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がん患者と対症療法
Symptom Control in Cancer Patients
2002 vol.13 no.1 別刷
メディカルレビュー社
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特集 在宅ケアにおける緩和ケア
訪問看護師に期待される在宅における緩和ケア
Key Words
在宅ケア、緩和ケア、訪問看護、訪問看護師の役割、訪問看護師の資質
 
中山康子 日本看護協会看護研修学校ホスピスケア学科専任講師
 在宅における緩和ケアでは、訪問看護師は対象者の人生のファイナルステージに医療者として関わることにもなる。訪問看護師は対象者との信頼関係の形成に努め、本人の意思を中心にケアを組み立て、本人と家族に対して、自立支援、力づけること、ケアのチームをつくること、意味を見出すなどの役割をとる。緩和ケアに携わる訪問看護師は、本人・家族とともに症状のアセスメントをした上で苦痛の緩和を図り、日常生活を整え、“その人の人生をともに考えながらケアをつくり上げていくクリエイティブな活動をする。
 本論では、初回訪問のポイントを挙げ、次に緩和ケアに携わる訪問看護職の役割と資質について述べる。
 
はじめに
 WHOの緩和ケアの定義である“症状コントロール、心理・社会的・スピリチュアルな問題の解決を重要課題とし、ケアのゴールを患者と家族のQOLの実現におくことが在宅における緩和ケアにも求められる。在宅は空間的にも人間関係においてもプライベートな場であるため、緩和ケアの目標である患者と家族のQOLの追求に適した場になる。しかし、症状コントロール、心理、社会、スピリチュアルな問題を取り扱う在宅ケアチームが、いかにこれらの課題に関わるかで自宅での本人と家族の生活は左右する。特に訪問看護師は対象者の全体像と家族の全体を掴み、時間軸も考慮しながら関わっていく力が必要である。
 また、ホスピス運動は人権運動であるという視点1)も訪問看護師はもち、人権に対する感性を高め、本人と家族、それぞれの人権を尊重しながら自宅での生活を調整する力を発揮する。このようなケアをつくり上げていくためには対象者との信頼関係が重要であり、関係形成初期の初回訪問から訪問看護師は感性高く関わることが求められる。
 
The evolving role of the palliative care nurse in community
Yasuko Nakayama
 
1 初回訪問時から関係確立に向けて
 緩和ケアに限らず、“人との出会い”と“どのようなつながりをもつか”は人の生活や人生において大切である。初回訪問時、相手も訪問看護職はどんな人だろうと観察している。さわやかに挨拶をし、誠実な態度で接することを基本に、個々の看護師の持ち味を出してほしい。
 初回面接時に病歴を取るが、単に治療の経過を聞くだけでなく、本人・家族の感情も知ることが必要である。特に大変であった時期のことなどは「点滴治療のその期間は大変でしたでしょう」と話しかけると、「それよりもそのあとの副作用で悩まされました」と、本人にとって一番大変であったことが語られる。私たちが知らない時期のその人の物語を本人の口から聞くことは、現在のその人の行動や考え方、価値観、医療者に対する姿勢を理解するために有益である。時に、話される内容が医療者に対するクレームに及ぶときもあるが、どのような体験をされてきたかを知るためには、是非クレームにも耳を傾けてほしい。訪問時間に制約がある場合は「そのお話はとても重要なお話で、もっと伺いたいのですが、今日は時間が○時までしかないので、是非、今度この続きを聴かせて下さい」と、こちらの都合を丁寧に伝え、次回時間の余裕があるときにつなげる。
 身体面の観察は、痛みなどの症状があるときはボディチャートに図で記しておき、本人の症状体験とこれまで本人が工夫してきた対処方法を聞く。このことを通して、不快な症状をもつ本人も担当看護師に自分の辛さが伝わったと多少なりとも感じ、また訪問看護師も本人のこれまでの症状対処の工夫を聴くことで、本人のセルフマネジメント力のアセスメントと今後の工夫の提案ができる。
 初回訪問時に、本人・家族の在宅ケアに対する意思を確認しておくことも忘れてはならない。それぞれがどのように病状を理解して、どのような理由で在宅に移行したのかを把握する。看護師の中には、直接本人に病状について尋ねにくいと抵抗をもつ人がいるかもしれないが、アナムネーゼの心理面の質問の中で「ご自分の現在のお身体の調子について、どのように理解しておられますか」と自然に尋ねる。本人と家族への病状説明が異なる場合もあるので、家族には別の場で聞くことが必要なケースもある。
 著者の経験では、緩和ケアの対象者の在宅移行には、表1のようなさまざまな理由がみられた。それぞれの理由の違いにより、必要とされるケアがある。治療途中で休息のために自宅に戻ってきたケースでは、治療の副作用の管理と、心身の調整が取れたときに、再度治療を継続するかどうかを本人、医師と話しあう場をつくり、方針の決定に参加しなければならない。
 また、「訪問看護婦に求めるものは何ですか?」と、本人と家族に尋ねることも有益である。ケアに携わる者は、相手が必要としていることにまず答えることが信頼関係形成において必要である。「日常生活の助言がほしい」と求められたら、より丁寧に生活支援の相談にのるのである。ケアを受ける側は、自分が望んでいたことが的確に満たされると、そこでその看護職を信頼しはじめる。
 
表1. 緩和ケア対象者の在宅移行理由
1 治癒を目指した治療が不可能と診断され、病院から自宅療養を勧められ、十分本人が納得しないまま自宅に移行するケース
2 がんの治療途中で精神的問題が生じたため治療を休止し、調子を整えるために自宅へ戻るケース
3 在宅がん治療
4 本人が病状を理解し、可能な限り(あるいは最期まで)自宅で過ごすことを選択して自宅に移行するケース
 
 もし、初回訪問時のこの問いかけで、提供不可能な内容を本人や家族が期待しているとわかったら、その場ではっきりと提供できるサービスと提供できないサービスを相手に伝え、要求はどのようにしたら満たせるか助言し、ともに考えることが必要になる。たとえば、家族に「先のことですが、病状が心配なときに私だけでは不安なので24時間ついてほしい」といわれ、24時間付き添うシステムを備えていなかったら、そのことを丁寧に説明し、地域の中で緊急時に24時間のサービスを提供する訪問看護事業所を紹介したり、“病状変化時には私たちはこのような支援をする”ということを家族がイメージできるよう具体的に紹介し、初期にすれ違いがないように了解を得ておく必要がある。
 
2 本人の意思を中心にケアを創る
 本人と関係が形成されたら、“病気になる前はどのようなことを大切にしていて、これから何を大切に生活したいと思っているのか”を尋ね、在宅での目標を本人とともに立てる。“これまで病気とどのように折り合ってきたか”もタイミングをみて尋ねておくと、その人のコーピングスタイルが理解でき、在宅で新たに問題が発生したときの支援方法がわかる。
 患者本人には自分の考えや気持ちを伝えることの大切さを看護職から伝え、力づける。在宅ケアのイメージを車の運転に例えると、ドライバーは患者本人で、助手席にケアパートナーが座り必要時に助け、後部座席にケア協力者が複数座っている。医師や看護師など医療職は、車を走らせる方向の相談にのったり、道中、坂道で車が動きにくくなったときに全力であなたの車を押して支援する役割なのだと説明する。本人の人生であるのだから、本人の意思を最大限に引き出し、本人自身も自分がハンドルを握って他者の力も借りながら最大限にやっていると感じて自分の生活を送ることがポイントになる。
 進行がんの場合、最期をどこで過ごすかについても現実的に話し合う必要がある。訪問看護師は自宅が最もよいというような固定観念にとらわれず、この時期に本人と家族が何を大切にしたいかを話し合えるよう進めて、当人たちにとって最もよいと思える場所を選択できるよう支援する。
 選択することへの支援についていえば、看護師は真実が何かを見定め、本人や家族に真実を語るようにしなければ当人たちの選択を支えることはできない。また、本人が“自分は選択しない”と“選択”することもできることを知っておく必要がある。
 
3 自立を支援すること
 進行がんという病状は、そのプロセスの中で本人が失うものもいくつかある。従来の健康を失い、時に仕事を失い、基本的な日常生活さえ痛みなどで障害され、自分で生活をコントロールすることも不自由になることがある。人はこのような喪失体験から心理的にも影響を受けるが、看護の直接ケアや助言で、生活の中でできなかったことができるようになったり、本人と工夫を重ねることで可能な限り能力を本人が取り戻すことができる。このように本人の生活を再設計する際には、身体面のアセスメントとともに、心理面のアセスメントも行い、自立支援に対する本人の反応をよくみながら本人に無理のないペースで進めることがポイントである。症状管理や生活の工夫は、本人が健康に関する知識をもとに、自らどんどん工夫できるように支えることが望ましい。
 家族が本人にできることも援助している場合は、家族の思いを聴き、本人・家族と話し合い、本人ができることは何かを特定し、自己に備わっている力を最大限に活用することがより健康な生活であると健康の専門職である看護師が説明し、生活設計ができるよう助言する。緩和ケアにおいて重要な疼痛管理においても、本人たちのセルフケア力をアセスメントし、鎮痛薬のレスキュードーズを適切に自分で判断して使えるよう日々のケアの中で疼痛管理の知識を伝え、本人が“自分で自分の痛みをコントロールできる!”と、自信がつくように支援する。
 自宅での看取りも、日々、介護する家族が本人の生命エネルギーの低下を感じはじめたら、家族に看取りの相談をし、医療者が常時いない自宅で家族だけでも看取れることをゴールにおいて必要な看取りの知識と心理面の支援を家族に提供していく。
 
4 つながること
 緩和ケアに携わる看護師は“つなぐ”能力をケアの中で大切にしている2)。相手の語ることに耳を傾け、対等の人として、かつ支援者として相手を理解するために話を積極的に聴く。そして、さらにケアをする上で必要なことを看護の視点から尋ね、対象者とともにケアをつくり上げながらつながりを深めていく。
 
5 力づけること
 訪問看護師は、本人と家族が自分たちでできることはやれるように知識や情報を与えたり、励ましたり、一緒に取り組んだりする。たとえば、はじめて自宅で看取りをする家族は不安が大きい。自宅にいたい患者の気持ちはわかるが、自分たちに本当にできるのか家族の問いかけが始まる。訪問看護師は家族アセスメントをする中でどのようにこの家族に働きかけるか計画し、少しずつ家族ができることを広げ、家族の気持ちも聴き、また、常に家族が相談できる窓口をオープンにして家族を力づけていく。家族アセスメントの結果、家族員同士の交流を促しながら力を引き出すケースもあるし、家族員同士のつながりに変化を起こさないまま個々の力を引き出すほうがその家族の姿であるケースもある。
 
6 ケアのチームをつくること
 在宅ケアでは、対象者のニーズを満たし生活を安定させるために、看護職だけでなく他の専門職の支援が必要である。対象者のニーズを把握し、本人たちに必要な情報を提供し、他の専門職の支援を受けるかどうか選択ができるように促す。また、症状緩和においては医師と看護職は信頼関係を深く結ぶよう力を注がなければならない。医師への情報提供は、どのような内容にすれば医師が専門の役割を発揮することができるのか考えてコミュニケーションをとることが必要である。
 
7 意味を見出すこと
 緩和ケアにおいて看護師は、本人がおかれている状況に対して意味を見出すよう助ける役割がある2)。本人や家族の語ることに耳を傾け、生きることの意味やこの命を終えることについても本人が話し合いたいときに話題にし、考えることができるように看護師は相手の鏡になることを意識する必要がある。本人と家族が自己の生きる意味や価値を探し、本人が自らその意味を見出すことを支援する。
 
8 訪問看護師に必要な資質
 緩和ケアにおいて症状コントロールは大きな要素である。訪問看護師は症状管理について熟知し、症状緩和における管理、教育が提供できる力を備える必要がある。症状緩和は、在宅でも可能な限り良好な症状緩和状態を目指す。また、訪問看護は主に一人で訪問してケアを提供するので、アセスメント力とともに臨床実践能力も必要である。加えて、健康問題を予測し、予防的に関わる力があれば問題の発生を減らすことができる。この他にコミュニケーション能力他者やさまざまな出来事に対してオープンでいること、ネガティブな出来事にも直面できる強さ、看護師の価値を押しつけず、相手の存在をそのまま“あなたはそうなんですね”と受け取れること、現在不足しているシステムやサービスに対して交渉する能力、自分の感情をセルフマネジメントできること、自己の能力を認知し、自己に必要な支援を自ら求めることができること、困難な状況にあっても希望を見出す明るさなどが訪問看護師に必要と考える。このような力が備わるよう、継続的な訓練が必要となる。
 
おわりに
 緩和ケアに携わる看護師は、“その人の人生を本人とともに考えながら”ケアをつくり上げていくクリエイティブな活動をする。そしてその活動は、看護師個人の中に留まらず、緩和ケアの活動を通して地域に広がり、より豊かな生き方を地域住民とともに模索し、医療職として社会づくりの一端に参加するのだといえる。
 
文献
1)岡村昭彦;ホスピスヘの遠い道、東京、春秋社、1999
2)Zerwekh JV:A family caregiving model for hospice nursing(永田智子訳:ホスピス看護における家族ケアモデル)。看護研究32(1):33−44、1999
3)Johnston B: Overview of nursing developments in Palliative Care. Palliative Care ― The Nursing Role, Edinburgh, Churchill Livingstone, 1-23, 1999







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