IV 家族の問題とは
では、具体的に家族の問題とはどのようなものなのでしょうか。
家族の問題は非常に複雑です。6つに分けてお話ししていきましょう。
1. 特定された問題と本当の問題
家族の問題が生じたときに、あるいはみなさんが自分の家族はここが問題だと気づいたときにはどうすればいいのでしょうか。
家族の問題には、不登校、摂食障害、暴力、情緒障害などいろいろあります。成人している長女が摂食障害で家からほとんど出ないとします。ここには特定された問題と、本当の問題とがあります。特定された問題というのは摂食障害のことです。こういう具体的な問題があるので私のところに相談に来られるのです。私はまず問題を長女の摂食障害として受け止めます。そして、話を聞いていきますが、私は頭の中では摂食障害の病理について考えながら対応します。両親からも当人からも話を聞いていきます。
最初に聞くことは、両親からどのようにしつけられたかということです。大体、10人中9人までは「お父さんは仕事が忙しくて、ほとんど家にいませんでした」と言います。父親は家族との関わりを十分にはもっていないのです。遊んでもらったことがないというような話も出てきます。その反面、摂食障害の場合には母親との関係が強くなっていることがあります。夫婦の関わりが薄い分、子供との関わりが密着しているのです。
特定された問題は長女の摂食障害ですが、本当の問題はこの夫婦の関わりが希薄だということです。長女は父親を求めているのですが、これまでずっと関わってこなかったので父親は成人した娘にどのように関わってよいかわからなくなってしまっているのです。逃げているといってもよいでしょう。母親は大体、夫に対して厳しい、批判的な目をもっています。このように実際に話をしていくと、家族関係がだんだんと明らかになっていきます。
摂食障害であればまず問題そのものを扱っていかなければなりません。長女個人のカウンセリングをし、積極的に治療していかなければなりません。とくに拒食であれば生命にも関わるわけですから、相当早い段階で医学的な治療を受けるようにしなければならないでしょう。同時に本当の問題である両親の夫婦間のきずなの希薄さについて扱っていく必要がありまず。両方をほとんど同時進行でカウンセリングすることによって摂食障害が改善していきます。しかし、引きこもりの場合などであれば、特定された問題を扱うまでには相当の時間がかかります。引きこもりは、医学的にできることは少ないのですが、家族の中における問題があるわけですから、家族カウンリングでは本人に対する他の家族の関わりを変えることで、つまり家族のシステムを変えていくことで影響を与えていくことが可能になります。不健康なシステムが働いている場合には、周りを批判して自分が変わらなくても安住できるのです。自分の立場を守るために、絶えず家族を批判するのです。家族はそれに沿って行動してくれますから常に心地よくなるのです。問題をもって家庭の中にいることが心地よいというのは、不健康なシステムが働いているからです。それを変えない限り、問題は絶対に解決されません。家族関係が問題であれば、このシステムを変えていくことによって影響を与えることは可能なのです。
息子に問題があると見られているケースで、実は父親の一貫したリーダーシップの欠如が問題だったということがあります。この家庭の問題を見ていくと、父親が仕事だけでほとんど家にいないのです。そのような父親のリーダーシップの欠如が子供の暴力となって現れることがあります。子供の暴力は父親のリーダーシップの欠如が原因になっていることが多いのです。このような場合は、家庭の中に父親のリーダーシップを確立していくプロセスの中で、暴力の問題に適切に対応することが可能になっていきます。家庭の問題を見ていくときには、その原因となっている本当の問題が改善されない限り、特定された問題は改善していくことがないということなのです。
では、父親の家庭におけるリーダーシップの欠如が、どのように母親と子供の関わりに影響を与えるのでしょうか。父親が父親としてのリーダーシップを果たさないと、その関係が真空状態になります。それを誰かが埋めようとします。母親は母親としての役割に加えて父親としての役割を果たそうとすると、ヒステリックになってしまい、子供を心理的にがんじがらめにしてしまうことがあるのです。それが抑圧となって、子供は思春期における自我の再構成の段階で爆発し、暴力的になってしまうのです。
九州で少年のバスジャック事件がありましたが、本当の問題は何かといえば、家庭のシステムが健全でないシステムとして働いていたからではないでしょうか。もし健全に機能していたとするならば、もう少し早い段階で問題を見いだし、家族で対処できなければ、専門的な助けを求める必要があったでしょう。専門的な助けといっても、あのようなケースでは問題が起きる前にどこかに連れて行っても、なかなか対応してもらえないのが現実かもしれません。神戸の少年事件のときもそうでした。母親は何度も病院や児童相談所に連れて行っているのです。ノイローゼと言われていたそうですが、実際に問題を起こして鑑定してもらうと、精神的な病理がいっぱい並んでいるのです。どうしてもう少し早く発見できなかったのでしょうか。事件の後になってからは、病気という前提で見るわけですからいくらでも病名をつけることができるのです。しかし、問題が起こっていないと、そこまでの診断はできないし、仮に診断しても効果的な治療をするところがないのです。子供の心理的な問題については日本は非常に弱いのが実情ではないかと思います。
2. スケープゴート(身代わり)
娘の問題行動が、両親の夫婦間の問題を表面化させるのを防いでいるということがあります。どういうことかといいますと、長男は一流大学出身のエリート社員で、次男は高校を中退したアルコール依存症です。非常に対照的な兄弟です。次男は高校でも暴力沙汰を起こし、25歳の今も朝からお酒を飲むのです。父親も母親も、次男の中学後半からこれまでの10年間は振り回され、くたびれ果ててしまったのです。親としては、長男と次男を比較すれば、明らかに次男が問題だと思っています。しかし、実は次男はスケープゴート、つまり身代わりになって問題を起こしてしまったのです。
この家族を見ていきますと、父親もアルコール依存症で母親が家庭をコントロールしてきました。夫婦関係ではアルコール依存症の夫を妻は徹底して見下してきました。父親は相当以前からアルコール依存症だったので、母親は長男が生まれてからほとんど自分の夫を相手にしませんでした。実質的には母親の夫は長男なのです。長男が夫のような役割を果たしています。何をするにも長男に相談します。母親には、子供たちが父親のようにはなってもらいたくないという強い願いがありました。母親は次男をどのように育ててきたかというと、長男を見習いなさいといって勉強を強いてきました。
母親と長男は共依存関係です。家庭に問題が生じるといつも次男が非難されるのです。「おまえさえよければ何も問題がないのに」と次男を犠牲にしておくと、自分たちの問題を意識する必要がないのです。両親には夫婦としての機能はほとんどありません。父親と長男の関係も実質的にはありません。父親は家庭でも小さくなっていて自分の意見など何も言いませんし、存在感は限りなくゼロに近いのです。
このような家族ではあらゆる問題のスケープゴートとして次男がいるものですから、次男がよくなれば、逆に他の家族は困ってしまうのです。自分たちの問題に直面させられ、自分たちに問題があることを意識せずにはいられなくなるからです。ですから、スケープゴートがある限り次男の問題を解決しようとしても解決することは不可能なのです。
スケープゴートをつくるというのは、自分たちの問題をスケープゴートとなる人に焦点を合わせて非難・批判して、自分たちには問題がないといって安心している家族の問題であるということです。
これは家族のシステムそのものが不健康だということであって、意識的には次男がよくなることを願ってはいるけれども、無意識的にはこのままでいてくれたほうがより安全だと感じているのです。ですから、自分たちに矛先が向かってきたらあわててしまい、ある場合にはカウンセリングを拒否することもあります。「こんなところに来ていられるか。自分たちが悪者にされてしまう」と、自己防衛的になってしまうのです。
もうひとつ言えることは、スケープゴートにされた人は、無意識的ですがスケープゴートとしての役割を演じつづけるのです。そのほうが安全に思えるからです。ですから、放っておけば次男のアルコール依存症は決してよくなることはないのです。
家族がシステムとして働いているということは、家族になるということの責任の重要さではないでしょうか。いったん家族になれば、意識しようがしまいが、システムとして働いているのだということなのです。相手が誰であっても家族として付き合わなければなりません。拒否しても、あるいは拒否されても、家族という絆で結ばれていて、その関わりはシステムとして働いているのだということです。
私たちはどんな形にせよ、一度家族としての関わりをもってしまったならば、自分も影響を与えているし、影響を受けてもいるということを自覚しなければなりません。
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