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セッション4
デモクラティックコミュニティとしての教育環境とは?
 
ミムジー:この学校ではスタッフも子ども達も平等に一票の選挙権があります。選挙のことについてどれだけ理解しているか、また選挙する能力についての個人差はあると思いますが、基本的に平等な選挙権をもって投票できるということがデモクラティックコミニティであるということです。
 アメリカ合衆国はひじょうに歴史が浅い国です。その歴史の中で約17世紀から18世紀にかけてヨーロッパの人々が政治や宗教の自由を求めてアメリカにやってきて住み始め小さな町を作りました。彼らはそれぞれの町で法律を作り運営して行かなければならなかったのです。そこに所有地を持っている人々が、その町の委員会に属して選挙権を持って何かを決断するときの投票を行なっていました。女性は約百年前から選挙権を持てるようになりましたが、子どもたちはいまだに選挙権を持つことができません。
 町の会議はだいたい一年に一回とか定期的に行なわれたりする会議があり、そこで町の予算をどうするか、学校をどうするか、道をどういうふうにデザインするか、街路樹をどうデザインするかなどいろんなことについてその委員会で決めていきました。そういった町の政治の中ではいろんな意見の違いや人々の混乱が起きていたのですが、今私たちが民主的なコミュニティとしてやっている学校から見ると、町の政治というのは非常に違うなと思います。
 私の学校の会議では週に一回いろんな議題について話し合われます。そこでは参加している人がいろんな角度からその議題について考え、見通し、理解ができるようにとてもじっくり時間をかけて話し合われます。
 
Q:アメリカはそれぞれの町が独自の思想を持ち政治を行なっているのですか?
 
ミムジー:町自体で考え政治を行なっている部分もあるし、州や国に基づかざるを得ないところもあります。私が住んでいるニューイングランドという地域では学校や消防署、警察などは町のものであり、道路については州が作ったものもあれば町が作ったものもあります。そして、そこに所有地があったりする人々やそこでビジネスをしている人々は、町に税金を払わなければなりません。又、国税と州税もあり、州によって税金を払わなければならないところとその必要がないところがあります。町税は町によって税金の内容が違うので、住む町によって住みやすかったり住みにくかったりします。
 アメリカの国民は共通して自らの運命を開拓していく権利は自分にあるという深い感情を持っています。自分にとって何が幸せか自分で見つける権利があると深いところで信じているところがあります。みんながみんな成功するわけではないのですが、やってみる価値はあると思っているのです。
 日本の人々もまた他の国の人も国民としてはまるで政治家に言われたことだけやっているような感じがするかもしれません。しかし、私はそうではないと思います。今、現実としてコミュニティを作ろうとしている人や多くのホームスクーラー、フリースクールに通う子が生まれています。今の新しい世代の人達は、自らやりたいことをやる権利があると思い行動している人々を見て元気づけられていると思います。
 
Q:日本では何か新しいことをする人々は異端者として見られる傾向にありますが、デモクラティックスクールはアメリカの市民にどう受け取られていますか?
 
ミムジー:そういった誰も知らないことをやろうとする人間に対してのまわりからの視線というのはきっとどこの国でも同じだと思います。社会とはそういった新しいことをやる人やグループに対して抑圧をかけてくるものなのですが、ぶつかり合いになるので抵抗しないようにしなければなりません。
 
Q:「子どもが自らの好奇心から学びを始める」ということなら家でもできると思います。デモクラティックスクールとして子どもたちが集まってやっていくことの意義は何ですか?一つは「異年齢の子どもが入り混じり、お互い学び合えることだ」とダニエルが言っていました。他にもありますか?
 
ミムジー:確かに家庭でも好奇心からの学びはできます。しかし、家庭の中の人数を考えてみると、教師としてまた大人になるための模範としての人数としては不十分だと思います。そしていつも見ている大人像が親だと様々な大人がどういうふうな暮らしをしているのかを知ることなく大きくなってしまいます。人間の学びにとって非常に重要なのは自分より少し何かを知っている人をよく知るということと自分より少し何かを知らない人に教えるということで、自分にとって大きな学びにつながると思います。
 親子関係というのは精神的な依存関係を持ってしまいます。出産を通して精神的な依存関係にある流れがある以上、人間としての一対一の平等な親子関係といったものを結ぶことは不可能です。一方、他の大人との関係性は他の異年齢の子どもたちとの関係性に似ていますから、そういったものも子どもたちが自律していくのには確かに必要だと思います。社会性が育っていくと思います。
 
Q:その社会性というのはどういうことですか?
 
ミムジー:自分のような子ども達のグループに溶け込んでいくことは、そういうグループと関係性を持つということです。ですから問題なのは異年齢の子どもと関係を持てないことにあります。時と場合によりますが、そういう経験がないと大人になってから難しいでしょう。
 
Q:なぜ子どもは自由になるべきでしょうか?
 
ミムジー:今からずいぶん昔は狩りもしなければならなかったし、寒くなれば薪も割らなければならないし、いろいろやることがあって完壁に自由な時間を持てなかったと思います。それから歴史が変わり、皆が同じ物を学ばなければならないということになりました。そして産業時代に突入し今はそれも通用しなくなりました。これから求められる人間というのは様々な情報をより早く判断し、対応できる人間です。そして自由な人間というのはそういった状況の中で非常に創造的になり、あらゆることに対して柔軟に対応できるようになります。以前はそういう非常に狭い物の見方しかできませんでしたが、現在は非常に広い視野が持てる時代になったと思います。
 
Q:学校に行かないことを選択し、一番身近で現実的なホームスクーリングを選んだ子どもの自由と自律をサポートする親にアドバイスがあれば教えてください。
 
ミムジー:子どもに対する態度で重要なのは子どもを尊重することです。そしてあなた自身も子どもからの尊重というものを要求しなければならないでしょう。親の仕事は大変だということはよくわかります。
 
Q:ミムジーはご自分の子どもさんとの関係に努力されたことはありますか?
 
ミムジー:別にないです。母は私に「あなたは全然努力してないわね」と言うと思います。私自身は良い模範になるよう、子ども達が良い関係性を持ってくれるように努力したつもりですが・・・。私の母は娘がそうではないのに孫が健全に成長し、自立し大人になったことは大変な奇跡なのではないかと言っています。
 
Q:“尊重する”ということはどういうことですか?
 
ミムジー:.この国の人たちは大変礼儀もいいし、人間関係もいいいし、家もきれいにされているし、まさに尊重している国に見えます。そういうところで尊重という言葉が理解し難いということ自体が理解できません。
 子どもとは基本的にわがままだと思います。成長していくにつれて様々な人々と人関係性を結んでいく体験をすることによってわがままでなくなっていきます。“わがまま”という言葉でくくられるかもしれませんが、非常に“自主的”だという見方に変えてみたらそれは随分違った意味になると思います。“尊重”というのは他人が考えていることを自分のことのように扱うということではないでしょうか。
 
Q:子どもは学校を辞めてフリースクールに行くことが幸せだと感じ、学校を辞めてフリースクールに行きたいと言うのですが、親は子どもの幸せを考えてそんなところに行ったらだめだとか、我慢しないといけないとか言うのだと思います。子どもから見た幸せというものをちゃんと受け止めないで、親が考えた幸せを押しつけるのはおかしいのではないでしょうか?
 
ミムジー:子どもを親の思うとおりにすることが子どもが幸せになる方法だという考えはもう通用しなくなってきています。SVSのようなフリースクールを卒業した子どもに共通して言えることは、いろんな制約がある中でも最終的には自分自身で考え、判断し、最も満足する生き方をしているか、その主導権が本当に自分自身にあるか、そういう自分自身をコントロールする感覚というのを大人になってから必ず持っているということです。そういう感覚を持つことなしに大人になった人には全く理解できないことです。







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