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3. 中国の台頭を活用しよう―「アジアの中の中国」を目指して
3−1 中国は大きなポテンシャルをもつ
 21世紀はアジアの世紀となる、なかんずく中国の世紀になる―そういった楽観主義については、慎重な受け止め方が大きくなっている。しかし、それでも、中国が21世紀において世界史の展開を大きく左右する潜在力をもっていることは間違いない。すでに中国は世界第6位の規模を持つ経済となっている経済規模だけで言えば、G7のメンバーになってもおかしくない。その国が、今後毎年約7%の速度で成長し、2020年には経済規模を2000年の4倍に膨らませることを計画している。中国は労働と資本という成長要因に富み、理系出身の指導者たちに率いられて技術革新による生産性の向上にも必死で取り組んでいる。世界貿易機関(WTO)加盟による外資導入と制度改革の促進が、中国の一層の経済活性化をもたらすことも期待される。中央政府の役人を半分にしたことに象徴される政治的リーダーシップの強さと、そして何よりも企業や一般国民の向上への強い意欲とバイタリティによって、中国経済は再び安定成長の軌道に乗ったように見受けられる。中国は、グローバル・パワーに発展する過程にある地域大国だと自己認識しているが、確かに唯一の超大国候補として、地域と世界における存在感を日々増大させてゆくものと見てよいだろう。
 
3−2 中国の抱える深刻な問題
 しかし、そうはいっても、中国は、90年代半ばの頃のような二桁の爆発的な成長率は望み得ない。発展途上国であり、計画経済から市場経済への移行期にある中国は、外資を入れ、諸部門で大幅な規制緩和を行なうことによって経済を活性化してきた。その結果、恒常的な物不足が続いた「不足の経済」は解消されたが、インフレ収束を目指した引締め措置が効きすぎたこともあって、90年代後半からは一転してデフレ状況に陥った。不良債権が累積し、その処理は財政のツケに回された。その後の国債発行への依存の深まり、構造調整のむずかしさ、社会の老齢化の進行など、新世紀初頭に中国経済が直面する問題は日本経済のそれに似ている。経済成長に伴う環境問題や、地域や階層間の所得格差の拡大も、世紀の深まりとともにいよいよ深刻となることであろう。そして社会の多元化と意識の多様化とともに一党支配体制の抱える矛盾が深刻化し、当局は政治改革を迫られることとなるが、改革が「軟着陸」できるかどうかは必ずしも自明のことではない。目覚ましい経済成長の結果、中国国内ではナショナリズムの高まりが見られ、当局は国民統合の求心力としてこれを活用する方針だが、対応を誤らずにそれをうまく統制していくのは決して容易なことではない。
 
3−3 中国の多面性
 中国の実像は複雑で多面的である。中国は、各国の総合国力の角逐が日増しに激しくなっているという国際情勢認識の下、ゆっくりとしかし着実に軍事力の近代化をはかる一方で、はやく経済発展を遂げて先進工業国に追いつくために平和な国際環境を確保することを外交政策の重要な柱としている。建前の上では社会主義を標榜し、政治体制としては共産党の一党独裁を堅持しているものの、経済成長のためには私有化を進め、権力基盤拡大のためには資本家の入党を認めるなど、極めて現実的で柔軟な側面を有する。実際、高度成長は続いており、産業集積地および市場として目覚しい発展を遂げる一方で、前項で見たように様々な成長のひずみが生じている。また、中国自身が複雑で多面的であると同時に、中国は東アジア地域にとってもアンヴィヴァレントな存在である。ASEANの国々にとって経済的に競合関係にある中国の「一人勝ち」は脅威となるが、同時に中国資本の受け入れ、一部産品の対中輸出についての期待もある。日本においても一部に経済的な中国脅威論が生じている。産業空洞化への対応が日本にとって喫緊の課題であることは間違いないが、中国の成長とともに日本の企業も発展しているのであり、日本が輸入する中国製品の多くは日系企業が製造したものである。東アジアのどの国にしても、中国の擡頭を活用することが有益であり、中国経済が混乱して政治不安が生じることこそ最悪のシナリオである。中国崩壊論、中国脅威論をいたずらに唱えることを慎み、中国の実像を把握することが必要である
 
3−4 中国の東アジア地域政策の転換
 ここ数年、中国は従前の政策を改め、東アジアにおける地域協力の枠組み整備に俄然積極的になっており、なかでも地域的な自由貿易協定の締結に熱心である。その要因としては、アジア金融危機を経て経済安全保障についての理解を深め、グローバル化に対するヘッジとして地域協力の必要を認めたこと、90年代の高度成長により、また日本の経済停滞により多国間交渉に臨む自信をつけたことなどがあるが、それらに加えて、東アジア諸国に発生した中国脅威論に対処する必要を認めたこともある。つまり、中国は、経済発展のために平和な国際環境を確保し各国との協調関係を維持・発展させようとするものの、実際に「独り勝ち」の形で成長を遂げると中国を脅威と感じる声が周辺諸国民の間から出てしまうというジレンマを抱えている。そこで、中国の成長という「資産」から皆が受益できるように、「ウィン・ウィン」を実現する多国間枠組みを形成することによる孤立の回避が図られている。ここ数年、融和的な対日政策が採られてきたのも、東アジアの地域協力推進のためには日中提携が不可欠だとの認識による中国の姿勢転換が一つの動因となり、東アジアに経済的な共同体を形成するという大きな方向については地域的なコンセンサスが醸成されつつある
 
3−5 米中関係に関する中国国内の意見の多様性
 中国が一党支配体制であることもあって、実は中国の国論が決して一枚岩ではなく、多くの問題につき多くの意見が存在することがともすれば忘れられがちである。しかし、実際には、タカ派もいればハト派もいる。我々にとって重要なことは、このあたりまえの事実を忘れず、中国国内の政策論争の中で、国際社会との協調をより重視する勢力を間接的にサポートするよう努めることである。中国の外交政策において対米関係の安定はきわめて重要である。しかし、中国は対米関係と対東アジア関係においてかならずしも一貫した立場をもっているわけではない。中国は「戦略的ライバル」として時に厳しい対中姿勢を示す米国との均衡を図るために、ときに米国を排除し東アジアに限定した地域協力を進めようとする。しかし、米日の統計によれば2001年の米中貿易額は日中貿易額の1.4倍に達しているそのため中国は、ときには中国も含んだ東アジア諸国と米国と緊密な相互依存関係に鑑み、米国を含む地域協力の枠組みを重視しようとする。したがって、中国はこれからも、米国との勢力均衡と協調を同時に追求し、米国除外と米国容認の二つの地域主義を使い分けると考えられる
 
3−6 「アジアの中の中国」を実現するための日本の役割
 グローバルな国際協調とアジアの融和を同時に追求する上で、その一つの重要な鍵は、中国を東アジア共同体の信頼できるメンバーとして取り込むことである。これはもちろん中国を含むすべての東アジアの国々の共同作業となる。しかし、韓国あるいは東南アジアの国々がこの問題について日本のイニシアチブを期待していることもまた事実である。日本は、地域全体における多国間協力の気運の高まりを好機とし、一日も早く内向きの心理を払拭して行動に出なければならない。また東南アジアの華僑、華人の中国理解には深いものがあるが、中国に対する総合的な理解の幅と厚みという点では東アジアで日本の右に出る国はない。日本の役割の一つとして、われわれは、中国の実像を正確にとらえ、それを東アジアの人たちと共有することが重要である。また、日中間では市民レベルの交流も比較的盛んであり、2001年に中国との協力・交流に従事した日本のNGOの数は988に達した。なかでも、97団体が従事する緑化活動への協力は中国側からも高い評価を得ている。東アジアにおいては、経済統合を促進し、また経済統合に支えられる、安全保障対話、市民対話、そして学術対話がなお不足しているが、日本は様々のレベルにおいて中国とアジアの対話の促進に努めることを自らの役割とすべきだろう。







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