座間味村におけるダイビングポイント閉鎖の効果と反省点
−「リーフチェック座間味村」の結果より−
谷口洋基
阿嘉島臨海研究所
Effect of closing resort diving stations at Zamami−son and unexpected negative effect of closing
−Result of the Reef Check Zamami−
H. Taniguchi
●はじめに
慶良間のサンゴ礁は世界でも有数の透明度と美しさを誇り、それに魅せられて毎年多くのダイバーが島を訪れる。そのため、人口1000人ほどの座間味村内だけでもダイビング事業者の数は40にのぼり、沖縄本島などからの海域利用を含めるとかなりの数のダイビング船とダイバーが座間味周辺の限られたエリアに集中する。そして特に人気の高いダイビングポイントでは1日に数百人のダイバーが利用することもあり、必然的にサンゴやその他のサンゴ礁生物に過剰なストレスがかかる結果となる。
座間味村周辺海域のダイビングポイントのうち、使用頻度の高いいくつかのポイントでは、ダイビングやボートのアンカリングによってサンゴ礁の状態の悪化が目立つという一部の意見を重くみた座間味村漁協は、1998年7月、座間味村周辺海域のダイビングポイントのうち、ニシハマ(阿嘉島の北東)、安室東(安室島の東)、安慶名敷ユダサンゴ(安慶名敷島の西)の3ポイント(図1)を、3年を目処に閉鎖し、漁業、ボートのアンカリングおよびスクーバダイビングを自粛することでサンゴ礁の回復を図ることを決定した。以降、ニシハマ、安室東および安慶名敷エダサンゴの3ポイントでは特別な場合を除き、漁業、ダイビングはほとんど行なわれなかった。
そして閉鎖から3年半後の2001年12月末、座間味村漁協はサンゴ礁の回復が確認されたニシハマを試験的に開放した。ただし、ニシハマのサンゴ礁保全のため、ダイビングポイントには船を係留するためのブイを設置することとした。これはアンカリングによる被害防止と一度に利用可能な船数を制限するのが目的であり、係留ブイの設置は座間味村漁協と村内のダイビング事業者が協力して行なった。
座間味村ではサンゴ礁保全の一環として、村内のダイバーによるリーフチェックを1998年から実施しており、ニシハマでもポイント閉鎖の翌年の1999年から毎年一回、同じポイントで継続して行なわれている。本稿では、このリーフチェックの調査結果を中心に、ダイビングポイント閉鎖によるサンゴ礁の保全の効果を考察するとともに、今回明らかになったポイント閉鎖の反省点について報告したい。
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図1. 1998年に閉鎖されたダイビングポイントの位置
A:ニシハマ、B:安室東、C:安慶名敷エダサンゴ
●リーフチェック調査
リーフチェックとは、1997年に誕生し、現在米国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)内にあるリーフチェック本部によって管理・運営されている世界規模のサンゴ礁調査で、その主な目的は世界各地のサンゴ礁の状態とそれに対する人的影響を把握し、サンゴ礁保全の意識を高めることにある。各チームは科学者とボランティアダイバーによって構成されるが、実際に調査を行なうのはボランティアのダイバーであり、科学者は調査方法の指導や得られたデータを信頼性のあるものとするためのチェック係りとして関わる。座間味村でのリーフチェックでは著者がこれまでチーム科学者として参加してきた。調査は、魚類、無脊椎動物および底質についてそれぞれ統一された方法で行なわれ、調査対象生物も定められている。リーフチェックは現在世界の60以上の国や領土で実施されており、2001年には日本国内でも17地点で調査が行なわれている(小笠原ら 2002)。
●ニシハマのサンゴ礁の変化
ニシハマにおけるリーフチェックは1999年9月より始まり、以降毎年9月または10月に水深3mの同じ場所で継続して実施されてきた。
実施の前年には大規模な白化現象が慶良間周辺でも観察されており、多くのサンゴが被害を受けた。リーフチェックの調査地点とは若干異なるが、阿嘉島臨海研究所による調査では、ニシハマは1998年の白化時に造礁サンゴの被度が36.6%あり、白化がほぼ終結したと思われる1999年2月の時点で被度33.9%となったことが確認されている。このことから、ニシハマにおいては1998年の白化の被害は比較的小さなもので、造礁サンゴ被度の大きな減少はなかったと言える。その後、1999年夏場の台風による被害でニシハマの造礁サンゴの群体数は減少したが、それでも残ったサンゴの成長により被度は逆に増加していた(谷口 2000)。
図2. ニシハマの造礁サンゴ被度の推移
調査は水深3mに等水深で引かれた100mのライン上に20mの調査区域を4本設定し、それぞれの調査区域で0.5mごとに目盛の真下にある底質を分類にそって記録していく点抽出法により行なった。ニシハマの閉鎖期間は1998年7月―2001年12月。 |
座間味村のダイバーらによるリーフチェックでは、1999年9月の時点でニシハマのサンゴ被度は28.8%あった。その後、2000年、2001年でそれぞれ40.6%、48.1%と毎年大幅な被度の増加が観察された(図2)。また、データとしては示さないが、1999年から2001年の間、ニシハマでは魚類および無脊椎動物の個体数も増加傾向にあった。前述したように、ニシハマでは調査開始前年の白化現象による被害が小さかったことを考慮すると、この造礁サンゴ被度の大幅な増加は白化の被害からの回復というよりも、保全の効果によるものと考えられる。阿嘉島臨海研究所がニシハマを含めた阿嘉島周辺4ヵ所で継続して行なっているモニタリング調査の結果でもニシハマのような造礁サンゴの被度の増加は、他の3地点ではみられていない。
しかし、2001年10月のリーフチェックでは、それ以前の2年間では0もしくは1個体しか確認されなかったオニヒトデが12個体も出現した(図3)。この時期はちょうど座間味村周辺でオニヒトデの大発生がみられ始めた時期であった。
図3. ニシハマ調査地点のオニヒトデ個体数の変化
水深3mに等水深で100mのラインを引き、ラインを中心とした幅5m×長さ20mのベルトを1つの調査区域とし、ラインに沿って4つの調査区域を設けた。オニヒトデの個体数は4つの調査区域内(計400m2)でみられたオニヒトデの個体数の合計を示す。 |
そして2001年12月、サンゴ礁の回復がみられたと判断されたニシハマは3年半の閉鎖期間の末、試験的に開放されたが、翌年2002年9月に行なわれたリーフチェックでは造礁サンゴ被度は31.3%にまで減少していた。これはダイビング再開の影響より、慢性化したオニヒトデの異常発生の結果であると考えている。これまで、地元のダイバーによってオニヒトデ駆除が年間を通して毎日のように行なわれており、この年のリーフチェックで確認されたオニヒトデの個体数が2個体のみであったことは駆除の効果を示すものであるが、その後もオニヒトデの猛威は続いている。
一方、ニシハマと同時に閉鎖された安室東は、閉鎖以前は枝状のミドリイシに覆われた絶好のダイビングポイントであったが、2002年11月に観察したところ、ミドリイシはほぼ全滅状態であった(図4)。このポイントではリーフチェックも行なわれておらず、ダイビング以外ではほとんど利用されてこなかった海域であっため、閉鎖後、サンゴ礁の変化を察知する術がなかった。観察が行なわれなかったため、現時点で全滅の原因を特定するのは難しいが、最近数年間の座間味周辺海域でみられた大きなサンゴ礁の撹乱要因としては1998年、2001年の白化現象、夏場の台風、オニヒトデの異常発生があげられる。しかし、座間味周辺海域においては、1998年および2001年の白化現象では一海域の造礁サンゴが全滅してしまうような大きな被害は確認されていないこと、台風も一帯の造礁サンゴを全て破壊するようなことはなかったことなどを考慮すると、やはり大発生したオニヒトデによる食害が全滅の主な原因と考えるのが妥当と思われる。
図4. 安室東ダイビングポイント
2002年11月撮影。ほとんどの枝状ミドリイシは瓦礫となっている。 |
もう一つの閉鎖ポイントである安慶名敷エダサンゴ付近はオニヒトデによる被害はそれほど大きくない。これは優占するサンゴ群集がオニヒトデの特に好むミドリイシではなく枝状のハマサンゴであったことと、無人島である安慶名敷島に渡っての海水浴やスノーケリングが盛んであったために、そこには常に監視の目があったことによると思われる。
●考察
スクーバダイビングが一般的なレジャーとして受け入れられるようになり、慶良間のサンゴ礁の美しさが広く知られるようになったことによって、座間味村にはダイバーを中心とした多くの観光客が訪れるようになり、ここ十数年は観光が島の経済を支える産業の中心を担ってきた。しかし、多くの観光客が訪れるほど慶良間の自然、特にサンゴ礁の生態系には大きなストレスがかかるのも事実である。座間味村周辺でのダイビングはほとんどがボートダイビングであり、ダイビングポイントではボートのアンカーを直接岩礁入れる方法がとられてきた。アンカーを入れる際には、サンゴを壊さないよう十分注意されてはいても造礁サンゴの被度の高い慶良間の海では少なからずサンゴを傷つけることになる。これが座間味村周辺の限られた海域で毎日のべ数十から百数十艘の船によって続けられれば年間を通して相当の被害をサンゴ礁に与える。ダイバーが、誤ってサンゴを足ヒレで蹴ってしまったり、浮力の調整がうまくいかず直接サンゴにぶつかったり、また海底の砂を巻き上げることによってサンゴにストレスを与える例も少なくない。
将来、座間味村の住民がこれまで通りこの島で海の恩恵を受けて生活していくためには、観光客を受け入れつつも一番の宝である海を守っていく方法を模索しなければならない。
1998年のダイビングポイントの閉鎖は、サンゴ礁保全のために地元が独自に起こしたアクションとしては非常に貴重なものである。そして、その結果、造礁サンゴ被度の増加という形でサンゴ礁の回復がみられたことはとても興味深い。さらに、その調査が地元のダイバーによって行われたということにも意味がある。しかし、本来であればポイント開放後の継続調査によって、ダイビングがサンゴ礁に与える影響をさらに明らかにできる絶好の機会であったのだが、残念ながら同時期に異常発生したオニヒトデの影響が大きすぎ、これまで継続してきた調査方法ではその影響を見出すことは難しくなった。
今回のポイント閉鎖という保全活動の中で見逃してはならない反省点がある。それは、ポイント閉鎖が徹底されたが故に、それらのポイントでオニヒトデの増加を早期発見できなかったということである。それでも、ニシハマでは毎年村内のダイバーによるリーフチェックが行なわれてきたことや、スノーケリングや海水浴のポイントにもなっていたことで比較的早い段階で対応することができた。しかし、ダイバー以外はほとんど潜ることのない安室東のポイントで造礁サンゴが全滅に近い状態になったのは、今となってはその原因をオニヒトデによるものと断定するのは難しいにしても、そのような変化に気付かず、対応できなかったことが問題である。はからずも今回のポイント閉鎖が招いた矛盾といえる。将来、他のダイビングポイントでもサンゴ礁保全のために一時的な閉鎖が行なわれるかもしれないが、その際は定期的にダイバーが監視し、異変の早期発見ができる体制を確立する必要がある。
以上のように、座間味村漁協では船のアンカーやダイバーによって損傷したニシハマのダイビングポイントを3年半閉鎖した結果、著しい回復がみられた。再開にあたっては係留ブイの設置による投錨抑止や利用船数制限によってサンゴ礁を守ろうとしている。今後は管理のできる海域を広げ、輪番制で閉鎖ポイントを設定できるようになれば、観光資源の過剰利用の弊害はかなり軽減できよう。
村内のダイビング事業者は2001年にダイビング協会を設立し、積極的に保全に努めている。サンゴ礁保全のためには具体的な方策とは別にサンゴ礁の状態をチェックし、継続したデータとして蓄積していく地道な活動が必要不可欠である。協会には、ダイビングポイントを中心にリーフチェックのように定期的にモニタリングする地点を増やしたり、各ダイビングポイントを定期的に撮影することによって画像データを蓄積したり、また各ポイントの利用頻度、利用人数を記録し、把握するといった組織的な活動が望まれる。そして将来、それらのデータをもとにダイビングポイントを管理できるような体制を確立する必要がある。
現在座間味村では、ダイビングポイントの閉鎖や村内ダイバーによるリーフチェックをきっかけとして、漁協、ダイビング協会を中心にサンゴ礁保全に対する意識が高まってきている。それは裏を返せばそれだけ慶良間の海が危機的な状況にあるということである。その原因は地球規模の問題から個人的なものまで様々であり、ダイビングの影響はその一部に過ぎないであろう。慶良間のサンゴ礁を守り、これを将来に残していくためには、これからも地元の人々が保全の意識を高く持ち、地域主体でできることから改善していく地道な努力が望まれる。
●引用文献
小笠原啓一・宮本育昌・渡部暢雄 2002. リーチェックヘの取り組み(その3).日本サンゴ礁学会第5回大会講演要旨集、p.40.
谷口洋基 2000. 平成12年度サンゴ礁健康度の評価に関する研究報告書.海洋科学技術センター、pp.7−10.
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