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第4節 歌詞の旋律と三味線の手
 《貴船》の三味線の手付は歌の旋律とほぼ同じであるが、特徴的な動きも見られるので、次の2つの視点から調べてみた。
1. 歌詞と三味線の合わせ方
 第1部(本調子)、第2部(二上り)では、ゆっくりと情緒たっぷり奏すところは歌が先行し、三味線が後からなぞるように奏す。ややテンポが速くなるところでは、三味線のほうが先行するか、殆んど同時に、いわゆるべたづけのように(決して下手な演奏の意味でなく)奏することが多い。
 第3部(二上り)の「ひよひよとなくはうぐいす・・・くらまがわ」は、歌と三味線が同時に動く拍節的でリズミカルな部分である。曲の構成で述べたように、「ひよひよ」は西日本各地に広まった流行り歌であるが、《貴船》に取り込まれたのも曲調の軽快さからであろう。
 第4部は後の手事物の後歌にあたるところで、調子も全音高い本調子でふたたびゆっくり奏されるが、歌が先行し三味線が追いかける形で始まり、テンポが速まると歌と三味線は、掛け合い風に終曲へと向かう。
2. 三味線の定型旋律(歌の定型旋律よりやや長い)
 《貴船》は譜1の旋律を定型旋律とすると定型Aとそのヴァリアンテが、本調子の部分で、19ヶ所(1ヶ所は合の手)、二上りで4ヶ所、全音高い本調子で、4ヶ所、定型B(譜2)が本調子で12ヶ所、二上りで1ヶ所もあり、挿入歌の部分を除いて、1句切りの歌詞の末尾あるいは中程で定型旋律が入っている。
 
譜1
 
〔定型A〕あれたるこま[は] つなぐ[とも] あだ[しのの] あだな[みの] よるよる[ごと]に
ふりさけみれ[ば] おおは[らや] おむ[ろに] おしお[やま] ただすのも[りの]
たも[とに]あまり がげさえきよ[き] かもが[わ]
みなとに[かえる] いつしか[に] かわる[ふちせ] こが[れ](2回)
くる[まの] やつれはてた[よ] ふ[る]づ[ま]を
ふち[せとみは]たどれども か[ねと] [つきたもう] お[もいは]
 
譜2
 
〔定型B〕あ[だし]のみ まま[には]ならぬ つきひほ[どえて] おもうも[ぬるる]
ただ[すの] この[まわ]け たそ[がれ] わけをい[うぜん] も[のの]
いの[ちとほりし] われひ[とり] [たどれども]
 
 定型Aと歌の旋律との関係は、平板な旋律+定型旋律が殆んどであるが、定型Bは全て平板な歌の旋律についていて、歌の定型旋律をその後に伴っているものは3ヶ所だけである。歌の定型旋律は三味線の定型旋律を追いかけるように入っているが、三味線と歌詞の音あたりを見ると、譜3のように、必ずしも各句が同じような歌詞の付き方はしていない。「長歌は歌本位で三味線は伴奏の地位にとどまるようになった。」4といわれているが、《貴船》は三味線の手付が先にあり、歌が後からつけられたのではないかと考えられる。
 
譜3
(鈴木由喜子)
 
1. 『新日本古典文学大系 62』岩波書店、1997、p.92
2. 同上P.17
3. 『復刻 日本民謡大観 九州篇(北部)』日本放送出版協会、1994、pp.440−457
4. 『国立劇場芸能鑑賞講座日本の音楽(歴史と理論)』日本芸術文化振興会、2001、p.45







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