随想
ASME/STLE International Joint Tribology Conferenceに参加して*
田中健太郎**
1. はじめに
今回、YME使節員として国際会議へ参加する機会をいただき、2002年10月27日〜30日にメキシコ・カンクンで開催されたASME/STLE International Joint Tribology Conferenceに参加した。本稿では会議の様子、自身の発表などについて報告する。
2. ASME/STLE International Joint Tribology Conference
ASME/STLE International Joint Tribology Conferenceはトライボロジー関係では世界的にも規模の大きい会議で、ASME(The American Society of Mechanical Engineers)とSTLE(The Society of Tribologist and Lubrication Engineers)の共催である。日本トライボロジー学会、日本機械学会の機素潤滑設計部門も協賛している。通常は年に一回北米大陸で開催されているが、今回はメキシコの国際的にも有名なリゾート地カンクンで開催された。メキシコの地が選ばれたのは前年の会議がテロの影響で参加キャンセルが相次ぎ、参加者が少なかったためと聞いている。私は国際会議での発表がはじめてでかなり気合を入れて望んだのだが、思いのほか参加者は少なく出鼻をくじかれた感があった。アジア地域からカンクンヘのアクセスが不便であったためか、例年より日本や韓国などアジア地域からの参加者が少なかったようである。例年ここで発表された論文は査読を経てASME Journal of Tribologyに掲載される。
3. 会議の内容
さて、実際に研究発表会に参加してみた感想であるが、そこはやはり世界的な会議であった。それぞれの発表では活発な質疑応答が時間ぎりぎりまで繰り返されており、皆の発表のうまさ、主張の強さ、質問の鋭さに驚かされた。主なセッションには以下のようなものがある。
(1)Machine Components
(2)Surface and Contact Phenomena
(3)Elastohydrodynamic Lubrication
(4)Fluid Film
(5)Magnetic Storage Tribology
(6)Solid Lubricants
(1)は、軸受やシールなどの機械要素についての実機に近い研究。(2)は接触による弾塑性変形や表面粗さに関する研究。(3)は弾性流体潤滑についての数値計算等を中心とした研究。(4)は液膜内の流れの可視化や数値的な取り扱いに関する研究。(5)はハードディスク等の磁気記録装置のスライダーや軸受に関する研究。(6)は特殊環境下で使用される事が多い固体潤滑剤に関する研究である。私は主に(3)と(5)のセッションに参加した。(3)は私が所属している東京商船大学機械設計研究室で行っている研究と内容が近いテーマが多く、とても勉強になった。(5)は、ハードディスクなどの高性能化に伴って、ここ10年くらいで急速に発展したジャンルである。実は私の発表内容とも非常に近い。浮上量10数ナノメートルで安定走行するスライダーの開発や厚さ数ナノメートルの潤滑膜の挙動の解明などナノスケールでのトライボロジー、つまりナノトライボロジーに関する研究が多い。今話題のナノテクノロジーである。日本の学会でもたびたびお目にかかる先生方が活躍されていた。
写真1 日本からの参加者
左から2番目が産総研の加藤氏、右から2番目は名古屋大学の三矢先生
4. 私白身の発表
私の発表は最終日の午前中であり、しかも前の発表がキャンセルされていたこともあって聴講者が少ないのではないかと心配した。発表開始時点では空席が目立ったが、発表を始めて数分で席の大半は埋った(英語力には全く自信がないが、せっかく何日も練習して準備したので、少しでも多くの人に聞いて欲しかった)。少なくとも、壇上で緊張しっぱなしの私の目からは部屋中人だらけのように見えた。
発表のタイトルは“Molecular Dynamics Simulation of Vibrational Friction Force Due to Molecular Deformation in Confined Lubricant Film”で、Nanotribologyのセッションで発表した。タイトルに日本語訳をつければ“壁面間潤滑膜における分子変形が寄与する摩擦力振動についての分子動力学シミュレーション”となる。簡単に説明すると、原子・分子スケールで狭いすきまに挟まれて圧縮された潤滑膜にせん断を加えると摩擦振動が発生することがある。このメカニズムを明らかにするべく分子動力学法という方法を用いてシミュレーションを行ったところ、潤滑剤分子の変形および、それに伴うスティック(引っ付き)とスリップ(すべり)の繰り返しが原因となって摩擦振動が発生する、という内容である。
発表は先にも述べたように暗唱できるほどに練習していたので問題なく終えることができた(と自分では思う)。最大の心配事は質疑応答であったが、これには案の定苦戦した。これは会議中に気づいた事であるが、どうも日本での会議に比べて質問者が質問中に自分の意見を述べる時間が長いような気がする。質問の要点だけ言ってくれれば何とか分かると思うのだが、質問者の長い意見を聞いているうちに、何が質問なのか分からなくなってしまうことがしばしばあった。しかし、これも共同研究者の産業技術総合研究所の加藤孝久氏の助けで、なんとか乗り切ることができた。一人前と言うには程遠いが、初めてにしてはよくやったと思う。(写真2)
写真2 発表の様子
5. おわりに
おわりに発表を終えての感想を述べたい。発表終了後2、3人の聴講者から握手を求められ、‘興味深い発表だった’との言葉を声をかけてもらった。半分は社交辞令であったと思うが、それでもやはりうれしいものである。はじめての事ばかりで失敗も多かったが(ここでは敢えて述べない)、今回の派遣で国際会議での研究発表を経験し、海外の研究者と交流する機会を得たことで、自らも世界に通用する、また地球や人の役に立つ研究を行うことのできる研究者になりたいという気持ちになった。
最後になったが、今回この会議への参加の機会を与えて下さった日本マリンエンジニアリング学会ならびに日本財団の関係者の方々に謝意を表す。このYME使節員をきっかけとして、世界を舞台に活躍する研究者・技術者が一人でも多く輩出されることを望む。また私もそうなりたいと思う。
*原稿受付 平成15年2月13日
**正会員 東京商船大学(江東区越中島2−1−6)
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