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Home Care 在宅ケア
在宅ケアでは、次のような点が大切である:
1. ケアを受ける場所の選択
2. 死に場所の選択
3. 在宅における症状コントロール
4. ケア・チームと家族とのコミュニケーション
5. 家族内のコミュニケーション
6. 介護者の負担
7. 見舞い客
8. 在宅ケア環境への配慮
9. 在宅での終末期の迎え方
10. 在宅死
 
1. ケアを受ける場所の選択:
家庭は、死に場所として、最高にも、最悪にもなりうる。
 
在宅ケアの長所は:
●気分が安らぐこと
●自分の思い通りにできること
●医療優先から解放されること
●患者が家族の一員であり続けられること
●自分でコントロールできること(医療チームの全員が訪問者になる)
 
 一方、患者が在宅であるために軽視されたり、身体的な症状のコントロールが適切でなかったり、また、介護する家族(あるいは隣人や友人達)が適切な助力や支えを失ったりすることが起こりうる。そうなると、患者の孤独感は深まり、身体的な苦しみは大きくなる。
 
 たとえ愚者が独り住まいであっても、在宅ケアを提供することは可能である。近所の人達や友達、地域のボランティアが毎日の責任分担表をつくって世話をすることができるからである。その場合、在宅ケア・チームと連絡を取ったり、スケジュールを調整する責任者(近所の人または友達)が一人必要である。
 
 末期患者がどこでケアを受けるべきかの決定権は患者自身にある。病気が重くなった人間にとって、病気は不適当だと感じる患者もいる。病院に入院している方が、安心だと思う患者もいる。また在宅を選ぶと、〈家族のお荷物になりはしまいか〉と心配する患者もいる。患者の気持ちを注意深く聞いてあげることが大切である。患者の意向に従えるように努力すると同時に、専門家やボランティアの支援が得られるかどうか、家族の人達の受け入れ態度や能力はどうかといった実際問題も考慮しておかなければならない。
 
 患者や家族が、介護チームとの信頼関係をつくる時間がある時は、早くからホスピスとの関わりを持っておく必要がある。在宅ケア・チームがきめ細かい計画を立てるのには、時間がかかるのである。
 
2. 死に場所:
死は社会的な事柄であって、医学的な事柄ではない。
 
 医療専門家が患者に尋ねなければならない、最も重要で最も難しい質問―しかも、優しく、時期を外さずに―の一つは、「あなたが死を迎えるとしたら、どこで迎えたいですか?」という問いかけである。この質問をするには、リビング・ウィルについて話し合っている時に行うのも、一法であろう。(■リビング・ウィル)
 
 家族の備えが万全だと、在宅で終末期を迎えることは簡単である。在宅ケア・チームのメンバーが一緒にいることを嫌う家族もある。その時には家族の意向を尊重すべきである。
 
 病気の進行につれて、在宅ケアを続けていけるかどうか、心配になる家族が多い。それを続けさせるには、絶えず励まし、サポートを欠かさないことである。
 
 介護者の年齢、仕事のスケジュール、遠方への旅行、その他、実際的、心理的な問題など、在宅ケアをやり遂げられない場合がある。そのような場合には、計画的にタイミングよく、入院施設に入れることが必要である。その際、怒りの感情や罪悪感が起こらないように、患者と家族の間で十分な話し合いの機会を持たせるようにすべきである。
 
患者を自宅から急いで移送したあげく、数時間後にそこで死なせるというのは、決して許されることではない。そういう例は、医療専門家のサポートが十分でない家族によくみられる。
 
3. 在宅における症状のコントロール―介護者にその気持があり、有能な在宅ケア・チームがあれば、在宅でも、症状コントロールは立派にやっていける。
 
 在宅で対処する上で最も難しい症状は、錯乱である。(■錯乱)
 
 その他に、激しい下痢、大出血、発作などがあるが、これとても在宅で扱えない症状ではない。
 
 腸閉塞は、適切な薬を持続皮下注入法で投与すれば、家庭でも医学的に対処できる。終末期の脱水が口渇を起こすことは滅多にないが、これが嚥下困難の患者で問題になる場合には、カテーテルを用いて水道水の注腸を行えば、在宅で簡単に対処できる。
 
 胸水や腹水の穿刺吸引、あるいは神経ブロックなどの処置は、すべて在宅で行える。尿路カテーテルの挿入といった簡単な処置のために、患者を入院させることは、もっての外である。例えば、骨転移痛に対する放射線治療を1回受けるために、病院の外来を訪ねる場合でも、予約をとって、患者や家族の不便が最小限ですむようにすべきである。
 
 在宅に向かない治療があるということがよく言われるが、それはこれまでの慣習のせいか、それとも実際的な問題のためかと問いただしたい。在宅ケア・チームのスタッフは、患者のためにも、在宅ケア推進のためにも、その主唱者として行動できるように、普段から心がけておくべきである。
 
4. ケア・チームと家族とのコミュニケーション:
在宅ケア・チームが家族の人達と(説明したり、励ましたりして)コミュニケーションを図ることが、在宅ケアをすすめていく上で、最も大切な要素である。危篤状態の時に、励ましの言葉をかけなかったばかりに在宅ケアの計画が頓挫することはあり得る。
 
家族の人達も、在宅ケア・チームの一員である。
 
 家族の人達は、どう取り組んだらよいのか分からないことがある。在宅ケア・チームのスタッフが、一言、「私達がお手伝いすれば、立派にやっていかれると思いますよ」と勇気づけてあげるだけで、家族に介護を引き続きやっていこうという自信を持たせることになる。
 
 在宅ケア・チーム内のコミュニケーションも大切である。ケアの内容について調整しておけば、能率的である。(特に、処方についての)家族への助言がまちまちだと、信頼を失う。在宅ケア・チームのメンバーが、患者や家族との約束(例えば、次回の訪問日時)を破ったり、電話への応対が遅く、礼を失したりしていても、信頼を失う。
 
 在宅ケア・チームは、起こりうる問題を見越して、家族に準備させなければならない。事前に備えておくことで、時間と労力を節約できる。例えば、患者さんが失禁しそうな時には、べッドを汚さないうちに、あらかじめマットレスを、ビニール・シーツでカバーしておく方が賢明である。
 
家族に備えができていれば、終末期がくる前に、次のような心配事についても、十分に話し合っておける:
●これから何が起こるのだろうか?
●私達家族は、それを乗り越えていけるだろうか?
●子供達についてはどうだろう?
●あの人が死ぬ時、私達はどうやって知ることになるのだろうか?
●必要な時、誰と連絡をとればよいのだろうか?
●その後で、私達は何をすればよいのだろうか?
 
5. 家族内のコミュニケーション―家族の誰かが危篤に陥った時、残される家族は互いにコミュニケーションがとれるように助けを必要とする。
 
 コミュニケーションのとり方が悪いと、在宅ケアの調整に齟齬(そご)を来す。緊張やいらいらの原因にもなる。患者は、〈黙殺の申し合わせ〉に出会って、孤立する。他の人を動揺させたくないために、病気や死にゆくことについて、一切口にしない。そこへ熟練した専門家やボランティアが、家族を一堂に会させるだけで、家族は大きな安心が得られる。そして、それぞれが病気をどう理解しているかについて尋ね、互いの気持ちを分かち合うように励ますのである(「ご主人の病気は、あなたにどんな影響を与えていますか?」)。(■コミュニケーションの問題点、家族会議)
 子供は何歳でも、死という事実を上手に乗り越える。ただし、次のような条件が必要である。家族の一員として同じ扱いを受けること。聞きたいことがあれば、積極的に質問させること。ときどき手伝わせること。死後、(絵や遊びを通して)悲嘆を思い切り表出させることなどである。(■子供、悲嘆)
 
6. 介護者の負担―家族の間で介護のローテーションをつくっておくことが、不可欠である。介護者にも休養が必要であり、ときどきは家を空けることもよい。
 
介護者は、次のような面倒な問題を一つ一つ処理していかねばならない:
●薬を与えなければならない
●症状を見守らなければならない
●看護婦の役目をしなければならない
●新しい技能(患者を起こしたり、動かす)を学ばなければならない
●収入減で生活していかなければならない
●家庭環境に慣れなければならない
●新しい(非常にストレスの大きい)役割を担っていかなければならない
●感情的なプレッシャーに打ち克たなければならない
●他の人に説明しなければならない
●予期悲嘆に備えておかなければならない
 
 身体的な消耗は情緒的な問題に対処するエネルギーをほとんど残さない。家庭の介護者も専門家と同じように、(〈燃えつき症候群〉のような)情緒的消耗を起こす(ある娘さんが、こんなことを言っていた。「誰も、私にご機嫌いかがと言ってくれないのよ。電話が鳴るたびに、怒鳴りそうになったわ」)。介護疲れの家族のために、ホスピスのデイ・ケアや息抜きのためのレスパイト・ケアが欠かせない。(■燃えつき症候群、デイ・ホスピス、レスパイト・ケア)
 
7. 見舞い客―見舞い客が頻繁に来すぎると、患者も家族も疲れ切ってしまう。しっかりした、気転のきく家族や友達に、訪問時間のスケジュールを立ててもらっておくとよい。そして、見舞い客があると疲れるかどうかを尋ね、訪問時間や見舞い客の数を看護婦や医者に〈処方〉してもらって、制限した方がよいかどうかを尋ねて、その希望に沿うようにすると、患者や家族は大いに安心する。(■見舞い客)
 
8. 在宅ケア環境への配慮―理想的な病室とは、まず明るく、通風がよく・そして快適なベッドや背もたれの高い肘かけ椅子があって、見晴らしがよく、手近に電話や、リモコン付きのテレビがあり、隣接して浴室があることなどである。ベッド上の生活を居心地よくするためには、V型の枕、軽くてカラフルなキルトが必要である。暑い季節には、エアコン(少なくとも、扇風機)は欠かせない。こうした中でも最も大切なのは、患者が気楽にして居られる部屋であることで、さらにその部屋がほかから孤立していないことである。
 
 末期患者の在宅ケアは、簡単な補助器具や機械設備を使うと比較的楽に行える。その際、各段階ごとに違った器具が必要になるので、購入よりもレンタルが望ましい(無料貸与の〈備品クローゼット〉を備えているホスピスや在宅ケア組織もある)。いちいち専門家の手を煩わさないと使えないような、複雑で(高価な)医療器具を使用することは避けた方がよい。
 
移助補助器具:
●(腫張した足に)合う履き物
●杖、三脚杖
●室内歩行器
●持ち上げ式便座
●車椅子
●入浴補助器具(入浴用椅子、滑り止めマット)
●住まいの補助装置(手すり、傾斜台)
 
寝たきり患者のための補助器具:
●取り外しの簡単な寝具
●ベッド・サイドの照明、手振り鈴
●ティッシュ、たらい(口すすぎ用)
●背もたれ用枕、V型の枕
●ぶら下がれる横棒(トラピーズ・バー[身を乗りだす時に用いるぶらんこ状の棒])
●足掛け、離被架
●ホイヤ式リフト
●床頭台、書見台
●耐火性エプロン(ベッド内での喫煙用)
 
症状コントロールのための器具:
●投薬カード
●携帯用持続皮下注入ポンプ
●圧迫スリーブ(リンパ浮腫用)
●ネブライザー
●経皮的電気刺激療法器
●電気座ぶとん
 
皮膚ケアのための器具:
●羊のなめし皮
●かかと用パッド、肘用パッド
●スペンコ式マットレスとクッション
●輪型クッション
 
失禁用補助器具:
●ベッド用便器、しびん
●ポータブル便器
●使い捨て下着やパッド
●防水シーツ
●蓄尿用のゴム袋、尿路カテーテル
 
食事用補助器具:
●魔法びん(冷たい飲み物用)
●製氷器
●ミキサー(嚥下困難の患者用)
●電子オーブン
●蛇腹式ストロー
 
9. 在宅での終末期の迎え方―死が近づいて来た時、在宅ケア・チームは次のような点に気を配っておかなければならない:
 
●鎮痛の維持(モルヒネは、坐剤あるいは持続皮下注入法により投与)
●持続皮下注入は非常に有用である。メトトリメプラジンは興奮状態を抑える。スコポラミンは分泌物を抑え、喘鳴を止める
●患者によっては、尿路カテーテルの留置、あるいは最後の数日は、蓄尿用のゴム袋を必要とする場合もある
●24時間の徹夜体制が何週間も続く可能性があるので、介護スケジュールを堅持することが大事である
●家族の気持ちや手順をあらかじめ整えておくこと(「あなたは、どんな気持ちになるかしらね?」「あなたは何をすることになるだろうか?」)
●家族には、死の徴候のとらえ方を教え、医師や看護婦ですら、死の瞬間を確実に診断できるとは限らないことを説明しておくこと。死んだ直後、遺体を部屋に数時間安置しておくことができること、直ちに動かさなくても構わないと説明しておくこと
●子供を含めた家族全員を励まし、説明して(「お祖母さんは、もうすぐ息が止まり、動かなくなります。その時が死の瞬間です」)、家族がすべきことを教えておくこと
●在宅ケア・チームと家族との間に、24時間体制で電話がつながるようにしておくことが大切である。それが乱用されることはまずない
●死が近づいても、119番に電話しないことを、家族に言い含めておくこと。蘇生法を試みたり、救命救急センターへの救急車による移送を避けるためである
●看護婦が死亡診断書を書くことが許されていない国では、主治医に自宅に来て書いてもらうように連絡を取ること
 
10. 患者が在宅で亡くなった場合、家族はやり遂げたという感想を抱くことが多い(「大変嬉しいのは、自宅で最後まで面倒をみることができたことです。」)。そうなると、悲嘆のうちにも満足感があり、正常な悲嘆の過程を踏んでいくことができる。家庭に死者の出ることは悲しいことには違いない。しかし、その悲しみはいずれ癒され、家族の成長の糧となるような、心から感動できる経験である。
 
 「実は、私は最後の瞬間が恐かったのです。でも、その日々が珠玉の思い出となりました―絶対に忘れられません」(G.T.さん(夫の死を自宅で迎えた女性)







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