線もつかず離れず、歌を装飾する。
 このように、《さらし》は比較的短い7つの部分から成り立っているため、それぞれの歌の旋律の性格に対して三味線の手も工夫されており、それを反映するように、歌と三味線の合わせ方にも工夫や変化がみられる。前半の比較的ゆったりとした部分では歌が三味線に先駆け、中間のリズミカルな部分では同時進行、最終部分では三味線が歌に先駆ける形となっている。こうした工夫は、歌と地ばかりでなく、今後、歌と本手との関係、本手と地との関係なども合わせて考えることで、より明確になると思われる。
 以上、《さらし》を様々な角度から考察してきたが、歌の旋律に比べると三味線には多様な工夫があるように思われる。これは歌の旋律が比較的平板であるためかもしれないが、歌は三味線と組み合わされた形の同系旋律とみることもでき、その旋律が多用されているということが背景にあるようにも思われる。歌の旋律が先にあって三味線が付くことでこの形ができたのか、三味線の手に歌が乗せられてこの形となったのか、現時点では判然としないし、歴史の流れの中で加えられてきた工夫や変化についても不明だが、今後は、歌と三味線の組み合わせを様々につなぎ合わせるようにして《さらし》が作られたという可能性も含め、言葉と旋律・三味線の手について考えてみてもよいのではないだろうか。
(小林公江)
 
1.
平野健次
1980
「歌詞と解釈」(名曲のルーツVII)『季刊邦楽、23邦楽社』 p.81
2.
平野健次
1984
「箏曲・地歌の「さらし」(特集(1)名曲の総合研究IXさらし)『季刊邦楽』39邦楽社 p.12
3.
『姫小松』では「槙の里人」が「桂の里人」となっているが、この違いは『姫小松』のみであり、ここでは『大幣』を基本に据えて比較したため、この違いについては省略した。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION