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第三章 アイコウボウ・USA 新しい展開
七夕まつり
 九八年、四月。日本財団からの援助が始まった。
 気分一新。私たちは新たな希望に胸を膨らませながら、四月中旬、バトルグラウンドのアイコウボウに到着した。アイコウボウでは、この四月から現地スタッフとなったナオコさんが、私たちの到着を前に家中をきれいにして待っていてくれた。
 日本財団から助成金が出るようになって、これまでと一番大きく変わったことは、現地に二名の専属スタッフが置けるようになったことである。これまでの十年間、アイコウボウには専属のスタッフというものがいなかった。もちろん移動教室のたびに、藍工房のスタッフが引率で来てはいた。しかし、常駐させるということは経済的に出来なかったのである。
 十年間というのは結構な長さである。しかし、スタッフが入れ替わり立ち替わりで安定した運営が出来なかったため、地域とのつながりを持つことがなかなか難しく、アイコウボウの存在はあまり地域には知られていなかった。
 しかしこれからは、現地スタッフのナオコさんと藍工房からの出向スタッフの二名が、常駐スタッフとしてずっといることが出来るのである。出来るだけ地域の人たちと交流を持つこと、それが第一の課題であった。
 ということで、四月からアイコウボウではいろいろな行事が行なわれたが、七月に行なわれた七夕まつりもその一つである。
 七夕。年に一度、織姫と彦星が天の川で会える日。この日、日本では天の川を見上げながら短冊に願い事を書き、笹に飾って星に祈る。この日本の古い風習をアメリカの人たちにも知ってもらおう、ということで、アイコウボウで七夕まつりを開くことになった。リーダーはボランティアの村上康子さん。村上さんを中心として私たちは七夕まつりの準備に取り掛かった。
 ご招待するのはいつもお世話になっている人たち。理事の人たちやその家族、ご近所に住むアメリカ人の方々である。
 まず一番に考えなければならないのは、アメリカの人たちに七夕を楽しんでもらうにはどうすればいいのか、ということである。七夕というものを理解してもらって、なおかつ楽しんでもらう。これはなかなか難しい。みんなでいろいろと話し合った結果、七夕の物語を劇にして、メンバーにそれを演じてもらうということに決まった。
 はるちゃんとHくんが、織姫と彦星。ひろしくんが神様をそれぞれ演じることになった。ナレーションは健くん。七夕の物語を健くんがアレンジし、それを(なんと英語で!)朗読することになった。
 小道具は村上さんの担当。星の飾りや烏帽子(えぼし)などの細かい道具をアルミホイルや厚紙などを使って作っていく。
 その他にも、当日出す料理のメニューを考えたり、飾り付けをする笹を用意したり、みんなで協力して準備を進めていった。ちなみに笹はアイコウボウの庭に生えているものを使った。
 
 七月十四日(七月七日でないのがちと残念であるが)一週間遅れの七夕まつりが夕方五時から始まった。
 お客さんが三々五々やって来る。リビングの壁には、この日のために藍染めで作った大きな天の川のタペストリーが飾られている。そして、部屋の隅では窓から入る涼やかな風に、笹の葉がさらさらと揺れている。
 笹の葉には、すでにメンバーたちの短冊が下げられていた。
「アメリカで、たくさん友達が出来ますように」
「私のアートがアメリカで認められますように」
「新しいアイコウボウで、陶芸と織りがうまくいきますように」などなど。
 この日来てくれたのは、理事のリリーさん夫妻、フォーマンさん、ご近所のドーキンスさん夫妻、マーティさん、フォスターさん、それにそれぞれの子供たちなど二十六名。来た人から順々に短冊を渡し、お客さんにも願い事を書いてもらう。そして、みんな集まったところで食事会が始まった。
 ちらし寿司、すき焼き、かき揚げ、厚揚げなどの日本食に加え、カレー、フライドチキン、ピザ、ポテトサラダなどが食卓に並ぶ。料理はどれも好評だったが、中でも人気だったのはポテトサラダとかき揚げ。ポテトサラダは料理が大得意の健くんの作であった。
 余談であるが、このとき出したちらし寿司は実は「すし太郎」。あったかご飯にまぜるだけ、というあれである。ちらし寿司は意外にアメリカ人に受けがよく、「すし太郎」は必需品。ふいの来客の強い見方であった。
 そのあとみんなで折り紙をすることになった。
 折り紙は日本の文化としてアメリカでは高く評価されている。シアトルなどでは折り紙愛好家の団体があり、かなりレベルの高いオリジナル作品がいろいろと発表されている。私たちは参加者に鶴や奴(やっこ)さんを折って見せ、折り方を英語に訳して説明した。子供たちは喜んで見ていたが、折るのはやはり難しく、なかなかうまくいかないようだった。
 そして、いよいよメインイベントの劇が始まった。
 
七夕まつりの様子
 
 浴衣姿のはるちゃんとHくんが登場する。Hくんは烏帽子をかぶり、はるちゃんは藍のショールを羽衣のように身にまとっている。
「昔々、一人の若者と天女が愛し合っていました」
 健くんのナレーションに、織姫役のはるちゃんも彦星役のHくんも、ちょっと照れた様子で顔を見合わせる。
「若者の名は彦星といい、とてもお金持ちで自分の農場を持っていました。天女は天の川に住んでいて、名を織姫といいました。織姫は織物がとても上手でしたが彦星は怠け者でした」
 はるちゃんが小道具の織機で、機織(はたおり)のゼスチャーをしてみせる。
「彦星は織姫のいる神の世界に引っ越し、二人は幸せに暮らし始めましたが、彦星はどんどん怠け者になっていきました。これを見た織姫の父である神はとても怒り、二人に別れるように言いました」
 神様のひろしくん登場のシーンだが、ぼんやりしていてちょっと出遅れる。だが、演技は堂々としたものである。
「ある日彦星は織姫が作ったすばらしい着物を見つけ、家に持ち帰ってしまいました。神はそれを見ていました。それから織姫が神のところに来て『お父様、彦星は遊び歩いているばかりで、私のことなどもう愛してはいません』と泣きました」
 はるちゃんが悲しげな表情でひろしくんに泣きつく。
 お話はいよいよ佳境。健くんのナレーションにも力が入る。
「神は織姫に彦星と会わぬように言い、神の世界のルールに従わない怠け者に罰を与えることにしました。彦星と織姫は星になり、離ればなれになりました。しかし、神は年に一度七月七日にだけ、彦星と織姫が会えるように取り計らいました。これが七夕まつりのお話です」
 お客さんから拍手が起こる。お話の内容がどれくらい伝わったのかよくは分からないが、はるちゃんたちの一生懸命な演技にはみんな感心した様子だった。こうして大盛況の中、アイコウボウの七夕の夜はふけていったのである。
 
 −あれからもう三年。あの時アイコウボウに来てくれた人たちは、夏が来るたびに夜空に輝く天の川を見上げたりしているだろうか。







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