随想
船舶機関士のYME使節員訪問記*
−平成14年度YME使節員に参加して−
下川主税**
1. はじめに
我々、舶用大型機関のユーザーは、主機関の運転/管理を行う上で、その設計思想や工程管理の手法などについて直接機関ライセンサーから話を伺いたいと常々感じています。しかしながら、機関の損傷処理等で日本のライセンシー各社と協議する機会は多いものの、その一方で、海外ライセンサーと直談判する機会は極端に少ないのが現状です。
このような状況の下、今般、幸運にも舶用機関のユーザーとしては初めて、(社)日本マリンエンジニアリング学会YME(Young Marine Engineer)使節員に選任され、大型舶用ディーゼル機関の主要ライセンサーであるMAN B&W Diesel社、並びにWartsila社を訪問する機会を得ました。
一介のマリンエンジニア(船舶機関士)の渡欧でしたが、我々ユーザーの置かれている現状を曝け出し、造機メーカーへの率直な要望を投げかけた上で、ライセンサーとしての見解を聞き出すという貴重な経験をすることが出来ました。
本報では、非常に内容が濃かったヨーロッパ訪問の概要報告と、YME使節員に参加した感想を述べさせて頂きます。
2. 応募のきっかけと訪問先の選定
Marine Engineering誌6月号にて本年度YME使節員の募集要項を見つけた時、『待ってました』とばかりに飛びつきました。というのも、現在、弊社では管理船約400隻の中から約140隻を抽出し、延べ1,500本に上るピストン抜き整備時のCylinder liner/Piston ring計測結果を収集し、liner/ringの摩耗率の分布状況を各機種別に集計した上で、これらの摩耗に何らかの影響を与える要因をユーザーの観点から分析しています。この取り纏め段階において、ユーザーの観点から集計・分析した結果に対し、メーカー側の意見や反論を是非とも伺いたいと希望しており、正にこれは『海外の研究者・技術者と討議して、自分の専門領域を深めると共に、国際的な視野を養う』というYME使節員の派遣目的に合致しているものと密かに虎視眈々と狙っていました。
従って、訪問先の選定に当っても、何ひとつ迷うことなく、MAN B&W Diesel A/S(コペンハーゲン、デンマーク)並びにWartsila Switzerland Ltd.,(ヴィンターツール、スイス)と早々と決定し、各社技術陣との意見交換を心待ちにすると共に、更にWartsila Italia Spa(トリエステ、イタリア)にも赴き、同社の最新機関であるRT-flex機関を実際にその製造工場において見学することにしました。
3. 訪問状況
3.1 MAN B&W Diesel A/S
1)コペンハーゲンの概要 デンマークの首都であるコペンハーゲンは、人口約170万人のスカンジナビア最大の都市であり、“コペンハーゲン”とは『商人の港』を意味します。幾多の戦争・占領・大火などを経験しているにも拘わらず、市内には築100年(古いものでは300年以上)を越える建物が立ち並び、中世の面影を色濃く残しています。(第二次世界大戦においては、美しい街を破壊されないようナチスドイツに降伏したという有名なエピソードもあります。)
また、人魚姫の像もあるように童話作家アンデルセンが愛し、生涯を過ごした街としても有名です。
2)会社概要 コペンハーゲンから車で約10分の静かな海岸沿いにあり、外観は、あたかもCylinder linerのような円筒型の吹抜けロビーをコーナーに配置した“L”字型の独創的な社屋となっています。テストエンジンを備えた研究施設や部品製造・保管工場も併設されており、約700名の従業員が働いているとの由。Office内は明るく、広々としており、スポーツジムやバーカウンターの福利厚生施設も充実されているなど、全く羨ましい限りです。
写真1 MAN B&W Diesel A/S社
3)訪問概要 コペンハーゲン中央駅から、タクシーにて、MAN B&W Diesel A/S社へ向かう。受付にて名前を告げると、アシスタントである北欧美人の出迎えを受け、会議室へと案内されました。
同社での面談者は、以下の通り。
・Demitrios Tsalapatis氏
(Director, Customer Support & Research)
・Stig Baugaard Jakobsen氏
(Senior Manager, New Design)
・Henrik Rolsted Jensen氏
(Senior Superintendent Engineer)
まずは、小職が準備したMAN B&W MC機関に関するCylinder liner/Piston ringの摩耗要因分析結果を紹介した上で、これに対するライセンサーとしての見解を伺いました。今回の分析結果は、ユーザーだからこそ収集することが出来たデータに基づいており、各氏とも予想以上に深い興味を示されており、驚き、納得、反論を含めた白熱した意見交換になりました。その後、MAN B&W Diesel A/S社の概要、Alpha Adaptive Cylinder-oil Control(Alpha ACC)の概要とその使用実績、更には、現在開発を進めている最新技術などについての幅広い説明を伺いました。
Alpha ACCとは、同社が開発した電子制御式Cylinder oil注油装置であるAlpha Lubricator Systemを応用した新しい考え方に基づく注油システムです。同社の調査結果によると、『Cylinder linerのスカッフィングや異常摩耗は燃料油中に含まれる硫黄濃度と密接に関係している場合が多い。このため、これらの損傷を防止するためには、燃料油の硫黄濃度に応じて木目細かくCylinder oil注油率を調整することが有効である。』としており、“電子制御により容易に注油率を調整できる”というAlpha Lubricator Systemの利点を生かし、燃料油の硫黄濃度に応じて最適注油率に調整するシステムになっています。
なお、最新技術の開発状況に関する報告は、敢えて割愛させて頂きます。
3.2 Wartsila Switzerland Ltd.,
1)ヴィンターツール(Winterthur) チューリッヒの北東約15km(チューリッヒ中央駅から列車で約20分)に位置し、中世から織物産業で栄え、近代においては、陶製ストーブ、鉄道機材、更にはWartsila社に代表されるディーゼルエンジンで繁栄した町です。
また、これらの栄華に支えられ、古くから芸術作品に対する庇護が厚く、小さい町ながら、他のヨーロッパ各都市にも引けを取らないほど、貴重な芸術作品を数多く保管するロマンチックな町です。
2)会社概要 1834年、Sulzer兄弟が起こした歴史ある会社であり、Winterthur駅に隣接した便利なロケーションとなっています。主に低速・中速機関の開発、設計、テスティング、ライセンシング等を行っており、約410名の従業員が働いています。
また、車で約10分の所には、Customers Training Centerを併設したNew Diesel Technology Centerもあり、低速機関のリサーチや各種実機テストも行っています。
3)訪問概要 スイスの特急列車Intercity(IC)でWinterthurに向かう。改札など一切ないスイス特有の開放的な駅に降り立つと、Dr. Matthias Amor(Tech. Expert Tribology, Technology)がホームで迎えてくれました。同氏は、『Insights into piston-running behaviour(ピストンリング・シリンダライナのトライボロジー的挙動に関する観察・研究)』を発表されており、今回のWinterthur訪問で最もお会いしたがった方のひとりであり、この歓迎には少なからず感激しました。
写真2 Wartsila Switzerland Ltd.,社
写真3 New Diesel Technology Center(Dr. Amor氏と)
同氏の他、Wartsila社での面談者は以下の通り。
・Klaus Heim氏
(Head of Research & Development, Performance and Testing Technology & Licensing)
・Dietmar Schlager氏
(Dr., Manager Expert Group, Materials Technology and Damage Investigations, Technology)
・Monika Domani女史
(Dr., Expert, Materials Technology and Damage Investigations, Technology)
・Konrad Huber氏
(General Manager, Sulzer RT-flex System, Technology)
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