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サンゴの移植に適する基盤
大久保奈弥
東京工業大学大学院
Appropriate artificial substrates for coral transplantation
N. Okubo
 
●はじめに
 造礁サンゴは有性生殖によって生まれたポリプが、ほぼ完成するとまもなく無性生殖により娘ポリプをつくり始め、それらが結合しあって群体をつくる。台風などによって折れたサンゴの一部が基盤に再び固着し、そこからポリプを増やしていることもよく見られる(Bothwell 1981)。このような性質を利用し、海外では1980年代、日本では1990年代から、サンゴ断片を大量に移植してサンゴ礁を修復しようとする事業が行われるようになった。
 移植を行うに当たり、移植した断片がいち早く基盤に固着することが、その後の損失率や成長率にとって大変重要と考えられる。しかし、移植に適する基盤に関しては、石炭灰コンクリートとコンクリートブロックで移植サンゴの固着率を比較した池田・岩尾(2001)の報告にとどまり、どのような基盤に固着し易いのかは判明していない。そこで本実験では、移植したサンゴ断片の各基盤への固着率と移植後の損失率等から、移植に適する基盤を推定した。
 
●材料と方法
 1999年8月15日、沖縄県慶良間列島阿嘉島のマジャノハマ、水深3−3.5mの地点において各種基盤の設置と移植を行った。移植の基盤には、当時幼生の着底実験に使用されていたフェライトコンクリートと素焼きのタイル、海中構築物によく利用されているコンクリートブロックと鉄、自然のサンゴ岩の5種類を用いた。フェライトと素焼きタイルには予め陸上で穴を開けておき、そこに釘を打ち込んで海中へ設置した。コンクリートブロックには作製する際にL字型金具と移植断片に添える釘を挿入しておき、そのまま硬化させた。その後、海中へ運搬し、L字型金具に空いた穴に釘を打って設置した。鉄の基盤には元々穴が空いていたので、隙間から釘を打ち込み設置した。サンゴ岩には釘を直接打ち付けた。全ての基盤において、移植断片を添える釘の長さは、海中に出ている部分を3分の2程度とした。
 1999年9月3日、枝状のスギノキミドリイシAcropora formosaの群体(約3×1.5m)から、先端部より10cmの長さの断片を計40本折り取った。各基盤には5cmの間隔でコンクリート釘を打ち、それに断片を添え、断片の下部から1cmのところをケーブルタイで固定した。移植後、各基盤における断片の損失率(=脱離により損失した断片数/全移植断片数)、固着率(=基盤に固着した断片数/全移植断片数)、枝長、堆積物量を測定した。
 
●結果
 各基盤における移植断片の損失率を図1に示す。移植後1ヶ月以内に台風が来襲したが、コンクリートブロックとフェライトコンクリートの基盤に移植した断片は損失しなかった。一方、サンゴ岩に移植した断片の4分の3は釘ごと抜け落ちていた。落ちた断片は基盤のすぐ傍で重なり合い、移植2年後には大きな群体に成長していた。素焼きの基盤では4分の1が、鉄の基盤では断片の半数が、釘ごと抜け落ちていた。全ての基盤において、ケーブルタイが原因で断片が釘から外れたものは無く、移植1ヵ月後には莢肉部がケーブルタイを覆っていた。
 各基盤における移植サンゴの固着率を表1に示す。移植2ヶ月後には、コンクリートブロックとフェライトコンクリートに移植した断片の約9割が固着していた。素焼きタイルとサンゴ岩では、断片の半数が固着していた。一方、鉄の基盤では29%しか固着しておらず、一旦固着した断片も基盤が錆びるにつれて剥がれてしまった。
 移植断片の枝長(図2)は、コンクリートブロックが一番長くなった。移植後1ヶ月間で基盤間に差が見られたが(Kruskal−Wallis test, p<0.05)、それ以降は見られなかった。移植後1ヶ月間に出芽した頂端ポリプ数(図3)に差は見られなかった(Kruskal−Wallis test, p>0.05)。移植8ヶ月後の観察では、各基盤に残っていた全ての断片は枝が伸びて接触しあい、融合していた。
 
図1. 各基盤における移植断片の損失率
 
図2. 各基盤における移植断片の成長
サンゴ岩に移植した断片は損失数が多いため削除。何かの原因で断片が削れて移植時よりも短くなった場合は、マイナス成長とした。
 
 移植1ヵ月後の観察では、素焼きの基盤に一番多くの藻類が付着していた。一方、コンクリートブロックとフェライトコンクリートにはほとんど付着していなかった。
 
表1. 各基盤における移植2ヶ月後の断片の固着率
(固着率)=(基盤に固着した断片数)/(全移植断片数)
基盤の材質 固着率(%)
コンクリート 88
フェライト 88
素焼き 50
サンゴ岩 50
29
 
 移植後2ヶ月間に溜まった堆積物の量(表2)は、素焼きの基盤が番多く、コンクリートはほとんどなかった。基盤間で堆積物粒子の大きさは異なっており、内訳(括弧内)を見てみると、素焼きの基盤は500μm−1mmと500μm未満が半々で、自然のサンゴ岩の基盤とほぼ同じであった。フェライトコンクリートとコンクリートではほとんどが500μm以下の堆積物であった。但し、基盤上の堆積物量と移植断片の固着率に相関は見られなかった。
 2000年6月、移植後初めての一斉産卵期には、コンクリートとフェライトコンクリートと素焼きの基盤に移植した断片の全てが産卵した。
 
●考察
 移植断片が損失した理由は全て、基盤から釘が抜け落ちたためである。作製時に釘を入れて硬化させたコンクリートの基盤では、移植直後の台風にも拘わらず、損失率は0%であった。一方、サンゴ岩では断片の損失率が75%と高く、サンゴ岩への釘の打ち込みが浅かったことが原因と考えられた。同じサイズの断片をサンゴ岩に移植した他の実験では、釘を半分以上打ち込んだため、断片の損失は見られなかった(大久保・大森 2000)。サンゴ岩はコンクリートに比べて柔らかく、台風等の物理的撹乱で、釘の周りが削れて自然と抜け落ちてしまうことがある。そのため、移植断片の固定に釘とケーブルタイを用いる場合、釘を基盤にしっかりと固定させることが一番重要であるため、水中ボンド等を利用して、釘と基盤を完全に接着させるのが良いだろう。
 
図3. 各基盤における移植断片の出芽数
サンゴ岩に移植した断片は損失数が多いため削除。
 
表2. 各基盤上の移植後2ヶ月間の堆積物量
単位はmg/cm2、( )内は%。部分的に穴の空いた鉄の基盤の堆積物量は測定不可のためデータ無し。
基盤の素材  堆積物の粒子の大きさ 合計
500μm未満 500μm−1mm 1mm以上
素焼き 0.94(48) 0.94(48) 0.07(3) 1.95
フェライト 0.94(94) 0.05(5) 0.01(1) 0.99
サンゴ岩 0.40(50) 0.40(50) 0(0) 0.79
コンクリート 0.04(100) 0(0) 0(0) 0.04
 
 移植断片の固着率が高かったのはコンクリートとフェライトコンクリートである。コンクリートと違い、フェライトコンクリートでは断片を移植するための釘を後から打ち込んだ。そのため、素焼きや鉄やサンゴ岩と同様、釘が基盤から外れ落ちる可能性があった。それにも拘わらず、フェライトコンクリートに移植した断片の損失率は低く、固着率はコンクリートと同様に高かった。池田・岩尾(2001)は、産業副産物である石炭灰をコンクリートに混ぜて移植基盤とし、A. formosaの10cm断片を本実験と同じ方法で移植した。その結果、固着率は通常のコンクリートに移植した断片とほとんど変わらなかった。これらの結果から、コンクリートを用いた基盤には、サンゴが固着しやすいのではないかと考えられる。
 移植後1ヶ月間の成長速度が高かったのは、コンクリートに移植した断片だった。他の基盤より固着率が高いので、波浪などで断片が揺り動かされること無く安定していたことが原因の一つかもしれない。
 卵母細胞を持っていない9月に移植した10cmの断片が産卵したのは、移植断片を植える間隔が短かったため、互いに融合して産卵可能な大きさの群体になったからだと考えられる。本実験と同じく、卵母細胞を持っていない8月に10cmの断片を移植し、断片が互いに融合せず、独立で成長した場合、次年度に産卵したものはなかった(大久保・大森2000、大久保ら2001)。また、同じドナー群体から採取した断片同士は成長して融合するため、波浪等の物理的撹乱に対しても頑丈な群体となる。そのため、断片間の間隔はある程度近いほうが良い。
 以上の結果から、本実験で用いた基盤の中ではコンクリートが最も移植に適すると考えられた。堆積物量が少なく、藻類も生えにくいことから、移植後の基盤への幼生加入を考えた上でも適するだろう。今後、どのような移植基盤を用いて事業を行うにしても、断片を基盤へしっかり固定することが、その後の損失率や生残率にとって一番重要である。
 
●謝辞
 本研究の費用の一部は阿嘉島臨海研究所によったことを付記し、保坂三郎理事長に感謝の意を表します。また、大森信所長と研究員の皆様に感謝致します。
 
●引用文献
Bothwell A. M. 1981. Fragmentation, a means of asexual reproduction and dispersal in the coral genus Acropora(Scleractinia:astrocoeniida)−a preliminary report. Proc. 4th Int. Coral Reef Symp. Manila. 2:137−144.
池田 穣・岩尾研二 2001. 石炭灰硬化体へのサンゴの移植.日本サンゴ礁学会第4回大会 講演要旨集、p.38.
大久保奈弥・大森信 2000. Acropora muricata(formosa)の最適移植方法。日本サンゴ礁学会第3回大会講演要旨集、P.18.
大久保奈弥・大森信 2001. 世界の造礁サンゴの移植レビュー.Galaxea, JCRS, 3:31−40.
大久保奈弥・大森信・本川達雄 2001. スギノキミドリイシAcropora muricata(formosa)の最適移植方法。日本サンゴ礁学会第4回大会講演要旨集、p.5.







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