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4. アセアンからアセアン+3へ
4−1 アセアンとアセアン+3
 東アジア諸国連合(アセアン)10カ国に日本、中国、韓国を合わせた「アセアン+3」は、2000年11月の首脳会議で「東アジア共同体」構想に合意した。将来、東南アジアと北東アジアを統一して「東アジア自由貿易投資圏」を樹立するとともに、経済協力にとどまらず安全保障問題も協議する「東アジア・サミット」を定例化しようという構想である。
 アセアンにとって、東アジア共同体を目指す動きは、一面においては歓迎すべきものであるが、一面においては警戒すべき要素も含んでいる。歓迎すべき点は、北東アジアと東南アジアが本当に一つになって自由貿易圏が成立すれば、貿易だけでなくカネやサービスや人の動きも相互に活発になって、アセアンの経済が総体として活性化されるであろうということである。また、伝統的にアセアンにとっての脅威だった中国が共同体の一員として「仲間」に組み込まれれば、アセアンの安全保障環境も従来に比べたら格段に向上するだろうということである。
 これに対し、警戒すべき要素としては、アセアンの地域機構としての一体性あるいは結束が、近年弱まりつつあるということがある。アセアンには自由貿易に耐えうる経済構造を持つ国もあればそうでない国もある。そうであれば、結果的に、自由貿易圏に組み込まれる国とそうでない国とに分かれ、経済格差の一層の拡大を招いて、アセアンの一体性が弱まるどころか、崩壊してしまうことさえありうる。またもう一つの懸念は、東アジアが一つにまとまってくると、アセアンの地位が相対的に低下するということであるこれまで「アセアン+3」の会議においては、アセアンがホストで、日中韓はゲストだった。それが東アジア・サミットという名称に変われば、会議の主導権を握るのは必ずしもアセアンということではなくなる。
 2002年の外相会議では、「アセアンの競争力を確実にするため、経済統合を段と強めることが優先課題だ」とうたわれ、アセアン自由貿易地域(AFTA)構想の重要性が改めて強調された。しかしAFTAは近年、マレーシアが国民車プロトンを保護するため自動車関税引き下げを延期するなど、推進力がなくなっている。またその一方、シンガポール、タイは、日本やアメリカ、欧州連合(EU)などと単独で自由貿易協定(FTA)締結に動き出すなど、軸足をアセアン外に移す方向で独自の自由化政策を模索し始めている。
 アセアンの結束は、「+3」のあり方でも乱れている。外相会議では、アセアン+3の事務局を、マレーシアがクアラルンプールに設けるよう提案した。これに対し、シンガポールは「時期尚早だ」と反対し、アセアン事務局を置くインドネシアも「ジャカルタの事務局の機能強化が先決」と反対した。「アセアンは一つ」ではなく「一つ一つ」となりつつある。憂慮すべき状況である。
 
4−2 中国とアセアン
 中国とアセアンは2002年11月、10年以内のFTA締結へ向けた経済協力の枠組み合意に調印した。中国はまた、タイ、ベトナムなどメコン川流域のアセアン5か国に対し、資金援助を含めた総合的な流域開発プランを提示した。こうしたことの結果、中国のアセアンに対する影響力はここ1、2年で急速に強まる気配となっており、これまで「受け身」とみられてきた中国の対アセアン外交に大きな転換がおこりつつある。
 こうした中国の動きの背景には、開放20年を経た中国経済がなお高成長を持続し、国際競争にも耐えうる国内企業が日増しに多くなってきていることがある。また中国政府としても、市場としてのアセアンの経済が底上げされることは、自国経済の高度成長の維持を担保するために重要である。朱鎔基首相(当時)は2001年11月、アセアンとのFTA交渉合意の際、次のように述べている。「中国は現在、『走出去(打って出る)』戦略を実施している。競争力を備えた企業の海外投資、工場建設を奨励、支持するとともに、信用供与や保険などの面でも後押ししている。アセアン国家は、中国企業が『打って出る』重点地域の一つだ」
 こうした中国の攻勢を受けるアセアンの立場は国によってまちまちである。シンガポール、タイは好意的、積極的であるが、インドネシア、マレーシア、フィリピンなどでは、中国からの輸入品に市場が席巻されてしまうのではないかとの危惧がある。後発国のベトナムやカンボジアなどはほとんど蚊帳の外に置かれているに等しい。
 そうした立場の不一致があったにも関わらず、アセアンが中国とのFTA交渉に合意したのは、長い目で見れば、これがアセアンの利益となるとの総意が形成されたからだろう。しかし、付随的要因としては、アセアン10か国の発言力を束ねても中国のそれには及ばなかったこと、かつてはアセアンの盟主ともいわれたインドネシアの地位が低下したことなども考えられないわけではない。
 さてそれでは中国とアセアンのFTAは、予定通り10年以内に実現されるのだろうか。中国と、シンガポールを除くアセアンの生産構造は、電化製品や軽工業製品など、依然として競合する分野が多い。しかもアセアン各国は主要輸出国のアメリカ市場でも、安価な中国製品としのぎを削る傾向が強まっている。中国との経済協力の前進は、アセアンが中国という巨像に呑み込まれてしまいかねないリスクをはらんでいる。
 
4−3 日本とアセアン
 小泉首相は2002年1月、東南アジア諸国を歴訪した際、シンガポールで、日本のアセアン外交の基本方針を示す政策演説を英語で行い、アセアンを「率直なパートナー」とし、「ともに歩み、ともに進む」関係を基本理念として掲げた。その上で、日本とアセアン諸国に中国・韓国、豪州、ニュージーランドを加えた「東アジア拡大コミュニティー」を構築することを提唱した。首相はまた、東アジアを「近い将来最も発展する可能性のある地域」と指摘、その実現の過程で、貿易や投資、科学技術、観光など幅広い経済分野での連携を目指す「包括的経済連携構想」を提案した。
 こうした日本の姿勢について、アセアンは少なくとも表向きには「大きな戦略的意味合いを持つ」(ゴー・チョクトン・シンガポール首相)と、肯定的に受け止めている。しかし、実態はどうか。中国に比べて日本の示す協力の内容は抽象的すぎる、あるいはアセアンが期待する農産物市場の開放を日本は本当に出来るのか、といった批判や懸念の声が少なくない。
 アジア全体の国内総生産(GDP)の6割を占める日本が、地域で応分の役割を果たし、東アジアの経済連繋にリーダーシップを発揮するということからすれば、アセアンとの協力関係強化はきわめて重要である。しかし、出口の見えない日本経済の深刻な不況が、地域経済全体の足かせとなりかねない状況があることもまた事実である。その意味で、日本が東アジアの経済連繋にリーダーシップを発揮していく鍵は低迷する日本経済の立て直しにあり、これに失敗すれば、小泉構想は絵に描いた餅になる可能性が大きい。
 アセアンは、東アジア経済圏づくりの主導権が中国に握られてしまうことを怖れている。アセアン外交の基本は、大国間の勢力均衡によって自らの安定を維持するというバランス感覚にある。中国の勢力が相対的に大きくなりすぎると、アセアンは中国という巨大なゾウに呑み込まれることになりかねない。アセアンはそれを心配し、もっと日本にしっかりしてもらいたいと考えているのである。日本はそれを十分理解し、期待に応えていく必要がある。
 
4−4 アセアンの安全保障環境
 狭義の安全保障の文脈において、アセアンにとって最も憂慮しなければならないのは、南シナ海の問題と、2001年9月の米同時多発テロ後に明らかになった国際テロ組織の暗躍の問題だろう。ここでは南シナ海の領有権紛争に絡む諸問題を検討してみたい。南シナ海の問題は、日本にとっても重要である。中東から石油を運んでくるタンカーの多くが、シンガポール海峡を経て、南シナ海を通り、日本に到着するからである。
 アセアンと中国は2002年11月、プノンペンにて開催された首脳会議で、「南シナ海行動宣言」に調印した。アセアンは1999年以来、拘束力のある「行動規範」の制定を中国に呼びかけてきたが、結果的に拘束力を伴わない一種の紳士協定で中国と妥協したことになる。これは、マレーシアなど一部の国が中国寄りの姿勢を見せ、「規範」の制定を強く求めてきたフィリピンやベトナムを振り切ったからであり、その意味で、アセアンの結束の乱れは安全保障分野でも露呈したことになる。
 アセアンは1994年、東アジアにおける唯一の多国間安保対話の場として、日中韓や米豪などを含めたアセアン地域フォーラム(ARF)を発足させた。その運営の基本原則は、「すべての参加国にとって快適なペース」で審議を進めることとされた。そうなると、どこかある一国が遠ざけたい話題は、審議の対象にすらならないということになる中国は、自国の行動を縛られかねない「規範」には、ほぼ一貫して消極的だった。だから仮にアセアン10か国が一致して「規範」を主張しても、合意は成立しなかっただろう。アセアンが「宣言」で妥協したのは、その意味で次善の策であるが、別の見方をすれば、南シナ海の安全保障環境が中国主導で形成されつつあるともいえる。
 2002年7月にブルネイで開かれたARF閣僚会議では、朝鮮半島情勢が中心的な議題になった。外務省のホームページによると、直前に起きた黄海上での南北朝鮮の銃撃戦が「朝鮮半島の緊張を高めることがない形で解決されることへの期待が表明される」とともに、「北朝鮮が同事件に関し、遺憾の意の表明し、南北閣僚級会合再開に向けた提案を行ったことが前向きな動きとして歓迎された」という。「期待を表明」したり、「前向きな動きとして歓迎」したりすることは簡単である。問題は、仮に偶発的な事件だとしても、そういう戦闘行為が現実に国家間で起きる原因や背景は何かということである。そのことに言及しないARFという枠組みは、ほとんど機能不全に陥っていると言っても過言ではなかろう。
 
5. 日本への提言
 さてそれでは日本はなにをなすべきか。大きく以下の点を指摘できるだろう。
 第一は「ミドル・パワー」としての日本の自画像を確定することである。日米同盟の中心性をその上に基礎付けるべきであり、これなしに東アジアの安定はありえない。
 第二は中国を東アジアシステムに統合するよう日本としてできるだけの努力をすることである。それは東アジアの安全保障については、「南シナ海行動規範」の問題に日本が積極的に関与することであり、また経済的には東アジアにおける質の高い自由貿易地域の構築について日本として努力し、中国にもそう要求していくことである。
 第三は日本と韓国、アセアンとの対話をすすめ、多国間協調を推進することである。アセアン、韓国との経済連携を包括性と迅速性を原則として推進することはその意味で大きな意義をもつ。またこれとの関連で、日本が科学技術分野での協力を進めること、農業分野の市場開放へ向けた政治的環境を整えることなども重要である。
 第四に日本は日米同盟を基本としつつ「ミドル・パワー」として東アジアの安全保障により積極的に関与していかなければならない。そのためには、ARFの機能強化策として、閣僚会議への国防相の参加を制度化すること、「全会一致」方式を改め、制度的な予防外交が行えるよう努力することなどが必要とされる。







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