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随想
平成14年度YME使節員
トライボロジー国際会議ASIATRIB2002派遣報告*
青木才子**
 
1. はじめに
 トライボロジーとは「相対運動しながら相互作用を及ぼしあう表面とそれに関する実際問題の科学技術」1)と定義されている。相対運動する二固体間における摩擦・摩耗といった現象に言及すると、一般的に機械要素における摩擦低減は効率向上に、また、摩耗損傷の防止及び低減は信頼性の向上につながるので、上記の定義の表現を変えれば、「諸計器の運転効率と信頼性の向上に関する科学技術」と言うこともできる。高度に発達し、より複雑さを増している現代の文明社会において、トライボロジーは自動車、船舶、鉄道など、陸海空におけるさまざまな機械要素の相対運動を支える技術であり、近年では経済性の向上や省資源化の要求を満たす重要な技術となっている。しかし、トライボロジーは機械工学、化学工学、材料工学などさまざまな学術分野が集成しているため、各分野の専門家による多角的な問題解決へのアプローチが必要である。例えば、筆者が日々研究に精進している潤滑に関して、潤滑油による摩耗の低減や摩擦の制御を可能にするために基油や添加剤の最適な組み合わせを実験しているように、それぞれの分野で独自の手法が用いられている。従って、互いに日々の研究成果を出し合い、意見をぶつけ合うことにより、一般的な知識だけでなく新たな発想や経験を吸収することができる空間として、学会に参加することはとても意義深い。
 昨年10月下旬、韓国にてトライボロジーの国際会議ASIATRIB 2002 INTERNATIONAL CONFERENCEが開催された。当会議のポスターセッションにて発表する機会を得ることが出来たが、それに伴い、平成14年度YME使節員(海外研究集会派遣)に応募し、学会のご厚意により選出していただいた。国際会議における発表を通じて海外の研究者らとの交流や自らの専門領域を深めるとともに、国際的な視野を養うというYME使節員の理念のもと、当会議で経験し、得られたものを、今日的視点におけるトライボロジー技術の進展と併せて、この場を借りて会員に報告したいと思う。
 
ポスターセッションの様子
 
 
2. ASIATRIB2002
 「東洋のハワイ」と呼び親しまれている、韓国の最南端に浮かぶ島、済州島。昔は耽羅国という独立国だったため、韓国本土とは異なる独特の風習や方言、文化が多く残されるこの島で、2002年10月21日(月)から24日(木)にかけて、ASIATRIB 2002 INTERNATIONAL CONFERENCEが開催された。韓国・済州島の中心に位置する済州KALホテルが会場となり、3日間で約200件もの最新のトライボロジーに関する研究報告がなされ、盛大な会議となった。第1回の北京大会に続き開催された第2回の済州島大会は、アジア各国の協力を得て、日本を含めアジアの研究者による多数の報告があった。また、アジアのみならず欧米各国からの研究者による発表も多数あり、トライボロジーという分野の裾野の広さに驚くばかりでなく、アジアにおけるトライボロジーの研究が世界各国で注目されていることが伺える。
 会議初日は、トライボロジーがその技術の根幹を支えるエンジンに関するtechnical symposiumから始まり、2日目からは、5つの講演会場と1つのポスター会場に分かれ、多数の研究報告がなされた。セッションごとに報告数を数え上げると、1)Fundamentals of Friction and wear(30件)、2)Coating and Thin Films(26件)、3)Automobile Tribology(16件)、4)Micro/Nano Tribology(15件)の順で報告数が多かった。トライボロジーの主たる摩擦や摩耗に関する報告が最も多く、次いで自己組織化単分子膜(Self Assembled Monolayer;SAM)やDLC膜に代表される薄膜及びトライボコーティング技術に関する報告、自動車に関するトライボロジー技術と続く。近年では、2)や4)などの報告にあるように、摩擦・摩耗などの現象を原子・分子レベルで捉えるマイクロトライボロジー・ナノトライボロジーがトレンドであり、本会議における報告数が多いことからも伺える。マイクロトライボロジー・ナノトライボロジーでは、ハードディスクの潤滑が大きく取り上げられているが、その技術だけにとどまらず、1つの表面処理技術として、今後多用されることが望まれる技術であると思われる。
 ここで筆者の研究を簡単に説明すると、会議におけるセッションは、Lubricants and Tribochemistryである。「Comparison of Friction Modification Function of Lubricating Oils under Boundary Lubrication Conditions with Wide Speed Range from Ultra−low to Moderate」と題して、摩擦試験用に試作した試験機の説明及び境界潤滑下における各種潤滑油の摩擦速度特性を報告したものである。潤滑油の第一の目的は円滑な運動の確保と表面損傷の防止であるが、2面が流体膜で完全に隔たれている「流体潤滑」状態が最も理想的な潤滑状態であるが、実際の摩擦面は2面の直接接触が避けられずに運転されている場合が多々ある。このような状態は「境界潤滑」或いは「混合潤滑」と一般にいわれており、この潤滑状態が機械要素の損傷や寿命を決める重要なファクターながらそのメカニズムに関して未解明な部分が多い。本研究において、広範囲の速度域で測定できる摩擦試験機を試作し用いたことにより、流体潤滑から境界潤滑にわたる領域で各種潤滑油の摩擦特性を得ることが出来、境界潤滑のメカニズムを解明する足がかりとなった。今後、本会議で得られた知見や経験を元に、研究を深め、境界潤滑のメカニズムの解明に向け、努力したいと思う。
 4日間の日程を終え、本会議を振り返ってみると、学ぶことが非常に多く、長いようで短いような充実した会議であったと思う。私見として本会議を総括するならば、
・多くのセッションで、シミュレーションを用いている報告が多数見られた。シミュレーションの利便さを改めて認識するとともに、実際の測定における結果と比較することや組み合わせることの重要性を知った。
・国際会議においてコミュニケーションに関する英語能力の未熟さを痛感し、早急に習得
する必要性を実感した。
 などが挙げられる。
 今回のASIATRIB2002は筆者にとって初めての国外発表であり、かなりの緊張を伴って発表に臨んだのであるが、国際学会の場で発表できたことや他の講演者発表を拝聴したことはよい刺激になり、すばらしい経験をさせていただいた。また、日本の研究者諸氏を含め、海外の研究者諸氏とも交流でき、トライボロジーに関する最先端の研究に触れることが出来たので、非常に有意義かつ印象深い国際会議であった。
 以上をもって、YME使節員としての報告を終わらせていただくが、内容がトライボロジー分野に偏ってしまったことをお詫びしつつ、平成15年度YME使節員の応募を考えている会員の少しでも参考になれば幸いである。
 
3. 謝辞
 最後に、本会議に出席するにあたって、平成14年度YME使節員に選定していただき、また、多くの御指導および御助言を賜りました日本財団、ならびに日本マリンエンジニアリング学会の諸先輩がたに心より感謝を申し上げます。
 
参考文献
1)木村好次・岡部平八郎、トライボロジー概論、養賢堂、pp.1,(1982)
 
*原稿受付 平成15年3月25日
**学生会員 東京工業大学大学院理工学研究科(目黒区大岡山2−12−1)







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