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5. 偽りのバランス
 これには3つの種類があります。
 
(1)情緒的離婚
 これは家庭内別居と呼ばれる状態に近いものです。同じ屋根の下で生活し、普段の家庭生活では事務的なことについては話し合っているのです。しかし、2人のこころとこころのつながりはありません。それは2人の間の不一致を避けるためなのです。
 2人の間に不一致はあるのですが、その問題について話し合うと衝突することになりますから、そこには触れようとしないのです。深い関わりはもたないのです。話しても駄目なのだ、話しても問題は大きくなるばかりなのだという前提があるのです。これまで何回も解決を試みたのですが、解決できなかったのです。これは一定の年齢以上の夫婦に見られることです。
 もう一つは、母親が子供とあまりにも強い関わりをもってしまい、夫との関わりが希薄になっているという夫婦です。先にアルコール依存症の息子の話をしましたが、まさにこのケースです。自分の長男を精神的には自分の夫代わりにしているのです。これは日本では案外見られることではないでしょうか。「父親↔母親と子供たち」という対立の構造は結構あります。父親が子供を責めると、母親がそれを防衛する。そうすると父親はますます責めるような態度をとり、夫婦の関係は一層冷え込んでいくことになります。つまり、形は夫婦ですが、実質は夫婦の関係をもっていないのです。
 
(2)アンバランス的バランス
 アンバランス的になっていることでバランスがとれているということです。システムとしては非常に不健康なシステムです。正しいバランスを保つことがむずかしいのです。問題のある家族の中ではこれもよく見られるケースです。夫婦間において夫が支配的ですと、夫の力が大きくて妻の力が弱い場合にはそれなりのバランスはとれますが、これは偽りのバランスです。この逆のこともあります。家庭の中では五分五分ということはないかもしれませんが、偽りのバランスとしてのバランスでは、父親が支配的で母親が必要以上に受身の場合など、子供たちは母親との適切な関わりから学習することが困難になります。子供たちの気質によっても違ってきますが、母親との関わりが希薄になるかあるいは濃密になりすぎるかのどちらかになってしまうのです。また、父親がたえず支配的だと、子供は恐怖心をもち、自我の順調な発達が困難になってしまい、情緒的・心理的問題に発展することもあります。これとは逆の場合もあります。母親の存在があまりにも大きいと、父親の存在感がなくなり、子供たちは必要な男性像の形成が困難になってしまいます。
 アンバランス的なバランスをいったんとってしまうと、よほど大きな問題が起こってくるまでは気づきません。しかし、問題が出てきたときにはもうたいへんな状況であることが多く、これがまた問題なのです。
 
(3)表面的平和
 これは根本的な問題を隠すために表面的に何もないように装ってしまうということです。しかし、家庭を吟味するときに、表面的には平和を保っているけれども、内面的には不満や葛藤があるのです。これもバランスをとっているわけですから、何か問題が起こってこないと表には出てきません。問題が出たときには、相当大きなダメージとなっていることが多いのです。
 
6. 家族問題の根源
 家族問題には2つの根源があります。
 
(1)不完全な人間性
 家族問題の根源は、人間はすべて完全ではないということです。すべてがよいということはありません。もしそのように見えたらその人の一部分しか見えていないということです。人は長所もあれば短所もあります。そして、長所が短所にもなり得るし、短所が長所にもなり得るのです。リーダーシップの強い人がいるとします。それは長所です。しかし、まかり間違うと支配的になってしまうでしょうし、逆に、やさしくてよく話を聞いてくれる人は、そのことは長所ではあるけれども、リーダーシップという点では問題が生じるかもしれません。人問の不完全さはまさに家族問題を考えていくときに、避けては通れないものです。
 私は問題のある人に対して、「問題のあることが問題ではなく、問題にどう対応するかが問題なのです」と話しています。自分のところに問題があるからといって引け目を感じたり、自分のところだけだというようには考えないことです。どの家庭にも問題は起こり得ますし、問題のない家庭はないのです。問題はないという対応をすることが問題なのです。先ほどの偽りのバランスはまさにそういうことです。問題への対応の仕方が問題なのです。そう考えると、自分のところに問題があること自体を自然な姿として受け止めて、それにどう対応していくのかということです。そのシステムを健康的なものにしていくならば、問題そのものが正しく解決されていくことになりますし、それによって人間としても家族としても成長していくということです。このことをみなさんにしっかり考えていただきたいと思います。
 問題の起こってくる家庭を見ていくと、問題が起こるまではパーフェクトだったというのです。しかし、それは偽りのバランスだったのかもしれません。そこが問題なのです。互いに問題を感じていてもあたかもないかのように振る舞っている、深く関わると問題が出てくるから関わらないでいるだけなのです。いままでは夫は仕事をして、妻は子供を育ててきた。それが2人だけの問題だったからいいのですが、子供が独立して夫婦2人だけになってみると、「あれっ?」と思う。まったく違った人のように見えることがある。それでもいいのです。そこから始めればいいのですから。
 家族の問題の根源を考えていくときには、人間は決して完全ではないのだということを忘れてはいけません。そこを基盤としてシステムとしての家族を形成していくということが、人間として正しく成長していくための大事なプロセスの一つであるということです。結婚しなければ問題は起きないのかもしれませんが、問題があるから結婚しないというのも問題かもしれません。もちろん独身というライフスタイルを選ぶこともいいでしょう。家族をつくるのは面倒だからといって結婚を拒否するのであれば、その人自身は成長する機会を失ってしまうということになります。不健全な人間性が家族問題の根源であるということをみなさんはしっかり覚え、お互い不完全だからこそ互いに助け合い補い合うという気持ちで結婚すればいいのです。
 
(2)住んでいる社会の問題
 どんなに家庭を無菌状態にして子供を育てても、子供たちが成長して思春期を迎えていく中で社会のさまざまな誘惑にさらされるのではないでしょうか。逆にいえば、いかにして社会の誘惑に出会っても、それに打ち勝っていけるような子育てが必要になってきます。私たちの頭の中には、子供たちを家庭の中でしっかりしつけをしておけば、あとはどんなことがあっても乗り越えていけると思っているかもしれませんが、そう考えるのは間違いです。子供の発達段階を見ていくと、それは当然起こってくることです。多くの親たちは子供がそれを乗り越えていくプロセスの中で問題が起こって初めて気がつくということが結構あるのではないでしょうか。
 社会ではさまざまな問題が起こっています。最近では援助交際が問題になりました。それは自分の子供にはないことだとは考えないことです。社会に起こっている問題を、家庭の中でみんなで話し合っていく。自分の子供にもそういう誘惑はあるという前提の中である程度考えていかなければならないのです。私たちは「うちの子供だけは」と考えたいのでしょうが、それはいまの時代にはもうあり得ないことだと思って下さい。なぜかといえば、さまざまな問題に直面している子供たちを見ても、親の社会的な地位や経済状況などはほとんど関係ないことがわかります。虐待も同様です。あらゆることがあらゆる層に起こっているという現実を、私たちはしっかりと見つめていかなければなりません。
 繰り返しますが、家族の問題は、人間は不完全であるということ、そして住んでいる社会の問題がもろに私たちの家庭にも起こってくるのだということをしっかり認識して下さい。「どうしてうちの子が・・・」と親はよく言いますが、私たちは自分の身に降りかからなければ、自分の問題として考えることができないからだけなのです。そこを念頭に置きながら、自分の家族の問題を見ていってほしいと思います。
 家族カウンセリングは、実際に問題を抱えてきた人のカウンセリングプロセスの中でわかっていくわけです。心理学には「コミュニティー心理学」という分野がありますが、それはここで扱う問題としては少しずれていきますので詳しくは述べませんが、そうした意識をもって関わっていくと、何らかの形できっかけをつかむこともあるのではないでしょうか。地域における働きとして教育していくのもいいかもしれません。それはみなさんにぜひ考えていただきたいと思います。







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