第24回作曲賞第1次選考について
海老澤 敏
(新国立劇場副理事長 日本交響楽振興財団理事・同作曲賞選考委員)
2001年11月30日(金)、恒例の日本交響楽振興財団作曲賞の第1次選考委員会が開催され、「日本交響楽振興財団奨励賞」ならびに「日本交響楽振興財団作曲賞」候補の「入選作品」の選考がおこなわれた。
例年、この「作曲賞」ならびに「奨励賞」の意義について、筆者はさまざまな角度から論じてきたので、今回はその論議は差し控えたいが、新しい世紀を迎えて、この賞の選考も新たな時期に入ったという感がある。今回は第24回を迎え、来年で四半世紀という歴史が刻まれることがまことに感慨深い。
当日の選考委員会には全委員10名のうち、6名のメンバーが出席した。武田明倫、野田暉行、廣瀬量平、別宮貞雄、間宮芳生の五氏、それに座長として海老澤敏が加わっている。欠席委員の一柳慧、松村禎三、三善晃の三氏からも先立って行なわれていた内覧による評価が書面で提出されており、合計9名の形で、今回の選考がおこなわれたことを、まずご報告しておきたい。
加えて、2002年7月20日(祝)に催される「現代日本のオーケストラ音楽」第26回演奏会で取り上げられる入選作品の演奏のあと、引き続いて開かれる第2次選考委員会で最終選考が試みられるが、その演奏(東京交響楽団)の指揮者飯森範親氏にも、全応募作品の演奏上の問題点を指摘して頂くべく、楽譜のチェックをお願いし、それも選考の参考にさせて頂いた。
本年度の応募作品は合計15点であった。この応募数は決して例年より多いとは言えないが、シンフォニックな作品に挑戦する作曲家諸氏の健闘に、まずは敬意を表したいと思う。ただし、こうした作曲賞に応募される方々の中には熱心な創作愛好家もおられる。そのシンフォニックな音楽に対する熱情には大いに打たれる面もあるが、作曲の世界も、演奏の世界同様、今日、高度に専門化されている傾向が顕著であるのを勘案すると、そうした向きには、もっと別の挑戦の機会や発表の機会が与えられて然るべきかと思われる点を指摘しておきたい。
さて、今回の選考も、いくつかの段階をへておこなわれた。まず応募作品15作品のうち、応募規程に明記されている「3管の通常編成以内」という制限を超えた1曲については、これを選考対象外としたため、14作品が選考の対象となった。
選考委員の間では、早くもこうした楽器編成の問題や、楽器の扱い方など、演奏上の問題に話題が集中し、いくつかの選考過程の段階でも、指揮者飯森氏の評価も参考にしつつ論議が繰りひろげられた。
第1次の選考では合計14曲中の9曲が残された。こうした選考の経過の中では、曲名の整合性、タイトルの適切さといったことも話題とされたが、応募書類に設けられた<作曲の意図>の説明が、そのタイトルの難解さと結びついて、読み手をしばしば困惑させる態のものもあるのを附記しておこう。
第2次選考では9曲中5曲が選ばれた。この5曲という作品数は、すでに<奨励賞>の対象となる作品数と同じであったが、この時点では、飯森氏の演奏上の適否の判断が紹介されつつ、かなり詳細な検討が続けられたものであった。結果として、以下の5作品が<奨励賞>と決定した。
豊住竜志(とよずみたつじ) |
: |
Oriental Rhapsody for Violin and Orchestra |
佐井孝彰(さいたかあき) |
: |
管弦楽のための「讃歌」 |
森 佳子(もりよしこ) |
: |
The Voice of Trees for marimba and orchestra |
魚路恭子(うおじきょうこ) |
: |
空間のためのエチュード |
長生 淳(ながおじゅん) |
: |
春―青い泡影(ほうよう) |
豊住竜志氏は1965年生れ(36歳)[第1次選考時点、以下同じ]、愛知県立芸術大学大学院修了で、作曲を石井歓、兼田敏、岡坂慶紀、松井昭彦の各氏に師事、第57回日本音楽コンクール作曲部門(管弦楽曲)第3位入賞のほか、第19回日本交響楽振興財団作曲賞入選、第4回Music Today作曲賞入選等を果たしている。
Oriental Rhapsody for Violin and Orchestraについて氏は以下のように語っている。
「この作品は題名が示すように、私なりに少し東洋的なものを意識しながら、ソロヴァイオリンにたくされた激しい情感とそれを支えるオーケストラの響きにそのエッセンスがあらわれんことを願い作曲しました。」
佐井孝彰氏は1978年生れ(23歳)、東京芸術大学音楽学部作曲科4年在学中。第17回現音作曲新人賞受賞。芸大安宅賞受賞。藤原嘉文、浦田健次郎、小山薫、土田英介の各氏に師事。
管弦楽のための「讃歌」について、以下のコメントを記している。
「息の長いフレーズ感をもった音楽を書くことを主眼とした。曲は常に弦楽器によって奏される旋律に導かれながら進んでいく。」
森佳子氏は1962年生れ(39歳)、東京芸術大学大学院音楽研究科修了。作曲を池内友次郎、宍戸睦郎、原博の各氏に師事。現在、洗足学園大学講師、日本作曲家協議会会員。
The Voice of Trees for marimba and orchestraについて次のように語っている。
「太古より、様々な環境の変化に対応しながら存在し、地球上の生命を育んできた樹々たち。しかし、人に因る伐採、焼畑、その他急激な変化に、激減し続け、存続もままならない。彼らの叫び、悲しみ、怒り、そして祈りを、私なりの感情に置き換え、マリンバを介して表現しようと試みた。樹々への思いを込めて。」
魚路恭子氏は1977年生れ(24歳)、東京芸術大学音楽学部作曲科4年在学中。作曲を田辺恒弥、森垣桂一、尾高惇忠の各氏に師事。平成12年、第11回奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門第3位入賞。
空間のためのエチュードは次のコメントを伴っている。
「コンサートホールという一つの巨大な楽器とも言える空間には様々な可能性があると思います。室内楽的な、或いは交響、協奏的な、また音楽的であり旋律的な、ささやきから大音響までのそのすべての可能性を、オーケストラという音の宝庫を使って探求してみたいと思いました。またそれら相容れない様々な様相が一曲を通して一本の旋律でありその種々の断面であるというコンセプトのもと作曲いたしました。」
最後に長生淳氏は1964年生れ(37歳)、東京芸術大学大学院修了。作曲を永富正之、野田暉行の各氏に師事。第2回日仏現代音楽コンクール特別賞受賞、第54回日本音楽コンクール作曲部門第2位入賞。現音第4回作曲賞入選、第57回日本音楽コンクール作曲部門(管弦楽曲)入選。2000年度武満徹作曲賞受賞。
春―青い泡影(ほうよう)についてのコメント。
「夏にはじまる4部作の最後のものとして着想。少しずつ生命が芽ぐみ広がり張ってゆくかのような楽想を骨格としつつ、しかしただ生命力への讃歌を謳いあげるのではなく、『今しばし死までの時間あるごとく、この世にあはれ花の咲く駅』と歌われているように、時の中にあっての儚さ、脆さの相から眺め、それゆえのなお一層の生命へのいとおしさの表出を主眼とする。豊穣でありつつ徒らに饒舌に陥らぬこと、推進力を押しとどめ、切り詰める緊張によって<豊かな生命力>を浮かび上がらせる事を自らへの課題とした。」
以上5曲のうち、「現代日本のオーケストラ音楽」で演奏される入選作3点を選ぶ作業が、最後におこなわれたが、この第3次選考ではオーケストラの演奏の難易やオーケストレーション、楽器法その他の表現上の問題は大いに論議され、次の3曲が入選作と決定された。
佐井孝彰 |
: |
管弦楽のための「讃歌」 |
森 佳子 |
: |
The Voice of Trees for marimba and orchestra |
長生 淳 |
: |
春―青い泡影(ほうよう) |
この中から、本日おこなわれる「現代日本のオーケストラ音楽」第26回演奏会での演奏をへて、第24回日本交響楽振興財団作曲賞の対象作品が選ばれるのを心から期待したい。 |