共同研究プロジェクトCREOの活動紹介
広域沿岸水温モニタリングならびにサンゴ幼生広域供給過程調査
灘岡和夫
東京工業大学大学院
Joint research project“CREO”:Monitoring of water temperature along Okinawa coasts and survey on long−distance transport of coral larvae
K. Nadaoka
1. 共同研究グループCRE0
2002年秋に開催された日本サンゴ礁学会・公開シンポジウムのテーマは「サンゴ礁環境の危機と保全・回復戦略」であった。このシンポでは、日本サンゴ礁学会に新たに「サンゴ礁保全委員会」が発足したことが紹介されるとともに、今後の同委員会のあり方についても熱心に議論が行われた。このような動きは、いうまでもなく、赤土汚染やサンゴ白化、オニヒトデ問題など、サンゴ礁生態環境の「危機」が様々な形で顕在化してきていることを背景としている。
本来、「環境」の現状を十分に把握し、それに対する「保全」や「修復」というアクションを具体化するには、個別の専門分野の研究者や機関だけで対処することは原理的に無理がある。というのも、サンゴ礁に限らず、環境問題は、その現状把握にしろ保全対策にしろ、多角的かつ総合的な取り組みを必要とするからである。実際、上記のシンポでも、分野横断的なアプローチの必要性や、学会、行政、NPO等との連携体制を実現していくことの重要性が確認されている。
ここで紹介する共同研究プロジェクトCREO(Coral Reef Environments in Okinawa)は、同様の問題意識から、沖縄のサンゴ礁環境を様々な専門分野の研究者が多面的・総合的に調査・研究していくことを目的として、1999年4月に筆者らが中心となって発足させたもので、東京工業大学、亜熱帯総合研究所、通総研・沖縄亜熱帯計測技術センター、阿嘉島臨海研究所、沖縄県衛生環境研究所、沖縄県水産試験場、琉球大学、東京理科大学、第十一管区海上保安本部、等々に所属する、沿岸環境学、水産学、サンゴ礁生態学、沿岸海洋学、海岸工学、リモートセンシング、海洋モニタリング、気象学など、様々な分野の研究者が加わっている(詳細は http://www.wv.mei.titech.ac.jp/creo/参照)。
2. 広域沿岸水温モニタリング
CREOでは、発足当初から2つの大きな研究テーマを設定している。いずれも、設立の前年の1998年に琉球列島でも広範囲に発生し大問題となったサンゴ白化に関連するもので、一つは、サンゴ白化の主因とされている沿岸海水温の高温化の実態をその地域性とともに明らかにすることである。具体的には、琉球列島のほぼ全域をカバーする100点以上の観測点に小型メモリ式水温計(TidbiT;米Optic Computer社)を設置した広域沿岸水温モニタリングネットワークORTMN(Okinawa Regional Temperature Monitoring Network)を構築し、1999年6月から記録を開始している。このモニタリング体制構築は、CREOの中心メンバーの一人である、沖縄水試の鹿熊信一郎氏(現、亜熱帯総合研究所)の発案によるもので、現在も観測が引き続いて行われているが、水温計の設置、維持管理、データ回収に当たっては、地元の漁業者やダイバーショップの方々の協力を得ている。
この広域沿岸水温モニタリングの成果の一つとして、琉球列島全体で見ると沿岸水温には有意な地域性が存在すること、そしてそのことが白化ダメージの地域性と関連があること、が明らかになった。特に、慶良間列島では沖縄本島沿岸域と比べると夏場の水温が低めに推移することが多く、そのことが、慶良間列島が本島沿岸に比べて白化ダメージが相対的に低かったことに結びついていることが示された。慶良間列島での水温が低めになりやすい理由としては、慶良間列島が陸棚の中に位置することから(図1)、黒潮系暖水塊の波及が陸棚端部でブロックされる効果が考えられている(Nadaoka et al. 2001)。
図1. 沖縄本島および慶良間列島
3. サンゴ幼生広域供給過程調査
CREOでの発足当初からのもう一つの主要テーマは、慶良間列島から本島沿岸域に向けてのサンゴ幼生の広域輸送過程を明らかにすることである。
一般に、大部分のサンゴが死滅した海域の回復には、当該海域から離れた比較的ダメージの低いサンゴ礁海域からの幼生の供給が重要となる。そしてそのようなサンゴ幼生の広域供給過程の存在が実証できれば、その供給源のサンゴ礁を重点的に保護していく施策に科学的な根拠を与えることが可能となる。
琉球列島では、白化ダメージが顕著であった沖縄本島西岸海域への幼生の供給源として、その約40km西側に位置する慶良間列島が考えられてきた(木村ら1992、林原1995)。木村ら(1992)は、漂流はがきを用いて慶良間列島内からの表層浮遊粒子の行き先を調べ、放流したはがきの一部が沖縄本島西岸へ到達していることから、慶良間列島が沖縄本島への幼生供給源となっている可能性を指摘している。この漂流はがきによる調査は、サンゴ幼生のソースエリアとしての慶良間列島の重要性を示唆する調査結果を示した最初の試みとして高く評価されるものである。
しかし、慶良間列島をサンゴ幼生供給源として同定するためには、表層浮遊粒子の到達可能性を示すだけでは不十分で、さらに、慶良間列島から沖縄本島への具体的な供給経路も明らかにする必要がある。というのも、なぜ慶良間列島から本島に向けての輸送が期待できるのかということを解き明かす上で、両者をつなぐ海域でのサンゴ幼生広域供給過程を支配する海水流動場の実態を明らかにする必要があり、そのためには、輸送経路の具体的な内容を知らなくてはならないからである。また、物理的な輸送経路が明らかにされたとしても、その過程でのサンゴ幼生の生物的な挙動が不明のままでは、生物的な意味でのreef connectionが成立していることの証明にはならない。例えば、沖縄本島に辿り着くまでに大半のサンゴ幼生が定着のための探索行動を起こしてしまえば、本島側での加入には結びつかないことになる。つまり、サンゴ幼生の生物的なプロセスと物質輸送の物理的なプロセスは、時間的にうまく整合していなければならない。このことを具体的に検討するには、さらに、サンゴ幼生の探索・定着行動を明らかにするとともに、海域の物理情報として慶良間列島での産卵・受精時から本島沿岸に辿り着くまでの経過日数を解明することが必要になる。
このような輸送経路や輸送にかかる日数といった情報は、いうまでもなく漂流はがきによる調査では知ることは出来ない。そこで、われわれは、1999年5月末から6月上旬にかけて、漂流ブイ(アルゴスブイ)2個による調査を行うことによってこれらの情報を得るとともに、併せて、短波海洋レーダ(HFレーダ)による観測によって慶良間列島と沖縄本島西岸をつなぐ海域の表層海水流動分布構造を把握することを試みた。その結果、慶良間列島から沖縄本島方向に向かう漂流ブイの軌跡データを得るとともに、この海域がかなり複雑な海水流動特性を有しており、特に、陸棚域とその北側の大水深海域とでは海水流動特性が大きく異なることなどが明らかになっている(灘岡ら 2001)。しかし、このときの調査では漂流ブイの数が限られていたことや調査途中で漂流ブイを回収せざるを得なくなったことから、広域輸送過程の把握は部分的な範囲にとどまった。また、ブイ周辺での幼生の分布や、幼生の行動の時系列変化に関しての詳細は調べられていない。
図2. GPS搭載型小型漂流ブイ
そこで2001年6月上旬の調査(灘岡ら 2002a,b)では、新たに開発した小型のGPS搭載漂流ブイを用いることによって、幼生の供給源から供給先までの経路と日数をより具体的に明らかにすることを試みた。また、1999年調査と同様にHFレーダによって広域表層海水流動分布を計測した。また、漂流ブイ周辺でのサンゴ幼生密度の観測を行うとともに、サンゴ幼生の行動・定着に関する室内実験を阿嘉島臨海研究所で行うことによって、幼生の生物的な挙動を明らかにすることを試みた。さらに、慶良間列島海域での航空機撮影によるスリック(サンゴ卵・幼生の帯状集合体)の動態観測などを行った。
図3. 漂流ブイの軌跡
今回新たに開発した漂流ブイ(図2)は、GPS位置情報をメモリ記録するとともに、ブイに搭載した携帯電話と通信することによって現在位置を検出することが可能な仕組みになっている。アルゴスブイのような市販の漂流ブイの場合、衛星経由であることから高価である上ブイのサイズも大きい。これに対して今回開発したものは、GPSと電池ユニット、携帯電話からなるコンパクトなもので、それによってブイ全体が小型化できてサンゴ幼生輸送への追随性が向上するとともに、かなり安価にシステムを構成することが可能になっている。
この小型漂流ブイによる幼生追跡調査は、慶良間列島でのサンゴの本格的一斉産卵あった翌日に、スリックを航空機から探し、船上でその連絡を受けて、多くの場合スリック内に漂流ブイを投入する形で行った。投入したブイの個数は全部で10個である(うち2個紛失)。
図3は、漂流ブイのGPS記録から得られたブイの軌跡をまとめて示したものである。これから、投入した8個のブイのうち5個が、沖縄本島西岸の広い範囲に4、5日程度で到達したことがわかる。
図4は、HFレーダによる広域表層海水流動分布の計測例として、6月9日の満潮時と干潮時の流速分布を示したものである。満潮時と干潮時で大きく分布パターンが異なり、しかも空間的にも複雑な分布を示しているが、漂流ブイの輸送パターンに対応して、慶良間列島から沖縄本島方向へ向かう流速成分が現れていることがわかる。
図5は、慶良間列島阿嘉島で優占するミドリイシ科ウスエダミドリイシ(Acropora tenuis)とハナガサミドリイシ(A. nasuta)の2種サンゴ幼生の探索行動と定着率に関する室内実験結果を示したもので、両種とも受精後約4日前後で探索行動率が最大となり、定着率は10〜14日前後で高くなっていることがわかる。従来、サンゴ幼生は4日〜7日程度で定着能力を持つことが報告されていたが(Babcock and Heyward 1986)、この室内実験によって、探索・定着率の時系列的な変化が明らかになり、幼生の定着に適する期間を示すことができた。
図4. HFレーダによる広域表層流動分布の計測例
図6は、上記の漂流ブイ観測によって把握された表層浮遊粒子輸送過程と室内実験で明らかにされたサンゴ幼生の行動変化についての時系列上の対応関係をまとめて示したものである。漂流ブイ観測では、慶良間列島内のスリックに放流された8個のブイの内、5個が沖縄本島西岸へ輸送され、輸送にかかる期間は産卵後4、5日(あるいはそれ以上)であった。一方、室内実験からは、幼生は受精後約2日から遊泳能力を持ち始め、探索行動は受精後約4日で最大となり、定着能力は受精後約10日前後で最大となった。これらのことは、サンゴ幼生が慶良間列島から沖縄本島西岸域に到達した後、探索行動、定着の段階に移るというプロセスが十分可能であることを示すものである。
以上より、慶良間列島が沖縄本島西岸へのサンゴ幼生の重要な供給源の1つとなり、サンゴ礁回復に寄与し得ることが明らかにされた。
4. おわりに
本稿では、共同研究プロジェクトCREOの活動紹介として、広域沿岸水温モニタリングに関する話題と、慶良間列島から沖縄本島に向けてのサンゴ幼生供給に関する総合的な調査についての話題を紹介した。特に後者の調査では、慶良間列島がサンゴ幼生の供給源として重要な役割を演じていることを具体的に実証することができたものと考えている。ただし、今後の課題として以下のことについてさらに追求する必要がある。すなわち、a)この海域で東ないしは北東向きの流れが卓越するのは何故か、b)量的にどの程度の幼生供給が見込まれるのか、c)供給された幼生が確実に加入に結びつくと見込めるのか、d)沖縄本島西岸以外の沿岸域への幼生供給はどのようになっているのか、e)供給源である慶良間列島自体での維持機構はどのようになっているのか、f)石西礁湖など他の海域からの幼生供給の可能性はどうか、などの課題である。これらのうち、例えば、c)については、2002年6月上旬の調査で、琉球大学の酒井一彦助教授を中心に、沖縄本島西岸域や慶良間列島内においてサンゴ加入調査を行っており、2003年度はより本格的な加入調査を実施する予定である。
図5. ミドリイシ属サンゴ幼生の探索行動率・定着率の変化
図6. サンゴ幼生輸送過程と行動変化の時系列的な対応関係
CREOでの共同研究プロジェクトは、今後さらにいろんな展開を見せていくものと期待している。例えば、昨年から大きな問題になりつつあるオニヒトデに関して、2003年には本格的な調査を行う予定である。そこでは、これまでほとんど解明されていない、オニヒトデの浮遊幼生期の実態を明らかにするための調査を予定している(灘岡ら 2002c)。
CREOはきわめてオープンな共同研究グループなので、いろんな分野・組織の方の参加を期待している。興味のある方は是非筆者までご連絡頂きたい(nadaoka@mei.titech.ac.jp)。
●引用文献
Babcock R. C. and A. J. Heyward 1986. Larval development of certain gamete−spawning scleractinian corals. Coral Reefs, 5:111−116.
林原 毅 1995. 慶良間列島阿嘉島周辺の造礁サンゴ類とその有性生殖に関する生態学的研究.博士論文、東京水産大学.123pp.
木村 匡・林原 毅・下池和幸 1992. 漂流はがき実験結果報告.みどりいし,(3):18−21.
灘岡和夫・二瓶泰雄・花田 岳・藤井智史・佐藤健治・池間健晴・鹿熊信一郎・岩尾研二・若木研水 2001.HFレーダ・漂流ブイ観測と数値シミュレーションによるサンゴ幼生の広域輸送過程.海岸工学論文集、48:431−435.
灘岡和夫・波利井佐紀・三井順・田村仁・花田岳・Enrico Paringit・二瓶泰雄・藤井智史・佐藤健治・松岡建志・鹿熊信一郎・池間健晴・岩尾研二・高橋孝昭 2002a. 小型漂流ブイ観測および幼生定着実験によるリーフ間広域サンゴ幼生供給過程の解明.海岸工学論文集,49:366−370.
灘岡和夫・波利井佐紀・池間健晴・Enrico Paringit・三井順・田村仁・岩尾研二・鹿熊信一郎 2002b. 沖縄・慶良間列島におけるサンゴ産卵とスリック動態に関する観測.海岸工学論文集、49:1176−1180.
灘岡和夫・波利井佐紀・三井順・鈴木庸壱・浜口昌巳・佐々木美穂・岡地賢・David ldip Jr. 2002c. モノクローナル抗体幼生判別技術に基づくオニヒトデ幼生分散調査計画の紹介.日本サンゴ礁学会第5回大会講演要旨集、p.41.
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