日本財団 図書館


1. 基調報告:添谷 芳秀(慶應義塾大学教授)
添谷芳秀 おはようございます。ただ今白石先生が全体のサマリーをしてくださって、私の議論の位置付けもちょうだいして、話が大変しやすくなりました。慶応義塾大学の添谷と申します。
 我々のプロジェクトの中で、この第Iセッションの位置付けは、アジアの政治システムの中での日本の位置付けです。日本というものを、あるいは日本外交というものをどのように捉えたらいいのかという、やや大胆な仮説的な議論ではございますが、一定の見方を提示させていただきたいと思います。
 日本の方々にはご説明申し上げるまでもなく、特に政治安全保障の領域において、アジアの中での日本の位置付けというものは議論することが非常に難しいわけです。これにはさまざまな理由がございますけれども、ここでご指摘をしたいのは、第1に日本の中で、日本人の間で、日本外交のイメージ、ひいては日本の自画像というものが確定していないということです。これは戦後の日本の展開をたどってみれば非常に明らかでありますが、この問題というのは日本の国論の分裂の重要な一側面であったわけです。右側に国家主義的な観点、視点というものを置いて、左側に戦後日本の平和主義に特徴的な観点というものを据えるとすれば、歴代日本政府の日米基軸路線というものは、いわば中庸路線としての意味合いを持ってきたという言い方ができるだろうと思います。したがいまして、中庸路線としての日米基軸路線というものは、どこからそれを見るかによって批判の視点、あるいは場合によってはイデオロギー的な立場というものが全く異なる。したがって、非常に奇妙な国内現象としては、世論調査その他で日米基軸路線に対する支持というものは確実に増えているわけですけれども、同時にその基軸路線に対するさまざまな欲求不満というものが存在している。その欲求不満というものは右と左の全くことなる政治的、その他の立場から起きると、そういう図式がずっと続いてきたわけです。
 それを乗り越えることの必要性というのがここで私がこれから申し上げたいことの基本的な問題意識でございます。特に朝鮮半島を中心に北東アジア情勢を語るときにしばしば言われる言い方として、東アジアの4大国という言い方があります。これはほとんど定着してしまっていて、学者もそういう言い方をするわけです。しかしながら、その4大国としてアメリカ、中国、ロシアに加えて日本を位置づけるという枠組み自体は、戦後の日本の実情を見てみると、やはりどこか実態にそぐわないといいますか、ずれているところがあるのではないかという思いも同時にするわけです。報告書でも書きましたように、戦後の日本外交というのは、大国外交に特徴的なユニラテラリズムというものは一切放棄してまいりました。それから、大国間のパワーポリティックスというものも極めて禁欲的に眺めてきたわけです。ここで言っておりますミドル・パワー外交というものは基本的にはそのような非常に大ざっぱな概念的な次元での認識であります。
 その現象を裏返しをすれば、日本外交が大国外交というレンズで見られてきたときというのは、日本の潜在力の議論としてされるというのが一つのパターンであって、必ずしも現実の日本外交を見て議論しているわけではない。そういうケースが非常に多かったと思います。それから、我々日本人が意識的にせよ、無意識にせよ、大国外交ということを語るときには、現状の日本外交に対する批判であるとか、意気込みを示すという意味合いが非常に強かったのだろうと思います。
 以上のような前提で我々がここで提言をさせていただきたいのは、日本外交が能力を発揮すべき領域というのは、むしろそういった伝統的なパワーポリティックスでなく、ここで我々の言うところのミドル・パワー・ネットワークとでも言うようなネットワークをアジア太平洋地域の中で築き上げていく、そういう領域における先駆的、先導的役割を果たすべきではないかという議論でございます。ただ、そうは申しましても、これはアメリカを中心とするシステムが国際社会の中の厳然たる事実であることは間違いがないわけで、それに対するアンチテーゼでは必ずしもないのだろうと思います。ここで重要なのは、アメリカ、それからここで議論しております、米中関係というのは究極的には2つの戦略的アクターとしての関係という重みを持っていると思います。しかしながら、日本には米中関係に単独の戦略をもって関与するという選択の余地はないということになります。
 したがいまして、やや結論的なことを誤解を恐れずに申し上げますれば、米中戦略関係の安定、不安定にかかわりなく、日本の戦略的なよりどころはやはり米国であり続けるという構図は変わらないのだろうと思います。やや逆説的ではありますけれども、アメリカとの等距離イメージというものが強くなればなるほど、実は日本の対米自主性というものは制約されるという力学が戦後の日米関係にはあるという側面に思いを至らさざるを得ません。報告の中では触れておりませんけれども、例えば最近のイラク情勢ということを例にとってみますと、ヨーロッパにおけるフランスやドイツの、いわば独自外交というものが最近目につくわけです。それとの関連において日本外交の主体性のなさというもの、対米関係における主体性のなさというものを議論する声が非常に大きくなっております。
 その議論自体は私は間違いではないと思うわけですが、ただ、ここでヨーロッパと日本で重要な違いはどこにあるかといえば、一つはヨーロッパには戦後これまで培ってきた多国間外交の場があるわけです。つまり、別の言い方をすれば、アメリカのユニラテラリズムに対するオールタナティブを持っているということ。日本に果たしてそれがあるかと自問をすれば、残念ながらないと言わざるを得ない。それから、フランスやドイツの場合は、これまでヨーロッパにおける地域的安全保障に積極的に関与してきた実績があります。しばしば日本と比較をされるドイツであっても、シュレーダー首相が今回のアメリカに異議を唱える際に、「我々はこれまでコソボその他で難しい局面で最大限の努力をしてきた。協力をしてきた。部隊も派遣をしてきた。そういう実績があるからこういうことが言えるんだ」という趣旨のことを発言したことがございますけれども、果たして日本がカンボジアの実績を持ち出して同じことが言えるかといえば、これは言えないわけです。
 実際に戦争というシナリオが現実のものになってしまった場合に、例えば国連決議が通れば、これはドイツといえどもおそらく何らかの貢献をすることはほぼ間違いがない。フランスにおいても全くそうだろうと思います。つまり、最終的なシナリオにおける対米協調行動のベースというものは、やはりヨーロッパにはあるわけです。その前提の上での異議申し立てということが国際的に大きな意味を持っているわけでありまして、翻って日本の議論を見てみますと、大体その異議申し立てで終わっている。では、オールタナティブのところで実際何ができるのかというときに、あまり球を持っていないわけです。そうしますと、アメリカ側が耳を傾けるということのインセンティブといいますか、基本的な条件がそこにはないということになる。そのような条件の違いというものを見てみますと、イラクの情勢に関しては日本はヨーロッパとの多角的な連携外交というものをもっと意図的に展開すべきだというのが私の持論でございますが、それもしないままにアメリカヘの不信感だけを唱えているというのは、かえって日本の対米主体性を損なうという状況を自ら招いているという逆説的状況を日本人が作ってしまっているということがあるのだろうと思うわけです。
 そういった問題意識が、イラク情勢で横道にそれましたけれども、これからの議論の背景にもございます。日本が自画像を確定するということは、日米関係での基本的なスタンスを定めるということと密接に関係があるわけですが、これと同時に日本が東アジア諸国と対等な目線で対話を行う上での基礎でもあるということだろうと思います。そのような日本の外交アジェンダにとって最も重要な対話の相手国というものは、お隣の韓国だろう。韓国ではご承知のように、日本を大国というレンズで見ることはもうほとんど体質となってしまっております。その結果、朝鮮半島の統一後のシナリオを議論するときに、最もあり得るシナリオとして、日中の伝統的な勢力争いというものが再び復活をすると、そういう議論をよく韓国の専門家はします。韓国が朝鮮半島の統一後も米軍の駐留が引き続き重要だという議論を、現在の金大中大統領をはじめ多くの方がしているわけですが、そのときの最も重要な理由が、まさに統一後の日中のライバル関係の復活ということです。
 しかしながら、日本から見ましても、朝鮮半島の統一後に在日米軍の一定のプレゼンスを確保するということは私は引き続き重要な課題になるだろうと思います。しかしながら、そこでの論理は、これはアジア太平洋の平和と安定という、いわば今日の大義名分とそう大きくは変わらない。しかしながら、そこにおける日本の日米安保の重要性の論理というものは、先ほど紹介いたしました韓国の在韓米軍の重要性の論理と本質的にすれ違っているわけです。このすれ違いの構図というものはやはり放置すべきではない。それを埋めるための韓国との真剣な政治安全保障対話というものは、今日から非常に大規模に始めるべきテーマであろうと思われます。
 それから、中国に対する日本と韓国の見方のギャップというものも注意をすべきことだろうと思います。韓国の人たちは、一部の国際政治専門家を除いて、東アジアにおける中国の将来動向を懸念するという見方はほとんど存在しません。それどころか、現在の東アジア政策を展開する際に、中国の存在を起点にして韓国の対応を割り出すという傾向すら見てとれます。しかし日本では、おそらく中国警戒論というものが実態以上に誇張されているという現実があろうかと思います。そこでの日本と韓国のギャップというものも、これもアジアの政治システムを考えるときには非常に深刻な問題であろうと思います。
 朝鮮半島情勢、これから非常に状態が変化する可能性が高いわけですけれども、その際に日本外交がいわゆる大国外交のレンズで見られている限り、日本外交の真意も実像も伝わらないという危険性が非常に大きいわけです。日本にとりまして、アメリカや韓国との協調というのは、やはり朝鮮半島政策の基本だろうと思いますが、これは日本の外交戦術でも何でもなくて、日本外交の実像から来る本質的対応なのだということをあらゆる機会を通じた対話と交流で韓国の人たちに理解してもらう必要があるだろうと思うわけです。
 最後に東南アジアに関しまして、日本がアジア太平洋での多国間アプローチを実践する際のこれまでの最大のパートナーが東南アジアであったということはご承知のとおりかと
思います。東南アジアにおきましては、政治安全保障領域における日本の伝統的なステレオタイプというものはほぼ姿を消しつつあると申し上げてよろしいかと思います。日本が日米安保体制を通じてアジア太平洋の安定に貢献をしているということは、東南アジアでは基本的に歓迎をされております。その日本の実像というものをミドル・パワー外交と言うかどうかは別として、非常に概念的なレベルで東南アジアの人たちにとっての日本の存在というものが、ある程度居心地のいいものになりつつあるということは間違いないと思います。
 ちょっと私的な経験のご披露で恐縮ですが、日本とシンガポールの間での経済連携構想ができるプロセスのキックオフとして、99年12月にゴー・チョクトン・シンガポール首相が訪日しました。そのときにたまたま少人数の昼食会に招待をされる機会があって、いろいろな議論をさせていただいた経験があったのですが、そのときに、ジョージ・ヨーという貿易産業大臣がおりますが、ヨー大臣が、コンテクストはちょっと忘れましたけれども、米中の戦略的な関係のはざまにあって、日本とアセアンというものは協力をすべきだと、彼一流の言い方でバッファになるべきだという言い方までしたんですけれども、そのような発言をシンガポール側の大臣からなされたことがございました。
 それに対して、私は我が意を得たりと、本日申し上げているようなことをご披露したのですが、そのときに同席しておりました外務大臣が、それじゃあ日本が国連の常任理事国をねらっていることはどう説明するんだという、非常に鋭い質問をちょうだいいたしました。そこで私が申し上げさせていただいたのは、日本が常任理事国をねらうとはいっても、これは別にアメリカやロシアと肩を並べるということを意気込んでいるわけでも何でもない。おそらくフランスやイギリスの役割ほども果たせないというのが現実であろうということを申し上げさせていただいたのですが、同じようなことをあるとき、韓国の外務省の方と話をしているときに申し上げたら、非常にはっとしたような顔をして、それは非常に大事なポイントだということをおっしゃっていただいたことがございます。
 それはどういうことかといいますと、国連常任理事国を目指している日本というのは、アメリカやロシアと肩を並べたがっているんだというように受けとめるのがほぼ常識的な受けとめ方になってしまっているということなのだろうと思います。ただ、我々がその議論をするときに、決してそういうアジェンダは意識すらしていないわけです。そうしますと、常任理事国を目指す日本は何なのだということを突き詰めて考えていった場合に、やはり先ほど来申し上げました、例えばフランスやドイツのヨーロッパにおける外交のあり方等が、日本にとっては非常に重要なレファランスになるのだろうと思います。あえて申しますと、それをミドル・パワー外交と呼ぶか呼ばないかは全く別として、外交の質の問題を議論するとすれば、そういう構図の中に日本の位置づけというものができてくるのではないかと思うわけです。
 そのような視点に非常に慎重に配慮した上であれば、私は日本と東南アジアとの関係というものはアジア太平洋における多国間アプローチの実践の第一歩として非常に大きな意味合いがあると思います。その意味においては、小泉首相が昨年1月、シンガポールで政策演説をした際に提案をした内容というものはほぼそのコンセプトに沿った内容であったのだろうと私は解釈をしております。それを軸として、日本がアジア太平洋への多国間外交というものを、まさにネットワーク化していくというのがこの報告のイメージでございまして、ここで申し上げるミドル・パワー・ネットワークの形成という領域に中国が入ってくれるところはもちろんどんどん歓迎をするし、また、白石先生の報告にございましたネットワーク化に、日本化と中国化という2つの局面があるとすれば、その2つの局面を整合的に1つの地域化のネットワークに組み立てていくという作業の中に中国との重要な協力のアジェンダというものも実は潜んでいるということが申し上げられるだろうと思います。以上で第Iセッションの私の報告を終わらせていただきます。
白石 隆(議長) どうもありがとうございました。それでは、早速、金さんの方からコメントをお願いできますでしょうか。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION