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4. 仲裁についての考察:
 上記した様に、当事者の合意による和解が不可能な場合でも機能し、かつ執行が可能であるという理由から、ADRの中では、仲裁が最も重要な位置を占めることになります。我国では、「公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律」が、仲裁に就いて定めていますが、不十分であり昨今の需要に適合していない為、現在その改訂が検討されており、司法制度改革推進本部からは、仲裁検討会における議論を踏まえて、「仲裁法制に関する中間とりまとめ」が発行されています。
 
 尚、同検討会における議論の概要に就いては、次のホームページに公開されています。
 
 
 また、同検討会の議論は、UNCITRALが策定した「国際商事仲裁モデル法(UNCITRAL Model Law on International Commercial Arbitration)」(以下「モデル法」という。)をベースにして行われていることは言うまでも有りません。
 
 以下、「モデル法」及び「仲裁法制に関する中間とりまとめ」を参考にしながら、仲裁に関する若干の論点に触れてみます。
 
4.1 「仲裁法制に関する中間とりまとめ」にみられる消費者保護の配慮:
 
 上述した様に、仲裁にもいろいろ問題点があります。
 
 特に消費者と事業者との間の契約については、事業者が、自ら作成した附合契約100などにより、仲裁の何たるかを十分に理解しない消費者に、不利な仲裁付託条項を押し付ける危険性などがありますから、消費者保護の観点から各種の議論が有り、「中間とりまとめ」では、次の様なさまざまな選択肢を検討しています。
 
4.1.1 消費者保護に関する特則について:
 
4.1.1.1 消費者と事業者との間の仲裁契約の効力について
 
A案 消費者と事業者との間の仲裁契約については、消費者契約法第4条101及び第10条102等の規定に委ねることとし、特段の規定を設けない。
 
B案 消費者と事業者との間の仲裁契約の効力について、何らかの規定を設ける。
 
B−1案 消費者と事業者との間の仲裁契約のうち、将来の争いに関するものは無効にし、ただし、消費者のみが無効を主張できるものとする。
 
B−2案 消費者と事業者との間の仲裁契約のうち、将来の争いに関するものについては、消費者に対し、本案の答弁103まで一方的解除権を認めるものとする。併せて、消費者に対する仲裁に関する説明義務を仲裁廷に課するものとする。
 
B−3案 消費者と事業者との間の仲裁契約のうち、一定の内容のものに限って効力を制限する旨の規定を設けるものとする。
 
4.1.1.2 消費者と事業者との間の仲裁契約の方式等について:
 
A案 消費者と事業者との間の仲裁契約は、主たる契約の契約書とは別個の独立した書面でしなければならないものとする。
 
B案 消費者と事業者との間の仲裁契約は、消費者が自署した書面に記載されていなければならないものとする。
 
C案 消費者と事業者との間の仲裁契約については、事業者において、次に定める事項等について記載した書面を交付しなければならないものとし、また、記載の方法(用いる字の大きさ等)について定めるものとする。
 
(例)仲裁の意味(訴権放棄となること)
 
 仲裁契約の一方的解除に関する事項
 
 仲裁機関又は仲裁廷の名称及び住所(定めがある場合)
 
 仲裁手続規則の概要(定めがある場合)
 
(仲裁手続に要する費用の額)
 
D案 消費者と事業者との間の仲裁契約については、仲裁廷において、消費者に対し、審理に先立ち、C案記載の書面に準じた書面を送付しなければならないものとする。
 
E案 消費者と事業者との間の仲裁契約については、その方式に関し、特段の規定を設けないものとする。
 
4.1.1.3 書面による通知の方法について:
 
 消費者と事業者との間の仲裁契約において、当事者が、消費者の住所等が不明であるとき等に簡易な方法で通知できる旨の合意をした場合、そのような合意は無効とするとともに、新仲裁法においてモデル法第3条第1項104に準ずる規定を設けるものとした場合、この規定は消費者と事業者の間の仲裁には適用しないこととし、消費者を当事者とする仲裁において消費者の住所等が不明である場合には、裁判所の公示送達手続105を利用することができるものとする。
 
4.1.1.4 国際的な要素を含む消費者仲裁について:
 
 日本の消費者が外国の事業者と仲裁契約を締結した場合について、日本の消費者の保護のためにどのように考えるかについて、
 
A案 仲裁契約が日本に密接に関連する場合には、当事者の合意の有無にかかわらず、仲裁契約の成立及び効力の問題につき日本法が適用になる旨の規定を設けるものとする。
 
B案 仲裁契約の成立及び効力の問題については、新仲裁法及び消費者契約法の中の消費者と事業者との間の契約に関する規定が公序の内容となり、法例第33条106により外国法の適用が排除され、仲裁法及び消費者契約法の規定が適用される結果となるとみて、特段の規定を設けない。
 
4.2 仲裁と準拠法について:
 
 国際仲裁について考える場合、次に述べる様な各項目の準拠法の問題を考慮する必要が有ります。
 
a)仲裁契約の成立及び効力の準拠法:
 
 我国の「法例」7条では、当事者が選択した国の法律によることを原則としています。
 
b)仲裁契約の方式の準拠法:
 
 我国の「法例」8条では、上記の「効力を定むる法律」による原則になっています。
 
c)仲裁適格性の準拠法
 
 事項によっては、仲裁手続で争われるべきでなく、裁判等の他の手続で判断されるべきものも有りますので、当該紛争が「仲裁適格」か否か判断する必要が有ります。通常は、仲裁地の法律を適用して判断することになりますが、後述する様に(4.6参照)、外国の仲裁判断の承認・執行を求められた裁判所は、自国の法律を重畳的に適用する必要が有るでしょう。
 
 「外国法に依るべき場合において、その規定の適用が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、これを適用せず。」、
 
d)仲裁“手続”の準拠法
 
 手続についての準拠法も、当事者の選択に任せるのが原則でしょうが、実際には、仲裁地の手続法や仲裁機関の手続規則に依ることになるのが通常でしょう。
 
e)本案判断の準拠法
 
 当事者の選択した法律によるのが原則です。当事者間に特別の約定がなければ、仲裁人がしかるべき法を選択し、それに基いて判断することになります。
 日本を仲裁地とする仲裁では、我国の「国際私法」の中心である「法例」等の規定に基いて、適用される法律が決定されるでしょう。
 但し、外国仲裁の承認・執行の局面などでは、当事者の指定した法では妥当ない場合も有り得ます。何故なら、例えば、当事者の行為能力、物権の問題、不法行為などの法定債権の問題、債権譲渡の対抗要件などの当事者が自由に準拠法を指定するのは適切でない事項も争われることが有り得るからです。
 
例)米国法に従ってなされた仲裁判断で、懲罰的賠償が認められ、その承認・執行を日本の裁判所が求められた場合と法例11条3項の規定
 
法例11条3項
 「外国において発生したる事実が日本の法律に依りて不法なるときといえども、被害者は日本の法律が認めたる損害賠償その他の処分にあらざれば、これを請求することを得ず。」
 
4.3 仲裁判断のよるべき準則について:
 
 当事者間の実体的権利関係を判断する基準は、原則として、当事者が選択した法でなければならないことになっています。
 
(参考)モデル法28条(紛争の実体に適用される規範)
 
(1)仲裁廷は、当事者が紛争の実体に適用すべく選択した法の規範に従って紛争を解決しなけらばならない。
 一国の法又は法制のいかなる指定も、別段の合意が明示されていない限り、その国の実質法107を直接指定したものであって、その国の法抵触規則を指定したものではないと解釈しなければならない。
 
(2)当事者の指定がなければ、仲裁廷は、適用されると認める法抵触規則よって決定される法を適用しなければならない。
 
(3)仲裁廷は、当事者が明示的に授権したときに限り、衡平と善により、又は友誼的仲裁人として判断しなければならない。
 
(4)いかなる場合にも、仲裁廷は契約の条項に従って決定しなければならず、取引に適用される業界の慣行を考慮に入れなければならない。
 

100 附合契約:契約当事者の一方が予め決定した条項に他方が事実上従って締結しなければならない契約。
101 消費者契約法第4条 消費者と事業者の間の契約について、消費者の申込又は承諾の意思表示の取消について定めた規定
102 消費者契約法第10条:消費者の利益を一方的に害する条項を無効とする規定
103 本案の答弁:民事訴訟において、原告の請求の実体に立ち至った弁論
104 モデル法第3条第1項(書面による通知)
(1)当事者が別段の合意をしていない限り、(a)書面による通知は、それが名宛人自らに配達されるか、その営業所、常居所又は郵便受取場所に配達されたならば、受領されたものとみなす。もしもこれらのいずれもが、妥当な調査をした後にも明らかにならなければ、書面による通知は、それが書留書状、又は配達をこころみたことの記録を残せる他の方法で、名宛人の最後に知られていた営業所、常居所又は郵便受取場所に送られたならば、受領されたものとみなす。
105 公示送達手続:民事訴訟法上の送達の一種で、送達書類をいつでも交付する旨を裁判所の掲示場に掲示する方法
106 法例:明治31年に制定された我国の「国際私法」、即ち、渉外的私法関係について“法の抵触を解決し、適用すべき私法=準拠法を指定する法律”の中核をなす法律。その33条の規定は以下のとおり。
107 実質法:法律関係の中身を定める法のこと。ここでは、「法例」などの国際私法に対し、民法、商法などの法律のこと。







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