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リモートセンシングによる慶良間列島サンゴ礁観測
池間健晴
財団法人 亜熱帯総合研究所
松永恒雄・山野博哉
独立行政法人 国立環境研究所
Observation of coral reefs in Kerama Islands by remote sensing
T. Ikema・T. Matsunaga・H. Yamano
 
●はじめに
 地球温暖化やオゾンホールといった地球規模での環境問題が起こるなか、観測技術のひとつとしてリモートセンシングは重要な役割を担っており、地球観測衛星の開発・打ち上げが続いている。現在ではIKONOSやQuikBirdといった民間会社により運営される衛星のデータも提供されるようになった。
 1972年に米国地球観測衛星LANDSAT1号が打ち上げられる以前は、リモートセンシングといえば航空写真によるものが主だったものであったが、衛星画像がデジタル供給されるようになってからは、活発な環境観測・研究が行われるようになってきた(Green et al. 1996)。
 
●リモートセンシングの特徴
 リモートセンシングとは、観測対象に直接触れることなく離れた場所に設置されたセンサなどを用いて観測対象物に関するデータを収集し、解析することにより、観測対象物の識別、分類、判読および観測対象物の物理的性質についての情報を抽出する技術である。(岡本1999)。観測対象物に関するデータは、対象物から放射あるいは反射される光などの電磁波や音波などが主に使われる。したがってリモートセンシングは、電磁波と媒体の相互作用の結果として生じる出力から、原因を推定するという、いわば、逆推定問題と言えよう(住1990)。そのため、特定の媒体を観測したければ、それとの相互作用が非常に大きい波長帯、あるいは周波数帯を選ぶ必要がある。一般的には、使用できる波長や周波数の数が多くなればなるほど、独立した情報が増えるはずであるから、利用できる波長帯・周波数帯を増やすことは画期的な結果をもたらす(住1996)と言われている。
 上空からのりモートセンシングでは、高度を高くとれば、観測できる範囲は広く取れる。観測範囲の広さにおいては、人工衛星が最も広い。その利点は、陸域・海域が一度に同時に観測が可能となる。また、周期的に地球を周回していることから、定期的にデータを得ることができるなどのことから、リモートセンシングの特徴としては広域性、同時性、反復性があげられる。
 測深で使われるソナーやレーダもリモートセンシングである。海洋レーダの例では、短波をもちいた海流計測技術があげられる。これは、サンゴの産卵時期に沖縄島−慶良間列島間の海域の海流を観測し、慶良間列島が沖縄島へのサンゴの供給源であることを示唆した研究成果が得られている(灘岡ら 2001)。
 
●サンゴ礁リモートセンシング
 サンゴ礁のリモートセンシングでは、海の中を観測することになる。したがって水中での光の波長の振る舞いを把握する必要がある。主に使われる波長帯は可視光の青から赤にかけての波長である。それより長い波長では水にほとんど吸収され、海底の情報を得声ことができなくなる。波長の短い波ほど水中を透過できるため、以下で述べるようにサンゴ礁底質を解析する際には青や緑といった波長が欠かせない。
 LANDSAT4号から搭載されているTMセンサでは、それより以前のMSSセンサの青波長より短い波長帯を観測できるようになっている。これは水中情報を得やすいよう水環境関係者の要請があった背景がある(土屋 1990)。LANDSAT/TMセンサでは波長の短い順にバンド1、2、3・・・と観測波長帯が設定されており(バンド6は例外)、青、緑、赤の波長帯はそれぞれバンド1、2、3と呼ばれている。
 
図1. 水深とDN値
 
●衛星から見た慶良間列島のサンゴ礁
 LANDSAT5/TMおよびLANDSAT7/ETMにより取得された3時期、1995年9月15日(TM)、1998年9月18日(TM)、2000年10月1日(ETM)のデータを使用し、慶良間諸島のサンゴ礁生物群集抽出を試みたのでその例を紹介する(池間、2001)。
 解析にあたり、底質をサンゴや砂地等に分類するため指標を算出することにした。アルゴリズムは底質指標BI(Bottom Index)を算出するLyzengaの式(1)を適用し、サンゴを含む生物群集と砂地を分類した。この式では、2つのバンドのDN(Digital Number)値を使い、水中消散係数比を導入し、水深の影響を補正する。
 
Blij=log(DNi-DNdeep i)-kij log(DNj-DNdeep j)
=log{(DNi-DNdeep i)/log(DNj-DNdeep j)kij}(1)
Blij:バンドi、jから導出される底質指標
DNi:バンドiのDN値
DNdeep i:バンドiの深海でのDN値
kij:バンドi、jの水中消散係数比
 
 底質が一様な地点の衛星データ画素のDN値の自然対数を読み取り、バンドi、jについて散布図を作成したとき、その回帰直線の傾きが水中消散係数比kijとなる(Lyzenga 1981)。慶良間列島の解析では、底質が一様な部分は、航空写真から砂地である渡嘉敷島の阿波連ビーチを目視で判読し、対応する衛星データの画素のDN値を使った。衛星データからDN値を読みとる際、衛星データ(1998年9月18日)と海上保安庁水路部作成の「5万分の1沿岸海の基本図」を重ね、DN値と水深の関係を示したのが図1(サンプル数30)である。DN値は十分に深い海域の値がオフセットされている。
 水深が深くなると海水中の消散によりDN値は小さくなることが図1からわかる。また、波長が長くなるにつれて、DN値は小さくなっていくのが分かる。バンド3のDN値は水深5mから低い値をとりそれより深いところでもかわらない。これは、波長がバンド1、2と比べて長いため水に吸収される割合が多く、限られた浅い地点でのみ有効と考えられる。そのため今回使用する水中消散係数比は、解析できる水深がなるべく深くなるようにバンド1と2を使ったk12とした。バンド1、2のDN値は7m以深ではほとんど変化せず、この場合有効な底質指標図はおよそ水深7mということになる。
 得られた水中消散係数比k12を表1に示す。括弧内の数字はバンド1、2の自然対数値をとったときの相関係数である。
 次に水中消散係数比を用いて底質指標を計算した結果を分類するために、砂地の値を求める必要がある。航空写真を参考にしながら衛星データ上で目視による判読で阿波連ビーチの砂地とした地点の底質指標の値を読みとり、その平均値と標準偏差を出した(表2)。これから平均値から標準偏差を引いた値を砂地として分類するしきい値とした(松永ら 2000)。
 水中消散係数比、砂地のしきい値から生物群集を抽出した結果が図2である。白黒濃淡で表された部分が解析対象箇所であり、生物群集の密度に比例して濃い色となっている。陸域と深海部分(およそ7m以深)と雲のかかったところは便宜上黒抜きにしている。白線枠内が阿波連ビーチである。
 
表1. 水中消散係数比k12(阿波連ビーチ)
1995/9/15 1998/9/18 2000/10/1
0.639 0.787 0.640
(0.829) (0.968) (0.900)
 
表2. 砂地の底質指標の値
  平均値 SD 地点数
1995/9/15 2.106 0.061 48
1998/9/18 1.615 0.067 50
2000/10/1 1.582 0.101 108
 
 雲がなく、比較的同じ面積が解析された阿波連ビーチの底質指標をみると、1998年の白色部分が最も大きいことがわかった。1998年は白化現象が大規模に見られた時期である。白化したサンゴは文字通り白色が際立ち、砂地に近い色を示す。その時に白化して生物群集として分類されず砂地として認識されたと仮定すると、図2ではその傾向がみられる。これが分類誤差によるものでなければ白化によりサンゴを含む生物群集の分布が変化したといえよう。分類結果が誤差なのかどうかは分布変動を理解するうえで把握する必要がある。また、サンゴの生死を分類していないことも付け加えておく。次節で示すように生サンゴと死んで藻に覆われたサンゴの区別はLANDSATの波長解像度では困難である。
 
1995/9/15
1998/9/18
2000/10/1
図2. 阿波連の底質指標図
 
●スペクトルデータシミュレーション
 生きているあるいは死んでしまったサンゴが反射する波長はどのように衛星で捉えられるのだろうか。これを探るため、サンゴの分光反射特性を基に、LANDSAT/TMに観測されるDN値をシミュレーションし、分類精度を検討した(池間 2002、松永ら 2002)。
 水槽に生きたサンゴや死んで藻類に覆われたサンゴの分光反射特性のデータをとり、放射伝達モデルHydrolightを使って海中での波長の減衰を考慮し、反射率がどう変化するかシミュレーションを行った。その結果を図3に示す。シミュレーションした波長は330〜1130nm(可視〜近赤外)で、波長間隔は約3nmである。反射率は水深が深くなるにつれて減衰していっており、反射率の曲線は高い順から水深が1m、3m、5m、10m、20mの場合となっている。さらに、反射率の微分値を計算することにより、各反射率曲線の特性(傾きや傾きのピークの波長)を抽出したのが図4である。図4からわかるように、生サンゴには死サンゴに見られない560nm付近にピークが見られる。したがってこの波長帯を用いて生サンゴの有無を判別することが可能であることがわかった。
 
図3. シミュレーションによる水深ごとの反射率
 
図4. 図3の一次微分
 
 水深の増加に伴う赤〜近赤外の波長領域の減衰が青〜緑の領域に比べて激しく、底質の判別には青〜緑の波長が有効である。これは、前述のようにバンド1、2を使う有効性を示す。また、水深が20mになると、全ての底質の反射率は5%以下となり、10mまでが判別可能と推定される。これは前述の衛星データから算出した7mまでを判別可能なことを裏付ける。ただしこれは透明度の高い慶良間列島海域の場合である。
 図3、4で示された反射率が衛星ではどのような値になるか大気補正が適切におこなわれていると仮定してLANDSAT/TMのDN値をシミュレーションした結果が表3である。LANDSAT/TMの観測波長帯は、バンド1:450〜520nm、バンド2:520〜600nm、バンド3:630〜690nmである。
 生サンゴ・藻類に覆われた死サンゴは、バンド1と2のDN値の違いにより水深10mまで判別できることがわかる。しかし、生サンゴと藻類に覆われた死サンゴは、すべてのバンドにおいて近いDN値を示すため、LANDSAT/TM波長分解能ではシミュレーション結果を見る限り両者の識別は困難であることがわかる。
 
表3. シミュレーションによるDN値
  生サンゴ 藻類に覆われた死サンゴ
Depth〔m〕 band1 band2 band3 band1 band2 band3
1 34 20 17 37 22 18
3 31 16 12 34 18 12
5 30 14 11 32 15 11
10 27 12 11 28 12 11
 
 空間分解能の差を阿嘉島のニシハマ沿岸の画像を使って参考的に図5に示す。航空機から撮影した画像中の円内に収まる範囲(図中左)が、LANDSAT/TM画像では9ピクセル(1ピクセル=30m四方)に相当する。このように空間解像度が変わることによりサンゴ礁の見え方も大きく変わってくることが分かる。
 
●まとめ
 リモートセンシングでは、観測しようとする対象物と相互作用の強い波長帯を調べれば対象物の判別が可能であることが衛星画像解析や、サンゴのスペクトルデータのシミュレーションによりわかった。衛星による観測は広域性や周期性など利点もあるが、空間及び波長分解能の高低により、判別精度は影響される。
 
図5. 航空機撮影画像(左)と同地点のLANDSAT/TM画像
 
 今後は解像度の高いセンサが打ちあがる予定である。そのようなセンサから得られるデータはサンゴ礁観測の解析手法開発を更に推し進めるだろう。今後より精度の高い観測ができるようになり、サンゴ礁分布変動等の理解を深めることができるよう期待したい。
 
●謝辞
 本成果は、平成12、13年度内閣府委託事業サンゴ礁に関する調査から得られたことを記す。画像提供は宇宙開発事業団の協力を得た。ここに感謝の意を表します。
 
●引用文献
Green, E. P., P. J. Mumby, A. D. Edwards and C. D. Clark 1996. A review of remote sensing for the assessment and management of tropical coastal resources. Coastal Management, 24:1−40.
池間健晴 2001. リモートセンシングによるサンゴ礁環境観測技術の開発.平成12年度サンゴ礁に関する調査研究報告書、pp.41−52.
池間健晴・松永恒雄・山野博哉 2002. リモートセンシングを使ったサンゴ礁環境観測技術の開発。平成13年度サンゴ礁に関する調査研究報告書、pp.12−32.
Lyzenga, D. R. 1981. Remote sensing of bottom reflectance and water attenuation parameters in shallow waters using aircraft and Landsat data. International Journal of Remote Sensing, 2:71−81.
松永恒雄・梅干野晁・水上陽誠 2000. 空中写真との比較による石垣島サンゴ礁内底質指標図の検証:底質指標と生物群集被覆度の比較。日本リモートセンシング学会第29回学術講演会論文集、pp.299−300.
松永恒雄・山野博哉・池間健晴 2002. スペクトルデータによるサンゴ礁観測シミュレーション.日本サンゴ礁学会第5回大会講演要旨集、p.51.
灘岡和夫・二瓶泰雄・花田岳・藤井智史・佐藤健治・池間健晴・鹿熊信一郎・岩尾研二・若木研水 2001. HFレーダ・漂流ブイ観測と数値シミュレーションによるサンゴ幼生の広域輸送解析.海岸工学論文集、48:431−435.
岡本謙一 1999. 地球環境計測。オーム社、東京.324pp.
住明正 1996. 地球環境問題におけるマイクロ波放射計リモートセンシングの意義と可能性.日本気象学会 編、気象研究ノート第187号.日本気象学会、東京.pp.1−8.
住明正 1990. 地球計測.小嶋稔編、地球物理概論.東京大学出版会、東京.423pp.
土屋清 1990. リモートセンシング概論。朝倉書店、東京.328PP.







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