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オープンハウス
ジョン・海山・ネプチューン。尺八演奏家。
カリフォルニアに生まれ、大学時代、尺八と出会う。尺八の、その澄んだ音色の魅力に憑かれ、単身来日。都山流の門下に入り、七七年、師範となる。その後、世界各国でコンサートを開き、その世界の一人者となる。その活動はジャズから民謡まで幅広く、世界中の人々から厚い支持を受けている。
藍工房と氏との関係は深い。十一年前に共通の知人を通して知り合い、以来、藍工房のチャリティーコンサートに毎年ご協力いただいている。
その氏が、今年はアイコウボウの庭でコンサートを開くことになった。共演者は琴演奏家の福原左和子さん。アメリカで尺八と琴の競演である。私たちは九月十三日のオープンハウスの日を目指し、コンサートの準備にとりかかった。
まず、演奏は玄関前のロータリーで行なうことになった。ロータリーの中央に音響機材を配置し、周りにイスを並べて会場を作る。ロータリーを囲む樹々が辺りに陰を落とし、木洩れ日が時おり射し込む。絶好のロケーションである。その周りにテントを立て、日本食をずらりと並べる。そしてワークショップでは、藍染めや組紐など日本の伝統工芸のデモンストレーションを行なうのである。
今回は初めてということで料金は無料。日頃お世話になっている人たちや、ご近所に住む現地の人たちを招待することになった。
この時、アイコウボウの滞在者は十三名。もちろんみんな素人である。コンサートのセッティングなんて全員初めて。スタッフ、ボランティアのみならず、メンバーも全員参加で取り組まなければコンサートを成功させることは出来ない。
さっそく全員に役割分担が割り振られた。ボランティアの浅田さんと土屋さん、それにメンバーの宏美ちゃんは料理の準備を担当することになった。そして、絵を描くのが得意な健くんは看板や案内板を描く係。その他の人たちにも、敷地内の大掃除から食材の買出し、ワークショップの飾り付けにいたるまで、あらゆる仕事が割り振られた。
日ごろ家庭では何でも親任せのメンバーたちだが、この時ばかりはみんな一生懸命働いた。そして、準備は着々と進んでいった。
オープンハウスの前日。お昼ごろになって、福原左和子さんが到着した。
明日のコンサートに備えてネプチューンさんと音合わせ−といきたいところだが、当のネプチューンさんは、なんと、オープンハウスの当日、しかも昼ごろ到着の予定なのである。なんでもスケジュールが直前までいっぱいに詰まっていて、どうしても当日にしかフライト出来ないそうなのである。
手持ち無沙汰の福原さんであるが、私たちは翌日の準備で大忙し、福原さんの接待をするゆとりがない。それどころか、気付くと福原さんにも翌日の準備を手伝わせている始末。おそるべし、アイコウボウ。
その夜キッチンでは、料理担当の浅田さんと土屋さんが大量の食材と格闘していた。
かんぴょう巻三十本、いなり寿司百個、おにぎり三十個、焼きそば五十人分、照り焼きチキン百枚、ちくわのキュウリ詰五十本、サラダ、スイカ、そして、おしるこ百食。
食材は日本食材のお店「宇和島屋」で買い揃えられた。これだけの料理を作り上げるには、逆算すると、朝四時起きで調理を始めなければならない。そして、それには今夜のうちにある程度の仕込みが必要なのである。
結局、二人がようやく仕込みから開放されたのは、深夜の二時をまわってからのことであった。
「とりあえず、寝ましょうか」
二人は疲れた顔を見合わせて、つかの間の眠りに就いた。
翌朝は、全員総出で調理にあたった。
二ヵ所ある広いキッチンをフルに使い、かんぴょう巻を巻いたり、おにぎりを握ったり、キュウリを切ったり、サラダを作ったり、焼きそばや照り焼きチキンを焼いたり、メンバーのひろしくんやあきちゃん、はるちゃん、健くんも参加して、全員力を合わせて作業を進めた。そうこうするうちにネプチューンさんが到着し、ついにオープンハウスが十二時から始まった。
お客さんを乗せた車が次々に到着する。お祭りのはっぴを着た私たちがそれを出迎える。ワークショッブでは、はっぴ姿のはるちゃんが組紐の実演を見せ、浅田さんが板締めの実演をしながらお客さんに藍染めの説明をする。その他にも織りや陶芸の実演もあり、訪れた現地の人たちはみんな興味深そうに覗き込んでいた。
ハウスの方では二時から茶道が始まっていた。リビングにござを敷き、障子を立てて即席の茶室を作る。お茶をたてるのは茶道の坂先生。先生自らが一服一服丁寧にたてていく。初めて抹茶を飲む現地の人たちも、みんな興味深げにその様子を見ている。
一方、庭で出している日本食は思いのほか好評で、あっという間になくなってしまった。中でも照り焼きチキンは大好評で、みんな「テリヤキ、テリヤキ」とよろこんでいた。アメリカでは「テリヤキ」は、そのまま英語として通じる。焼きそばも結構アメリカ人には浸透している。それに対し、馴染みがないのはかんぴょう巻とおにぎりに巻いてある「のり」である。アメリカ人はのりを食べる習慣がないので、最初とても気味悪がっていた。だが、一口食べると意外においしく、ちょっと驚いたようであった。ちなみに、おにぎりの中身はシャケと梅干。さすがに梅干は不評のようであった。さて、気持ち悪いという点では、おしるこもかなり気味悪がられていた。しかし、そこは甘い物好きのアメリカ人。結局なんだかんだで最後には全部なくなってしまった。
オープンハウスで演奏するネプチューンさんと福原さん
そんなことをしているうちに三時が近づき、いよいよコンサート開始の時間がやってきた。
お客さんは百人を越しているであろうか。イスは満席、かなりの立ち見も出ている。理事のフランクさんの司会進行で、ネプチューンさんと福原さんの演奏が始まる。
その間ハウスでは、知代ちゃんが子供たちを集めてアニメビデオの上映会をしていた。子供連れのお客さんに、ゆっくり演奏を楽しんでもらおうという心遣いである。
そよ風と共に尺八と琴の調べがアイコウボウの庭を流れる。ゆっくりとした時間の中で、清みきった音色にみんな耳を澄ます。日本の古典的な曲を中心とし、ネプチューンさんのオリジナル曲も交えながら、コンサートは四時半まで続いた。お客さんはみんな、初めて聞く尺八と琴の音色に魅了されたようだった。
後で聞いた話だが、演奏中、福原さんの着物の襟に蜂が入ったらしい。すぐに気づいたが、演奏をやめるわけにはいかない。我慢して続けていると、なんと蜂は福原さんの襟を刺したというのである。福原さんは叫び出しそうになったが、なんとか抑えて演奏を続けたらしい。実際、誰もそのことには気づかなかったようである。
オープンハウスが終わった後、ささやかな打ち上げが行なわれた。やっと一息ついた私たちは、思い思いにその日一日を振り返った。準備は本当に大変だったが、その分みんなの中には達成感が残った。本当にかけがえのない体験であった。
こうした機会を与えてくださったネプチューンさん、そして福原さんに、心から感謝を送りたい。
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