3. 個人の問題と家族の問題
父親、母親、子供という3人家族があったとします。母親がパニック障害になりました。症状としては、心臓がドキドキして死ぬかもしれないという恐怖に襲われ、息が苦しくなるという不安症の一つです。母親の話を聞いていくと、夫婦間に離婚問題があって、子供もそういう家庭環境で不安定になっていました。この場合、母親のパニック障害は、主に彼女自身の個人の問題なのか、それとも夫婦間の問題や子育てなどのストレスが引き金となって不安を募らせているからなのかを見極めなければなりません。また、ヒステリックでうつ的な母親が子育てで非常に不安定になっている場合もあります。父親は仕事で忙しく、母親には非協力的であるという場合にはよく見られるケースです。
そういう場合に、私は、母親のヒステリックな、あるいはうつ的で不安になっていくその症状が、持って生まれた気質が主な原因なのか、あるいは子育てという環境からくる外的要因のゆえなのか、そして気質との関連はどの程度かということを慎重に見極めようとします。母親自身の個人的な問題であるときには、とりあえず家族の問題というよりも、母親自身の問題を個人カウンセリングで扱って、一定のところまで改善してから家族の問題(夫の非協力と子育ての困難さ)を扱っていくというようにしなければなりません。しかし、個人より家族の問題のほうが大きな原因であるのであれば、症状の改善にも対処しなければなりませんが、家族問題を解決しなければ一時的に問題が改善しても、再発を繰り返すようになってしまいます。
4. コミュニケーションの問題
家族がシステムとして働くということ、つまり機能するということは、コミュニケーションが非常に大切です。家族の問題でコミュニケーションに問題がないということはありません。ここではいくつかのコミュニケーションの問題を見ていくことにしましょう。
(1)消極的傾聴
コミュニケーションの第1の問題は、消極的傾聴です。本来私たちがしなければならないのは積極的傾聴ですが、問題のある家族は誰かが話してもあまり聞こうとはしません。新聞を読んだりテレビを見ながら聞くのは消極的傾聴です。これは男性に多く見られることですが、妻が夫に聞いてもらえないで何十年もの結婚生活を送っているのだとするならば、妻は相当傷ついているでしょう。これでは夫になかなかやさしくはなれないと思います。夫がリタイアする頃になると、妻のほうからの消極的傾聴と無視に遭うかもしれません。
傾聴と無視は夫婦の間だけにあるのではありません。子供との間にもあります。親が子供に対して自分の言いたいことは話すけれども、聞くとなると消極的傾聴か無視に近い形になることです。親は無視しているという認識はほとんどありません。これが問題の深さを物語っています。消極的傾聴や無視というのは、聞いてはくれるけれども、相手からの積極的なフィードバックがないということです。
よく考えてみると、友人同士あるいは職場における人間関係の中で消極的傾聴や無視をしていたりしたら、人間関係が成り立つどころか、相手にされなくなったり仕事ができなくなるかもしれません。社会生活が成り立たないのではないでしょうか。何らかの手段で互いに交流できる関わりをもっていく努力をすることが重要です。有意義な関わりは黙っていて与えられるものではなく、互いに努力して築き上げていくものだということです。
ある専業主婦の方がこう言っていました。これまで夫とは一方通行の関係で、こちらが何をしても当たり前という態度だったそうです。何かおかしいと思いつつも、長年惰性でつづけてきたのですが、自分の本音に耳を傾け始めると不公平感や怒りなどがあることに気づいたのです。いままで何気なく夫のためにしていたことが非常に腹立たしくなってきました。そして、黙っていたり何もしないでいては事態は変わらないと思い、本気で「これからこのことはしません」と断言したそうです。それに対して夫は、ただ「わかった」と答えたそうです。その素直な反応に彼女は驚いたそうです。そして、自分も本気になれば相手は変わるのだということに気づきました。その後は、夫も妻を気遣うようになり、コミューケーションも可能になり、一方通行からは解放されたということでした。
(2)ダブルバインド
ダブルバインドというのは、話している内容と言外のコミュニケーションが不一致だということです。
統合失調症の家族のコミュニケーションパターンを調べていくとダブルバインドがあることがわかっています。これはダブルメッセージともいいます。
「何をしてもいいよ」と言われたのでそうしたのですが、相手は不機嫌になったり、無視したりするのです。言語コミュニケーションと非言語コミュニケーションに不一致があるのです。子供は、「お父さんはいいと言ったのに、それをすると不機嫌になってしまう。一体どっちなのだろう」と心理的に動けなくなってしまいます。大人であれば自分なりにある程度考えることができますが、子供にとっては家庭がすべてですから、自分の全世界がそうなってしまうとどうしていいかわからなくなって、思考にも混乱が生じてきます。健全な発達には致命的な障害となるのです。ダブルバインド的なコミュニケーションは無意識的にしてしまうので気をつけなければなりません。
(3)両親の弱い協力関係
両親が一致したしつけをしていないということです。母親はいいと言っているのに、父親は駄目だと言う。あるいはその逆だったりする。子供は、駄目だという親のほうにはいかないでしょう。いいと言う親のところに行きます。これほ弱い協力関係になります。夫婦が不一致であると、子供は自分のわがままを通すことができるようになります。
では、どういうときにそういうことが起こってくるのでしょうか。それは夫婦の間に問題があるときです。母親が駄目だと言っても、父親がいいと言う。本来は夫も駄目だとは思っているのだけれども、妻に対して復讐をしたい気持ちがあるのです。妻が困るのを見たいのです。こうなると両親の弱い協力関係が家庭の中に混乱を起こしてしまうようになります。
もう一つは、妻が夫を夫婦としてではなく、子供のひとりとして見ていることです。父親は子供との関わりにおいてしつけの役割を果たせませんし、父親としての働きも果たせなくなってしまいます。
両親の弱い協力関係という面から考えると、母親がひとりでどんなに頑張っても、父親の役割を十分には果たすことはできません。だから、父親の役割を排斥してしまうのです。2人が正しくコミュニケーションしないために、ギャップがあって協力関係が築けないのです。夫婦がコミュニケーションを密にして、子供にどのように対処するかをしっかり話し合っておくことが大切です。
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