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V 健全な家族になるための目標
 クライアントが直面している問題を扱うとき、その問題が個人的な問題であっても、私はいつも家族という視点から見るようにしています。Aさんという40歳代の方ですが、落ち込みが激しいというので私のところに見えました。現実に直面している具体的な問題はあるわけですが、それを直接扱う前に、現実の問題を念頭に置きながらそのクライアントの生育歴等の情報を集めていくと、現在抱えている問題の根っこのようなものが見えてくることが多いのです。うつ状態を軽くするというのがAさんの来談の目的ですから、あえて過去の問題まで触れずにすむのであればそれでいいと思います。しかし、現実に直面している問題が改善しないなら、Aさんが育った家族について、両親との関係も含めて関連がないかどうかを検討する必要があります。そこからクライアントの問題を多面的に把握することができます。親が健在であれば家族に集まってもらって家族カウンセリングをしますと、問題の根っこのようなものが発見できることがあります。
 同席している母親に、「Aさんが小さかったときはどうでしたか?」と聞きます。忘れていることも多いのですが、覚えていることだけでも話してもらいます。話し始めると結構思い出してくれます。クライアントはそれを聞きながらコミュ二ケーションをとっていくと、30年、40年前に戻っていくことができます。母親とAさんの間には、親子の雰囲気が漂ってきます。クライアントがたとえ40代であっても、依然として母親は母親だということです。そういう意味で、家族カウンセリングは有効です。個人の問題も家族というセッテングの中でアプローチしていきますと、個人のカウンセリングでは解決できないような問題でも、何かの糸口が与えられることが多いのです。そこで劇的な変化を来す場合もあります。家族という面から考えるという視点を絶えず忘れないで自分の存在を考えていくならば、とても助けになると思います。
 では、どのような目標をもって家庭生活を送れば健全な家族に向かうことができるのでしょうか。
 
1. 効果的なコミュニケーションの向上
 家族はシステムであると言いました。そのシステムがよりよく働くようにするにはコミュ二ケーションがとても重要です。家族関係のコミュニケーションには、自分だけではなく家族全体が関わっています。家族に自分のことを話さない人がいるとします。本人はこれでいいと思うかもしれませんが、システムの一員が話さないでいると、システムの他の人たちがバランスをとるために誰かが必要以上に話さなければならないのです。こういう場合、話すのは大体母親です。母親が話しすぎると、子供たちはますます話さなくなります。すると母親がもっと話すようになっていきます。そうするとますます子供たちが何を考えているのかわからなくなってしまいます。子供たちの抱えている問題が表に出たときには、たとえば不登校なのであれば、何回か自分の問題を小出しに口にしているのですが、母親が過剰な反応をしたために子供は口を閉ざしてしまい、何もなかったようなそぶりをしてしまいます。子供はそのときはただお母さんにわかってもらいたいだけだったのかもしれません。わかってもらったという気持ちをもって、翌日は頑張って学校に行けたのかもしれません。これを繰り返していく中で、子供は学校で耐えるだけの人間関係のスキルを身につけていくことが可能になるのです。また、父親が非常に支配的だと、母親が話さなくなってしまうことがあります。家族のひとりが適切なコミュニケーションをしないことによって、家族というシステムがあらゆるところに影響し合っていくのです。
 では、効果的なコミュ二ケーションを図るにはどうすればよいのでしょうか。カウンセリングに来たときに母親は黙っているかもしれませんが、父親がモジモジしはじめると大体母親のほうが話し始めます。お母さんが話し終わった後で子供に聞いてもあまり話さない。とすると、コミュニケーションの問題は、「母親が話しすぎて、父親はあまり話さない。それに子供の内向的な気質や家族関係が影響している」という大体のパターンがわかってきます。お母さんが話しすぎるというと、「だって私だけしか何とかしようとは思っていないのだから・・・」という反応がきます。そして、自分の話しすぎを正当化してしまうのです。
 コミュニケーションがどうなっているかということをまず把握して、強力な介入はしないで話を聞いていくと、コミュニケーションのパターンはどのへんに問題があるかということがわかります。
 父親に聞いているのに、お母さんが我慢しきれなくなって発言したとします。そのときにどのように言うかといえば、「いまはお父さんの話を聞いてみたいので少し待ってくださいますか?」と言えばいいのです。それもやさしく言います。しかし、明確に言わなければならないのです。カウンセラーがきちんと母親をコントロールします。本来、それは父親の役割なのです。父親の役割をこの場で私が父親に代わって話すことによって、モデルを示してあげるのです。父親はこれで話しやすくなります。自分の意見を求められているのだと思うからです。これが繰り返されていくと、一度でうまくいくことはないかもしれませんが、家庭に戻ったときには父親も話しやすくなるし、子供も話しやすくなるようにトレーニングされていく。おそらく家庭の中で母親が話を支配しても、父親が「子供に話させてはどうか」と言うようになり、コミュニケーションもとれるようになっていくのです。これまであまり話さなかった人が話し始めると、いままで母親が8割くらい話していたのが6割くらいでよくなります。そうすると母親も楽になってヒステリックにならないですみますし、それは家族カウンセリングの中でできる効果的なコミュニケーションの向上ともいえるでしょう。
 
(1)家族には互いの愛が必要である
 では、コミュニケーションを向上するために具体的にどうしたらよいのでしょうか。
 家族が互いに愛し合っているなら、家族内にニーズ、フィーリング、考えなどを自由に表現できるようなコミュニケーションがなされているはずです。作家の曾野綾子さんがある審議会で発言された要約が新聞に載っていましたが、「愛」という言葉が教育の中であまり使われていないというのです。もっと教育の現場で「愛」という言葉を使うべきだと。なるほどと思いました。男女の愛とは別に、教育の現場では「愛」という要素は非常に大事だと思います。家族を考えていくときにも、家族が互いに愛し合うことが大事だという明確な意識をもつことです。家族が夫婦は夫婦として、親子は親子として、「愛し合うべきである」ということを積極的に自覚することが大事です。何となくそうは思っているかもしれませんが、意識して意図的に愛することです。愛というのは感情ではないのです。意志なのです。妻は夫を愛する、夫は妻を愛するという意志をもつ必要があります。親子も同じです。そうすると家族内にニーズ、フィーリング、考えなどを自由に表現できるようなコミュニケーションがなされていくようになります。
 愛し合うということは、不一致がないということではありません。自分のニーズを相手にきちんと伝えることができるということです。親と子の間でもニーズによっては互いに不一致になることがあるでしょう。しかし、愛しているがゆえに、互いにコミュニケーションによってギャップを埋めていくようになるのです。
 夫婦であってもお互いにニーズは違うでしょう。妻はもっと夫と一緒にいる時間がほしいと思うかもしれません。しかし、夫は仕事が忙しくて時間がとれません。そうであれば、そこに意志的な愛がないとうやむやになってしまい、表面的な平和を装うか、あるいは離婚ということになるかもしれません。意志として愛さなければならないということがあれば、ニーズをしっかりと出すことが可能なのです。先ほどの例でいえば、コミュ二ケーションによってどのように互いにニーズを満たし合うことができるかということです。あまり話し合うことのない夫婦であれば、自分のニーズが何であるかを明確には言わないということになるでしょう。親子であっても、互いにニーズを言い合って、納得いくまでコミュニケーションして結論が出せたらどうでしょうか。そこには互いに対する深いコミュニケーションの機会が築かれることになるでしょう。
 フィーリングについても同様です。夫に対してあるいは子供に対して怒りを感じたとします。そのときにはそのフィーリングを明確にすることが大事です。口にして言わないために、相手はわかっていても、どうせ言わないのだからといって変えようとはしないということがあります。何か問題が起こってから、「何も言わなかったじゃないか」と始まるのです。相手は「言ったって、わかってくれないと思った」と。これでは互いに別世界に住んでいるかのようで結びつかないのではないでしょうか。コミュニケーションのときにはまったく別の視点で話していますから、どこまでいっても噛み合わないのです。
 フィーリングというのは私たち人間の根本的な深いところから出てくるものなのです。このフィーリングをどこかにやってしまうと、情緒的・精神的な離婚という形になってしまいます。親は子供に関してはわかっているつもりで話しているのです。しかし、子供にしてみると、うちの両親は何もわかっていないということになってしまうのでしょう。
 子供が40代、母親が70代というような場合でもそのようなケースに出会うことがありますが、どうしていま頃になってそんなことを言うのかと言われることがあります。言われた親もびっくりして、「そんな昔のことを・・・。何をいまさら・・・」と始まります。親は子供のフィーリングをわかっていないにもかかわらず、わかっているという前提で関わっているのです。
 みなさんはどうでしょうか。みなさんの中で両親との間でフィーリングを表現したことはないでしょうか。表現しないでいると後々まで引きずってしまいます。それに気づかない場合も結構多いのです。家族が互いに愛し合うという意志的なものがあれば、黙ってはいられないし、コミュ二ケーションをとらないではいられないのです。愛がなければ言わないのです。
 問題のある家族は、家庭の中でコミュニケーションがない場合が多いのです。しばしば私を介して、「息子がそういうことを考えていたなんて初めて聞きました」というようなことが多いのです。自分の思っていること、考え方、フィーリング、ニーズをカウンセリングで話していく中で、互いにコミュ二ケーションが可能になっていくこともあります。しかし、何十年も続けてきたコミュニケーションのパターンはそう容易に変わるものではありません。積極的に変えようとすれば、相手のほうも来たときだけとりつくろってしまいます。ですから、カウンセラーの側でもそれを受け入れて、少しずつそれぞれのクライアントのペースに合わせていくということが大事だと思います。







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