6. まとめ:消費者に係わる紛争処理
6.1 ADRとODRの相違点
これまでに述べたことを総括してみたいと思います。まず、ADRとODRの相違点です。
(1)ADRとODRは、「法律上」または「制度上」全く同じであると考えてよいのだろうか、という問題です。すはわち、訴訟または裁判という手続による紛争解決に対して、当事者間の契約から生じた紛争を仲裁や調停といった裁判外の手段で解決するのがADRであり、従来は申立などを書面で行っていたのに対して、情報通信技術の発達・普及によって、これをオンラインで行うのがODRである。換言すれば、前者はオフラインADR、後者はオンラインADRで、「コミュニケーション手段」だけが異なるだけであると見てよいのか、ということです。
(2)ADRとODRは、「実務上」、対象となる紛争の「当事者」と「取引の種類」が異なるのか、ということです。ADRは従来の主として企業間取引(B2B)の紛争の解決手段であるのに対して、ODRは企業対消費者間(B2C)または個人間(C2C)のように消費者紛争の処理を対象としている。前者の場合、売買契約、販売代理店契約、技術ライセンス契約、合弁契約など、事業者間の紛争が対象であるが、後者では、ネットショッピングに代表されるようなオンライン上の取引で、ネット課金、ネット通販、ネットオークション、ネットサービスなどから生じる消費者紛争が対象です。この問題は消費者保護や個人情報問題と切り離して論じることができません。従来のADR機関で扱った事件は比較的高額の取引が多いのに比べて、ODRの事件は、実証例に見られるように、低額の取引が多くみられます。したがって、民間のODRサービスプロバイダーが事業を営む場合、経済的基盤の安定確保が大きな問題になると思われます。
(3)ADRもODRも、当事者が共に同一国内に居住するか、それぞれが異なる国に居住するかによって、対象となる紛争が「国内紛争」または「国際紛争」に分かれます。国内紛争の場合には、当該国の法律や取引慣習などに従って手続が行われます。これに対して、国際紛争では、申立人の居住国または被申立人の居住国のいずれの国で、どの国の法律を適用して紛争を処するのか、紛争処理機関の相互間の国際的協力の枠組みをどのように構築するか、といった問題の解決が必要になります。仲裁の場合には、仲裁手続法や外国仲裁判断の承認と執行に関する条約がありますが、調停その他の場合、法的拘束力がないので、ADRまたはODRの判断に従わない者、詐欺その他の違法行為を行う者から消費者を保護する制度が必要になります。ODRの場合、コミュニケーション手段にインターネットを利用すること、インターネットは情報が瞬時に世界中を駆け巡ることから、ODRはクロスボーダーであると結論するのは、正確でありません。わが国のネットショッピング紛争処理のデータ分析にみられるように、クロスボーダー紛争は全体の約3分の1です。
(4)ADRとODRでは、紛争処理を担当する者に求められる専門的知識・経験が違うのか、という問題があります。従来のADRでも、科学技術の革新、社会・経済関係の高度化・国際化に伴って、知的財産権関係、医事関係、建築関係、金融関係などの専門的知見を要する事件が増加しており、事件の適正・迅速な処理のために専門的知識を有する人材育成が問題とされました。しかし、現行法の下では、多くの場合に弁護士や専門家が仲裁や調停を担当しています。これに対して、ODRの場合には、これまでの専門的知識・経験のほかに、PCやインターネットに関するある程度の技術的な専門知識が必要になります。そのために、多くのODR紛争処理では、従来の弁護士、専門家と情報通信技術の専門家の密接な協力関係を、常に維持する体制が求められます。さらに、クロスボーダーODRになると、外国語の能力とインターネット上のコミュニケーション能力が求められることになります。このような能力を有する人材の育成とこのような能力を有する人材を整えたORDシステムの構築が喫緊の課題と思われます。
6.2 企業間取引の紛争と消費者紛争の相違
(1)これまでは、商取引から生じる紛争は、主として仲裁機関が担当してきました。基本的に、当事者間の和解が望ましいのですが、紛争がこじれると、第三者による解決が必要になることが考えられます。一つは裁判で、他は調停、仲裁といった裁判外の方法です。この場合、当事者間に有効な契約が存在することを前提とし、当該契約に関連して生じた紛争について、当事者間の仲裁合意により、所定の手続規則に従って仲裁が行われます。仲裁判断は、裁判の判決と同じ拘束力をもち、強制執行が可能です。一般に、企業間取引(B2B)の当事者は取引関係の継続を願うので、裁判よりも、仲裁による紛争解決を望みます。商事紛争は、品質・数量の不一致、船積み遅延、代金不払い、その他の契約不履行が原因なので、売買契約、業界の取引慣行、商慣習、関連法規などに照らして、公平、迅速な解決策が求められます。B2B取引では、取引当事者は自分の扱っている商品や業界の取引慣行などについて専門的知識をもっており、仲裁などを担当する専門家や弁護士も紛争に関連した商取引について専門知識を十分にもっています。
(2)けれども、最近の情報通信技術の進歩によって、消費者(または個人)はインターネットによる様々な取引に参加しています。企業対消費者取引(B2C、C2B+B2B)、個人間取引(C2C)など、消費者の参加形態が多岐にわたることによる消費者問題の拡大化と曖昧化が進む一方で、一般的に、規制緩和や国際化の下に、消費者行政の縮小傾向が次第に強くなり、その結果、消費者の自己責任を促し、消費者保護よりも自立支援を重要視する傾向が見られます。他方、消費者も、インターネットで各種の情報源にアクセスできるのと、同じような問題に関心を抱く他の消費者の支援を得ることができるので、紛争における主体的な解決を求める傾向が高まっていると分析されています。消費者は、特定の企業との取引関係の継続を必ずしみ望みません。むしろ、信頼を裏切るような企業の製品は二度と購入しないという感情を持っています。トラブルの種類も、取引上の紛争だけではなく、詐欺、名誉毀損、プライバシー権・肖像権の侵害、国際電話課金、著作権侵害など多岐にわたっています。これらの問題に関心を持たない企業、行政への不信感が高まり、情報社会に迅速な対応をしない、または関心を示さない司法(裁判、弁護士)への不満/不信感から、消費者はこれまでのような一方的な意見や判断を嫌うようです。したがって、従来のADRと全く異なる側面からODRを検討する必要があります。
(3)このような社会的背景の変化から、特に消費者に係わる紛争処理が「裁判」から「裁判外紛争処理」(ADR)へと推移しているのですが、最近のADRは、「裁判外」紛争処理、すなわち「裁判の代替手段」という考え方は通用しなくなってきました。これまで述べたように、消費者は、司法型ADRとか説得型ADRといった紛争解決から、自分自身が納得のゆく解決を求めるとのことです。したがって、仲裁を求めるケースはまれで、斡旋と調停の中間的な、「助言」の提供を求めることが多く、係争当事者はそれぞれ納得のゆく解決を追求し、それで満足しているというのが実態です。ODR担当者の話では、このような助言を求めて、ADR機関を渡り歩く者が増えてきているそうです。
(4)従来の消費者問題の考え方は、消費者保護に関する法律・規則を制定することが主体であり、消費者の信頼は、表示や説明で済ませていました。しかし、情報社会における消費者問題やADRの考え方は、市場の信頼、B2C取引における企業の信頼を高めることによって消費者の信頼を得ることが主体で、このような方法で消費者を保護するという方向に変化しています。消費者は、自分自身が納得し得る信頼から生まれる解決に満足を見出します。また、消費者は、デジタル社会にもかかわらず、「可視的公正性」や「手続の透明性」を求めているので、消費者の信頼を得るには、これらの要件に応える努力が必要です。その意味で、電子商取引の信頼を高めるために、企業の行動規範やトラストマークと第三者機関によるODRサービスの提供の補完的連携が不可欠であると考えられます。
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