VIII. 損害保険に関わる電子商取引
1. 貿易金融EDIの損害保険における効果
貿易金融EDIを目指してからかなりの日々が経過しています。徐々にではありますが其の試みは成果を出し始め、実績となってきています。今後急速に進むものと考えられますが、そのターニングポイントを決める要因の大きな一つになるものは、それがもたらす効果にあるのは間違いないのではないでしょうか。
損害保険においては、個々の契約者とのデータの送受信(申し込み内容のデータや保険会社の処理内容のデータの送受信)をベースに進んできましたが、貿易金融EDIとして、連鎖性のある大掛かりな仕組みとして本格化してこなかった原因には、損害保険におけるEDI化の効果の質・高低が影響しているのではと考えますので、最初にこの点にふれてみます。
1.1 直接的効果
EDI化がもたらす効果には様々ありますが、それによる作業(事務)の省力化とスピード化によりもたらされるメリットを直接効果とすると、つぎのようなものがあげられます。
事務コストの低減
重複入力を省くことによって、入力(記入)のミスや入力(記入)チェックを最小限度に抑え、更に、各種書類上の記載項目のマッチングを省略若しくは削減して、事務効率そのものを向上させることにより、又、ペーパーレス化により人件費や物件費を削減できます。
事務処理のスピードアップ
空間と時間を、完璧ではありませんが、ほぼ超越してしまうことで、事務処理が一カ所ではなく、数カ所の当事者にまたがって一連の事務処理作業が進む場合も、一貫した事務処理全体のスピードが圧倒的に速くなります。これによる物件費の削減も期待できます。
書類保管コストの圧縮
ペーパーレス化の大きなメリットには、データ化したものを機械的に保存することで、従来のような紙での保管のために、大きなスペースを必要としないことですが、このことによる物件費の削減も期待できます。
ただし、現状では、まだ、実際的ではなく、暫くは、データと紙の並存した保管が続くのではないかと考えられます。
1.2 間接的効果
直接的効果である事務処理のスピードアップは、生産者から消費者に至る過程に於けるそれぞれの当事者間におけるそれぞれの情報の伝達を、飛躍的に早くすることを可能にします。
それによって、消費者の動向がいち早く把握され、個々の商品の在庫調整や生産の調整を行うことが出来、生産の効率を究極まで向上することがあげられます。これは、EDI化の効果の中で、我々にとって一番大きな利益を享受できるものと思われます。単なる事務の効率化では、EDI化への準備のために必要となる負担を考えると、その普及を図るには、充分ではないでしょう。この間接的効果こそが、貿易金融EDIを促進する大きな鍵を握ると考えます。
1.3 損害保険への効果
一般的なEDI化の効果について述べましたが、それでは、損害保険にとって、主に貿易金融EDIはどのような効果をもたらすのでしょうか。事務処理コストが大きい業種であり、直接的効果は大きいことは間違いありません。とは言え、損害保険会社にとっては、保険契約者のEDI対応ができなければ、いくら体制を整えておいても、すぐに対応できるように準備を整えておいても何ら効果を得ることはありません。
むしろ、当面は、コストを掛けるばかりで、メリットの享受どころではありません。このことは、昨年の報告書にもふれているので、ここでは詳しく論じませんが、一気にEDI化に向かわない、いつも様子見のような損保業界の現状ではないかと考えています。
また、「間接的効果で何か期待できるのか」となると、貿易金融EDIにおける損害保険の役割・機能からは、特に大きなもので取り上げるものは、今のところないように思われます。契約者向けのサービスとして、各種のデータの資料提供等は容易・便利にはなりますが、前項で述べたような、いわゆる究極的な生産性の効率のようなものはないでしょう。
2. 電子保険証券
電子保険証券(ここでの電子証券とは外航貨物海上保険証券の電子保険証券、以下は電子証券)の作成作業は始まっています。現在は、データ項目や項目の内容を確定する作業やどのようにして社内外のデータを受信し、送信するかの接続仕組み作りの構想を練ったりといった状況で、まだ実用化できる段階には至っていません。
この作業は、個別に各社が取り組んでおり、業界がまとまって作業を行っているわけでもありませんので、全てをご紹介できる訳でもありませんが、できるだけその内容をご案内しましょう。
損害保険証券(外航貨物海上保険証券)は保険契約の内容を示したものですので、先ずは、電子証券の内容に入る前に、紙ベースの保険証券の内容について必要な項目を整理してみましょう。
2.1 商法上の証券事項
我が国の法律においては、商法第649条において、損害保険証券に記載される項目を規定していますが、海上保険については、更に商法第823条において追加項目を定めています。以下の条文を参照下さい。
商法第649条
【保険証券の交付、記載事項】(1)保険者ハ保険契約者ノ請求ニ因リ保険証券ヲ交付スルコトヲ要ス(2)保険証券ニハ左ノ事項ヲ記載シ保険者之ニ署名スルコトヲ要ス
一 保険ノ目的
二 保険者ノ負担シタル危険
三 保険価額ヲ定メタルトキハ其価額
四 保険金額
五 保険料及ヒ其支払方法
六 保険期間ヲ定メタルトキハ其始期及ヒ終期
七 保険契約者ノ氏名又ハ商号
八 保険契約ノ年月日
九 保険証券ノ作成地及ヒ其作成ノ年月日
商法第823条
【海上保険証券の記載事項】海上保険証券ニハ第六百四十九条第二項ニ掲ケタル事項ノ外左ノ事項ヲ記載スルコトヲ要ス
一 船舶ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テハ其船舶ノ名称、国籍並ニ種類、船長ノ氏名及ヒ発航港、到達港又ハ寄航港ノ定アルトキハ其港名
二 積荷ヲ保険ニ付シ又ハ積荷ノ到達ニ因リテ得ヘキ利益若クハ報酬ヲ保険ニ付シタル場合ニ於テハ船舶ノ名称、国籍並ニ種類、船積港及ヒ陸揚港
(貨物海上保険においては、二の積荷ヲ保険ニ付シ以下が該当します。)
上記のとおり、商法によれば、証券は請求があれば交付しなければなりませんと規定されています。逆に言えば、損害保険会社にとっては、契約者から請求がなければ発行しなくてもよいことになっています。つまり損害保険証券は省略出来ると言うことになります。
また、証券記載項目はかなりシンプルなものであることも分かります。要約すると(1)保険の目的(数量を含むと考えます。)(2)保険条件(3)保険金額および保険価額(4)船名(5)出帆日(6)仕出地および仕向地(7)保険契約者名(8)契約日(9)保険証券作成地および作成日(10)保険料の支払い方法となります。
我が国において損害保険会社が発行している外航貨物海上保険の保険証券は、英国法に則っていますので、次ぎに英国法での保険証券上の必要項目を確認してみましょう。
2.2 英国法上の保険証券記載事項
英国においては、1906年英国海上保険法(エドワード7世即位題6年法律第41号)において定められた法律が適用されていますので、以下の通り確認してみましょう。
1906年英国海上保険法(エドワード7世即位題6年法律第41号)には、保険証券記載項目関しては、次の第23条と第26条に規定があるだけ、被保険者名または保険契約者名と保険の目的といった極めて限定的なことしか決められていません。一般にロイズの証券フォームを使っているので、実際にはこのフォームに従えばよいことになります。本邦においてもロイズ証券フォームを基に作成していますが、前項の商法で確認した事項の他に、本証の発券枚数や保険金支払地、損害の連絡先といった程度の事項が追加されるだけです。
第23条 保険証券に記載しなければならない事項
保険証券には次の事項を記載しなければならない。
(1)被保険者の氏名または被保険者のために保険契約を締結する者の氏名
第26条 保険の目的物の表示
(1)保険の目的物は、相当な正確さをもって海上保険証券にこれを記載しなければならない。
(2)以下略
2.3 電子保険証券の開発の取り組み
保険証券は必ずしも発行されなければならないものでもないこと、また、発券した場合の記載項目についてどのようなものが必要かを確認してきましたが、次ぎに、現在における電子保険証券の開発の取り組み状況について説明しましょう。
2.3.1 標準化された保険証券
EDI化のためには、どの書類においても標準フォームで作成されていることが必要とされます。これまでも電子化にあたっては、船荷証券やインボイス等先ず標準化作業から始まっています。では、外航貨物海上保険証券の場合はどのようになっているでしょうか。
先に、我が国の外航貨物海上保険証券は、ロイズ証券フォームを基に作成されていると説明しましたが、其の結果、幸いにも、本邦の損害保険会社の発行している証券フォームは、ほぼ同一になっています。我が国では珍しく標準化されている書類と言えるでしょう。また、他の国の保険証券ともフォームは類似しています。
従って、他の書類のように、先ず標準化から手をつける必要はなく、損害保険業界では、すんなりと電子証券を作成する作業に入ることが出来ます。恵まれた条件下にあるといえます。しかしながら、現在は、業界でまとまって一つとなって取り組んでいる状況ではありません。各損害保険会社が独自に、あるいは、連携して取り組んでいます。私見ですが、できるのであれば、損害保険協会等や業界の機構の中で取り組むことも検討してもよいかと考えます。
2.3.2 開発の取り組み方
具体的には、ボレロやTEDIで使用することを目指して、電子保険証券の作成の開発を始めました。ボレロ優先か、あるいはTEDI優先かといった考え方は現時点では特にとってはおりません。開発作業としては、先ずは、基本的に同様との考え方で作業を進めています。損害保険会社にとっては、これらボレロやTEDIとの対外接続についてはそれぞれ異なることが予想されますが、電子保険証券そのものは同じようなものになると考えて、損害保険会社においては作成に着手しはじめたところもあるようです。
2.3.3 データフォーマットの内容(XML方式)
それでは、どのような電子証券を考えているかを次ぎに紹介しましょう。損害保険会社に保険契約が申し込まれるとそれを基に保険証券を発券しますが、申し込み内容には、証券上必要のない保険会社の部署コード等様々な情報が含まれる一方、証券に必要な、例えば証券作成日等の情報は含まれていません。また、保険証券以外に別途請求書が通常月一回作成されているのが一般的です。
つまり、EDI化されたデータとしては、申し込みデータ、保険証券データ、請求書データの3通りを整理する必要があります。これらの情報をXML方式で作り上げようとしています。
申し込みデータと請求書データは保険会社と契約者間の取引に必要なものです。ここでは、流通する電子保険証券としてのデータ項目を、ボレロで検討しているものをサンプルとして以下に紹介します。
左側に列挙した日本語のものは、本邦損害保険会社が必要と考えている項目で、右側に記載した英語のものはボレロで考えられている項目です。日本語があってボレロの欄に記載がないものは、ボレロに追加を依頼する予定の項目となります。
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