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自立援助ホームの必要性について
〜星の家での活動を通して〜
 
當間美奈子
 
(NPO)青少年の自立を支える会 (栃木県宇都宮市)
 義務教育終了後、または高校中退後、社会的に自立できず不安定な生活をしている15歳から18歳くらいまでの子どもたちを対象として、自立援助ホームの運営を中心とする相談・援助事業を行っています。
 
 ホーム長の家族と子ども達との共同生活が基礎となります。子ども達への直接的な援助としては、話し相手になったり、職探しにつきあったり、余暇を共に過ごしたりします。その他、事務局の仕事も手伝います。
 
 自立援助ホームとは、虐待や家庭崩壊により家庭からの支援を受けられない15歳から20歳までの子ども達を入居させ、彼らの自立を支援する場所である。自立援助ホームに入所する子どもの多くは、児童養護施設出身者であるが、最近では15歳を過ぎた後、親子関係が悪化し養護が必要となった子どもの入所も増えている。
 一般的に中学卒業後、高校に進学しなかったり、高校を中退した子どもは、就職しなければならない。ところが、高校に進学できない、または中退してしまう子どもは、高校に進学し、卒業できる子どもに較べ学力的にも低く、また年齢的にも社会経験が少なく社会性も乏しい。このことから、彼らが働いて安定した生活をおくることは非常に困難であると考えられる。
 児童福祉法では、18歳までを「児童」と規定し、養護の対象となっている。しかし、いったん社会に出て自立に失敗し、要養護状態に陥った子どもは、18歳未満であるにもかかわらず、施設へ入所また再入所されることはほとんどない。これは、働くイコール自立という一昔前の発想からきていると考えられる。しかし、施設側でも現代の社会状況(高校への進学率が95パーセントを超える)の中、中学卒業という学歴、18歳未満での就労(自立)が非常に難しいという認識が高まり、その考え方も変わりつつある。
 それにもかかわらず、15歳以上で要養護状態に陥った子どもの施設(再)入所が増えない理由は、施設側が働いている子どもとそうでない子どもを一緒に生活させるための準備ができていないことや、働いている子どもへの支援をどうしていいのかわからないということが考えられる。また、18歳をこえた後就職に失敗し、何らかの援助を必要としている者に対する公的な援助の制度も無い状況である。このように、15歳を過ぎて要養護状態に陥った者や児童養護施設退所後、自立に失敗した者は、帰る家もなく、施設にも戻れず行き場を失ってしまう。そういう子ども達は、軽度の非行に走る者も少なくない。そのため、自立援助ホームに来る子どものルートは児童相談所、家庭裁判所、警察などさまざまである。自立援助ホームは、児童福祉法の枠からこぼれてしまった者、また法と法の間でどこにも行き場のない子どもの受け皿となっている。
 実際に、星の家に入居している子ども達はどこにも行く場所がなく、最後に星の家にたどり着いたという状況である。星の家に来る子ども達を見ると、一人で働いて生活できるような子どもは少ない。彼らは何も持たずに星の家にやって来る。仕事もしておらず、お金も無いという状況である。そのため、入居して一番初めにやることは、仕事探しである。しかし、仕事を見つけるだけでも一苦労である。特に18歳以下の場合、ほとんどの求人が18歳以上を条件としているため、1ヶ月経っても仕事が見つからないことも多い。何とか仕事が決まっても、子ども達はまだ働くことの意味や責任を自覚していないため、平気で遅刻、欠勤を繰り返す。また、社会性が乏しく、精神的にも幼いため、人間関係のトラブルが離職につながってしまうのである。日常生活での関わりと何か問題が起こった時の関わり、例えば、相談にのり、愚痴を聞き、時には叱るという関わりを通して、子ども達は働くことの意味や責任、人間関係の持ち方、社会性といったものを学び、少しずつ少しずつ成長していくのである。
 そして、約1年をめどに子ども達はアパートをかり、一人で生活することになる。だからといって、1年で子ども達が完璧に自立できる状態かと言うとそうではない。この1年の間に、ある程度の貯金をすることと仕事が安定していることが自立の条件であるが、星の家のスタッフと子どもとの間に信頼関係を築く期間が1年なのである。
 子ども達にとっては、星の家を出てからが自立への出発点である。子ども達は社会に出て初めて、自分の思い描いていた自立と現実とのギャップに気付き、さまざまな問題にぶつかる。その時、星の家が子ども達にとって頼れる場所(帰れる場所)となっていることが大切なのである。子どもとスタッフの間にきちんと関係が築かれていれば、子どもに何か問題が起こっても、子どもの方から頼って来ることができるので、こちらからも彼らを支えていくことができるのである。子どもとの関係は自立援助ホーム内だけではなく、社会に出た後も子どもの方から関係を切らない限り、その関係は一生続くのである。そのため、星の家入居中にどれだけ子どもとスタッフの間に親密な信頼関係を築けるかが重要になってくる。
 今でも星の家のOBの子ども達が、星の家を訪ねてくる。久しぶりに顔を見に来ただけという子や何か問題があって相談に来る子などさまざまである。彼らは、きちんと仕事をし、一人で生活している。何か問題が起こった時、頼れる人、帰れる場所があれば、彼らは安心して自立できるのである。私は、星の家に入居している子ども達やOBの子ども達を見ていると、彼らにとって自立援助ホームが必要なのだということを実感させられる。しかし、栃木県にある自立援助ホームは星の家だけである。星の家の定員は6名(男3名・女3名)であるが、星の家が満所で入居できない子どももいる。星の家に入居できなかった子ども達がどうなったのか私にはわからないが、このように、自立援助ホームを必要としている子どもはたくさんいるのである。これは、栃木県に限ったことではなく、他県でも同じように自立援助ホームを必要としている子どもは必ずいると考えられる。
 しかし、現在星の家を含めて、全国に自立援助ホームは22ヶ所しかない。その中には、認可されていないホームもある。その内8ヵ所が東京に集中しており、まだまだ自立援助ホームのない県の方が多い。
 最も古い自立援助ホームは1959年に開始された「青少年センター」である。その後、1988年度に初めて国から自立援助ホームに対して「自立相談援助事業」として予算化されるまでの間に、自立援助ホームは7ヶ所開所されたが、この時代は、自立援助ホームが国からの予算もなく、また法的にも位置付けされていないため、どこの施設でも運営費を集めるのに走りまわっていた時期である。
 しかし、1988年度に国から予算化されてからは、その後の10年間で、自立援助ホームは13ヶ所増え、20ヶ所にいたった。1997年の児童福祉法改正により、自立援助ホームは、第二種社会福祉事業の中の「児童自立支援事業」として位置付けられ、初めて法の中に制度化されたが、現在までに3ヶ所しか増えていない。また、何らかの理由により、閉鎖された自立援助ホームもある。自立援助ホームが制度として位置付けされたにもかかわらず、その数が増えないのは、「国庫補助の規定が定められていない」ため、地方自治体の補助金に頼らざるをえないからである。東京や横浜、仙台を除いては、どこの地方自治体も財政的に苦しい所ばかりである。財政的に余裕のない自治体では、補助金の額が少なく、ホームの運営が難しいのが現状である。このように、自立援助ホームは制度化された今でも、運営資金不足という問題を抱えているのである。
 実際に、星の家の運営状況を見ても余裕があるとはいえない。星の家は、国と県から補助金を受けているが、その金額はスタッフ一人の人件費にも満たない。運営費の多くは、星の家の運営主体である「青少年の自立を支える会」の約700名の会員の会費や寄付で賄われている。その他にも、年に一度開催される「星の家まつり(バザーや模擬店等を行う)やチャリティーコンサートで、運営費を捻出している。それでも、新たにスタッフを雇うお金もなく、現在2名のスタッフと一年間ボランティアの3名で子ども達に関わっている。しかし、この先星の家を出る子どもの数が増えることを考えると、正規のスタッフ二人では子ども達への対応が難しくなってくると考えられる。
 自立援助ホームは、児童福祉法改正にあたり、第1種社会福祉事業に位置付けられるよう求めたが、「施設」として位置付けられてしまうと「最低基準」のような細かい規則に縛られてしまうため、今までのように柔軟な対応ができなくなってしまう。そのため、自立援助ホームは第2種社会福祉事業という規定になったのであるが、今の制度のままでは、自立援助ホームを運営していくだけでも大変であり、新たに自立援助ホームが開設されるのは難しい。自立援助ホームの理想的な制度のあり方としては、運営資金の半分が国からの補助金で賄われるような形か、自立援助ホームを第1種社会福祉事業として位置付け、公費で運営するかである。ただし、「施設」として運営する場合、前にも記述したようにどうしても厳しい規制がされてしまうことになるが、それでは自立援助ホームの良さである柔軟性が失われてしまうことになる。自立援助ホームの良さを生かすためには、法的な規制の幅を広げてもらうしかない。そうでなければ、自立援助ホームが安定した運営を行うことは難しく、自立援助ホームが増えるのは難しいだろう。全国に存在する行き場のない子ども達のためにも、自立援助ホームを全国に開設する必要があるのである。
 
[23歳/沖縄県出身/大学生(卒業)]
 
引きこもりの人々との関わりから学んだ事
〜引きこもりの人々との関わりから〜
牧ノ瀬早織
 
(社)青少年健康センター(東京都文京区)
 不登校・ひきこもり・出社拒否等に悩む青少年の速やかな社会参加を支援するために、電話や手紙相談、若者クラブの運営など青年たちへの支援事業を行っています。また、家族や先生方に向けての講演会や講座の開催など、その活動は多岐に渡ります。
 
 青年たちの日中活動を支援するのが主な活動です。基本的にスタッフの補助的な動きが多くなりますが、専門的なスタッフの方々に混じり、カウンセリングなどの勉強をすることもできます。
 
要旨
 ここでは、一年間の「引きこもり」の人々との関わりから見えてきたことと関わる上で学んできた事を記す事を目的とした。
 関わりながら、個別性に注目することの重要性を再認識することになる。また、これからの自分の課題として学んできた関わりの方法を今後に生かしたいと思う。
 
I はじめに
 私は、日本青年奉仕協会のボランティアに参加する以前に「引きこもり」という問題を抱えた人々の存在を知りながらも実際の関わりをもったことは無かった。一年間のボランティアを通して「引きこもり」の方々やスタッフの方々との関わりから、これからの自分の生き方や仕事に生かしていけるような体験、学びを示しておきたいと思う。
 私は、ボランティアに参加する以前に看護を学んできた。これまでの活動を振り返ってみると看護を意識せずとも看護に通じるものを感じていた自分がいた。薄井は、「人間がひとりひとり異なっているということだけでなく、個別性をキャッチする方法、個別性にこたえる方法をもたなければ、少なくともその能力を高めるための努力の方向を知らなければ、私は"看護"の上に安らうことはできない」1)と、説いている。
 そこで、今回はボランティアの中で見えてきた「引きこもり」と、「個別性」を大切にした関わりを持つ意味を考えていきたい。
 
II 対象と方法
1. 青少年健康センターでの活動紹介
2. 一年間の活動先となる青少年健康センターでの「引きこもり」の人々との関わり体験をもとに「引きこもり」の状態を図に示す
3. 個別性を捉えて関わることの重要性を考えその意味を取り出す
4. 年間ボランティアをおえたその後の自分自身の課題を明確にする
・期間平成14年4月〜平成15年2月(約10ヶ月間)
<倫理的考慮>対象が特定できないように配慮した。
 
III 結果
 1. 青少年健康センターでの主な活動は、小日向ハウスと茗荷谷クラブであった。それに加え月1回の家族会の手伝いと思春期カウンセラー養成講座への参加があった。以下に、小日向ハウスと茗荷谷クラブでの活動内容を示す。
(小日向ハウス)
 センターではハウスと呼ばれ、火曜日と木曜日の10時から17時までの間で通ってくるメンバーは5〜6名。週に1回の方と2回の方がいる。ハウスという名前の通り以前は宿泊療法を行っていたが、現在は通いでの支援を行っている。ほとんどの場合、午前中にメンバーどうしでその日の活動の話し合いが行われスタッフもメンバーも一緒に食事をした後に出かけることが多い。その日によって変わって来るが、よく行われる活動はボウリング、ビリヤード、カラオケなどでスタッフもメンバーと一緒に活動する。その他、現役メンバーに加えOBも参加できる旅行や創立記念パーティー、茗荷谷クラブと合同でソフトボール大会などの行事もある。メンバーの多くはハウスが宿泊を行っていた頃からの関わりがあり、年齢層は20代後半〜30代である。
 
(茗荷谷クラブ)
 センターではクラブと呼ばれ3クラスに分かれている。月曜日の18時30分〜20時30分のマンデー、水曜日の午前と金曜日の午後のA、水曜日の午後と金曜日の午前のBでマンデー以外のクラスでは午前はフリーで雑談したり外でソフトボールやサッカーをしている。午後はプログラムを行っていて、その日の担当のスタッフを中心に話し合いをしたり、ゲームを行ったりと様々である。その他月に1回A、B合同で1日フリーの日があったり年に数回メンバーがその日の活動を事前に決める自主プログラム、年に2回の1泊旅行やハイキング、クリスマス会などがある。スタッフもメンバーのなかに入り一緒に活動している。人数はクラスによって異なるが、10名〜20名程度で20代〜30代の方が通ってきている。クラブはメンバーにとって守られた「居場所」としての役割がある。
 
(通ってくるメンバーが抱えている問題)
 ハウス、クラブに通ってくるメンバーは「引きこもり」や人間関係に悩んでいる人が多い。小学校から不登校の方もいれば大学在学中に引きこもってしまった人などそれぞれ事情は違っている。又、統合失調症・発達障害など何らかの障害を抱えている方と斎藤が「社会的引きこもり」の中で引きこもりと定義している対人関係を上手に結べない方で精神病を除外した方々がいる。
 
 2. 「引きこもり」の人が置かれている状態
図1の説明
(認識)
・外に出たいけど・・・出られない。
・ハウス(クラブ)に行きたいけど行けない。行っても上手く出来ないんじゃないか・・・
・人が恐いが、友達が欲しい
・家にいても落ち着かない
・家族に暴力を振るってしまう
・途中で学校を辞めてしまった自分なんか・・・
・一生仕事できないのでは?上手く人間関係が結べないんじゃないか・・・?
・また失敗しそうで恐い
・こうなったのも全部親のせいだ
・病院に行っても良くならないこんなんでいいのか?
(実体)
・見た目は普通の若者
・外にでようとすると体が動かない
 
(社会関係)
・親子関係、近すぎる母と無関心な父。学校に行ったり仕事に就いて欲しい。
・メンバー、同じ悩みを抱えた仲間
・親戚関係、お盆やお正月に顔を合わせたくない
・近所付き合い、家にずっといる若者をどう思っているのか?・・・
・友達、周りは学校や仕事に就いている
・医療機関との関わり
 
図1
※注、この説明の内容はメンバーとの関わりの中で訴えられた事や、スタッフミーティングで共有した内容を含み、個人名が特定できないよう様々な方の訴えを織り交ぜた。
 
IV 考察
 センターでのボランティアを始めた当初はメンバーの顔と名前を覚えることで精一杯だったが、10ヶ月という期間を考えるとゆっくり関わっていこうという気持ちのゆとりが出来た。私が、個別性にこだわるようになったきっかけは学校での実習体験からくる。1週間〜3週間という限られた期間での関わりの中で上手くいくときといかないときがあり、その違いをたどっていくと、対象の個別性を捉えられていたかが鍵になってくるのではと考えるようになった。学生時代に先に「はじめに」で挙げた薄井の言葉に出会いボランティアをしていく中で個別なひとりひとりに目を向け関わっていきたいという思いで参加した。
 始めの頃、日本の端の方で育ってきた私にとって中心部で生きた来ているメンバーの話にはついていけない部分も多く、分からないままに聞いていた。又、私の興味のない分野の話も多かったが、時間が経つにつれていつもだとテレビなどで流れていても聞き流す話でも自然に耳がキャッチするように変化してきた。
 まだついていけない話題は多いが、常に合わせられなくてもいいのではないかと思うようになってくる。理由としては、合わせられなくていいのではないかと思うと個別の関わり合いだと考えられるからだ(例、プロレスの話など)。薄井は「精神活動も無限の可能性を秘めてはいるが、どのような文化的遺産を選択的に受け取り、常に動き続ける文化の波にどう反応するかでその人らしさが形成される。」2)「生き方・ものの考え方は絶えず他人の影響を受け、また自分も他人に影響を与えて変わっていくものである」3)と述べている。生きていくなかでの人間関係は、その人にとって必ずしも良好なものだけではなく、そこから生まれるマイナスな勘定を処理する能力を身に付ける機会でもある事が考えられる。
 「引きこもり」のメンバーを見ていると、とても傷つきやすく人と関わっていくことはとても大変だが、ハウスやクラブでそういう関係を乗りこえてから外にでていくことは彼らにとってかなり重要な体験になるのではと接していて感じた。又、自分と全く違う意見を持っている人々との関わりは自分を客観的に見れる良い機会となり、その体験を増やすことにより自分の個別な部分が見えやすくなってくることに気づいた。そして、グループの中での活動はそれぞれの人々の個別な部分に出会う機会をたくさん与えてくれる。私にとっても、メンバーにとっても人間関係を学んでいける場所だと思われる。
 活動も中盤にさしかかった頃、私があくびをしていると、あるメンバーに「スタッフがあくびをしてもいいんですか?」と聞かれた。その時はただただ驚くばかりだったが、仕事は常に緊張していなければいけない場所だと認識しているその人の頭の中が見えた気がした。その緊張しているメンバーさんの状態を考えると心が痛む。しかし、その私の状態を見てもらうともう少しリラックスしてもいいのだと気づいてくれればいいなという思いがした。このこと以外にも、様々なメンバーが様々な場面で完璧にこなさなければ行けないと思い苦しんでいる場面に何度も出会った。私にとってハウスやクラブがリラックスして楽しく過ごせる場所であるように、彼らにとってもそうであって欲しい。
 最後に、薄井は「その人がどのような生活過程を経てきたのかを重ねていくことによって個別性が明らかになってくるのである」4)と述べている。関わりの中でその人の生活過程を知り、徐々に見えてきた個別なその人の認識に添って自分なりの方法で表現していくことがひとりひとりへの援助になるのではと考えた。
 
V まとめ
 これまでの、センターでの関わりを振り返るとまだまだ上手く関われていない場面もたくさんあるが、自分が無理しないことで相手にも無理をさせないような雰囲気が大切なのではと思うようになった。
 今回のレポートで1年の活動と「引きこもり」を改めて考え、個別性に注目して関わることの重要性を再認識した。
 これからは、保健婦として子どもから大人までのあらゆる年齢層と関わることになる。
 「引きこもり」や「不登校」の方々と出会った時にこの1年間の活動を活かせて行けたらと思う。
 
謝辞
 なれない新しい生活やセンターでの活動をこれまで支えてくれた青少年健康センターの方々に深く感謝します。
 又、1年間ボランティアを続けるに当たって支援してくれた日本青年奉仕協会の方々や一緒に支え合ってきた仲間達に感謝します。
 
引用文献
1)薄井坦子:科学的看護論 第3版p143 日本看護協会 1997
2)前掲書1):p41
3)前掲書1):p41
4)前掲書1):p102
 
参考文献
・倉本英彦:社会的引きこもりへの援助 ほんのもり出版2002
・田中千穂子:ひきこもりの家族関係 講談社2001
・斎藤環:社会的ひきこもり PHP新書1998
 
[23歳/宮崎県出身/大学生(卒業)]







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