焦点◆家庭訪問/訪問看護の意味を見いだす質的研究
ホスピス看護における家族ケアモデル
Joyce V. Zerwekh, R.N., C.S., Ed.D.
訳 永田智子 東京大学大学院医学系研究科博士課程
過去の文献では、実際のホスピス看護に必要な臨床判断については、表面的な記述しか示されていない。実際の知恵はあいまいなままできちんと評価されずにいる。ホスピス看護実践の本質をよりよく記述するために、32人の熟練ホスピス看護婦に臨床での印象的な経験について語るように依頼した。その記述は質的方法論を用いて解釈され、10のホスピス看護実践能力と実践に関するビジュアルなモデルとが特定された。このモデルはホスピス看護実践を学生、同僚の専門職者、将来へのヘルスケアに関する政策決定者に対し、はっきり表現するのに有用である。
◆緒言
米国のホスピスケアにおいてナースは重要な役割を果たしているにもかかわらず、彼女たちが末期患者の家の閉じたドアの内側で実際に行っていることについては、一般的なこと以外にはほとんど知られず記述もされていない。
Dobratz(1986)は、文献レビューから導き出されたホスピス看護の4つのカテゴリーについて記述している:それはすなわち、1)集中的にケアすること、2)協動的に分かち合うこと、3)継続的に知ること、4)継続的に与えることである。集中的にケアすることを特徴づけて、彼女は在宅における非常に熟練した自律的な看護判断が要求される、高いレベルの生理学的、心理社会的、霊的、倫理的な危機的状況について記述している。
Petrosino(1986)はホスピス看護の研究が不足していることを嘆き、「用いられている看護アプローチとナースの臨床的経験を特定するための質の高い記述的研究」の必要性について述べている。彼女はホスピス看護実践における決断のユニークさを記述することの必要性を強調している。
しかし、記述的研究はいまだに限られている。次に挙げられる2つの質的研究はその範囲が限定されていた;1つは家族メンバーに対し助けになった看護活動について述べるよう依頼したもの(Hull, 1991)であり、もう1つは末期患者に対しホスピスナースに理解されたと感じたときのことについて述べるよう依頼したもの(Raudonis, 1993)である。Stiles(1990)はナースと死別後の家族メンバーとに、ナースと家族とのスピリチュァルな関係性が助けになった経験について述べるよう依頼した。
ながたさとこ
●東京大学大学院医学系研究科博士課程(地域看護学)
〒113−0033 東京都文京区本郷7−3−1
Joyce V. Zerwekh(1995), A Family Caregiving Model for Hospice Nursing, The Hospice Journal, 10(1): 27-44. Translated and reprinted by permission of The Haworth Press, Inc., Binghamton, New York on Sep. 10, 1998.
ホスピス看護についての最も包括的な記述的研究はDegner, Gow, Thompson(1991)のものである。彼らは既存の文献を分析し、ホスピスナースの実際の経験を見逃してしまうあいまいな実践についての記述を明らかにした。その結果に基づき、彼らは10人の熟練ホスピス看護教育者と10人のホスピス病棟ナースとに、末期ケアに対する肯定的・否定的な態度に関連する看護上の出来事を述べるよう依頼した。質的分析により名づけられ、記述されたホスピスの看護行為は、死んでいく間会話を続けること、安楽をあたえること、怒りに応えること、看護婦の人間的成長を促すこと、同僚に応えること、QOLを向上させること、家族に応えることであった。在宅訪問ホスピスナースの行動については検討されなかった。
看護学では、最近実践ナースの世界と経験を発見し表現する方法としてストーリーテリングが奨励され始めている(Sandelowski, 1991;Schultz & Meleis, 1988)。看護婦のストーリーテリングに基づく研究により、病院と公衆衛生領域のナースにおける実践の本質の詳しい記述が導き出された。
Benner(1984)は病院ナースの印象に残った臨床実践のストーリーを表わすことを初めて試みた。生き生きした実際の物語に質的分析を適用して、Bennerは以前認められていなかった31の実践能力を明らかにした。
Bennerのアプローチに触発されて、Zerwekhは30人の熟練保健婦に対して、彼らがハイリスクな母子のクライエントに違いをもたらしたと思われる物語を語るよう依頼した。継続的比較分析を用いた質的デザインを適用して熟練保健婦の19の能力が特定され、公衆衛生看護における家族看護モデルから保健婦の能力が明らかになった(Zerwekh, 1990, 1991, 1992)。この公衆衛生看護の研究に基づき、本研究ではホスピス看護婦の実践能力とホスピスの看護実践モデルの記述を可能にするために同様の質的デザインを用いた。
◆方法
ワシントン州のホスピスホームケアのスーパーバイザーに、5年以上の経験があり、他のナースからアドバイスを求められる熟練ナースの名前を挙げるよう依頼した。その結果32人の熟練訪問ホスピスナースを対象とし、インタビューした。彼らは平均臨床経験17年、平均ホスピス経験7年であった。ナースたちにホスピス看護の実践の中で本質的なところで違いを生み出したと信じる出来事について逸話を語ってもらい、話はすべて録音した。逐語化された叙述を「ここでこのナースは本当のところ何をしているのか?」と問うことにより繰り返し詳細に検討した。
継続的比較分析を用い、繰り返し出てくる看護能力を発見するために叙述同士を比較した。コンピュータのソフトウェアをコーディングと検索に用いた。能力の名前はインタビューにより明確になるに従い何度も改訂された。結果の信頼性はLincoln & Guba(1985)の方法を用いて強められた。暫定的な能カカテゴリーと初期バージョンのホスピスモデルは、早い時期にインタビューされた10人のホスピスナースによるフォーカスグループにより改訂された。カテゴリー形成を繰り返し改訂することにより信頼性が支持された。能力の記述の最終的な改訂はインタビューされたナースたちからのフィードバックの記録により行なった。
◆モデルと能力
熟練ナースの叙述から10の能力が得られ、これらの概念は木の形の絵画的なモデル(図1)に結びつけられた。このモデルは参加者のフィードバックにより育てられ、発展させられたものである。ナースとして自分自身を支えることを根と仮定すると、恐れに進んで直面することが根から出てきて、患者や重要他者とつながることは上に伸びる幹としてとらえられ、選択を促すことが幹から伸び、他の能力はすべてこの中心から伸び出している。真実を語ることが能力のすべての枝を決定づけている。協働すること、家族を強くすること、苦痛を緩和すること、スピリチュアルなケアをすること、解放に導くことは選択を促すことから枝分かれした主要な能力である。続いて、モデルの中のそれぞれの能力を、熟練ナースの叙述やフィードバックの記録からの直接の引用によって描き出しながら述べる。(註:以下「 」内はナースの叙述やフィードバックの記録からの直接の引用である。)
(拡大画面:38KB) |
 |
図1 ホスピス家族ケアモデル
1)ホスピスケアの根幹:看護婦として自分自身を支えること
根は木をその場に保持し、ホスピスナースのケア能力の基礎となる。「自分のことを第一に大切にするナースは他のすべてを育て発展させることができる。」「基礎は」人間としての「自分自身である」。5つの根がナースを支えている(図2)。
与え、受け取ることには、エキスパートなケアを与え、患者と家族から特別な贈り物を受け取るという相互的な過程が含まれる。ナースは経験から学ぶことや、このような深いレベルで他人の人生に触れることによりエネルギーを与えられるということを述べる。健康で、オープンでいることは患者の人生と苦悩に対してオープンであるために自分自身の情緒的な健康を保つことであると特徴づけられる。「私たちは傷つきやすいが、傷つくようなことでも敢えてしなければならない。」悲しむことはホスピス実践には常に必要である。「いかに悲しむかということを学ばなくては食いつくされてしまう。」
自分の予定を保留にしておくことは、ナースにとって能力を試される仕事で、自分がすべきことを棚上げにして、家族の欲することを認識し、都合を合わせられるようにすることである。自他の境界を確立していくことを学ぶ成長過程はナースの満足感にとってなくてはならないものである。最後に、自分自身を支える能力には慎重なセルフケア活動により自分自身を再び満たすことが含まれる。引き続き維持していくためにナースたちはユーモアと遊びを熱心に勧めている。
(拡大画面:18KB) |
 |
図2 ホスピスケアの根幹
2)根頭:恐れに進んで直面すること
根頭は根が地上に出てくる首の部分である(図2)。恐れに進んで直面することは死にしばしば伴う混乱と不安とに直面する勇気ある過程を含む。「その強烈さとともにいられることがホスピスナースであるために必要だ。」「我々は避けたり個人的に否定したりすることなく自分自身の痛みと恐れにのめりこまなければならない。」死の存在する状況にとどまって無防備でいる勇気は、この死を避けようとする社会においてはまれなことである。「恐怖があまりにも強くて何も聞こえないくらい。そのくらいの恐怖に遭遇しなければならない。」ナースは恐怖を直接受けとめ、家族が「彼らの最も強い恐怖を最後まで終える」ようにし、しばしば彼らが休息できるよう助ける。
3)つなげること
木の幹は根を枝へとつなげ、有機体の主要な軸となる。熟練ホスピスナースのつなげる能力は患者と重要他者とにナース自身がケアすることを許してくれるよう結びつける過程である。それは看護婦として支えることに根ざし、派生する他の能力が開発されるもととなる上向きの構造である。
つなげることは、1)そこにいること、2)耳を傾け、尋ねること、3)慎重に信頼関係を築くことの側面を含む。
そこにいることは「1人の人間からもう1人の人間へ」ということであり、「大切なことは何をするかではなく私は誰かということ」「私はこの患者と一緒にいるだけ。それはほかには変えられないこと」である。Benner(1984)はこの「ただ患者とともにいること」をpresencingと定義している(p. 57)。そこにいることは身体的な存在を意味し、「これを一人でやり抜かなくても良いと彼らがわかるようにそこにいる」ことである。それは毎日患者の求めに応じられることと患者に対する責任が決して放棄されないことを含む。そこにいることは言葉なしにただいることを意味するかもしれない、「互いの目を見つめ合えば、その夜が無事にすぎるかどうかがわかる。」ナースは患者と家族の経験に対しオープンに存在している。それは生理学的な、心理社会的な、またスピリチュアルな現実に付き添うことを意味する。「私は何が進行しているかに注意を払う。私は入っていってその状況を読み、脈をとるように何が進行しているかをはかる」「彼らのいる場所で彼らと会う。」それには非常に広範な対処スタイルに対し開放的であることが要求される。そこには、彼らが今まで生きてきたのと同じように、彼ら自身のやり方で死んでいく人々に対する幅広い尊重がある。
耳を傾け、尋ねることには繊細な傾聴のスキルが含まれる。ホスピスナースは患者と家族の話を聞く時間と場所を作り出す。このようにしてナースは彼らがどんな人々であるかを発見し、彼らは自らの人生をともに振り返り意味を探索する機会を得る。他の人ができないときでもナースは何度も耳を傾ける。「彼女が誰か話したい人を必要としていたら、私はそこに行って耳を傾けた。医者が聞こうとせず、彼女の夫が聞くことができなければ、私が反響板になった。」現実についての患者と家族の説明を信じ、彼らの解釈を割り引かないことが重要である。たとえば、一人のCOPDの末期患者が「灼熱地獄が来ていて酸素が不足している」と訴えた。ナースは彼女の見方を疑わず、「それを額面通り受け取った」。耳を傾け、尋ねるナースは「他の誰も持ち出せないような質問をし」、難しい問題について話し合えるようにする。たとえばあるナースは「いったい医者はあなたがどのくらい生きるかということについてなんと言ったの?」と尋ねた。民族や人種が多様な米国では、耳を傾け、尋ねることによりナースや米国の主流とは異なる価値観を特定することができる。
第3の側面は慎重に信頼関係を築くことである。信頼関係はそこにいることと耳を傾け、尋ねることから生まれるが、ナースは信頼性を強めるための別の戦略を注意深く用いる。これらには信頼関係を築くには時間が必要なことを認識すること、プライバシーの尊重、表現されたニードに応える具体的な介入をすること、選択とコントロールを促すこと、常に真実を話すことが含まれる。あるナースは自分の哲学を省みて、「真実を語ることに伴うたくさんの選択とたくさんの問題を生の終わりまで追いやっておくことは本当につらいことである」という。
4)選択を促すこと
モデルではこの能力をつなげることから伸びているように描いている。選択を促すことはホスピスケアにとって非常に重要で、他のすべての能力はこの中心からの技として広がっている。熟練ホスピスナースは「彼らが望むとおりにできるようにすることについて非常に強い信念をもっている。」ナースは目的をもって患者・家族の選択をアセスメントし、その際しばしばどのように人々が生き、死にたいのかということに関する難しい質問をし、その選択をサポートしようとする。在宅でケアを受けたいという選択は継続的に明らかにされ、強められる。選択を重んじることはナースが自分自身の計画をしないでおくことを必要とし、しばしば患者と家族の難しい決断に伴い苦悶することを意味する。「ときどき私は目を背けて『それでどうしたの?』と言わねばならなかった。彼はとても活動的で、私は常に曲がったカテーテルを抜き去らなければならなかった。私は清潔について多くの妥協をしていかなければならなかった。」選択を促す能力には、患者と家族が自分たちの要求について明確に認識すること、またその過程の中で真実の選択をすることをファシリテートする方法を発見することが必要となる。その過程はSally Gadow(1980)によって実存的主張existential advocacyと名づけられている。ホスピスナースは「どんな選択肢があるのか、また多様な選択肢から何が期待されているかを知る」ことが必要である。選ばないという明らかな選択も重視されねばならない。「彼女は彼女の夫に尋ねることなく新しいドレスを買うことはなかった。だから中心静脈栄養を止めることにも彼女は抵抗できないだろう。」加えて、熟練ナースは選択についての家族のコミュニケーションを促す。家族メンバーが異なる価値観をもっているときにはなおさらである。
選択を促すことはまた、医療や社会のシステムがそれに反するときに、患者の選択のためにナースが主張することをも含んでいる。これについては協働することの項でさらに論じる。エキスパートはさらに、とりわけ進行性の認知障害が自律能力を制限している場合には、選択を放棄する時期についてのアドバイスもする。「彼はとても混乱していてコントロール不能だった。私は彼は自分のケアについてもう管理する必要はないと言った。」
|