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道具屋(どうぐや)
 馬鹿は、隣の火事よりこわいなんて、うまいことがいってありますが、愚かなものは、
落語のほうでは、米びつとされております。これが出てまいりますと、はなしのほうも、
なにかおかしくなるとゆう按配で・・・。
 
 「ああ与太、来たな、いまおっかさんが来て、泣いて行ったぜ」
 「はは、色男にはなりたくねえ」
 「なにが色男だ」
 「女を泣かせる」
 「ばかなことをいちゃそうがないな。おまえ、遊んでるってえじゃねえか」
 「いや遊んでない」
 「そうかい」
 「ここんとこ、陽気が暑いからね、ずっと昼寝をしていた」
 「なにおいってやがる。昼寝なんというものは、仕事のうちにっははいらねえ。なんかやんなくなくちゃいけないよ。商いでもやってみろ」
 「商いはずいぶんやった」
 「偉いな」
 「ああ、そばから飽きた」
 「なにをいってる。飽きずにやるから商いじゃないか。そばから飽きちゃいけない。なにをやった」
 「うん、暮れに観音さまの年の市へ出てね」
 「おお。威勢のいいとこえ生きやがったね。なにを売ったんだ」
 「市のうりものってえと、たいていきまってるよ。三方、羽子板、しめ飾り、だいたい。そうゆうものはどこの店でも売ってるから、あたいは、おを売っちゃった」
 「なんだいその、おてえのは。ああ、苧か、とも白髪といって縁起のいいもんだ。麻糸だな?あれ売ったのかい」
 「売ったんだよ。むこうへ行ってね、だまってたら、市のあきんどは、大きな声でどならなくちゃいけませんよっていった人があったからね、ええ、まかりましたまかりました」
 「うまいな」
 「しめか、飾りか、だいたいか、海老をお買いなさい」
 「そんなもんも持ってったのかい」
 「持ってかないんだけどね、前の店にならんでた」
 「人んとこの店手伝ってちゃいけない」
 「そう思ったから、こんだ下っ腹へ力を入れてね、おおっつったよ」
 「なんだいそりゃ」
 「品物が苧だからさ、おおっつったらね、隣が羽子板屋でね、そこの、おじさんがおこっちまいやんの、うちじゃァ女だの子供さんがお得意で、せっかく人の集まったところを、おまえさんがワッてからみんな逃げてっちまう。もっとおだやかな声が出ねえかってやんの、どうゆうのがおだやかなんでしょうって聞いてやったらね、やの苧をつけてみなよ、豆屋でござい、ええ、豆腐屋でございって、あの字をつけてみなよ、豆屋でござい、ええ、豆腐屋でございって、あのやの字がいいんだからって。でそんなもんならわけはねえと思って、おやでござい」
 「なんだいそりゃ」
 「おに、やがついてら。おやでござい。おや、おやまあしばらく」
 「しょうがねえな」
 「そのうちにね、くもってきたから、番傘売ってもうけてやろうと思ってね、こんなに積みあげたら、お天気んなちゃて一本も売れない。ええ、どうも店がさみしいと思ったからね、こんだ、串柿に、だいたいをならべてね、品物が多いから二っつ呼んだの、おに柿でおやっ柿おやっ柿」
 「おやっ柿てなおかしいね」
 「おにかさでおやかさ」
 「そらどうも、ごろがわるいねえ」
 「おにだいだいで、おやだいだい」
 「おお、なんか緑起がよさそうだな」
 「あとへ、かさにかきが残っちゃって、おやだいだいかさっかき」
 「しまらねえなあ」
 「夏んなってね、唐辛子を売ったよ」
 「唐辛子てな葉唐辛子。あらあおめえ、威勢のいい商売だよ。まず野菜でもって葉唐辛子な。魚のほうで初鰹。こてがこなせりゃ一人めえだ。おめえ、出かけたのかい?」
 「出かけちゃった、朝はやく。かんかん照りでね、もうね、汗が目にはいっちゃって」
 「いや、そんなことはかまわねえが、どのくらい売れた?」
 「どのくらいにもこのくらいにもねえ、お昼まで歩いてて一わも売れない」
 「あんまりふしぎだからよく考えてみたら、だまって歩いてたから売れねえ。そいからひとつ大きな声で景気よくどなってやろうと思ったら、品物の名前を忘れちゃてね。はてな、これは三ツ葉ではないし、うどではないし、ねぎではないし、枝豆ではねえ。だんだん出てこなくなっちゃちゃったんだよ。吾妻橋の上まで来たら、あんまり日なたばっかり歩いてるから、葉がこんなによれよれになってね、しおれちまいやがったから、こりゃア売りもんにならないと思ってね、かごをさかさまにしてみんな川んなかへうっちゃっちゃった」
 「いい度胸だねえ」
 「するとこれが水へつかったからね、勢いがよくなりゃがってね、青々とこう流れて行くのを見てね、ああうまそうな葉唐辛子だってんで思い出した」
 「おまえは長生きができるよ。話はそれっきりか」
 「こうなりゃあたしだって欲がでますよ」
 「ほほう」
 「いくらでもいいから取ってこようと思ってさ、着物を脱いでね、すっ裸んなってね、橋の上からドブーンとはとびこません」
 「なにをいってやがる。そのねえ、ませねえ話はどうでもいい、ませる話をしな」
 「はじのほうからボチャボチャはいってったんだよ。あたいは顔をつっこんでりゃ体が浮くんだけどもね、顔上げると沈んじまう。でね、顔つっこんで、ボチャボチャボチャボチャボチャ、ヘヘ、犬っかきで泳いでってね、もうここいらでいいと思って顔を上げてみたら唐辛子はいません」
 「どうした」
 「お留守だ」
 「なにがお留守だ、よく見ろ」
 「よく見たらね、唐辛子の流れていくのと、あべこべのほうへ泳いでた。たいへん遠くなっちゃったから、あきらめて上へあがった。けどおじさんの前だがね、親切な人があってね、あたいが水んなかはいってるあいだに、天秤もかごもね、はき物も着物も財布もみんなまとめてね」
 「ははァ、とどけてくれたか」
 「とどけようとは思ってんでしょうがね、いまだにとどかねえ」
 「どうもしょうがねえな。おまえは器量以上のことをやろうとするから、やりそこなうんだ。どうだ、おじさんの商売ゆずってやろうか」
 「おじさんの商売?大家じゃないか。じゃあの家作、あたいがもらって、晦日、みそかの店賃はあたいが・・・」
 「よくばっちゃいけない。あれは、おじさんの表看板。おじさんの内職、つまり世間に内緒の商売がある」
 「世間に内緒の?ははァあれだな」
 「あれだなって、おまえ知ってるのか」
 「ちゃんと知ってら、だからわるいことはできねえ」
 「おかしなこといっちゃいけねえ」
 「おじさんの商売、頭に、どの字がつくだろう」
 「どの字が頭に?うん、つくな」
 「ほれみろ、どうも目つきがよくねえと思った。泥棒。おじさんの商売、泥棒だな」
 「こんなばかはねえな、だれが泥棒なんかやるかい。おじさんの商売は道具屋だ」
 「道具屋、母ァ、やっぱり度が塚ァ」
 
 「どうだ、道具屋。やってみるか」
 「もうかるかい」
 「もうかるってほどの仕事じゃァないが、おじさんのは、俗にてんこぼしといってな、ゴミほうをはたくんだ。まあ、ろくなものはねえが、これでなかなか目ききがむずかしい。どうだ、おまえ、目がきくか」
 「ああ、目はきくよ」
 「そうか」
 「ああ、おじさんのうしろで猫があくびしてるのなんか、よく見えら」
 「これが見えなきゃめくらだ。そうじゃねえ、はやいはなしが、ここにあるこの鉄瓶だ、これがおまえにふめるか」
 「ふめるよ」
 「えれえな、ふんでみろ」
 「お湯がちんちん煮たってら」
 「煮たってたってかまわねえじゃねえか、ふんでみろ」
 「ふんずけりゃ火傷すら」
 「あんなこといってやがる。足でふむんじゃねえ、目でふむんだ」
 「えっ、目で?」
 「わからねえ野郎だな。いくらだか、値をつけられるかてんだよ」
 「なんだ、なら、そうとはやくいうがいいや」
 「わかるか」
 「わからねえ」
 「いばってやがら。まあ、そのうち、おじさんが、市へつれてっておぼえさせてやろう。おめいのうしろに、つづらがあるだろう、品物がはいってる。つづら、だしてみろ」
 「ああきたねえ」
 「きたないなんぞ、どうでもいい。そんなかの品物、そこえ出してみろ」
 「ああずいぶん、いろんなものがあるね。鉄なべのふたのないのね、やかんのつるのないの、ないものずくしだよ。いやあ、のこぎりが出てきやがった。あかののこぎり」
 「おまえ世の中にね、あかののこぎりってのはないよ。そら。火事場でひろって来きたんだよ」
 「ああ、かじのこだこりゃ。ああ、刃がかけてるね。むし歯だ」
 「おまえ、ふしぎなこというね。のこぎりにむし歯ってのはおかしいやな。なんでもいいからもとどうりにしまいな」
 「大きなおひなさま」
 「こらァね、古代びなのうつしでな、ほんものなんざありっこねえが、ま、持ってってみな。物好きが買ってくるから」
 「ははァ、おひなさま首かしげてんね。晦日の勘定がおっつかねんじゃねえか。いやどっちにも曲がるよ、ああ、ぐるぐるまわらァ。ははァ、あっ抜けた」
 「抜いちゃいけないよ、おい。道具屋てえのは、ものをまとめんのが商売だ。おめえのようにこわすやつはねえ」
 「だけどさ、鼻がかけてるよ。鼻っかけだ」
 「鼻っかけてのはおかしい。ねずみがかじったんだ」
 「ああ、ねずみが。ねずみ出るかい?」
 「出るねおれのうちは。台所がひろいせいか、夜っぴてあばれてやがる」
 「ねずみがいなくなる法ってのおせえましょうか」
 「ああ、おまじないかい」
 「おまじないじゃァない、なくなちゃう。ああ。あんまりおおきな声じゃァおせえられない」
 「どうして」
 「ねずみが聞いているから」
 「なにをいってやがる」
 「わさびおろしってものがあるでしょう?金のぎざぎざのついたものさ。あたり金ともいうだろ?あすこにこう、ご飯つぶをぬりつけてね、ねずみの出る穴にこうやってあてがってとくんだよ。夜中にチョロチョロ、チョロチョロっとねずみがやってくるよ。おやおや、今夜は台所のおはちまで行かなくっても、ここにおまんまがある、ありがてえってんでかじるでしょう。どだいがわさびおろしだからね、かじるたんびにねずみがへっちゃてね、朝見るとしっぽばかりだ」
 「おまえの考えは、それくらいのことだ。これに元帳があるから貸しててやろう、これからかけ値をして売ればもうけはおまえのもんだ。蔵前道りにずうっと道具屋がならんでる、あの仲間のうちにな、吉兵衛さんてえ人がいる。な、あだなをおせっかいの吉兵衛さんてえくらいで、面倒みがいい。その人におそわるんだ。しっかりやってこいよ、うかりするんじァねえぞ。わかったな、返事をしろ」
 「あいよ。・・・どうしてああ、あとからあとから小言が出るんだろうね、・・・ああならんでら、ここだな。ええ、ちょいっとうかがえますがねえ」
 「はい」
 「こんなかに吉兵衛さんて人いますか?」
 「吉兵衛はあたしだ」
 「ははあ、おまえさんが吉兵衛さんか。どう見たって吉右衛門には見えねえ」
 「なにをいってる。なにしに来なすった」
 「え、なにしにってね、あなたはね、おせっつかいの吉兵衛さんてえてんでしょう」
 「すごい人が来たねえ。そうゆうことはね、陰でいう人はあるがね、面とむかっていわれたのはきょうがはじめてだよ」
 「ヘヘ、これからちょいちょいいいます」







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