4. コメントC:張 蘊嶺(中国社会科学院アジア太平洋研究所所長)
張 蘊嶺 最初に主催者の方々に対し感謝申し上げたいと思います。今回の第Iセッションは「日本の自画像」というのがテーマになっております。この焦点としましては、新しい日本のミドル・パワー外交、日本のミドル・パワーとしての役割ということだと思いますけれども、まず、外から見た日本の自画像、特に中国が日本をどういうふうに見ているかということについて申し述べたいと思います。
はじめに、中国は日本を経済大国として見ております。GDPがどうあれ、技術、巨大企業、あるいは経済的な富、どういう面で見てもそうだと言えます。特に、やはり中国にとって日本は極めて重要な市場であるということ、そして経済統合が日中両国の間で進んでいるということがあります。現在のところ、確かに日本の景気は問題な状況ではありますけれども、しかし、やはり日本の能力、日本の今後の回復を過小評価するということは危険です。しかしながら、中国側にとって、日本は大国であるという点がやはりあります。それから、日本は政治大国でもあります。また、それに関連して、アメリカは軍事超大国でありますけれども、日本は軍事大国でもあります。そしてまた、例えば日本はG8のメンバーである。また、日本は国連安保理の常任理事国になりたいと思っている。加えて、日本は非常に軍事的に増強しつつあります。そういう状況があります
そこで、日本がどういうふうにミドル・パワー政策を推進するかということになりますけれども、添谷先生は2つの前提をおっしゃいました。1つは、米国との同盟関係、日本はこれしか道がない。この構造をほとんど変えることができないという点。それから2つ目にアジア太平洋においては中国やアメリカとの競争があるということ。そういう中で日本は他の国と第3の勢力として組んでいくということです。こういう分け方はおそらく私は間違っているのではないかと考えます。しかしながら、中国の見方からしますと、日本は政治的に距離が遠いメンバーである。日本は中国の台頭を怖がっている。そしてまた、歴史からして中国が日本の政治になかなか近くなれないでいる。私は日本の政治という言葉を申し上げましたけれども、中国は歴史については単なるおわびではなく、歴史を認識してもらいたいと、望んでいるわけです。それから、また、中国にとって、日本の政治勢力というのが非常に影響力が強い。しかし、中国人の中で中国の将来にとって日本がほんとうに脅威だと感じている人はあまりおりません。したがって、いろいろと意見はあるわけです。中国の目からしましても、どういうふうに日本を見るかということについては、単純な言葉で表すことはできないという状況です。それからまた日本が移行期にあるということです。今後、どういう方向に進むのか、どういうふうな国に日本が今後なっていくのかということが現在のところはまだはっきりしていません。
それでは、具体的にこの報告書についてコメントさせていただきたいと思います。まずこのミドル・パワー外交ということでありますけれども、私が先ほど申しましたように、今までの方もおっしゃいましたように、やはりコンセンサスが必要です。本当にこれが政策になるべきかどうか、本当に国民が受け入れているのかどうか。これは国内、国外両方においてそうです。ですから、私の意見ですと、これは少なくとも現実を反映したものではないと思います。大国というのは規模的にも力も、それからまた影響力としても大きい、そしてまた責任も大きい、そういうふうに見られるわけです。このミドル・パワー外交、この報告を読みますと、どうも中国人にとっては、この報告書としては日本を中国とは違う地域で、違うものにするということを意図されているのではないかと思います。第3勢力のふりをするということではないでしょうか。しかし、この地域における本当の構造というのはそういうものではありません。これがまず第1点です。
それから、日米軍事同盟につきましては、これは中国、日本でも分かっていると思いますけれども、日本というのは継続的な形で日米の軍事同盟に非常に安全保障上依存しているわけでありますが、しかし、それでも日本が別にアメリカの戦略をすべて支持するということではありません。また、アメリカとの同盟関係だけでもありません。アメリカは覇権的な戦略を世界で持っているわけです。そして、アメリカのみが世界の超大国です。グローバルな戦略、グローバルな関心を持っております。ですから、アメリカとの同盟関係というのは、ほとんどのところ、二国間の観点での日本の関心事項です。将来もそうでしょう。地域にとってもそうだと思います。したがって、この地域における日本独自の声をこれから高めていくべきでしょう。しかし、そうはいっても日米の軍事同盟が将来の地域安全保障の鍵、中核ということではないでしょう。日米同盟のみが日本の安全保障、将来に対応するわけではない。あるいはまた地域の安全保障に対応することができるわけではありません。ですから、これは当然、これからのセッションでも話し合いがあるものと思います。
米中に挟まれた日本ということにつきましては、先ほども申しましたけれども、日本は米中のこの地域における競争の中に入りたいということに私はどうも異論があります。アメリカの東アジアについての見方は、アメリカと東アジアの関係の中から考えられるわけですけれども、日本の立場はユニークです。緊密な関係をアメリカと保つ、そして東アジアとの統合を図る、この両面があるわけです。この報告書に書かれているように、アメリカと中国の間で揺れ動くということではないと思います。もう既に同盟関係がアメリカと日本の間に存在しています。より安定した均衡のとれた構造にするためには、東アジアを地域的な構造にしていくということ。
それからまた、日米が主要な中核としての役割を果たすよりも、より均衡のとれた太平洋の関係を構築するということが重要です。以上です。
5. 自由討論:出席者全員
白石 隆(議長) どうもありがとうございます。それでは、早速、自由討論に入りたいと思います。自由討論では、コメントあるいは質問はできる限り短くしていただいて、2分たつと一度ベルが鳴りまして、3分でまた鳴り、それ以降は1分ごとにベルが鳴ります。まず添谷さんから簡単にリアクションをいただきまして、その後、自由討論に入りたいと思います。
添谷芳秀 申しわけございません。ありがとうございます。コメンテーターの方、貴重なご意見、大変ありがとうございました。それから、1時間フルに皆様方との議論の時間がございますので、内容的なことはまた後でいろいろ学ばせていただきたいと思うのですが、最初にこれからの議論のためという関心から1点だけ申し上げさせていただきたい。免罪符をまくような感じになりますが、私自身はミドル・パワーという言葉はレポートでは使わない方がいいのではないかと、実は我々のスタディグループで申し上げました。ただし、白石先生をはじめ、強力なサポートで、いや、ぜひ使おうと。このぐらい爆弾を落とさないとこの議論はおもしろくないということで、それでこの言葉を使うことになったのです。私がなぜそれを躊躇したかといいますと、日本がミドル・パワーかどうかというところで議論が進んでしまいますと、これはもちろん私の意図でも真意でも関心でもございませんし、無責任な言い方ですけれども、どっちでもいいんです。別に大国かミドル・パワーかというような定義は、これは定義によってはどんな議論でもできるわけです。
ただ、ミドル・パワー外交という言い方で少し問題提起をさせていただきたいと思ったのは、日本が大国という議論をする場合も、経済大国であることは間違いないわけです。ただ、軍事大国かどうかというのは、これは軍事費が世界で2位だから大国だと言う人もおりますし、我々からいえば、やはりそれよりも軍事力というのは手段であって、それを使う政策フレームワークがどうなっているのかで安全保障政策は決まってくるわけですから、そういう言い方でアメリカや中国と一緒にされてもかなわないという気持ちもあるわけです。したがいまして、その議論はできたら避けて、外交の質の問題として日本がどのようなアジェンダをこれから追求すべきなのか。ここで我々が提言しているようなアジェンダをこれから日本が追求をしていく際に、その前提となる国際情勢はどうなのか。例えば、今、張先生がおっしゃったように、アジア太平洋のこれからを米中の戦略関係を基底に捉えるのは間違いだとおっしゃいましたけれども、私もそうかもしれないという気もいたします。ただ、やはり中国の、特にPLA(人民解放軍)などから発せられるメッセージ等を見ておりますと、やはりアメリカを長期的なターゲットとして見据えて、軍事戦略を考えているということもまだ現実だろうと思いますので、情勢の転換によってはその辺のスケルトンの構造が表面化をするということは、やはりまだあり得るのだろうと私は思っております。ただ、当面の現実がそれで動いていないということは全くおっしゃるとおりであって、だからこそこのようなアジェンダが意味を持ってくるという関連性もあろうかと思います。
もう一つ重要なのは、アメリカン・プライマシーというものをどう考えるのかというのは極めて重要なテーマで、それによって国際秩序が従来のものとは全く違うものになっている可能性も非常にあるわけです。そうしますと、ここでミドル・パワー外交のベースとしての日米安保というような規定の仕方自体もまた大きなコンテクストが変わってくるということも十二分にあるわけでありますので、そういう意味ではサブスタンスの議論、ここではミドル・パワー外交というようにとりあえず名づけましたけれども、そのことの趣旨というのは、やはりサブスタンスを議論するときの議論のきっかけになってくれればということでございました。そういう意味では、お三方のご議論というものはさまざまに示唆深いものがあったと思いますし、こういう切り口というのはアジアから見ると、日本を見るときの、中心的なフォーカスに依然としてなっております。アジアとの対話が実質的なものに入っていくという、そういうきっかけになれば、この言葉のささいな貢献といいますか、意味はあるのかなと思っております。ただ、繰り返しですけれども、外交のサブスタンスというところでのご議論をちょうだいできればいいのかなと思う次第であります。
白石 隆(議長) 今、添谷さんから、実は、ミドル・パワーという言葉を使うのは私の本意じゃなかったということが出ましたので、いや、使ったほうがいいと言ったほうからも、少し申し上げておきたいと思います。実は、1980年代から90年代、現在でもまだあると思いますけれども、日本の国内で、世界あるいは東アジアにおける日本の地位ということを議論するとき、日本というのはアメリカに次ぐ、少なくとも現在のエクスチェンジレートですとアメリカに次ぐ経済の規模を持っているということもあり、アメリカと張り合おうだとか、あるいは特に東アジアですと、アメリカと中国の戦略ゲームの中で、第3のパワーとしてプレーできるのではないかとか、そういう議論がいまだにあります。そうでなくて、もう日本というのはそういう力はないということを考えた上で日本の外交、あるいは世界及び東アジアにおける日本の地位ということを考えれば、我々がおそらくあまり意識せずに前提として持っているものを一度かなり意識的に見直してみる大きなきっかけになるんじゃないだろうかと思うのです。あらゆる議論にはアサンプションがありますけれども、どういうアサンプションのもとに我々は世界と東アジアにおける日本の地位ということを実は今まで考えてきたのだろうかと。それを考える上でミドル・パワーという概念を持ち出すというのは非常に有用じゃないかというのが、実は私の趣旨でございました。
ですから、先ほど添谷さんも言っておられましたけれども、パワーであるとかミドル・パワーというのはいろいろな形で定義できまして、そういう定義に照らしてみて、日本はミドル・パワーであるだとかないだとか、あまりそういうこと自身、私も考えておりません。そうではなくて、我々が21世紀に世界と東アジアの中でどういう位置を占め、どういう役割を果たしていくといいのだろうか、それはもちろん日本の国民にとっても、東アジアの人たちにとっても、世界にとってもいいのだろうか、ということを考えるアサンプションをどう考えるのだろうか、というのがポイントでございます。
これだけ申し上げて、それでは、今からすぐに自由討論に入りたいと思います。どなたからでもよろしくお願いいたします。発言したい方はネームを立てていただければ幸いです。ではどうぞ、木下さんから。
木下俊彦(早稲田大学教授) ありがとうございます。添谷さんのレポートについては、私は全面的に賛意を表するものであります。それについて2点だけ申し上げたいといます。
1つは、日本の現状、あるいは潜在的な力に対する韓国及び中国の理解に差があると思うんです。靖国問題については両国とも非常に強い反発をされていますけれども、一般的に日本の現状、力に対する認識の差があるそれは中国の方もおられますから微妙かもしれませんけれども、私の理解では、発展段階の差と報道の自由という、その差があるためではないか。韓国は非常に発展して、急速に民主化をして、その結果、国民がいろいろな意見を自由に持つということになったためにそういう差が出てきたのではないか。つまり、中国もいずれそうなっていくであろうということです。それから、中国では今、日本が非常に不況なので、ナショナリズムが高まっているのだ、小泉さんは靖国に行くんだという議論が非常に出ていると聞くわけですが、戦争前に不況があって、ナショナリズムが高まって、軍国主義化した時代と現在とは全く条件が違うわけです。農民が7割もいて、兵隊にしかなれなかった。あるいは、非常に国内の市場が狭くて、海外に市場を取ろうとしたという条件は今とは全く違うという、我々から言うと当たり前のことですけれども、意外とそれが理解されていない。こういうことをもっと理解してもらうように努力すべきだと。これが1点目です。
2点目は、日本人がすべきこととして、韓国人の対中感情というのが歴史及びその経済構造の差から、日本の対中感情と非常に違うというご指摘が先ほどありましたけれども、これは非常に重要なことだと思うんです。なぜ韓国では対中脅威論、あるいは産業空洞化論というのが日本より少ないのかということを我々はよく考えて対応すべきだと思います。以上です。
高瀬 保(青山学院大学客員研究員) 私は、GATT事務局に長くおりまして、そういう意味で昨日、このレポートを読んだときに、このレポートの目的は何だろうかと。今まで日本というのはいろいろはっきりと物を言わなかった。だから、何らかの政策を出さなければいかんのかという意味で読みましたけれども、今日の議論で聞いたところによると、ミドル・パワーという言葉自体が容易に近隣諸国にアクセプトされないということがわかったわけです。それは何故かというと、一つは、何かミドル・パワーということを主張することによって、どういう外交的な意図があるかということをもう少し報告書がはっきりさせなければいけない。だから、どういう外交的意図があるかということについて非常に疑いを持って見られたということがはっきりしたわけです。
それから、もう1つは、日本は国力に従って国際的な義務があります。日本は戦敗国ですから、その義務をいろいろ免除されてきた。それに乗って、何かこれからも主張しないで、大国としての義務を逃れようとしているんじゃないかという疑いを私も持ったわけです。ミドル・パワー・ネットワークを提案した意図は、大国としての義務を逃れるためではないか。というのは、私はGATTでいろいろ見てきたんですが、日本は非常に国際的にパッシブであって、ポジティブじゃなかったんです。だから、あまり提案が多くなかった。力はあるけれども、その義務を逃れようとしているのではないかという疑問を私自身も持ったんです。
今日の議論では、まず国内の世論を統一しろということを言われておりまして、私もミドル・パワー・ネットワークということについてはある程度は理解していても、ある面では反発するところもあります。それは第一に、日本が国力にふさわしい義務を国際的に果たしていないという事実から来るものです。どうもありがとうございました。
|