白石 隆(議長) 他にどなたかございますか。
遠藤 浩(拓殖大学日本文化研究所客員教授) 私は、ワッタナヤゴーン先生がご指摘になったことに大変共感しました。中でも、アメリカや中国のごとき戦略ゲームを進めない「ミドル・パワー」とはいえ、日本にはやはり地政学的、戦略的な取り組みが必要ではないかというご指摘には全く同感です。
「ミドル・パワー」というコンセプトを前面に掲げることには当然メリットもあるでしょう。それはつまり、日本がアメリカや中国のように軍事力と経済力を一体化させてみずからの国益を追求するような国家ではなくて、他国との協調の中でみずからの国益を追求する国家だという意味においてです。そのコンセプトの一つの表現が「ミドル・パワー」であるとするならば、一定の意味もあると思いますが、同時に、しかしそれは日本は自国の国益とか安全保障の追求に当たって戦略性を放棄するということであってはならない。地政学的条件というものを十分に勘案した上で、自国の安全と、言わずもがなのことでもありますが、自国民の生命の安全と国家の名誉、国益と国富と領土の保全、こういったことに日本が自国の能力と責任を傾注して、はじめて普通の国家として国家の生存を維持することが可能になる。そのためには当然のことながら地政学的発想も必要でありますし、戦略的視点は欠くべからざるものであるわけで、その意味でこのミドル・パワーというコンセプトを押し出すことには積極的に評価すべき点と、戦略や地政学的視点を軽視するという点で思わぬ落とし穴があるということは申し上げておいた方がいいような気がいたします。
麻川黙雷(詩人) 私はパニタンさんと張さんにお訊きしたい。お二方とも従来どおりの日本単独でいくことについては懸念材料になると、指摘なさいました。日本が他地域と統合化してほしい、東アジアと統合化してほしいと。その点、統合化をはばむ日本内部事情と打開の道は何か?外部からは、よくお見通しだと思いますので、もっとわかり易く親切に内政まで踏み込んで忌憚のないお話をいただけたら有り難いです。内部に住む私にはよく見えませんので。
鵜野公郎(慶應義塾大学教授) 東アジアという切り方のために答えがそこで出てしまったのではないかというふうにも言えるのではないかと思います。そこの大きな看板、あるいは冊子のタイトルですと、「アジアとの対話」ということになっておりますけれども、今日立てられている議論というのは、東アジアでありますから、イシューも決まってくるし、参加者といいますかプレーヤーも決まってくるのだろうと思います。ですから、東アジアの中で問題を解こうとするときの答えと違った観点から見たらどうなるか。つまり、国際的なガバナンスの上で日本がどういう役割を果たせるかといいますと、大西洋国家としてのアメリカじゃなくて、太平洋国家としてのアメリカもあるし、オーストラリアもあると。それから、ロシアも中国とエネルギーで補完関係を増大しようとしている。また、アセアンも周辺国を巻き込んで、従来の発足時のアセアンとは随分違った姿形になっているだろうと。パキスタン、あるいはインドというような地域もございます。それから、中央アジア産油国、これも日本の影響力の外ですけれども、しかし、国際社会のガバナンスということを考えますと、成長する中国も日本もアメリカも西ヨーロッパもみんな中東原油に頼らざるを得ないということを考えますと、やはり考えなければならない要因ではないかと思います。
ですから、日本がヘゲモニーを握るとか、世界的にドミナンスな力を持っているという意味ではなくて、オープンなプラットフォームを準備する、そういう意味で、東アジアという切り方でよろしいのかどうかと考えます。国際社会のガバナンスという立場でこれをもう1回照らし直してみる必要もあるのではないかと思います。ありがとうございます。
坂本正弘(元中央大学教授) ミドル・パワーというお言葉ですけれども、日本は明治以来、急激に発展して5大国の一つになって戦争した。そして敗戦国になった後、非常に自分自身をある意味ではシュミレーティブに考えていたという時代、さらに憲法によって非常に縛られているという時代、そういうものに対して経済の方は非常に発展したと。そういう明治以来、ある意味で大国の影を引きずり、ある意味でしかし敗戦国の後遺症を背負っていると、そういうものを清算するという意味で非常におもしろい考えじゃないかと思います。それは、このミドル・パワーに関しては韓国の方とタイの方、あるいは中国の方、非常に差があったと思います。どちらかというとタイの方は好意的にとっていただいたんじゃないかと思いますが、その意味は、私が思うには、日本はちゃんと国際的な義務を果たすと。ミドル・パワーというのは、今もどなたかおっしゃいましたけれども、決して国際的義務を逃げるんじゃなくてちゃんと果たすと。そのためにはおそらく憲法を改正する必要が最終的にあると私は思います。でも、この議論をすると終わらないので、それは止めますけれども、そういう自分をもう一遍見直すということが、やはりミドル・パワーの一番中核的な話ではないかと思います。
それから、白石先生が3つの流れをおっしゃったのは大変おもしろいと思います。ただ、正直言うと、このほかにヨーロッパ化というのがあったのではないかと思うんです。このヨーロッパ化が意外とアジアのフラグメンテーション、つまり植民地ということで東南アジア、あるいはアジアというのはみんな本国と結びついていて行われていたと。ですから、フラグメンテーションというのがアジアにおけるアイデンティティの形成というのを非常に難しくしている植民地支配というのは大体100年ぐらい続いているわけですから、そういう意味があるのではないかと思います。
それとの流れで、今、鵜野先生がおっしゃったのですけれども、アジアというのを狭く解釈するのではなくて、ここにアメリカ化というのが入っていますけれども、アメリカを除いた考えかというのは、アメリカはアジアにいるわけですので、その点をもっと強く考えてもいいんじゃないか。特に、アメリカは今、大きな変化にあります。新しい世界戦略を出して、これは添谷先生がちょっと触れられた点ですけれども、アメリカの世界戦略というのがどういうふうになるのかということを十分考慮する必要があると思います。以上です。
白石 隆(議長) それではこちらから吉田さん、長谷川さん、田中さんの順にお願いします。
吉田春樹(吉田経済産業ラボ代表取締役) 今日の主催者の日本国際フォーラムの副政策委員長をしております吉田と申します。今日のテーマは「アジアとの対話」と書いてありますが、お話の中身はすべて東アジアでございまして、メンバーも東アジア中心ということのようなのですが、なぜ東アジアなのかと考えてみますと、やはり10年間の経済発展、特に物作りの分野、世界の生産基地と言われる、これがまさにアセアン+3、あるいは台湾ということを考えますと、香港も一つに数えて、アセアン+5という形だと思います。こういう集まりの中で、私ども今、日本国際フォーラムの中で、議論していますのは、この東アジアの中に1つの経済共同体を作ったらどうかという考え方でありまして、この研究会を進めていまして、できれば夏ごろまでに提言をしたいと考えているわけなんです。
そこで、現実の動きとしては、ご承知のように、中国を中心にしましてアセアンとのFTAが動いていますし、一方、日本もようやく近年、FTAということに対して積極的な関心を持ち始めました。シンガポールとは既にできておりますけれども、韓国とも話し合いをし、その他のアセアン諸国とも話し合いをしていると、こういうことです。私どもはやはり東アジアということを考えたときに、これは一つの形で何かコンセプトをつくる、幅広く経済協力関係をつくっていくことが大事ではないかと考えております。その辺をどういうふうに皆さん、ご評価されるか。
それからもう一つ、今、申し上げた考え方の中で、日本はやはり経済大国であると思いますけれども、経済大国であり、技術も進歩している日本が、ある程度イニシアチブをとるというか、積極的に関係していく必要があると考えていますけれども、そのことが先ほどからのミドル・パワー外交という見方から見て、どういう評価を受けるのか。これは白石先生、添谷先生にもお伺いしたいと思いますし、アセアンの方、あるいは韓国、中国の方のご意見も伺いたいと思います。
長谷川和年(日・豪・ニュージーランド協会会長) 私は先ほどの添谷先生の基調報告に全く同感でございます。そういうことならば話をする必要がないんですけれども、私、思うに、日本は現在、東アジアにおいて、そのときどきの状況に応じてできる限りの貢献を行っている、またはやっていく意図を持っているわけです。先ほど、メジャー・パワー、ミドル・パワー、大国、中国という話も出ましたけれども、私はかつて外務省にいましたけれども、日本の政策決定者の中にそういったことを考えている人は誰もいない、そういう意識が全然ないんです。私は、やっぱり東アジアの一国としてできる限りの努力をし、協力をするというのは日本の方針だと思います。
具体例を見てみますと、例えばAPEC、あるいはアセアン+3、あるいはARFです。それから、アジア欧州会議(ASEM)、こういうところで日本がリーダーシップ、主導的な立場をとろうとしたことはないと思います。ということは、我々にそういう意識がないからです。その点はご出席の韓国、あるいは中国の方にご安心いただきたいと思います。中国の張先生がさっきおっしゃったんですが、日本はG8のメンバーであると。あるいは防衛予算が増えて軍事大国化するという心配もあるとおっしゃったのですが、日本の防衛予算は確かに数字は大きいんですが、半分を超える額が糧食人件費なんです。糧食人件費とは給与だとか食事などです。実際の正面装備は20%ぐらいなんです。それから、もっと重要なことは、日本の自衛隊の方はそういった意図は全くないということです。
実は、かつて韓国から新聞記者の方が2人来まして、北海道へ行って自衛隊を視察したんです。帰ってきて、私にちょっと言いたいことがあるということで会いしましたら、日本はこんなことで自国の防衛ができるのかと私を詰問するわけです。自分たちは日本は軍事大国と思っていたけど、全然逆だ。その理由は、北海道で、自衛隊員の宿舎を見る機会があった。そうしたら独身の隊員の宿舎には女性の裸の写真が張ってあった。こんなことでどうして国の防衛ができるのか。それから、結婚している人は、マイカーで基地の外から通ってくる、こんなことで国の防衛なんかできないじゃないですかと、実際そういうことなんです。ぜひ、張先生もその点はよくご理解いただきたいと思います。
田中靖政(学習院大学名誉教授) 学習院大学の田中です。私は政治心理学者ですので、ミクロの立場から1点、2点、感想を申し上げてみたいと思います。日本がミドル・パワーであるかどうかということも政治学的には大変大事なんですが、それよりも、まず日本が非常にユニーク・パワーであるということの認識からスタートしたほうがよろしいのではないかと思います。どういう意味でユニークかというと、これはやっぱり第二次世界大戦の歴史的文脈の中で、日本の立場を遡って考えねばなりません。その上で日本がどのような意味でユニークだったかをもう少しはっきりさせる義務が日本人にはあるのではないか、こういうふうに思うわけです。
最近、アメリカは「枢軸」という言葉を非常に好んで使いますが、「悪の枢軸」という言葉が使われていますけれども、私の世代で「枢軸」というと、「枢軸国」と、「連合国」との2つに世界が分かれていたその時代から「枢軸」という言葉があって、我々の世代の日本は「枢軸国」であり、日本人は誇りを持って「枢軸」という言葉を使っていました。もちろん「枢軸」は日独伊の三国で、米英仏中露の「連合国」から見れば「悪の枢軸」だったわけです。これが現在では、一方では日本の軍事力の増強が脅威感を他の国々に与え、それからまた靖国問題というものが生じている。こういう歴史的な経緯を、現在の日本人は知らない。先ほど来のお話で、日本の自衛隊が果たして戦う意思を十分に持っているかどうかということも、外から見るだけではよくわからない。したがって、日本の自衛隊は、各国のカウンターパートとの間のもう少し現実的かつ実質的な交流の機会を増して相互に人的交流を行ない、そして日本の国内の透明性を増しながら、外からも日本の実態を理解してもらいたい。
それからもう一つ、過去にこだわるばかりでは能がないので、これからどうするか。やはり東アジア諸国を初め、中国、ロシア、アメリカという環太平洋地域の核兵器国を含めて、そういう国々を含めて共通の利害関係は何かということを話し合いながら決めていく。例えば、ABC兵器を持ったテロリズムにどう対処するのかに関して協調する制度的取り決めを考えるあるいは、経済発展のためにどう役割分担をするのか。あるいは、台風、地震、津波などの自然災害に対してどのような協力体制を作り、日本がどのような役割を果たすのか。建設的なプロジェクトに対して、日本が積極的に貢献することによって、ユニークなパワーである日本ならではの貢献を具体的にいくことが21世紀の日本の日差すところではないか。少なくとも、心理学的には日本国民の意識をそういうふうに内向的なものから外向的なものに改造していく必要があるだろう、こんなように私は思います。以上です。どうもありがとうございました。
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