Hypercalcemia 高カルシウム血症
定義―アルブミン値で補正した血中カルシウム値が、正常値以上となった状態を、高カルシウム血症と定義している。ただし、悪性腫瘍による高カルシウム血症の場合には、カルシウムの血中濃度が12.0mg/dL(3.0mmol/L)以上にならないと、症状が出てこない。
高カルシウム血症の起こる機序―高カルシウム血症は、乳がんなどで骨に広範に転移した場合に起こりやすい。しかし、30年間も、高カルシウム血症は骨転移を伴わない悪性腫瘍でも起こると考えられてきた。
腫瘍が大きくると、副甲状腺ホルモン関連タン白[PTHrP]の産生が盛んになる。これは、腎に作用してカルシウムの再吸収を促進する。このメカニズムが初めに働いた時にのみ、溶骨性サイトカイン[破骨細胞活性化因子と総称]も恐らく、高カルシウム血症を起こすのであろう。
発生率―がん患者の約8.5%に高カルシウム血症が起こる。末期がんの場合は、もっと多い(高カルシウム血症を発生したがん患者の80%は、1年以内に死亡している)が、がんの、どのステージでもみられる。ある研究によると、入院時に乳がん患者の5.3%が高カルシウム血症を発生していたが、その後、6週間ごとに検査したところ、あるステージでは43%の患者に発生していたという。ただし、そのほとんどは軽症(12.0mg/dL(3.0mmol/L)以下で、重症16.0mg/dL(4.0mmol/L)以上)はまれで、4%の患者にしか起こっていなかった。
高カルシウム血症を起こす腫瘍―特に、扁平上皮がんと血液の悪性腫瘍(多発性骨髄腫、リンパ腫、白血病)と関連が深い。
最も多くみられるのは、次の場合である:
●乳がん
●肺がん
肺の扁平上皮がん患者の25%に起こる。小細胞がん、腺がんには少な
[*訳註:悪性腫瘍による高カルシウム血症は、(1)骨転移による骨破壊が冗進している場合と、(2)腫瘍から分泌される液性因子(PTHrP、TGFなど)により全身的に骨吸収が亢進している場合がある。]
で服用する。経口インドメタシン500mgを1日に4回、あるいは50mgの坐剤2錠を1日に2回投与すると、さらに強力である(ただし、副作用の出現頻度も多い)。
NSAIDsは強力であればあるほど、それだけ有効性も高いが、副作用も多くなる。これまで参考になる比較試験が行われていないので、どれが最良かを決めるのは難しい。患者が一つのNSAIDsに反応しなければ(あるいは、副作用を起こしたら)、別のグループの薬を試してみることをお勧めする(ただし、この考え方を指示する証拠はない)。
よく使われるNSAIDsのグループ:
●ナプロキセン プロピオン酸系
●ジクロフェナク [アリール]酢酸系
●ピロキシカム オキシカム系
●インドメタシン インドール系
●コリン・マグネシウム・トリサリチレート サリチル酸系
NSAIDsの副作用:
●体液貯留
●消化不良(約20%の患者にみられる)
●消化性潰瘍
●発疹
●じんま疹
●再生不良性貧血
●頭痛、めまい(インドメタシンで起こりやすい)
●腎障害
坐剤のNSAIDsは経口NSAIDsほどではないが、それでも消化不良を起こす。したがって、経口NSAIDsは食後に服用すること。消化不良を防ぐには、H2受容体拮抗薬(ラニチジン150mgを1日に2回)の同時服用も勧めたい。
消化性潰瘍の既往歴のある患者には、ラニチジンと一緒にNSAIDsを服用させる方が安全である。そうすれば、ほとんどの患者が胃の刺激症状を訴えることなく、骨転移痛が軽減するか、あるいは消失する。(■骨転移痛)
Nutrition 栄養
病態生理―がん患者の約20%は、他のはっきりした原因ではなく、極端なやせ過ぎ(悪液質)で死亡する。適量の食事を摂っているにもかかわらず、患者は激しい体重の減少を経験する。腫瘍の要求に見合うほど十分には、食事性タン白やカロリーが摂取されていないのである。というのは、体重の2%くらいの腫瘍でも一日摂取カロリーの40%以上も消費するからである。増殖する腫瘍が身体の残りの部分を侵食していくのをみて、ある研究者は腫瘍を〈窒素の罠〉と称した。
栄養補給を考える際の3つの臨床像
1. 治癒を目的とした治療を受けている患者
2. 嚥下障害はあるが、毎日の生活を楽しんでいる患者
3. もう動けない末期の患者
がん患者は、カヘクチンのような腫瘍ホルモンが原因と思われるが、食物の代謝が変化する。飢餓の場合、身体は代謝率を落としてそれに反応するのが正常である。しかし、がんになると、代謝率が上がる傾向にある。代謝の型が変わるのである。腫瘍は能率の悪い嫌気的解糖経路によって、大量のブドウ糖を代謝し、乳酸を産生する。肝臓内で乳酸をブドウ糖に変換するには(コーリ・サイクル)、タン白質をブドウ糖に変換するのと同じように、エネルギーが必要である。この代謝過程に大量のエネルギーを必要とするために、がんの患者では代謝率が上がるのである。これがまた、タン白質代謝にも影響を与え、タン白質の崩壊(一定の〈普通の〉飢餓の時期をへて速度が落ちる)が急速度で進むことになる。
I. 治癒を目的として強力な治療を受けている患者には、体力を維持するために、静脈内高カロリー輸液(完全非経口的栄養)が時に行われる。腸管機能を維持している患者の場合には、経腸栄養の方が有利である。化学療法を行うと、再発性腸炎を起こすことがある(強力な栄養補給は、根治的治療を受けている患者の体力維持を図ることができようが、これについての確かな証拠はない)。
II. 嚥下障害はあるが、毎日の生活を楽しんでいる患者がいる。頭頸部・食道・胃のがん、ALSなどで、のみ込むことができない患者は、栄養補給のお蔭で、十分なカロリーを摂取し、活動的でいられる(栄養不足が原因で起こる体位性低血圧を防ぐこともできる)。
このグループの患者には、次のような方法も選択できる:
●細い有孔鼻腔栄養チューブ
●胃瘻造設術
●空腸造瘻術
●咽頭切開術
これらの方法は、のみ込むことができず、しかも口渇や空腹を訴える患者にのみ、適応がある。
最近の細い有孔鼻腔栄養チューブは、非常に使い勝手がよい。胃瘻造設術も内視鏡下で経皮的に行われる。経管流動食を一晩かけてゆっくり与えることができ、日中は管を外しておくことができる。
患者の活動性を改善するという、本来の目的に反するので、静脈内栄養を行わない。
III. 動けなくなった末期患者には、上記のような侵襲を伴う栄養補給は不要である。それは、次のような理由による:
●集中的な栄養補給も延命には役立たず、腫瘍を増殖させるだけである
●集中的な栄養補給をしても、衰弱や体重減少を回復させることができない
●集中的な栄養補給をしても、症状の軽減もなければ、体力が改善したと患者が感ずることもない
●集中的な栄養補給には、処置(チューブの挿入など)が必要であり、それは弱っている患者には不快なことである(その上、チューブからの漏れや、においといった問題が加わるだけである)
●チューブや静脈内ラインが挿入されていると、患者と家族の間の心の触れ合いが最も大切な時に、それを邪魔することになる
動けない患者には、集中的な方法は向かないが、栄養補給を続けることは大切である。患者の食事に心配りすることで、介護者の気持ちが伝わるのである。そんな時、栄養士の助言は、測り知れぬほど貴重である。(■食事療法)
終末期に行う栄養補給:
●食欲の改善(■食欲不振)
●補助食品
●流動食
●一口で食べられる栄養強化食品
カロリーを補うために、味のないブドウ糖複合体を含んだ補助食品を、飲み物、スープ、なべもの、プディングなどの中に加えるとよい。
患者が衰弱している時には、食べさせるよりは、栄養的に完全な流動食を一口ずつすすらせる。少しずつ何度にも分けて(1時間に50mlずつ)与えると、患者は元気づけられる。
★人間は、半飢餓状態でも数か月は生存できるのである。
私見―摂食量が減っても、進行性疾患では、そのために、予後が短くなることはない。進行がんで動けない患者は、食事量が少なくても、空腹を感じることはない。少なく食べた方が、却って気分がよいということを、患者はしばしば経験する(意図的に空腹時間を延ばす健康者と同様である)。
患者の心配(「やせてきました」とか「あまり、食べられません」との言葉)は、病気が重くなり、死が近づいてきたことに気づいて、それを暗に語っているのである。そういった言葉から、霊的に苦しんでいるのだということを汲みとってあげる必要がある。患者が本当に知りたいことを優しく説明し、患者の恐怖感を思う存分表出できるようにすれば、患者は容易に自分がおかれている真の状況を受け入れることができるであろう。(■霊的な痛み)
家族は、患者を支える必要がある。患者の食事の世話は家族にできるすべてであることが多い。だからと言って、食べ物は命の糧(かて)だと考え、患者に「沢山食べれば“余命”が伸びる、だから食べるように」と励ますのは、誤っている。患者の食事に注意を集中する必要がなくなっても、家族には引き続き患者を支える役目があり、それこそが大切と理解してもらわなければならない(弱っている患者に食事を強要するようなことを、家族はしてはならない)。
スタッフは、患者の霊的な苦しみ(「私はやせ衰えていく」)という難問に目を向けるよりも、栄養の補給といった技術的なことに目を向けがちである。
患者の摂食量減少がもたらす主な問題は、結局、患者、家族そしてスタッフの三者に関係する心理面の問題である。
栄養補給法(腸内チューブや静脈内高カロリー輸液など)は、治癒のための治療を試みている患者、あるいは、全般的に快適な日常生活を楽しんでいる患者には適切な(普通の)方法であるが、がんが進行した患者には不適切であるから、避けるべきである。このような方法は、死に直面している患者にとり、何の慰めももたらさず、むしろ、不必要な苦しみを与えるだけである。僅か数日、死への旅路を延ばすかも知れないが、残された人生の質を改善するものではない。
チューブや静脈内ラインを外すだけで、患者は楽になる。患者がそれを望めば、さっさと外すべきである。瀕死の患者が意識がないなら、医療スタッフは現実を直視し、患者を楽にすることを考えた上で、チューブや静脈内ラインは、患者の命を延ばすのには余り役立たないことを、家族の人達に十分説明すべきである。
もしも患者や家族・医療スタッフが、チューブや静脈内ラインが患者の延命や安寧に役立っていると誤って考えているなら、それらを外すことは難しい(幸いなことに、イギリスでは、臨終時にチューブや静脈内ラインを付けたままでということはなく、平安のうちに亡くなっていく)。
末期患者や家族に対する霊的な支えについて、医療スタッフを指導すれば、次の機会に役立つであろう。また、技術優先の侵襲を伴う治療を避けるようになろう。それは、患者に何の益も与えないし、もっと重要な霊的、情緒的な問題から注意をそらすだけである。
Occupational Therapy 作業療法
作業療法とは、手仕事による癒しの技術である。人間は作業に従事し、一定の役割を果たすようにつくられている。だから、作業することは、機能を回復させる自然な手法である。作業療法は患者の機能改善を目ざして慣習的に勧められてきた。しかし、作業療法は、ホスピスや緩和ケアにも欠かせない療法である。自立や役割の喪失は、生物としての死の前に、社会的な死をもたらす。作業療法は、そうした患者に新たな、また適切な機能と役割を与え、自尊心を維持させるのに役立つ。
「人間の自尊心、統御力、適応力は、身近な日常的事柄を目的を持ってこなしていく能力の上に培われる」(ケント・チッギス)
作業療法の目的は残された生活の質を向上させることであり、総体としての人間のリハビリテーションに焦点をあわせている。
身体的な自立を促すとは、次のような事柄を含んでいる。日常生活を行う上での残存機能の評価、家庭訪問、自立を促し、しかも安全性が保たれた家にすること、身体障害があれば、それに合った補助器具の選択といったことである。(■筋萎縮性側索硬化症、在宅ケア)
ひとたび症状がコントロールされると、身体が不自由で動きが制限されていたり、また体力が減退している多くの患者にとって、退屈こそが問題となる。そういう患者は、想像力を働かせるとか、何らかの活動を始めることが難しいと考えがちである。こんな時、熟練した熱心な作業療法士がいれば、患者の残された人生を変換してみせられるのである。(■退屈)
患者は、基本的な医療と身体機能の側面からだけみられる存在であることが多い。しかし、患者が意味ある存在であるためには、社会的活動とレクリエーションもまた不可欠だということを、作業療法士は認識している。
われわれにとって、バランスのとれた人生とは:
●自分の面倒は自分でみること(日常生活の諸活動)
数か月間の栄養不良がある場合、床ずれの治療に毎日ビタミンCを投与することは理にかなっている。ビタミンCは、皮膚の健常なコラーゲンや結合組織の維持に欠かせない。慢性患者の70%に、白血球内のビタミンC含有量が低下している。
蜂巣炎がある場合には、抗ブドウ球菌作用を持つ広域スペクトルの抗生物質を投与する必要がある。
快適なケア―予後が数週間という短い場合でも、床ずれの治療は大切な目標である(患者に対して介護者に対しても、積極的な姿勢を維持するためにも)。残りの人生が最後の数日になったら、床ずれの治療よりは快適さが優先される。
臨死期の表層性床ずれを、簡単に且つ効果的に治療するには、バリアとなるクリームを塗り、その上を柔らかいガーゼでそっと覆っておくことである。創部を冷し、苦痛を和らげる働きがある。また摩擦を減らし、皮膚がすりむけて断裂したりしないようにする。圧迫解除の技術と組み合わせれば、徐々に皮膚を治癒させることもできる。末期の場合には、患者がある側に向いている時に最も快適で、反対側では不快となる時には、体位交換も柔軟な考えで行うべきである。
洗濯のきくスペンコ(シリコン繊維製の)マットレスのカバーが気持ちよいことは、患者が知っている。圧迫解除ができ、皺がよらないので皮膚がすりきれないからである。
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