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表3 POMS各領域の得点分布(N=78)
(n、%)
標準化得点 緊張−不安 抑うつ−落ち込み 怒り−敵意 活気 疲労 混乱
0〜40 20(25.6) 3(3.8) 13(16.7) 19(24.4) 18(23.1) 16(20.5)
41〜50 41(52.6) 47(60.3) 43(55.1) 28(359) 38(48.7) 23(29.5)
51〜60 15(19.2) 20(25.6) 15(19.2) 26(33.3) 16(20.5) 26(33.3)
61〜75 2(2.6) 8(10.3) 6(7.7) 4(5.1) 6(7.7) 13(16.7)
76〜 0(0.0) 0(0.0) 1(1.3) 1(1.3) 0(0.0) 0(0.0)
 
 
表4 POMS、健脚度・バランス機能、転倒予防自己効力感の変化
N=78 開始時(mean±SD) 終了時(mean±SD) P
POMS 緊張−不安 45.4±6.5 44.5±6.4  
(T得点) 抑うつ−落ち込み 49.8±7.6 48.4±7.5
怒り−敵意 48.1±9.2 46.8±8.3  
活気 48.1±9.9 50.1±9.0
疲労 46.9±7.7 45.4±7.8
混乱 49.5±8.7 47.7±8.0
TMD 191.6±35.9 182.8±34.2 **
健脚度 10m全力歩行時間(秒) 6.1±1.7 5.8±1.7
バランス機能 右最大一歩幅(下肢長で補正) 1.24±0.21 1.28±0.19
左最大一歩幅(下肢長で補正) 1.25±0.20 1.28±0.21
右30秒開眼単脚起立時問(秒) 18.6±11.7 20.2±10.5  
左30秒開眼単脚起立時間(秒) 18.3±11.3 19.2±11.0  
40cm踏台昇降 不可能n(%) 10(12.8) 9(11.5)
困難n(%) 20(25.6) 15(19.2)  
可能n(%) 48(61.5) 54(69.2)  
†:P<0.10、 :p<0.05、 :p<0.01
 
 
3. 結果
(1)対象の特性
 対象は平均年齢69.4±10.0歳、男性8名、女性70名、過去1年間に転倒を経験していた者は20名(25.6%)であった。
 対象の情緒的偏向をみるため、転倒予防教室開始時のPOMSの各領域の分布を表3に示す。大規模サンプルに基づいて算出されたPOMSの標準化得点(T得点)において、平均値+1標準偏差となる60点以内(活気は40点以下)が正常、60〜75点(活気は40点未満)が要注意、平均値+2標準偏差の75点以上が要受診とされている11)。要受診とされる得点を示した者は活気領域で1名、怒りの領域で1名のみと少なく、また、全領域において対象の平均値±標準偏差は標準化得点の正常範囲内におさまっていた。
(2)教室開始時・終了時の変化
 POMS、転倒予防自己効力感、健脚度の結果を表4に示す。
 POMSの6領域のうち、母平均の比較において、活気、混乱の領域が有意な改善、疲労、抑うつが改善の傾向を示した。また、TMDも有意な改善を示した。
 身体機能は、10m全力歩行時間と右最大一歩幅に有意な改善が見られた。
 面接を行った対象のうち、転倒を回避するために何らかのADLを自粛していると答えた者は13名(19.6%)で、規制していた項目は、階段を上る/下る(各4例)、混雑した場所を歩く(2例)、自分の背より高い場所にあるものをとる(2例)、両手に物を持って歩く(3例)、不安定な地面を歩く(4例)、布団をほす(4例)、踏み台にのぼる、駅を歩く、自転車、旅行(各1例)などがあり、様々な工夫や我慢によってこれらの動作を回避していた。対象の転倒予防教室に関する感想を、自己効力感に影響する4つの情報源(Bandura、1985)9、16)によって分類し、表5に示す。
 対象の特性別のPOMS得点として、転倒予防教室開始時から終了時に健脚度やバランス機能が向上した群と低下した群に分けて、終了時TMDの平均値およびTMDの変化量の平均値を比較したが、有意な違いはみられなかった(表6)。
 
表5 実施群から聞かれたことば―自己効力感に影響する情報源別に整理―
(1)制御体験:
 初めてする運動もあったけれど、やってみればおもしろかった
 若い人(スタッフ)と同じように動けて自信がついた
 一生懸命運動したのに腰が痛くなってしまった
 前よりも階段を下りるのが怖くなくなった
(2)代理体験:
 皆さんお元気で、自分はまだまだだと思った
 私よりも具合の悪い方も頑張っていた
(3)社会的説得:
 老人の体や歩くということについて詳しく検査してもらって安心した
 先生から太鼓判を押されたので自信がついた
(4)生理的変化の自覚:
 歩き方が変わった、外反母趾が軽減した
 教わった動き方を体得するために常に意識して歩いている
 思ったよりも動けることがわかった
 いつの間にか脚の力が衰えていたと気づいた
(4)感情的変化の自覚:
 楽しかった
 童心に返った
 生まれ変わるきっかけになった
 新しい生き方を見つけた
 
 
表6 健脚度・バランス機能の向上群と低下群別の終了時のTMDと変化量
(mean±SD)
健脚度・バランス機能の変化 n 終了時TMD TMDの変化量
10m全力歩行時間 向上群 49 180.2±34.5 −11.1±24.0
低下群 29 185.6±33.5 −6.1±28.5
右最大一歩幅 向上群 51 182.2±32.5 −9.5±25.5
低下群 27 182.3±37.4 −8.8±26.3
左最大一歩幅 向上群 50 182.2±34.9 −10.6±25.4
低下群 28 1822±33.1 −6.8±26.6
右30秒開眼単脚起立時間 向上群 56 184.2±33.3 −10.1±27.8
低下群 22 177.1±36.0 −6.9±20.0
左30秒開眼単脚起立時間 向上群 58 181.7±34.4 −8.9±25.2
低下群 20 183.7±33.5 −10.3±27.9
全て有意差なし    
 
 
4. 考察
 高齢期の情緒的特徴には、固着執念、反応性の低下、感情表現の抑制、保守的、活動性の減退、理解力の低下、など、ネガティブな変化が多い17)。これらの変化に加え、身体機能が低下することにより、高齢者は活動の縮小や社会的交流の減少が生じやすい状態にある18)。近藤(1999)は、地域高齢者が本当はやりたいけれども転倒恐怖のためにやめる動作は、主にIADLやQOLであったと述べており20)、本研究もこれを支持する結果であった。転ばずに階段を下りる自信が低下したために自宅の2階にあがれない、両手に物を持って歩く自信がないために買い物を我慢するなど、対象の一部はIADLの自主規制が生じ、不便な生活を強いられていた。このようにQOLが低下し、また、漠然とした転倒への恐怖感を抱えていると考えられる高齢者に対し、これまでは身体機能の増強や運動の安全性のみに焦点を当てた運動指導が行われがちであった。高齢者への運動介入においても、楽しみを高めるという視点を加味したプログラムを作成している点、運動介入の心理的効果指標として、活気や疲労、緊張など、多領域の感情の変化を捉えた点が本研究の特徴の一つである。
 転倒予防教室の開始時と終了時の比較において、抑うつ、疲労、混乱領域の軽減と活気の増加が認められ、全体に気分が安定したことが示された。一般に、運動直後に爽快感や気分の高揚が生じると言われている20)。しかし、本研究は、運動指導を終えてから少なくとも数日以上を経てからPOMSを測定している。これは、運動のみの効果というよりも、転倒予防教室全体の効果としてPOMSが変化したとみなすことができるだろう。易転倒性という共通の心配事を抱える高齢者が集まり、対象の能力の高まりを信じるプログラム提供者とともに運動することが、高齢者のQOLを維持、増進するために有効であると考える。
 身体機能の変化は、有意な改善と認められたのは10m全力歩行時間と右最大一歩幅のみだったが、全指標において平均値は改善の傾向を示していた。当初、身体機能の向上にともなってPOMSのスコアが変化するのではないかと予測していたが、健脚度・バランス機能の向上した群と低下した群に分けてPOMSの平均得点の比較では有意な傾向は認められなかった。対象の運動機能の高低に応じて、それぞれのレベルで楽しめるようなプログラムにしているため、身体機能の高低や身体機能の変化に拘わらず気分の安定が図れたと解釈した。
 今回の調査は介入開始時と終了時のみの調査であったため、転倒予防教室終了後の心理的QOLへの長期的効果および楽しさが及ぼす運動習慣の獲得・維持の状況について検討することはできない。今後は介入後一定期間の後に再調査を行いたい。また、本研究でPOMSを利用する上での課題は、65項目という質問数の多さと質問紙の文字色の薄さが高齢の対象に負担をかけたこと、国際紛争や深刻な社会事件などが多くの対象の感情に影響する可能性も考えられるため、それらの影響を考慮する必要があることである。今後は短縮版(30項目)の使用についても検討したい。
 本研究の対象は、転倒予防教室に自発的に参加し、都心の総合病院まで公共交通機関を使って通っていることから、転倒予防や健康に対する関心が高く、ある程度積極的な行動性を持つ集団と推測され、POMSへの何かしらの影響が推測された。結果に示したとおり、全領域において対象の平均値±標準偏差は、標準化得点の正常範囲内におさまっていることから、大規模サンプルからみて平均的な集団であると見なしたが、今後は同様の特性をもつ対照を設定し、比較を行いたい。
 
5. まとめ
 QOLが低下し、転倒への漠然とした不安を抱えて生活している地域高齢者に対し、転倒予防介入を行った。その結果、身体機能に対しては歩行速度を速め、情緒面については、活気を高め、陰性感情を軽減することが明らかになった。
 
●謝辞
 65項目にも及ぶPOMSの回答に貴重な時間を費やし、感情や生活の変化について様々な情報をお寄せ下さった転倒予防教室参加者の皆様に、これからも楽しく運動を継続されることを祈りつつ感謝申し上げます。
 
●文献
1) Howland J. Lachman ME. Peterson EW. Cote J. Kasten L. Jette A. Covariates of fear of falling and associated activity curtailment. Gerontologist. 38(5):549-55, 1998.
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17)岡堂哲雄, 長濱晴子(編):情意や性格の変化第2章老化による心と体の変化と病気, 老人患者の心理と看護, pp.41−43, 中央法規出版, 東京, 1999.
18)鳩野洋子, 田中久恵, 古川馨子, 増田勝恵:地域高齢者の閉じこもりの状況とその背景要因の分析, 日本地域看護学会誌3(1), 26−31, 2001.
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20)Owen Neville, Sallis James著, 竹中晃二監訳:身体活動, 心理的健康, QOL, 前掲書8), PP29−36, 北大路書房, 京都, 2000.







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